《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》ひさびさのレオン様ですわ!

ひさびさの登場、王子レオンと乙ゲームヒロインのミーアです。

「なぜ、あなたがこんな事を?」

「……すまない」

「謝るなら、逃がしてください」

「そういうわけにはいかないんだ。もうし、靜かにしていてくれ」

ヒューの懇願にも関わらず、相手は頑なで、扉は無にも閉められた。

* * *

ヒューは、有りに言えば行方不明狀態だった。と駆け落ちした、王子に嫌気が差して逃亡したのだ、酔って川に転落した、と様々噂が流れたが、真実は誰にも分からなかった。もちろん、レオンにも。

「かわいい甥はご機嫌ナナメかい?」

城の廊下ですれ違ったとき、シドニア・アルフォルトはそう言って眉を片方だけ用に上げてからかうように笑った。絹のような彼の長髪が日に當たり輝く。それなりの歳であろうが、未だ若々しく、しい男だった。

シドニアは、レオンの母の姉妹を妻に娶っているため、親族といえばそうだ。だからいつも親しげに話かけてくる。

「あなたは極(・)上(・)というじだ」

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嫌味混じりにそう返したが、一笑されて終わる。レオンと違いシドニアは上機嫌だ。

「そうでもないさ。アルベルトが全く私の所に顔を見せなくなってね。放息子さ」

「アルベルトは屋敷にいるのだろう? あなたが帰ればいいのでは」

「ははは」

冗談を言ったつもりはないが、シドニアは愉快そうに笑った。彼が最近ずっと城に詰めていて、忙しそうにしているのは知っていた。B國との戦爭が激化しているらしい。おまけに、陸軍に多大なる出資をしていたクオーレツィオーネ家の失腳。その後を一手に引きけたのだから多忙もここに極まれり、と言ったところだろう。

「あいつはまだヴェロニカとの婚約を解消しないと言うのだよ。レオン殿下からも説得してくれ」

「私の言うことなど聞きはしない。アルベルトは案外頑固だから」

確かにな、とシドニアは納得した。アルベルトとシドニアの外見はよく似ている。しかしな父に対して、息子の方は自分の決めた信念に従う頑なさも持っていた。國家裏切りの容疑がかかっているヴェロニカを未だに手放そうとしないのもそうだ。

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「あなたも心配では。クオーレツィオーネ家の面々とは親しかったのだから」

レオンにとってはなんとはなしの発言だった。シドニアとヴェロニカの父、カルロは頻繁に親があり、子供同士を婚約させるほど月だった。しかしシドニアはレオンの発言をまたしても一笑した。

「まさか! 君も人の上に立つ者なら、政治の勉強をしたまえよ」

レオンは気づく。シドニアの目はしも笑っていないことに。なおも、彼は続けた。

「そうそう、君と婚約していたチェチーリア・クオーレツィオーネだが、教會から逃げたらしいな。誰とだと思う? ヴェロニカだよ。まったく、どういうつもりだか。見張りまでつけても、脇が甘いのではないかい?」

が凍り付くレオンをおいて、シドニアはチェチーリアたちが逃亡したということなどしも憂いていないように軽快な歩調で去って行った。

だが、一人取り殘されたレオンは、呆然と立ち盡くす。

「チェチーリアが逃げただと……?」

元婚約者のを寄せた修道院からいなくなってしまった。しかも、死んだはずの姉のヴェロニカが突如として現れ二人して逃亡したというのだ。

しかも、それを見張りにつかせていたグレイからではなく、シドニアから聞くなど。このところグレイからの連絡は特段ない。だから、一切問題がないものだと思っていた。

自室に戻ると、別の者から別の報告をけた。

例の裏切り者の暗部がわざわざ自ら捕まりに出頭したらしいのだ。その裏切り者は今、地下牢獄に囚われている。一、何が起きているというのか皆目見當もつかない。ヒューが謀だなんだと言っていたが、まさか……。歴史あるA國において、敵國の隠功した試しなど、ただの一度も無いのだから。それでも、レオンは苛立っていた。

レオンの苛立ちは、それら全てにおいて、自分がまったく蚊帳の外にいることにあった。何もかも一切、起こった後で知ったのだ。またこれから何が起ころうとしているのか、それすら分からずにいる。

誰がどうき、何を目的にし、今の結果になっているのか。

そしてやはり――ひときわレオンの心をかきしたのはミーアとの婚約だった。漸く、ミーアとの婚約が認められた。最も彼はこのところレオンの部屋に住み著いており、事実婚狀態といえばそうであったのだが。

今になって婚約が進んだのは、影にシドニア・アルフォルト公爵の助言があったからに他ならない。彼の王からの信頼は絶大だ。息子の自分よりも。

このタイミングでミーアとの婚約を囁いたということは、もはやシドニアにとってクオーレツィオーネ家は切り捨ての対象となったのだ。

アルフォルト家はA國に広大な領地を有し、近縁である立場から王からの信頼も厚かった。レオンにしても、現當主の一人息子のアルベルトと非常に近しい関係にあった。近頃アルベルトは姿を見せることもなく、會ってもどこか上の空だったが。

クオーレツィオーネ家という権力者を失った今、シドニアの存在は、いずれA國にとってより力を増すことになるだろう。

が、やはり目下の悩みはそこではなかった。

(チェチーリア、無事なのか……)

のことが心配だった。

知らせを聞いて以來、元婚約者のことを考え続けていた。いつも穏やかに隣で微笑んでくれていた彼。レオンのことを、そっと支え続けてくれていた。彼を怒ったことも、疎ましく思ったこともある。しかしそれは、心許していたからだ。

いかに彼は辛抱強く、優しい人間だったか。レオンにとってどれほど大切な存在だったか。失った今、やっとそれに気がついた。

今更になってチェチーリアへの心を自覚していた。だがどうすることもできない。一切、何もかも手遅れだ。

婚約の式典は近日、王宮広場で執り行われる。父である國王、そして國民の前で、ミーアと永遠のを誓うのだ。引き返すことなど不可能だった。

學園であの一件があってから、當の本人たちは休學していた。元々、社會勉強として通っていたのだ。學力に問題は無い。

問題があるのは、ミーアだ。

ミーア、といえば、変わらす天真爛漫ではあったが、いつも一緒にいた以前に比べ、婚約が認められて以來において行方が分からなくなる時間が多くなった。

どこへ行っていたのだ、と尋ねてもいつもの微笑みで「乙ですわ」と躱されてしまう。

今もそうだった。ミーアはどこかへ行ってしまった。近頃になって、とたん彼の考えが分からなくなってしまった。前はひたすらにレオンを慕っていたというのに。

と、がちゃり、と部屋の扉が開き、何食わぬ顔でミーアが帰ってきた。どこに、と尋ねたところで、何も答えてはくれまい。

ミーアは椅子に座るレオンを見ると、レオンの部屋なのでいてしかるべきであるのに、「あら、いらしたんですのね」と言ってそれ以上の興味を示そうとせずに、寢室の方へ移しようとする。

(流石にそれはないだろう)

レオンはため息をつき、れ替わりに部屋から立ち去ろうとする。その態度にやや驚いたのかミーアは歩みを止めて、取り繕ったかのようにすり寄ってきた。

「まあ、レオン様。怒ってらっしゃるんですの?」

甘ったるい、囁くような聲を出し、ミーアが腕にまとわりつく。それを振り払うようにしてレオンは言った。

「君が何を考えているのかわからない」

顔を見れずに背を向ける。レオンは傷ついていた。しかし、それを伝えることはプライドが許さなかった。またしてもチェチーリアのことを引き合いに出すなら、彼はそんなレオンを辛抱強く待ち、待った末に包み込んでくれた。

ミーアはチェチーリアとは違った。真正面から気持ちをぶつけ、向き合ってくれたように思っていた。しかし、今はそれすらない。

ミーアが黙っているので、耐えかねて振り返りぎょっとした。しとしとと靜かに涙を流していたからだ。

「そんなこと、言わないでください……。とっても悲しいですわ」

赤い目から、悲しそうに大粒の涙が流れ落ちる。

そのか弱い姿に、固く閉ざそうとしていた心が揺れた。レオンは自分を恥じた。男が守ってやらねば、たちまち消えてなくなってしまうほど、このは危うく弱いのだ。

「ミーア、すまない。君のを疑ったわけではないんだ。ただ、もうし以前のように側にいてほしい」

そう言って、彼の溫かなを抱き締めた。腕の中にすっぽりとってしまうほど小さい。泣いているためか、は小刻みに震えていた。自分を頼りにしているこのを、おしいと改めて思う。

ミーアは震える聲で小さく言った。

「私がしているのは、いつだってたった一人ですもの」

その言葉に、レオンはほっとため息をつき、更にそのをきつく抱き締めた。

レオンの腕に包まれながらミーアはするたった一人のことを思った。それはこの婚約者ではない。

――馬鹿な男。

笑いが堪えきれず、肩が小刻みに震えた。レオンが気づく様子はない。ミーアのことを、本當に儚げなと信じて疑わないのだから。

もうし、あともうし耐えれば、この茶番は終わる。あの人は約束してくれた。ミーアだけをすると。

ヒューに見られたのは誤算だったが、処理は可能だ。問題というほどではない。

(ねえ? いつもあなたが言うように、上手く、行くよね? ――――シドニア様)

いつも遠くを見るようなあ(・)の(・)人(・)の瞳に、ようやくミーアを映すことができる。

そして二人で永遠に、一緒の時を過ごすのだ。

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