《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》拷問って痛そうですわ!
ロスはA國王都にて手(・)ひ(・)ど(・)い(・)暴(・)力(・)をけていた。殺すな、とでも命じられているのか命まで奪われることはなかったが、逆に言えば、それ以外ならされたということだ。
拷問の邪魔になったのか、あるいは囚人だと知らしめるためか、長髪は短く切られた。別に構わない。ポリシーがあってばしていたわけではない。ただ、生えてくるものを放置していただけだ。
兵士に混じり、ある人がロスの前に現れる。それはヴェロニカ暗殺を命じた人だ。高そうな生地の服を品良く著こなす男。彼の前に跪かされる。
「貴様の獨斷で、あの娘を助けた訳ではあるまい」
男は靜かに問う。
しっかりとした口調で言うところを見ると、それなりの事実は摑んでいるらしい。だが、最も重要な部分が判明せずにいるに違いない。誰が彼を裏切ったのか、という部分だ。
この人は自分の邪魔になると判斷したものを、徹底的に叩き潰してきた。今回の場合は、クオーレツィオーネ家だ。當主カルロを反逆罪で死罪にし、娘二人も始末するつもりだったのだろう。チェチーリアは目の屆く修道院に置き、頃合いを見る気だったに違いない。
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ヴェロニカの場合はより簡単だったはずだ。家にいる時を狙えばよい。しかし、彼は逃げ出した。それを恐らくエリザから聞き出したこの人は、即座にロス率いる一隊にヴェロニカの暗殺を命じたのだ。
ヴェロニカを生かすことは、単に娘を助けるだけの意味を持つのではない。彼が生き延びれば、クオーレツィオーネ家がいつか再興し、いずれこの人にとって脅威になるであろうことを意味していた。そしてヴェロニカを助けた者がいるということは、この人に近い場所に、彼に害をなす者がいるということだ。
ロスだけが、その害をなす者を知っている。
「誰が命じた?」
冷たい瞳が向けられる。汚を見るような――。
心苦笑する。貴族が自分を見る目はいつもこうだ。大勢殺したロスを、恐れるか、侮蔑する。
お前たちの方が、人を殺しているというのに。ただ指先で命じるだけだから実がないだけだ。塗られているのは一どっちだ。
(俺の方がまだ人間くさい)
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対面して、きっちり死に顔を見てやってるんだから。
答えずに黙っていると、抑えつける兵士たちによって無理矢理頭を上げさせられた。その人と目が合う。冷ややかな瞳だった。ロスは笑った。真面目に答えてやる気などさらさらない。
「……獨斷さ、人だったからな。つい下心が出たんだ」
途端腹に、鋭い革靴の先端がめり込む。痛みが襲うが、誰が命じたかも、ヴェロニカが今どこにいるのかもロスは口を割らなかった。彼はA國人が決して手出しをできない場所にいる。あの気高いが、こんなゴミだめのような國にいる必要は無い。
ロスに蹴りをれたその人はハンカチを取り出すと、まるで汚泥を拭うように革靴を拭き、そしてハンカチを持っているのも耐えられない、というように床に捨てた。
「吐くまで続きをやれ、死んだらもう、それまでだ」
そう言って、彼は去った。兵士たちはロスにまたそ(・)の(・)続きをする。
(クソが。全員、顔覚えたからな)
……ここを出たら、順番に殺してやる。
*
夜の森で、ヴェロニカがロスを抱いていた。その溫かなにれていると、なお離れがたく……。
耳元で彼が囁く。
――わたしが怖いの? かわいい人ね。
聖母のような和な表。
抱かれているのは、気がつけば自分ではない。
あ(・)の(・)男(・)だ。あの時心臓を取り出した、あいつだ。
二人分の目が自分を見つめる。
神など知らない。
しかし、その目は、まるでそれではないか。
その目が、告げる。
“お前がやるべき事を、やれ”
*
「う……」
がばらばらになっているのではないかと思うほど痛んだ。しかし幸いにして、手足はにまだくっついている。
拷問の後気を失ったのか、気がつけばロスは獨房にいた。舌打ちをする。口の中にの味が広がった。
(なんつー夢だ)
頭痛がする。
忌々しい。
度々夢で見るあの男は知っていた。
まだロスがほんの十代の頃、一緒の隊にいた男だ。歳はロスより十は上で、気さくな奴だった。よくくだらない冗談を言っていた記憶がある。A國とB國の間にある集落の出だといい、だからか山の知識は富だった。戦爭に巻き込まれて故郷は滅んだらしい。木に登り、夕を見るのが好きだったと、今はなき故郷の暮らしを耳が腐るほど聞かされた。
彼とはよく話した。隊の中で最年のロスを、その男が気にかけていたからだ。
彼から、森について學んだ。狩りの仕方や、の習、生き殘るを、全て。
男が死んだのもやはり森の中だった。
隊は散り散りになり、死に際に立ち會ったのはロスだけだ。敵から逃げる最中で、夜だった。おまけに大量の雨が降っていた。足場は悪く、敵のも味方もの死がそこかしこに落ちていたし、誰のかも知れぬき聲が始終響き、と火薬の匂いが鼻についた。地獄が存在するならきっとここだろうと、思わずにはいられなかった。
「……山の神に會ったことがある」
ロスに支えられ歩くその男が、唐突に口を開く。答えないでいると、再び言った。
「吹雪の日だった。親父とはぐれて、一人で雪山をさまよっていたんだ。そしたら神が、獣の姿を借りて會いに來てくれた。その獣を撃って、腹にった。激臭だったよ。ひどい気分だった。だけど、俺は生き延びた。まだ生きろと、言われていたように思う。神的で、しい出會いだった」
男のからは止めどないが流れていて、どれほどきつく包帯を巻いてもそれが雨と共に地面を濡らすのを止められなかった。
「あのしいふるさとには、二度と帰れない。ちくしょう、一いつ滅びたんだ。くそったれ、俺は側にいなかった。たった一人、生き殘っちまった……。生きる理由を探して戦場に戻った。でも、そんなものはどこにもなかった……」
男の聲は弱々しくなっていく。
それでもロスは、その男のを支えながら歩いた。死神がそこにいても、まだ彼をくれてやるわけにはいかない。
「まだ死ぬな。生きる理由なんて、これからいくらでも探せばいいだろ」
聲をかけるが、めにもならなかった。
ついに力盡きようとした時、男は今まで狩った獣たちのように、心臓を神に捧げてしいと懇願した。放っておいたら、傷で死ぬ。その前に、意識があるうちに終わらせてくれと。
銃は濡れて使いにならなかった。持っていたのは、一つの小さなナイフだけだった。
男は木に倒れるように座り込む。そしてロスを真っ直ぐに見つめた。
そこにいるのはロスではなく、もっと別の大切な何かを見ているような、そんならかなまなざしだった。
「神が、お前の姿を借りて會いにきた。もうこれ以上、生きなくて良いと、優しく言っているんだ。すまないが頼むよ、お前の手で、救ってくれ」
男はロスの手に、ナイフを握らせる。それから、死の間際にしては、あり得ないほど穏やかに言った。
「――命に理由があるとしたら、それはお前に託すよ」
だからロスは、ナイフでその男を殺した。心臓を傷つけるなというから、首の頸脈を切った。が噴き出している間中、男は満足したように微笑んでいた。それがまだ年のロスには不可解だった。
死は救いか――?
ならば苦痛に満ちる生を気ままに託されてはたまったものではない。
それでも、最期の頼みを聞いてやろうとは思うけは持ち合わせていた。
を割くと、心臓を木の枝に置いた。どこよりも高いその場所で、男の心臓は急速に熱を失っていった。男の顔は一切から解放され、いまや安堵の表に見えた。ようやく、焦がれた故郷に帰れたのだろうか。
その男を、羨ましいと思ったわけでは決してなかった。男の死にも、悲しみも涙も抱かなかったはずだ。たとえ抱かないようにしていたとしても。
そんなものはありふれた不幸で、よくある話だ。実際、ずっと忘れていて、思い出しもしなかった。考えないように、記憶の奧底にうずめていた。
しかし、ヴェロニカに故郷を問われた時、隨分昔に聞いたその男の故郷の話がまるで自分のことのように表出した。全くもって合理的ではないし、なぜかは自分ですら説明できない。
それ以外、故郷と言える話を、聞いたことがなかったせいかもしれない。あの時はとにかく、ヴェロニカにロスという人を信じ込ませる必要があった。一切の疑いなく娘を生かせ、というのがとある人に命じられた事だったからだ。
だから、ごく自然に、それを語った。
聞く娘は、悲しそうな顔をしていた。
その表に、思いがけず心が揺れた。
ロスは何も持たない。抱えない。
その生活に満足していたし、求めることもなかった。
だがそれが、彼に同されたその瞬間だけは、途方もなく空虛に思えた。
(……俺も、くだらない人間だったというわけだ)
ロスは自の出自を知らなかった。當然、人間が一人で生まれてくるわけではないのだから、家族や両親に相當する者たちはいたはずだが、どういうわけか知らなかった。だから、明確な名もなかった。
気がついたときには町をさまよい、生きていた。兵士になれば食住が保証される、たったそれだけの理由で、縁もゆかりもないA國の兵士となった。自分として、不幸とは思わなかった。出自も名も、興味がなかったからだ。金をもらえれば不満はない。そのつもりだった――。
をかすと、つながれた鎖が音を立てた。この獨房に、ようやく來ることができた。日のが微塵も屆かないこの場所は、み通りの地下深くの牢だ。兇悪犯や國賊がれられる地だ。知っている。當たり前だ。何人もここに送ってきた。
「誰か、そこにいるのか!?」
別の獨房からだろう、聞き覚えのない聲が聞こえた。調子からして中年の男のものだ。野でなく、気品があり、しかし疲れ切っている。
姿が見えないのは、ロスがいる牢も、男がいるであろう牢も、重い鉄の扉で塞がれているからだ。だが、姿が見えなくとも、それが誰か知っていた。
牢の最深部に、彼がいると知っていた。逮捕されて以來、ここに収容されている。だから彼に會うために、王都に戻り、わざわざ捕まってやった。いつかこの場所に送り込まれると知っていた。拷問までけて――。
扉越しに、ようやく會えたその男の名を呼ぶ。
「カ(・)ル(・)ロ(・)・(・)ク(・)オ(・)ー(・)レ(・)ツ(・)ィ(・)オ(・)ー(・)ネ(・)だな?」
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