《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》しずつ全貌が見えてきましたわ!
「アルティ! こっちの包帯も換えとくれ!」
「こっちが終わったら行くわ!」
ヴェロニカは兵士の包帯を換しながら大聲で返事をする。
「アルティちゃん! こっちも頼むよ!」
「あんたは私だよ!」
ベッドの上の傷だらけの若い兵士が調子よく言うのを、別の看護師に怒られている。
B國病院での日々も、すっかりなじんだ。看護師たちは皆気が強く、兵士たちは気の良い人が多い。戦爭中ではあるが、皆明るかった。それを意外に思う。
「そりゃ、アルティちゃんがいるからだよ。前は酷かったよ、鬱々としてて。男は人に弱いのさ」
「上手いこと言っても、食事は割り増しできないわよ」
「本心さ。退院したらデートしてくれ」
「あんたのようなブ男はお呼びじゃないってさ!」
スーザンの聲が飛び、他の看護師たちもクスクスと笑った。
看護の仕事は朝から晩までやることがびっしりある。手はすっかり荒れたが、心は充実していた。山のような仕事はありがたかった。余計なことを考えずに済む。
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病院に院している兵士は日々増えていく。それだけ戦爭が激化しているということだ。
「A國じゃ、なんだか々よくない噂があるらしいぜ」
病室の兵士が別の兵士に言うのに思わず聞き耳を立てる。
「なんと、王家に近いなんたらーネ伯爵とかいう奴が、謀反の疑いで逮捕されたらしい。それで、そこの家が出資していた軍が弱まったって話だ」
「はあ~。それで近頃、我が國のきが早まったんだな。B國勝利も近いぜ」
「昔からA國部に我が國のスパイがいるって噂があったが、それだと疑われたんだろうな」
「スパイ? 本當の話なの?」
いてもたってもいられずに、ヴェロニカは話に加わる。ヴェロニカが興味を持ったことで、兵士たちはますます熱がったようだ。
「ま、噂話ではあるが、オレは本當じゃねえかと思ってる! だってよ、時たま將校がA國の作戦を知ってないとおかしいきをするんだぜ」
「おまけに、A國側じゃ、なんたらーネ逮捕の過剰反応だろ。それじゃ、スパイが本當のことだと言ってるようなもんだ」
(もしそれが本當なら……)
ヴェロニカは、自分の顔からの気が引くのをじた。このところずっともやもやと考えていたことが、現実の郭を帯びてきたように思う。
「だけど、我が國の陛下も調が優れないって噂もあるなぁ。ご存命のうちに、勝利を収めたいなあ」
「こら、滅多なことを言うな」
兵士たちの聲が遠くじる。スーザンが心配そうに聲をかけてきた。
「アルティ? 気分でも悪いのかい? 顔が真っ青だよ」
もしそれが本當なら、やはり父は嵌められたということだ。それもチェチーリアの自白を上手く利用して。
黒幕は……B國スパイということだろう。なら、そのスパイの目的は何か。いかに父が疎ましくても、クオーレツィオーネ家の沒落だけのためにそんな大がかりなことをするはずがない。
ならば、この戦爭をB國有利に進めることが、そのスパイの目的なんじゃないだろうか。王家中樞にり込み、側からじわじわと毒を盛る。王家に忠誠を誓う権力者の父はその障壁だったに違いない。
目眩がした。
いずれにせよ遠からず、邪魔な父は有罪になり死刑になるのだろう。もしかするとチェチーリアも同じ運命を辿るのでは。無事なのはB國にいる自分だけだ。
(ああ、そんな……!!)
「アルティ!」
スーザンのぶ聲を聞きながら、ヴェロニカは気を失った。
「大丈夫かい、慣れない生活で、疲れがたまっていたんだろう」
スーザンが溫かい茶をれてくれた。目覚めたヴェロニカはそれをけ取る。け取る手が、意に反し震えているのに気がつき、口をつけずにコップを橫に置いた。
「スーザン、あのね」
「なにも言わなくていいさ」
優しい聲が聞こえ、背中に彼の手がれた。その手の溫かさに、気がつけばヴェロニカはのを吐していた。
「わたし、家族がいるのよ。大切な、家族が。でもわたしはいつも間違ってばっかりで、大切だってついに伝えられなかった。本當は知っていたの。わたしが歩み寄るべきだったのよ、だっていい大人だわ。つまらない意地を張って、いいえ、本當は自分の弱さが怖かったの。優しい言葉をくれる婚約者に逃げたの。家族と向き合わずに。だからバラバラになってしまったのよ。……わたしのせいだわ」
泣きはしなかった。
だた淡々と伝えるが、言葉が止まらなかった。語るヴェロニカに、スーザンの優しい目元が向けられる。
「アルティ、悪いことは言わない。家族の所に帰りな」
スーザンの言葉にヴェロニカは驚き、勢いよく彼の顔を見た。打ちのめされた気分だった。
「あなたもわたしを捨てるの? 役立たずだから?」
病院の前に捨てたロスのように、ここからも捨てられるのか。しかし、スーザンは大聲で笑った。
「まさか! いてくれるなら、ずっといてしいさ。場が明るくなるし、働き者だしさ。だけどあんたはここにいる人間じゃないだろう? やらなきゃいけないことがあるんじゃないのかい?」
笑いながら頭をでるスーザンにヴェロニカは母を思い出す。いつもこうしてめてくれたのだ。
「どうしてそんなに親切なの?」
「あたし親切かい? そうだね、娘がね、生きていたらアルティと同じ歳くらいだから、放っておけないのかもしれないね」
「亡くなってしまったの? なぜ? ……もしかして、戦爭で?」
「いいや、流行病で大熱を出してね。貧乏で、薬も栄養もなくて、あっけなく逝っちまったよ。まだ十歳だった」
そうしてスーザンは目を細めた。ヴェロニカと同年代ならば、亡くなったのは何年も前のことであるだろうが、スーザンの目からは涙がこぼれた。
いつも勝ち気なスーザンの悲しい過去をしも知らなかった。
皆、どこかしら治らぬ痛みを抱えている。普通に見えて、その心の中には決して他人には見せられぬ癒えぬ傷があるのだ。
「いけないね。あの子のことを思うと、まだ……」
「いけなくなんてないわ」
今度はヴェロニカがスーザンの肩にれた。
誰にだって、大切な家族がいる。
エミリーにを伝えたあの兵士だって、いつか出會ったあの農夫だって、家族をしてるのだ。きっとずっと、死んでもなお。
「……わたしね、スーザン。今まで、自分のことばかり考えてた。王都で將來の心配なく過ごして。一人前のつもりだったわ。言いたいことははっきりと言って、自分の正しさを疑わなかった。でも……」
森であの男と出會って、そして知った。
「本當は、一人じゃ生きていなかった。を殺して捌く人もいるし、病人を死ぬ思いで看病する人もいる。……くして亡くなってしまう人も。だけど皆、必死に生きているんだわ。そんな人がいるからわたしは生きているんだわ」
「アルティの考えは立派さ。偉ぶってる貴族や軍人に聞かせてやりたいね」
死んだB國兵士からけ取った寫真を取り出す。記された文字――“必ず帰る。を込めて”
必ず帰る。
心の中で、その言葉を繰り返す。
「わたしも、この命を、真面目に使うことができるかしら。奪われたものを、何もかも、取り返すことができるかしら?」
「できるさ。當たり前じゃないか」
赤い目をしたままスーザンは微笑んだ。
それからし考えるような表の後、尋ねられる。
「本當は、なにがあったんだい?」
「……ただ、一世一代の賭けに出て、無様に負けただけよ」
もしこれが小説だったら悲しい結末だ。しかし、意に反してヴェロニカは笑みがこぼれた。
ロス、彼は去った。
だけど知っている。いつだって彼はヴェロニカの元に戻ってきた。森でも、おばの屋敷でも。だから今回だって、必ず彼は自分の元に戻る。それはわずかな願ではなく、はっきりとした確信だ。
(馬鹿なロス。わたしから、本気で逃げられるとでも思っていたの?)
「わたしね、本當はヴェロニカって名前なの。ヴェロニカ・クオーレツィオーネ。A國の沒落貴族よ」
「なんだって!!」
さすがのスーザンも驚いたようで大聲を出す。それをしーっと人差し指を口に持って行って制した。
「どうりでどえらい人だと思ったよ。とんだお姫様じゃないか! しかし、A國の子だったんだねえ」
し聲を抑えてスーザンが言う。
「じゃあ、帰るったって、生半可なものじゃないね。國境をこえなきゃ。どうするんだい?」
「大丈夫よ」
ヴェロニカは堪えきれずにまた、ふふ、と笑った。
「だって、わたしは山の神様に々教わったんだもの」
note+ノベルバ+アルファポリス+電子書籍でエッセイ、小説を収益化しつつ小説家を目指す日記
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