《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》プリズンブレイクなのですわ!
相変わらず部屋から姿を消すミーアの後を、距離を取りつつレオンは付いていった。
――お手洗いですわ。恥ずかしいので、著いてこないでくださいね?
と言っていたが時折背後を確認しながら歩くその姿は、とても後ろめたいものの無いのそれではない。
レオンは疑っていた。それは、自分以外に他にする男がいるのではないか、という疑念だ。
近頃のミーアは、明らかにおかしい。常に考え事をしているように心ここにあらずであったからだ。
深夜。
月すら出ない。
蝋燭も燈さずに、ミーアは進んでいく。
暗い廊下。
その先に、一何が。
(やはり、ミーアは何か隠している。何者かとの會か)
予は、今、確信へと変わった。
ミーアはそっと、ある部屋へとっていく。音を立てないようにしながら、レオンも扉へと近づいていった。
中ではミーアと誰かが會話をしているようだが、聲がくぐもって聞こえにくい。しかし、ミーアがこんな真夜中に隠れるようにして、晝間に會うことのできない人といるのは確かな事実だった。
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なんとか音を拾おうと、扉に耳を近づける。
「あの男が捕まったというじゃない! もう手遅れよ! 観念なさい!」
甲高い、の聲が聞こえた。
ミーアだ。
ひどく取りし、誰かに怒りを向けている。対する人が、何かを言ったようだ。それを聞いたミーアの聲には更に怒りが含まれていく。
「何よそれ! あたしを、してるって言ったじゃない! あたしを守るって! あたしのために生きるって、そう言ったじゃないの!」
その言葉が聞こえた瞬間、レオンのに絶が広がる。相手が誰にせよ、ミーアののお相手のようだ。――自分以外の。
しかし、ミーアのしゃべり方も言葉遣いも、いつもの彼らしくない。下町の娘が話しそうな言葉だ。耐えきれず、レオンは扉を開けた。
中にはレオンを見て驚愕の表を浮かべるミーアと、もう一人。カーテンを閉め切った部屋。明かりはない。暗がりでそれが誰か分からない。雰囲気から、男であることは分かった。
(やはり……!)
「ミーア! これはどういうことだ!?」
突然現れたレオンに、ミーアはいつもの調子を崩されたようだ。揺したように答える。
「ち、違うんです! これは……!」
ミーアが何かを言いかけた時だ。城下から、闇を裂くような銃聲が続けざまに何発も放たれる音が聞こえた。
驚きレオンは扉の方を振り返り、見えるはずもない街へと目を向けた。
そしてその隙を見逃さなかったかのように、部屋にいた人は窓を開けるとさっと逃げる。
「待て!」
レオンが開けられた窓に突進し外を見るが、既に何者の気配もなく。そしてまたしても聞こえた銃聲に、一城下で何が起きているのかと、頭は混を極めた。
* * *
地下牢から延びる道は複數あり、そのの一つをロスは使った。
捕まって以來時間の覚を失っていたが、外は夜だった。
出たのは人知れずある墓場近くだったが、兵士がいた。流石に王都の兵たちもそこまでぼんくらではなかったようだ。二人の逃亡はすぐに知られることになったらしい。もちろん、いくつかの道を張っていて、総力をここにつぎ込んだわけではなさそうであるが。
まだこちらに気がついていない。ゆっくりとき、その場を後にしようとした所で、
「おい待て!」
ロスは素早く彼らを撃つ。銃弾を浴びた兵士たちは倒れる。が、銃聲を聞いた他の奴等が即座に集まってくるだろう。くそ、と口の中で呟く。
近く、レオンとミーアの婚約式が行われると牢にいる際兵士たちの會話で知った。その前に滅多な騒ぎを起こせないのだろう。反逆者が逃げたなどという不祥事はもってのほかだ。だから兵士たちは、必ずロスとカルロを殺す気でいるはずだった。
「王都を出て森まで逃げるぞ」
橫で息を切らしながら走るカルロにそう聲をかけた。彼は拳銃を握っているが、人を撃つ気はないようで、赤子のように大事そうに抱え込んでいるだけだ。
「も、森へ逃げれたとして、それで追っ手を振り切れるかね?」
「森で俺に敵う人間はいない」
と、二人のいるすぐ側の地面がえぐられる。
予期せぬ角度からの攻撃。上方からだ。教會の塔の上。神を讃えるそこから人を殺そうとするなど、A國人の信心深さには頭が下がる。
振り向きざまにいるであろう方角に一発放つ。
乾いた音とともに、鐘樓の上から人が落ちる気配がした。だが想定するに、他にも狙撃手はいるだろう。
高臺から狙うさらなる狙撃手から隠れるように家々の隙間にり込みながら、ひたすらに走る。ロス一人ならともかく、力の落ちかけの中年を守りながら大勢の兵士から逃げるのはかなり骨の折れることだった。
ロスの姿にしたのか、カルロが聲を震わせる。
「本當にありがとう、私のためにそこまで……!」
「おい勘違いするなおっさん! あんたのためじゃねえよ!」
斜め上の勘違いを正さねばならぬと思わず語気は強くなった。
どこの誰がくたびれた中年男のためにをにして無償で働くのか? 自意識過剰で思い込みが激しいのは親子一緒らしい。
だがカルロは眉を顰める。
「では、君は何のために?」
予期せぬ質問に、言葉に詰まった。何のために、だと。それから、あるたった一人を、知れず、思い浮かべた。
――彼の素晴らしく長い睫だとか、紅の頬だとか、華奢な指先だとか、濡れただとか、きめ細やかなだとか、思いがけず強すぎる格だとか、人を見下した口調だとか、しかしが深く、ロスの顔に落ちた涙のひとしずく、膨れっ面、口元の白い歯、怯えた瞳、震える手、細まる目、れた溫、駆け巡る、彼を司る高尚な神、汚れなき魂……それらを、思い出した。
過ごした日々は、長くはない。だが、彼は恥じることなく真っ直ぐにロスをしていると言った。
(……世間知らずの生意気娘(くそガキ)が)
あらゆる一切のものを持って生まれ、自分が幸せになることを信じ、ロスのを疑わなかったあの娘。
ロスは彼の口にするが恐ろしかった。なぜなら、恐らく同じ思いを抱え込んでしまう予があり――しかし、いや、だから、同時にたまらなく憎たらしくあったからだ。
強く求めたいと心の底からむと同時に、今すぐに目の前から消し去ってやりたいと呪った。自分の中に生じたその激しい衝。それが耐えがたかった。
もっと言うのであれば、その娘を幸せにする役目を持っているのはロスではない。だからもし、してしまえば、を自覚すると同時に、永遠に失わなければならなかった。その事実に震え、怯え、しっぽを巻いて逃げ出した。
だが、今になって、ロスの中に迷いはない。なぜならこれ以上、失うものなどないのだから。
いつ真実を口にし、噓を嫌い、襲う兵士の腹に迷うことなく銃弾をぶち込んだ、あの強い娘。ロスの噓に気づきながら、全てけれ許そうとしていた様は、まるで弟子の裏切りを知りながらなお行かせた、あの大工の息子のようじゃないか……。
建のから兵士たちが撃ってくる。その銃撃からカルロを庇いながら、敵に向けて発砲した。すぐに銃弾が盡きる。すかさず新たな弾を裝填する。
先ほど浮かんだ考え。――別の理由。
言葉にするにはあまりにも陳腐であるが、それ以外、言いようがない。脳裏に浮かんだを思いながら、カルロに向かってようやく答えた。
「ただ、幸せになってしいのために」
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