《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》やはり黒幕はあいつなのですわ!

「い、いかにも、私はカルロ・クオーレツィオーネだが……」

ロスが扉の向こうの男の名を呼ぶと、やや揺したような肯定が返ってきた。

よもや自分の名を呼ばれるとは思ってもみなかったのだろう。まさかこんな地下の牢で、ようやく會えた他の人間、しかも知らぬ聲の男に自分の名を呼ばれるなどとは――。

「ざまあねえな、伯爵」

カルロに言う。

「野を抱くのはいいが脇が甘いのはいただけない。のまま権力に取りるから、手痛いしっぺ返しを食らったんだ」

言いながら、ロスは鎖をガチャガチャと揺らす。手に食い込み、そう簡単には外れそうにない。カルロが黙っているのでロスはまた言った。

「これからは考えを改めることだな。でないと今度こそ本當に大切なものに危害が及ぶことになるぜ」

その言葉を言ったとき、初めてカルロに反応があった。

「まさか、娘(・)た(・)ち(・)に何かあったのか!」

扉が叩かれる音がする。カルロがを乗り出したらしい。その聲には焦燥が含まれている。

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ロスは意外に思った。ヴェロニカの話によれば、カルロは娘を政治の道としてしか見てなかったはずだ。しかしこの男はどうか。大切なもの、と言われて即座に娘を連想するなど、想像していたような人間の思考回路ではなかった。

「姉の方は今頃B國だ。気の荒い娘だが、頭も切れるし何よりタフだ。上手くやってるだろう」

「B國だって!? ヴェロニカに何があったんだ!? エリザのところではないのか!? それに、君は何者なんだ!」

聞いてしかるべき質問だった。なおも鎖をかしながら、どこまで教えたものかと逡巡した後、結局は目的だけを答えた。

「あんたを逃がしに來た。次は誠実に生きろ。牢屋にれられない人生をな」

「誠実に生きてきたとも!」

カルロは言い返す。名譽を傷つけられたとじれば即座に反論するその調子がヴェロニカそっくりだったため、ロスはほんのしだけ愉快な心持ちになった。聲は悔しそうに続ける。

「どうしてこんなことになってしまったのか、さっぱり分からないんだ」

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カルロは疲れ切っているようだ。見えるはずもないが、力なく膝をつく姿は想像するに容易い。ロスと違い鎖につながれてはいないようだ。

「反逆など、考えたこともない。一族がA國に住み著いて以來、王に盡くしてきたのだから。確かに、娘を権力者と結婚させようとしていると噂は立ったが、すべて彼たちの幸せを願ってのものだ。裕福な暮らしをすることが、の幸せだろうから……」

それが本當であれば、ヴェロニカは父のを勘違いしていたことになる。なんという悲劇だ。いきすぎた悲劇は喜劇だ、いささか稽とも見える。

クオーレツィオーネ一家は口が達者なようだが、肝心な家族に対しては寡黙だったようだ。

「お前たち家族はもっと話し合いが必要なようだな。ともあれ、一切はここを出てからだ。行くぞ」

「で、出るだって? 簡単に言ってくれるが、どうやってだね」

と、牢にってくる複數の足音が聞こえた。音からして鍛え上げられた兵士のものだ。

(何の用だ?)

ロスは構える。

兵士たちはカルロの牢の前で立ち止まったようだ。

雑に向かいの扉が開けられる気配がし、取りした聲がきこえた。

「お、おいなんだ君たちは!」

「とぼけるな! 貴様の娘が修道院から走したと知らせがった。何を企んでいるのか話してもらおう!」

「チェ、チェチーリアが!?」

カルロの様子からして、何も知らないのだろう。ロスにしても、このタイミングで妹の方がくとは想定外だった。

(逃げただと? 苦しい生活に耐えかねたのか?)

しかしどこへ行ったというのか。

ガチャリ、と重い音を立てロスの手を縛っていた鎖が床に落ちた。次に思い切り、目の前の扉を蹴る。足に衝撃が響く。

(流石に簡単に破れるわけねえか)

兵士たちが驚いてこちらを見るのが分かった。二度目、三度目と蹴る。

「は……ははっ! 馬鹿め、それで扉が開けられるものか!」

兵士の一人が馬鹿にしたように笑う。他の兵士たちもつられたように笑った。しかしその聲はどれも引きつっている。ロスに怯えているのだ。

無視して蹴る。無謀とは思っていなかった。ロスはいつでも、自分ができると思うことしかしない。

あらゆるには脆弱な集中點がある。そこを突けば驚くほど簡単に壊れるものだ。

何度目かの蹴りで、蝶番が歪み、続けざまに放たれた次の衝撃で、遂に鉄製の扉は蹴破られる。

「俺に不可能はない」

驚く兵士たちにそう言って笑ってみせた。

はじけ飛んだ扉は兵士の一人に當たり、慌てて勢を低くしたカルロらしき中年の男はかろうじて無事だった。

「う、撃て!」

兵士たちが攻撃の態勢を取る。このきの方は想定だ。

目の前に向けられた銃を素早く片手で押さえ込む。兵士の指は引き金を引き、床に弾が當たった。勢いのまま兵士の顔面に肘を食らわし、ひるんだ瞬間膝を腹にめり込ませ銃を奪い、反撃の隙を與えぬまま、殘りの兵士に向けて発砲する。この至近距離において彼らの額を間違いなく撃ち抜くことなどロスにとっては朝飯前だ。

兵士たちは皆、床にを流して倒れる。なんともあっけなかった。手応えすらない。

「鍛え方が生ぬるいんじゃないのか」

実際、拷問の鬱憤がたまっていた。死を前に気が晴れたとは言いがたいが、鎖から逃れたので気分はさほど悪くない。

ロスの手からはが流れる。拷問の末、爪もいくつか剝がされているが、流の主たる理由は鎖を外す際、皮を削いで無理矢理引き抜いたからだ。だが骨は無事で、銃を扱うのに支障は無い。

まだ地面に餅をついたままのカルロを見る。

牢屋暮らしのためか白髪混じりの頭はぼさぼさで、髭はび放題だ。質の良さそうな服はくたびれ、はやつれていた。

それでもロスを見て心したような表を浮かべる。

「わあ! すごいな君は。はは、強いじゃないか。なんだか上手くいく気がしてきたぞ!」

そう言って彼は笑う。恐ろしく楽観的な上、希的観測が過ぎる。ロスは顔をしかめて舌打ちをした。

「これだからラテン系は嫌いなんだ」

「お、おい、それは人種差別だ! 聞き捨てならんぞ!」

疲れた様子のカルロだが言い返す気力はあるようだ。立てぬほど憔悴していたら抱えて逃げることも覚悟していたが、この調子であれば杞憂に終わりそうだ。

カルロは立ち上がると、自分よりも背の高いロスを見上げるような形で尋ねる。

「君をなんと呼べばよいかね?」

「ああ、ロスでいいぜ、おっさん」

「お、おっさん……」

改めて、カルロはロスをまじまじと見た。はてこの男は誰だとでも思っているのだろう。

――見たこともない男だ。思いがけず、若い。傷だらけだ。なぜ自分を助ける? 異國人のようだが、様子からして軍人か。ロス……。聞いたことがある。

そして、何かに気がついたようにはっとなる。

「ま、まさか、暗部の」

「説明は後だ。援軍が來る前に、この場所からなるべく離れるぞ」

疑問を遮るようにロスは言った。り行きを丁寧に話してやってる時間はない。橫たわる兵士たちから武を抜き取り、拳銃を一丁カルロに渡した。そして牢から出すべく、出口へと向かう。

このくだらぬ爭いから彼を逃がし、そして自分もどこかへ行方をくらまそう、とロスは思っていた。

當面暮らせるだけの金なら隠してある。

どこか離れた地で、また兵士として働いてもいい。案外B國でもいいかもしれない。A國の機をたっぷり抱えたロスなど、さぞや重寶されるだろう。

元々、此度の仕事が無事に終われば、アルテミスと隠居生活でもしようと思っていた。だが彼はいなくなってしまった。夢見た平穏な暮らしはと消え、予定は全て狂った。

だから、もはや誰の命令にも従う気はない。好きなように生きる。あの夢にいわれなくとも、やりたいようにやるだけだ。

告白すれば、散々自分をこき使ってきたA國へ復讐の気持ちがほんのわずかあった。

命じられる仕事は徐々に危険を増し、一方功の報酬は期待したほどではないことが多かった。忠犬ならともかく、誰がそんな仕事を進んでやるのか。ならば犬でもくれと皮じりに言ったら本當に犬がきた。この國は阿呆しかいないらしい。

彼らがロスを頼りにしつつも、心で蔑んでいたのは知っていた。冗談じゃねえよ、なら金を奪うだけ奪ってA國をかきして去ってやろう、と思って面白半分に、もう半分は金目當てにけた最後の仕事でくだらないいざこざに巻き込まれ、最も大切にしていたその犬さえ奪われた。

房(時代遅れの帝國主義)にはほとほと想が盡きた。ロスがA國に見限られたのではない。真実はその逆である。

だから、反逆者を逃す。

最後にちょっとしたサプライズだ。

あるいは、また別の理由があったが、ロスはそれに気づかぬふりをした。脳裏に浮かんだ時點で手遅れであるが、形になる前に打ち消した。

「しかし、分からないのは、一誰が私たちを嵌めたのかということだ」

逃げながら口にしたカルロの疑問にロスは驚いた。誰がなど、考える間もなく明白で、當然知っていると思っていたからだ。

「噓だろ、とんだ間抜けだな。知らずに牢にぶち込まれてたっていうのかよ」

「き、君はそれを知っているというのかね?」

底抜けのお人好し野郎を橫目で見ながら、この謀の首謀者を教えてやる。

「――シドニア・アルフォルト。そいつ以外に、誰だと思ってたんだ?」

忌々しい、俺の腹を蹴りやがった。

娘の婚約者の父親、その名を聞くと、カルロは愕然とした表になった。

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