《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》A國國ですわ!
その商人はA國にもB國にも出りが可能な通行証を持っていた。元は別の國の商會にを置いているためだ。
その商人はいつも一人で荷を運んでいた。國境となっている両岸には両國の兵士が目をギラつかせており、通りすぎる前に必ず一度立ち止まって一息つくため煙草を吸う。B國側の検問を終えた後、懐から煙草を取り出した。この後、A國へとる予定だ。
かたり、と馬車に何か重みをじたが、吹く風のせいだろう。もう冬が近い。商人は厚手のコートの襟をよせ、再び馬車を走らせた。
商売を終わらせたら、久しぶりに田舎の母ちゃんにでも會いに行こうか、などとぼんやり考えていた。
天気も良い。快調。何一つ問題はない。の、はずだった。
「これは一どういうことだ!?」
A國國境で、商人は兵士に捕まった。頭は酷く混した。なぜなら荷の一つに積んだ覚えのない荷があった。それも、だ。男のような格好をしているが、かなりのだった。
*
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「あの方は関係ないわ。わたしが勝手に馬車にり込んだんだもの」
A國兵士の前でヴェロニカはそう言った。
心では舌打ちをしたかった。
(運が悪いわ。わたし、隠の才能はないのね)
B國兵士の次はA國兵士に捕まるなんて最悪だ。もっと困ったことに、A國で分を明かすことは自殺行為だ。
クオーレツィオーネの娘だとばれたら最後、反逆を疑われ牢獄行きか、最悪殺される。おまけに服の下に隠したロスの長銃がもし知られたら……そう思うと冷たい汗が背中を伝う。
尋問は必ず二人で行うというのが國境をも越えた示し合わせであるかのように、A國兵士もまた二人いた。ここを切り抜けるのは難しいだろう。B國の若い中尉と違い、どちらも中年のベテラン兵士だ。安い臺詞などたちまち見抜かれるに違いない。
だがヴェロニカは以前よりも度がついていた。なりふり構っていられない。
相手を屈服させられないのであれば、自分を偽るだけだ。いかにも何も知らないおろかなを演じる。
「悪い男に騙されて、B國に売り飛ばされたんです。そこから命からがら逃れてきました。決死の思いでA國に帰ってきたんです!」
繰り返し考えていた言い訳を、必死の表で伝える。目を潤ませ、懇願するように眉は下げる。もちろん、全て演技だった。
兵士たちは顔を見合わせる。
「名は?」
「アルティ・スミス。農家の娘よ」
B國でも名乗った名を伝える。農家というのはもちろん口から出任せだ。おばの家に向かう途中で出會った、あの親切な農夫を思い出したのだ。
「家族の元へ帰るのかい?」
「いいえ」
首を橫に振る。そしてこれ以上ないほど哀れっぽい表をして、ついに目から涙をこぼした。當然、噓泣きである。
「家族は病気で皆死にました。わたしはこれから、今までの奔放な振る舞いを償うため修道院に行こうと思うのです」
人間、追い詰められるとなんでもできるものらしい。ヴェロニカははらはらと噓の涙を流し続けた。
これには兵士たちは多同したようで、先ほどよりも遙かに表が和になった。男がの涙に弱いのもまた世の常だ。それがであればなおのこと。それを知っているからこの行為だ。
「神様と人のを信じています。あなたたちもわたしを信じてくれるでしょう?」
兵士たちはこの娘をどう扱ったものか迷っている様子だった。
侵経路があまりにもおざなりであり、見た目も怪しすぎる故、B國スパイには到底見えないが、話もまた鵜呑みにするにはうさんくさい、とでも思っているのだろう。
ダメ押し、とばかりにヴェロニカはひときわ大きな聲で泣きわめいた。
「ひどいわ! 神様はどうしてこんな試練を與えるの!? ああ、死んだ方がましだわ……! 死ぬわ! 今ここで! そして神様に會ったら、あなたたちのことをお話しするわ! いいえ、そんな顔なさらないで。あなた方に罪はないわ。たとえここで無垢なるが無実の罪で死んだとしてもね」
言いながら、酷く冷靜に思った。
(わたしも隨分たくましくなったものね)と。
「はあ。わかったわかった。もういい。修道院まで送ってやれ」
兵士はついに負けしたようだ。ヴェロニカは顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「セントマリー子修道院よ」
とある修道院の名を告げると、兵士は頷いた。
「そこならここから近い。それに今、お上からの勅命をけたとかいう高貴な騎士殿が詰めているらしいからな。妙な真似もできまいよ」
やれやれとでも言うように兵士はため息を吐いた。めんどくさいに、もうこれ以上関わりたくないのはその表から明らかだった。現にけろりと泣き止んでいるが文句一つ言われなかった。
――セントマリー修道院。
そこはまさしく、チェチーリアがいる場所だ。
馬車に揺られて數時間。日が午後に傾き始めた頃、その修道院が見えてきた。
灰のレンガ造りで、こじんまりとしている。周囲には何もなく、質素で地味な場所にある。
ヴェロニカの心臓は早鐘のように鼓する。手には汗がじとりと滲む。
(チェチーリア……。ここにいるのね?)
妹と會うのは、あの日の屋敷以來だった。隨分久しぶりに思える。互いにろくな別れも言えないまま離ればなれになってしまった。第一聲はなんと言おうか。
(だけどもし。拒否されたら?)
決して仲の良い姉妹ではなかったし、妹を邪険に思った過去もある。近頃はほとんど顔も合わせていなかった。前世がどうのとばかり言うことにうんざりして、アルベルトと一緒にいるようになったからだ。
妹にしても、次第に姉を避けるようになっていった。
(嫌われているかもしれないわ。何しに來たのだと追い返されるかも)
そう思うと、今まで強い意志で猛進してきた気持ちが途端に消極的になり始めた。例え拒まれたとしても、一人だって父の所に向かうつもりだ。だがしかし、今までじたことのないある種の恐怖がヴェロニカの心を覆っていた。兵士にいくら脅されてもしもじなかった恐ろしさだが、たった一人の妹に拒絶されるのではないかと考えると震えるほどに沸き上がってきた。
(馬鹿なわたし。今までのつ(・)け(・)が回ってきたんだわ)
優しくしてくれるアルベルトに逃げ込み、家族と向き合ってこなかったつけだ。……一番守ってやれなければならなかった、いチェチーリアの逃げ場は、どこにもなかったというのに。
本當だったら、姉の自分が逃げ場になってやらなければならなかった。何度チェチーリアの言葉を拒んだだろう。家族から否定される絶を、何度彼は味わったのだろう。さて自分の番になって、今更恐ろしいと思うとは。
森の中で、いつも孤獨だった。
それでも前へ進もうと自分を勇気づけらることができたのは、父と妹を思うに他ならない。
(一番初めに謝ろう)
チェチーリアの反応を想像する。怒るだろうか、笑うだろうか。
彼の笑顔を思い出そうとしたが、あまり上手に描けなかった。
「著いたぞ」
馬車が止まる。修道院は目の前だ。遠くからだとこじんまりとしているかと思えたが、こうして見るとそれなりの奧行きがあることがわかった。大勢のたちがここで生活しているのだから當然といえばそうだ。
見送りの兵に禮を言い、気づかれぬように決意を固めた。
(やるのよヴェロニカ)
一呼吸置いてから、そして扉を開く。
今までのどんな扉よりも、それは固く、重くじられた。
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