《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》新キャラ登場ですわ!

A國王子レオンたちのお話です。新たなキャラが登場します。

――夜になり、城はひっそりと靜まりかえっていた。

若き青年貴族ヒュー・グランビューは主君の元へとひそかに向かっていた。いつもであれば會うのは晝間だ。しかし、今日に限っては誰にも聞かれずに話をしたかった。

いつもにしたって、あのミーア嬢が常に彼の側にいるため、緒話をする暇もない。だから前もって二人だけで話がしたいと伝えておいたのだ。

彼の部屋の扉を小さく叩くと、「れ」と聲が聞こえた。

「失禮します、レオン様」

レオンはいつもどおり王族然とした強い表をしていた。

(本來のこの方は、こういう強い方なのだ)

それが近頃はどこか弱気になってしまった。理由は言わずもがな、あの一件が原因であろう。

「レオン様、実はどうしてもお伝えしておかなければならないことがありまして」

促されるまま椅子に座ったヒューはあいさつもそこそこ、向かい合うレオンに切り出す。

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「なんだ」

「王宮で、何者かがいているようです」

意図が分からないのかレオンは眉を顰めた。

「ヴェロニカさんですが、生きていると報があります」

「本當か!」

ぱっとレオンの顔が明るくなる。

「ええ。しかし、なんだが妙な話でありまして、彼裏にハイガルドへ逃げようとしている最中に馬車が襲われ、しかしその數日後、自のおばの屋敷に自力でたどり著いたようです。森の中を生き延びて。彼に會ったという農夫が証言しています」

「はは、すごいじゃないか」

どこか遠い國の英雄の武勇伝を聞くようなレオンに、ヒューは首を振る。まるでこの人は分かっていない。話の本題は次なのだ。

「きな臭いのはここからで。実はそのおばの家に數人の兵士たちがっていくのを見た者がいるのです。しかし、出てきたのは男との二人組。犬を連れて去ったと」

「は、兵士がなぜ。それに、その男は……」

は姿からヴェロニカ・クオーレツィオーネで間違いないでしょう。男の方ですが……」

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誰に聞かれているでもないが、ヒューの聲は自然低くなる。

「これも噂ですが、暗部數人の姿が數日前から見えないと」

「それがなんだと言うのだ? 暗部の話と、ヴェロニカの話がどう繋がる?」

暗部。それはA國の栄華の裏でかに暗躍する軍部のとある組織だ。

急な話題の転換に、レオンはますます訳がわからないと眉を寄せる。しかしヒューにとっては全てが一直線上で起こっていることに思えた。

「つまり……ヴェロニカさんが襲われたときと同じくして、また我が國の鋭たちも姿を消したようなのです」

考えられることは……。

真意を摑みかねているレオンにヒューは一気に告げる。

「何者かが暗部をかし、ヴェロニカさんの暗殺を命じた。しかし、そのうちの一人が裏切ったのではないでしょうか。そして彼を守りながら、今もなお、山にいるのでは」

「まさか! 暗部を勝手にかせるほどの権力を持つ者がどこにいるというんだ? それに、誰が裏切ったというのだ。何故」

「ロスと呼ばれる男をご存じですか? 白い犬を大切にしている偏屈な男だそうですが」

べらぼうに強いとか、不死だとか、金の亡者だとか、彼に関する噂は多い。しかし表舞臺に姿を見せることはなく、話ばかりが先行し実際のところ本當に存在しているのかすら分からない。事実、今回の話を初めて聞かされたとき、ロスという名が出た瞬間、ヒューは真偽を疑った。

だがレオンは頷いた。

「ああ。會ったことはないが、暗部の隊長クラスの男だろう。話だけは聞いている」

さすが王族だ。裏も表も知っている。

「裏切り者が、彼だったとしたら」

そこでレオンは黙った。瞳が靜かにヒューを見る。ようやく聞く気になったようだ。お前の考えを話せ、ということらしい。

ここからが勝負だ、とヒューは思った。

「証拠はありません。しかし、兵士たちの殺され方は実に見事で、皆ほぼ即死のようです。暗部鋭たちですよ? そんな事ができるのは、限られた人間か悪魔にしか不可能です。ロスという男はその両方でしょう。……それに、殺された兵士の中に、その男の死はなかったとか」

「ふん、お前の子飼いからの報か」

「ええ……」

それはグランビュー家の偵からの、確かな報だった。ヒューはレオンに告げる。

「嫌なきをしています」

なくとも二つのきが重なっている。まずクオーレツィオーネ家を葬り去ろうとしている連中。そもそも婚約破棄に端を発する事ではあるが、これ幸いと流れに乗った者がいるのでは。

「何者かが、おそらくは相當な権力者が暗部を意のままにっています。しかし……」

もう一つのき。だがこれは全く謎だ。一つ目のきを知りつつ、裏をかこうとしている者がいる。

「しかし、一方で暗部の一人をかすことのできる人間もまた存在しているのです」

レオンは黙っているから、ヒューは続けた。

「我々のあずかり知らぬところで、大きな何かが始まろうとしているのでは」

「……何か、とは」

「わかりませんが、クオーレツィオーネ家の排除でしょうか」

「誰が暗部をかした」

「わかりません」

「誰がその男に、ヴェロニカを助けるように命じた」

「わかりません」

暗がりでレオンは、ふ、と笑ったように見えた。

「では何もわからないではないか。考えすぎだ、ヒュー。お前の思い過ごしだよ」

下の方のきは、時に高みにいる人間には見えないことがある。しかし穏やかな水面に投じられた一石が、やがて大きな波になり全て飲み込んでしまうことがあるとレオンは知らないのだ。ヒューが次の言葉を考えていると、ひどく甘ったるい聲が聞こえた。

「……それでは、その背信したという暗部の一人を捕まえて連れてくれば、自ずと全てわかりましょう?」

驚いて暗がりを見ると、寢室の方から寢間著姿のミーアが現れた。薄明かりの中微かな微笑みを攜えた彼はまたひどく楽しげだ。

「ミーア嬢!? なぜここに!」

ヒューは絶を覚えた。今までの話全てこの娘に聞かれていたのだ。それをレオンはよしとしていた。二人だけで話したいと確かに伝えていた筈なのに。

ミーアは穏やかに微笑む。

「なぜって、私はレオン様の婚約者ですもの。毎晩ここにいますわ。うふふ」

(婚約者だって? まだ違うだろう)

ヒューはこのが苦手であった。

以前「ヒュー様、そんなに熱いアプローチをされては困ります。私は心に決めた方がいるのです」としくしく泣かれて以來、どうにも話す気になれなかった。ミーアにアプローチをした覚えもましてやした覚えもない。完全なる彼の勘違いであるが、否定すればするほどなぜか自分が悪者になってしまった苦い過去がある。そしてそれがレオンがヒューをどこか遠ざける一因になってしまった。

ミーアはレオンの腕に自分の手を絡めると、上目遣いでヒューを見る。

「ヒュー様のお話は、誰かの謀が渦巻いているということ? 私、なんだか、怖いです……」

「大丈夫さミーア。君のことは、私が守る」

「まあ、嬉しい!」

ミーアのことになると、レオンは途端に盲目になる。ヒューは気づかれないように心ため息を吐くと立ち上がった。

「どうかお気をつけくださいレオン様。何かが、おかしいのです」

「くそ、グレイの奴がいたらまだましだった」

レオンの部屋を後にして、ヒューは毒づいた。

「理的なあいつの話なら、レオン様も聞いたかな」

完全に自分のせいではあるが、好きのレッテルをられているヒューはどこか軽薄な印象を持たれるらしくレオンはあまり重くけ止めない。実際付き合ったは多いし、そのうち泣かせた數も多い。

(だいたい、グレイの奴は抜け駆けだ。チェチーリアちゃんの心を癒やすのはオレだったはずなのに)

學園では、皆同級生であった。

レオンとチェチーリアの関係は上手くいっていたし、そこに自分がる余地はないと知っていた。知っていたが心惹かれていたのも事実だ。とまではいかないが、もっとお近づきになれたらとは思っていた。しかしそこにずけずけど土足でり込んだのはヒューでなくミーアだった。

は見事なまでの手際の良さでレオンの心を止めると、あっという間にかっさらっていってしまったのだ。

チェチーリアが婚約破棄を言い渡されたあの日、ヒューは別の場所にいた。騒ぎを聞きつけて駆けつけた時には、すでに一段落ついていた後だった。

顔面蒼白なチェチーリアは姉だというヴェロニカに肩を抱えられてなんとか立っていた。グレイは傍目からでも分かるほど落ち込んでいたし、レオンは泣くミーアをめていた。人々はそれを取り囲むように立っていて、それら全てに対してヴェロニカはギロリと睨みをきかせていた。

(それにしても、ヴェロニカさん。いいだったな)

きつい印象であったが、見たこともないほど人であった。彼ともっと早く知り合っていたら、デートにっていたかもしれない。

(しかし、あのアルベルト様の婚約者か。流石にまずいな)

アルベルトはレオンの従兄弟であり、公爵家の嫡男の品行方正な青年だ。その彼が未だヴェロニカとの婚約を破棄していないところを見ると、そのの深さは計り知れない。

さっさと別のに乗り換えたレオンとはまるで正反対だな、と口にはしないものの誰もが思っていた。

しかしそんなレオンであるが、ヒューにとっては大事な主君である。実のところ、人間としては気が弱くとも、純粋で魅力のある人なのだ。放ってはおけない。

(オレがしっかりしなくては)

冷たく暗い城を歩きながら、ヒューは思った。

必要以上に警戒するのには理由がある。

先ほどクオーレツィオーネ家を排除しようとする者と言ったが、実のところ、もうひとつ更に大きな事があるのではないかと疑っていた。

だが、口に出すのも憚られるほどあまりにも馬鹿げている上に、強固な守りのあるこのA國で起こりようがないことだ。それでも、不穏な不吉な予は拭い去れなかった。

何者かの狙いが、単なるクオーレツィオーネ家の沒落ではなく、それを足がかりとした國(・)家(・)転(・)覆(・)なのだとしたら。

――このままでは、A國にとってよくない事が起こる。

ヒューはレオンのいる部屋を振り返ると、また大きなため息をついたのだった。

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