《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》謀の一欠片ですわ!

ヴェロニカとロスは巖場で二日目の夜を過ごそうとしていた。

晝間――ムースのを食べ終えた後、アルテミスが撃たれたであろう場所に戻ったが、犬はおろか放り出した荷すら見つけられなかった。場所は間違いないにもかかわらず。

足跡は雨にすっかり流されてしまい、木の葉の上に犬の気配は見つけれない。

「生きていて迷ったか、あるいは誰かに連れて行かれたか」

ロスがぽつりと呟いた。冷靜に言ったつもりだったろうが、その聲はどこか悲しそうだった。ヴェロニカにしても辛かった。もう二度と、あの人なつっこい白い皮の友人に會えないと思うと――。

それで結局、この巖場に戻ってきた。

風が冷たく、それを遮る場所で休んだ方がいいとロスが言ったためだ。溫の低下は力を奪っていく。ヴェロニカにしても異論はなかった。

秋は冬に変わろうとしているらしい。紅葉しきった葉は下に落ち、木は丸になりつつある。

日が落ちると途端に寒い。

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いくら火をつけていても凍えそうだった。これで冬の寒さをしのげるのだろうか。いつか終わるともしれない山の中での生活に、途方もない思いを抱えた。

「ロス、寒いわ」

巖場の外で立って周囲を見ていたロスにそう言った。

彼は振り返えりぎょろりとした目を向けた後で、橫たわるヴェロニカに暴にムースの皮を被せてきた。しかしヴェロニカは首を振る。

「気休めはよして。こんなんじゃ、ちっとも暖まらないわ。ねえ、あなたが暖めて?」

甘えるようにそう言うと、すぐに顔をしかめる彼の姿が見えた。そして重い口ぶりで言った。

「……この森はお前にとってよくない。気がついているか? 出會ったときとはまるで別人じゃねえか。みすぼらしくて、けなくて、そんなに容易く人に甘えるだったか?」

「そうさせたのは森じゃないわ。あなたよ」

そう言うとヴェロニカはロスの手を摑み、無理矢理自分の隣に寢かせた。大した抵抗もせずに、ロスは隣に橫たわる。その腕を枕にして、ヴェロニカは目を閉じた。こうしていると彼の匂いと溫をじる。息を吸って吐く彼のが上下する気配がした。

狹い巖の隙間で、ロスはごつりとした低い天井を見上げているようだ。

「お前が早く元の生活に戻れるように、俺も努力する」

「……元の生活は嫌よ」

「なんでだ。何一つ不自由なんてないだろう」

ロスがこちらに顔を向けたらしく、しゃべる息がかかる。當たり前のことだが、それが気恥ずかしくもあった。

「いいえ、不自由だらけよ。貴族なんて馬鹿ばっか。王都では皆、銃を突きつけ合って無理矢理笑っているようなものだわ。……変ね、わたし、今までこんな風に思ってたのかしら」

ロスはしばし黙った後、全く違うことを尋ねてきた。

「卒業後、王都では何をしてたんだ」

「司書よ」

「司書? あの、図書館なんかにいる奴等か」

「ねえ、司書って他にいる?」

「似合わねえな、いてっ! 怪我人だぞ!」

目をつむったままロスの脇腹をつねると彼は抗議の聲を上げる。しかし本気で痛がっているわけではないのがその聲から分かった。

「お前は靜かに気取ってるより、大聲でわめいていた方が似合ってる」

「わたしは自分がこんな人間だったなんて知らなかったわ」

それきり、二人はそれぞれの思いにふけった。

巖の壁の中にいるせいか、森のざわめきも、獣の聲も今日は遠い。ただ隣にいる男の息づかいだけが大きく響いていた。

ヴェロニカは、そっとロスに囁く。

「あなたが、ずっと側にいてくれればいいのに」

ヴェロニカは規則正しい寢息を立て始めた。

それを確認してから、ロスは彼の顔にできた傷跡をなでる。くすぐったかったのか彼の頬がすこしいた。

「俺はきっとお前を傷つける」

今度は長い髪にれる。

以前輝いていたその髪は、今はばさばさに汚れていた。それでもロスには彼を形作る全てものが変わりなくしいとじていた。

「……確かに、本當だったらお前にれることすら許されない」

いつか言われた言葉を繰り返す。

が起きないように、ゆっくりと枕にされていた腕を抜き、氷像のようにしい、その寢顔を見つめた。A國にもは數多いるが、その中でもひときわしいのではないか。

「なあ、どうか俺が死んだら……」

呟いて、彼の頬に、再びれた。

白く、らかく、そして溫かい。

それを優しくでる。

いつも彼は冷たく尖ったものを、迷いもせずに突き立ててくる。自らもその刃に刺され、痛みに涙を流しながらも。

「……俺が死んだら、心臓を一番高いところに置いてくれ。たとえ葉わなくても、そ(・)こ(・)に一番近い場所に行きたいんだ……」

ヴェロニカの顔にひとしずく落ちた水滴は、昨晩の雨の殘りであったか。

ロスはヴェロニカからし離れたところに座ると眠り始めたようである。傷跡が痛むのか、いつもより疲れていた。それを薄目で確認してからヴェロニカはそっと目を開けた。

眠ったふりをしていただけだ。

頭は冴えていた。

考え事をしていたのだ。――やはり、おかしなことがある。

此度の騒に関してだ。

(順を追って考えてみましょう)

まず、あの婚約破棄騒ぎ。

一見、チェチーリアが言う「運命」だとか「シナリオ」のとおりになったように見えるが、実際細部で異なっている。妹が婚約破棄されるのは、卒業パーティーだと言っていたのではなかったか。

それが二年早まった。

早すぎるのでは無いか?

なにかがおかしい。

だがなにが。

例えば誰かがもし、クオーレツィオーネ家の沒落を願っていたとしたら。

仕組まれていたのだとしたら?

誰が?

心當たりは多い。

強引なカルロ・クオーレツィオーネ伯爵には政敵が多かったから。

しかし。

そもそも家が沒落したのは、妹が罪を認めたからだ。認めなければ、そうはならなかった。でも、罪を認めると知っていた人がいるならば。

妹はどこか諦めていた。

自分が悪役令嬢でいつか婚約破棄されるのだという強迫観念めいた思いに囚われていた。

それを、利用されたのだとしたら。

チェチーリアが罪を認めると初めから分かっていて、それをまんまと利用してクオーレツィオーネ家を窮地に追いやったのでは。

では、だれが知り得たというのか。

(考えるまでもないじゃない)

――いるじゃないか。簡単だ。

(だけど、どうして……どうやって?)

まだわからないことが多い。それに、だとしたらひどい話だ。

しかし、繰り返し、ロスだって言っていた。信じられるのは、自分だけだと。

生まれたときから、自分だけだと。

チェチーリアの話では、沒落した悪役令嬢一家のその後は全く不明らしい。いわれのない罪により、ける必要のない罰をけて……。

ロスの獨白を聞いたヴェロニカの覚悟は、今やっと靜かに決まった。

傷なんてつかない。運命を、絶対に諦めない。負けてたまるものですか。

――……このシナリオを悲劇で終わらせるなんて、まっぴらごめんだ。

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