《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》雪原の決闘ですわ!
――ターン!
銃聲が、雪山にこだまする。
空気が震えた。
銃弾は外れ、ヒグマの後方の雪に埋もれていく。
――ターン!
二発目。
間髪れず、撃つ。
耳が痛い。
それはヒグマの足に、確実に當たった。
ヒグマは歩みを止める。
次こそ、命を終わらせる。
絶対に當たる。
それはわずかな希ではない。
いつしか得るようになった覚。
弾が當たるか外れるか。
これは確信だった。
(當たる!)
――ターン!
三発目。
獣のから、が流れていく。
心臓を、確かに撃ち抜いた。
ついにヒグマはヴェロニカに屈したのだ。
その巨が、ゆっくりと斜面に向かって傾く。
次の瞬間には、ヒグマは命のない黒い皮となって雪に埋もれながら落ちてきた。
「すごいですわ! お姉様!」
振り返るとチェチーリアとグレイが戻ってきていた。逃げずに留まっていたらしい。
上方のヒグマのが、下方に向かって転落してくる。
――もし今日が、雪のない季節であれば、このまま全てが終わったはずだった。
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もしここが、固まった雪の上だったら、問題はまるでなかったはずだった。
だが、あいにく、今は冬で、大量の雪があった。
積もりに積もったらかなその雪は、ほんのわずかな刺激を待っていたのだ。
なぜこの一帯だけ、木々の生えていない平野だったのかを、ヴェロニカが知るはずもない。
雪崩が頻繁に起き、雪が木々を埋め盡くしてしまった場所は、何も生えていない開けた斜面に見えるということなどは、もちろん知っているわけがなかった。
まるで海に生じる波のように雪はり出し、それに発された後方の雪も、つられて信じられないほどの積と質量を持って、音も立てずにあっという間にヴェロニカたちを飲み込んだのであった。
*
―――。
―――――――。
暗がりに、が生じた。
一筋のは、どんどん大きくなる。
次いで、白い前足が見えた。それが雪を掘り進める。
「ごほ、ごほっ」
口に詰まった雪を吐き出して、ヴェロニカは雪の下から出する。アルテミスが心配そうに覗き込んでいた。この犬は幸い雪崩の犠牲にならなかったらしい。
「ありがとう、また助けられたわね」
そう言ってでる。
周囲は雪に覆われ、一面真っ白になってしまった。チェチーリアとグレイの姿はない。飲み込まれてしまった。
と、アルテミスがタッと駆け出し、ある場所を掘り始めた。
「そこに二人がいるのね!?」
ヴェロニカも慌てて雪を掻き出す。冷たさで手の覚は無いが、気にもならない。時間が経てば経つほど命の危機が増すことくらい分かっていた。
掘ると、すぐに黒い手袋を嵌めた手が現れた。それは地表を探すようにく。生きている。グレイの手だ。ヴェロニカはそれを引っ張り出す。彼のが雪から出現する。
「チェ、チェチーリアを……」
グレイはそのでチェチーリアをかばっていた。抱きかかえるようにして、腕の中にぐったりと意識のない妹の姿がある。
ヴェロニカは氷のように冷たい妹のを思い切り抱き締めた。
(とにかく、どこかで溫めなきゃ)
チェチーリアのはヴェロニカが背負った。グレイもかなり消耗しており、とても人一人運べる狀態ではなかったからだ。
空は曇り、ぼんやりとした雲が太を覆う。日のはのように頼りげなくっていた。それはこれから恐らく天気が悪化するであろうことを暗示している。
木々の中を歩くと、窟のような巖のくぼみを見つけた。そこにチェチーリアを寢かせる。水に濡れたが震える。しかし風をしのげる溫かさにしだけ落ち著いた。
「チェチーリア、目を覚ますのよ。お願い……」
冷たい妹のを何度もさすり、溫める。火を起こそうとするが、薪もなく、濡れた火種は役に立たない。
グレイは靜かだ。彼のはアルテミスが溫める。
このまま、チェチーリアが死んでしまうなんてことにならないだろうか。もしそうなってしまったら……。ヴェロニカの手が震えるのは、寒さのせいだけではない。
「……お姉、さま」
「チェチーリア!」
チェチーリアが意識を取り戻した。目はぼんやりとヴェロニカを捉えている。
「グレイが、わたくしを、かばってくれて……」
チェチーリアはを起こすとグレイを見た。彼は窟の壁にを寄りかからせていた。その顔からは溫かさは消え、の気の引いたは白い。
「そんな……!」
自分の命の恩人の姿を見たチェチーリアは即座に起き上がると、彼に駆け寄る。彼の手を握りながら、チェチーリアの表が、悲しげに歪んだ。
「だめです、グレイ! わたくしを庇うなんて……! あなたが死んだら、わたくしは、わたくしは……。あなたは、大切な人なのですわ……」
妹の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのを見て、ようやくヴェロニカは気がついた。
(……チェチーリアも、グレイが好きなのね)
いつも、大切なものに気がつくのは、失いかけてからだ。なぜ、こんな時にしか思いが伝えられないのだろう。ヴェロニカは悲しかった。
チェチーリアはグレイにをしていながらも、そのを封じ込めていたのだ。それはレオンへの想いに踏ん切りがつかなかったためか、それとも――再び失う事への恐怖があったのか。彼はいつだって諦めていたから。
好きで大切なら、そうじたときにはっきりと言うべきだ。全てが手遅れになる前に。ヴェロニカはそうした。たとえ負けても、ロスに対してそうしたのだ。
いつだってヴェロニカは正直で、それは今も変わらない。
(わたしは、チェチーリアが大切だわ)
何よりも大切な家族だ。失う前に、気がつけた。
外は暗い。しずつ、雪が降り始めている。
すすり泣くチェチーリアをそっと抱き寄せた。何もかも諦めてしまった妹。ずっとヴェロニカを慕ってくれた妹。くったくなく笑う妹。たったひとりの、かけがえのない大好きな妹。
その溫をじながら思う。
(絶対に、この子を守り通してみせる。たとえ他の何を犠牲にしても――)
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