《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》跳ね上げ式罠vsアナグマですわ!

チェチーリアはついに寢息を立て始めた。

その穏やかな寢顔を確認してから、ヴェロニカは木の葉で覆われた暗い天井を見つめる。心臓は嫌に高鳴っていた。

(シドニア様とアルベルトがゲームの登場人……)

シドニア・アルフォルト。

婚約者の父であり、ヴェロニカもよく知る人だ。高い分でありながら、人を蔑む事は一切なく、格は穏やかで気さくだ。

そんな彼はチェチーリア曰く、主人公へのアドバイスをするお助けキャラなるものであるらしい。ゲームに、シナリオに関係のない人は出てこないのだとしたら、結局チェチーリアが“前世”で“プレイ”できなかった部分に関係してくる……のではないか。

なら、しだけ登場するというアルベルトが隠しキャラである場合もあるのだろうか。いや、むしろ隠しキャラだと見た方がシナリオ的に自然ではないか。

……アルベルトがミーアにをする可能も、またあったのだろうか。

しかし現実世界において、二人の間に面識はないと思われた。ミーアがレオンをたらし込んだ今となっては、従兄弟の彼も彼に會っているかもしれないが、なくとも過去においていつも一緒にいたヴェロニカに悟られずにコンタクトを取るなど不可能だ。――だから、二人につながりはないはずだ。

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ゲームと現実は違う。語られない関係が腐るほどあるし、うんざりするほど先は見えず、シナリオ通りにはいかない。

実際、グレイはミーアでなくチェチーリアにしている。

それでも、ヴェロニカはアルフォルト一家がゲームの登場人だという事実にはさほど驚いていなかった。……それどころか納得するものであった。

「グレイ」

寢息を立てる妹を飛び越えて、まだ起きているであろう彼に聲をかけた。

「はい」

暗がりで彼がを起こす気配がした。わざわざ起き上がるとは、やはり真面目な男だ。ヴェロニカは橫たわったまま彼に尋ねる。

「あなた、人を撃ったことは」

「あ、あるわけないでしょう!」

驚きか呆れか、グレイは聲を大きくする。

「わたしはあるわ。とどめをさしたのは違う人だったけど、そうでなければわたしの弾丸で死んでたはずよ」

暗闇で、息をのむ音が聞こえた。ヴェロニカはおかまいなしに続ける。

「これは、多分、そういう旅よ。わたしはもし、わたしとチェチーリアの命を脅かすモノがあったとしたら、迷わず撃つわ。でも……」

言葉を切った。次を告げるか迷ったのは一瞬だけで、結局は全て伝える。彼も覚悟を決めてここにいるはずだ。

「わたしに何かがあったなら、あなたがそれをやりなさい」――敵を殺すのよ。

チェチーリアとアルテミスの寢息に混じって、グレイが息を深く吸い込む音がした。しばらくの間の沈黙の後で、彼は意外にも笑ったようだった。

「チェチーリアがいつも言っていた。お姉様は強くてかっこよくて、間違ったことを絶対にしない人だと。本當に、その通りですね。

……はい、ヴェロニカさん。オレは絶対にチェチーリアを、そしてあなたと、もちろんアルテミスを守ります」

そのしっかりとした聲を聞いて、ヴェロニカも眠りに落ちようと目を閉じた。

(グレイになら、チェチーリアをあげてもいいかもしれないわ)

ぼんやりと、勝手にそんなことも思った。

遠くで、オオカミの遠吠えが聞こえていた。

山には雪の分量が増し、つれてしずつ木々は低くなっていった。

歩き、休み、を繰り返す。

また野宿をした日の朝、ヴェロニカは前日に仕掛けた罠を見に行った。

ロスが道中度々していたことで、真似してみたのだ。小さな獣道の上に複數置いたのは跳ね上げ式罠だった。

適度な太さの枝を石で地面に打ち込み、高い木に結んだロープの先に小枝を結び、撃ち込んだ枝に引っかける。さらにその先にを作り、い込む餌でも置いておけば、即席の罠の完である。地面に置かれたの上を獣が通れば、小枝が外れ、まり、獣が捕まる。

何か獲れるのではないかと期待したのは、小さな足跡があったからだ。草が囓られたような気配もあり、近くに小がいるのは確実そうだ。

できればうさぎが有り難かった。小さいため捌くのが楽であるし、味しいからだ。

罠を見回るが、いずれも不発。近くに小らしき頭蓋骨が転がっている。捕食者が他にいるのか。

そう簡単には捕まえられないか、と諦めかけ、最後の罠を見に行ったところで、その珍妙な獣を見つけた。

イタチのように見えるが、もこもことした皮は茶と黒が混じったようなで、目の周りはより黒く、鼻筋は白く、五本ある爪はするどい。ヴェロニカが近づくとジタバタと暴れた。

「アナグマじゃないでしょうか」

不意に聲が聞こえ驚いて振り返ると、グレイがぬぼっと立っていた。チェチーリアに行ってこいと言われ、ヴェロニカを探しに來たらしい。

「アナグマ?」

「ええ。ああ、やっぱりそうだ。昔、祖父の家で剝製を見たことがありますよ。筆なんかの材料に使われるとか。一部の貴族の間じゃ、犬と戦わせて遊ぶみたいですが」

グレイの説明の間も、その小はグルグルと鳴きながら頭を上下に振り、威嚇を続ける。

「おいしいの?」

「え?」

「アナグマはおいしいの?」

「さ、さあ。食べたという話は聞きませんね……」

「そう」

ヴェロニカは近くにあった木の棒を握ると爪に引き裂かれないようにしながらアナグマの頭に數回叩き込む。「ひえ」というグレイの聲が聞こえたが、気づかぬふりをした。

次いで、ぐったりとするアナグマの首筋にナイフを突き立てる。まだ息があっても、これで確実に仕留めるのだ。二度ほど経験のあることだが、命を奪うこの瞬間は、何度行っても慣れる気はしなかった。

腹を割くと、なんとも言えない匂いが漂う。結局は糞の匂いだ、強烈に決まっている。「ぐぬ」というこらえるようなグレイの聲が聞こえた。

「すごいですね」

匂いに対してかヴェロニカに対してか、心した聲を出した。あの男がやっていたように、心臓に切り込みをれると、興味深そうに見ていた。

「神様に捧げるらしいのよ」

説明してやると、納得したように言った。

「そうやって罪悪を減らしてきたのでしょうね。人間が獣に対して行う狩りは、道や銃を使う一方的なものですから。自分たちは絶対に安全な場所にいて、圧倒的な力を行使するのですから……」

「フェアじゃないってこと?」

ヴェロニカが見つめると、グレイはしまった、という表になる。

「い、いえ、ヴェロニカさんのことを言ったわけじゃなくて」

「いいのよ。確かに一方的とも見えるけど、わたしたちはそれをいつもしているのよ」

それに、これはフェアである、とヴェロニカは思っていた。

獣も人間も、それぞれ生き殘るための戦略が違っただけだ。獣たちは俊敏と野生を選び、人間は技と社會を選んだのだ。生きようと向かい合うとき、いつだってどちらかが死ぬ。ヴェロニカがこうして生き殘ってきたのはほんの偶然のたまものでしかなかった。

だから――ヴェロニカの中ではどんな命も、ありとあらゆる面において公平だった。

途中、グレイがやると言ったので、捌くのを代した。初めてのそれに中々苦戦しているようだが、文句を言わずにやり遂げた。

汚れた手は、近くに積もっていた雪で拭く。ついでにも洗った。未知なるであったがピンク味そうである。期待できそうだ。

味しいですわ!」

チェチーリアがにこにこしながらアナグマを食べる。彼が狩ったを抵抗なく食べるのはし意外だった。前世では「ジビエ」なる野生を食べるのが流行していたらしく、命を奪う現場を見なければ、さほどの抵抗は無いらしい。

塩をかけて焼いただけだが、確かにかなりいける。上質な牛にもひけを取らない味だった。

「知ってますか? 貍ってアナグマのことらしいですのよ。前世のおばあちゃんが言っていました」

「タヌキってなあに?」

聞いたこともない単語だった。

聞くと人を騙す技を持つ、もっふもふの獣らしい。うさぎにしてやられて背中を燃やされたり、“タマセンター”という地で人間と戦ったり、中々お茶目な生らしい。チェチーリアは得意げに地面に絵を描いたが、アナグマよりも間抜けで奇妙な生に思えた。

チェチーリアは前世の話をするのが楽しいらしい。ヴェロニカにしても、初めて聞く遠い世界の話は面白かった。姉妹は離れていた時間を埋め合うように、いつも話していた。

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