《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》ライチョウはレバー味ですわ!
歩いていると、アルテミスがいないことに気がついた。彼がいなくなることは度々あり、大抵獣の匂いを追っているか、先を行きすぎて、遠くで待っているかのどちらかだ。
どこからか吠え立てる聲が聞こえるため、今回は獣でもいたらしい。
先ほど鹿を取り逃がしたため、今度こそはとヴェロニカは肩にかけていた銃を下ろし、弾を銃倉に送る。グレイとチェチーリアを置いて、アルテミスの聲が聞こえた方へと向かうと、雪に覆われた斜面に向かってしきりに鳴いていた。目をこらすと、白く丸々とした羽で覆われた何かが、雪に掘られた巣にいるのが見えた。
アルテミスはそのに向かって何度も手をばす。の中の羽も、しわがれた威嚇の聲を上げる。聞いたこともない獣の聲だった。
ヴェロニカは銃を持ち、さらに近づいていく。しかし、それよりも早くアルテミスがに顔を突っ込み、ジタバタと抵抗する羽の首に噛みついた。
アルテミスがくわえていたのは丸々とした鳥だ。その首の骨を折るように、アルテミスは自の首も左右に振った。白い雪と白い犬と、白い鳥。一面の白い景に、赤い鮮がぱっと散った。
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やがて日が暮れる。歩き続けていた三人と一匹も、今日の行程を終えようとしていた。
前よりも日が落ちるのが格段に早くなった上、寒さも段違いだ。高度は前回と変わりはないと思われるたが、進む季節に地表が冷えているのだ。周囲には、ほんのしだけ雪があった。
「こうするといいと聞きました」
グレイがてきぱきと落ちた木の枝を集めていく。どうするつもりかと見ていると、大きな太い枝を地面に突き刺し外枠にして、小さめの枝を立てかけ、そこに落ち葉を丁寧に置いていった。
彼はどうやら、即席のテントを作ったようである。
「一晩の家ですね。風も防げるし、寒さもましだと思います」
「よく知ってたわね」
ヴェロニカが心すると、「祖父がこういうのが好きだったので」と照れたような返事が返ってきた。
「一戸建て、しかも庭はとてつもなく広いなんて、豪華ですわね」
冗談なのか真面目なのかチェチーリアが嬉しそうに微笑む。
確かにグレイの作った間に合わせの家は、まま快適といえた。風をしのげるだけで隨分違う。を寄せ合っていると、それぞれの溫で自然と暖まった。
こうするといい、と修道院の面々が言っていたのは、油を染みこませたロープを攜帯し、それを必要な分切り落とし火をつける方法である。比較的楽に火をおこすことができるのだ。
「これはライチョウですね」
グレイがアルテミスが仕留めた鳥の羽をむしりながら言った。白いふわふわの羽は、集めれば上等な飾りにでもなりそうだ。しかし今は邪魔なだけだった。アルテミスが漂う羽の匂いを嗅いで、鼻で吸い込んだらしく、くしゃみをした。
「天然記念ですわね。日本では食べてはいけない鳥だったのです」
チェチーリアが羽の抜けきり地が丸見えの鳥をしょっぱい顔をしながら見つめる。
煮るか焼くか迷った所で、結局焼いて食べることにした。
「う、むむ。なんだか個的な味ですわ……」
ご令嬢の矜恃で、きっとまずいとは言えないのだろう。チェチーリアが微妙な表で言った。
「そうね。わたしは好きよ、レバーみたいで」
ヴェロニカはアルテミスと分け合いながら食べる。確かに好みが分かれそうな味ではあるが、野味のあるしつこさは嫌いではない。
「針葉樹を食べる鳥ですから、そんな味がしますね。苦みがあって嫌いじゃないですよ。酒に合いそうだ」
グレイもいける口らしい。
他に、修道院で持たせてもらった食料を食べ、夕飯にした。旅の初日にして、良い出だしだった。目的は決して穏やかではない旅ではあったが、思いがけずなごやかな時が流れた。
食べ終えてから、地面に布を敷いて、その上にくっついて橫になった。
ヴェロニカの橫にはチェチーリアが、チェチーリアとグレイの間にはアルテミスがいる。それをまた布で覆った。天井が低いので包まれてるような気分になる。そうしていると、蓑蟲(みのむし)にでもなった気分だった。
チェチーリアは歩き続けて疲れてたのか、今にも眠りに落ちそうだった。ヴェロニカはその前に、と思って妹に話しかける。
「チェチーリア。教えてしいのだけど」
「ふぁ、なんですか、おねえしゃま……」
あくびをするチェチーリアの顔がこちらに向けられる。
「例の……あのことよ」
「れーの?」
「ほら、あの。悪役令嬢の出てくるゲームの」
ヴェロニカは言葉に詰まる。なんとなく、言い辛い。
「ロスト・ロマンですわね!!」
チェチーリアはガバッと起き上がる。彼の腹に顔を乗せていたアルテミスが非難めいた目を向けていた。
「素晴らしい乙ゲームですわ! 何が聞きたいのですの?」
「乙ゲームってなんだ?」
グレイも半起こしてチェチーリアを見た。初めて聞く話らしく、その表は訝しげだった。一方のチェチーリアはよほどそのゲームが好きだったのだろう、先ほどまで眠たげだった瞳はきらりと輝く。
「つまり、テレビゲームですわ! 前世の、日本の……」
「前世? ニホン?」
チェチーリアがいつもの話をグレイにすると、彼の眉間にますます皺が寄る。この世界がゲーム世界だの、自分は悪役令嬢だの、グレイは攻略対象だのと、聞かされたのは初めてなのだろう。
(お父様はチェチーリアにその話を誰にもするなと厳しく言っていたものね)
だから學園ではひと言も話さなかったはずだ。
「聞きたいのはシナリオよ。あなたもよく言ってるじゃない、シナリオ通りにことが運んでるって」
「ええ!」
ヴェロニカにしても実はきちんと聞くのは初めてだった。だが今、きっとそれが重要になる。誰かが自分たちを嵌めたとすると――ヴェロニカには実際ある人の心當たりがあったが、確信には至っていなかった――嵌めたとすると、そのシナリオに鍵があるだろうと思われた。
そして遂に、ゲームの全貌を知ることになる。
ライチョウは日本では天然記念なので、食べてはいけません…。
もしも変わってしまうなら
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