《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》嵐の前ぶれですわ!

王都へと到著したヴェロニカとアルベルト。一方屋敷に取り殘された一行にも思いがけない出來事が起こります。

馬車は滯りなくヴェロニカとアルベルトを王宮へと運ぶ。不規則な揺れにを任せながら、重ねる手に婚約者の溫をじていた。

ヴェロニカは大きな帽子で顔を隠しながら城へとる。まだ逃亡者であるがゆえ、顔をさらけ出すわけにはいかなかった。

王宮は騒がしい。

途中の城下も早朝だというのに落ち著きがなかった。尋ねると、アルベルトは言い放つ。

「今日、レオンとミーア嬢の婚約式があるんだ」

「そんなこと、ひと言も言わなかったじゃない!」

彼は平然としているが、婚約の式典は重要なことだ。されてしまえば、事態はずっとややこしくなるのではないか。ミーアの罪をぶちまければ、レオンにしてみれば二回続けての婚約破棄となる。

しかしアルベルトは特に問題であると捉えてはいないようだった。

「心配要らないよ、所詮婚約だ。結婚するまでに止めればいい」

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「式は止めないの?」

「騒ぎを大きくしたくない」

ヴェロニカとていたずらに大騒を起こしたいとんでいるわけではない。王の前で全てを告白できれば、自ずと納まるところに納まるはずだ。

アルベルトの屋敷に殘してきた家族たちが心配だったが、ロスがいる。彼の恐るべき強さは知っていた。何が起きても守ってくれるはずだ。

「お義父様……シドニア様は行方知れずのままなんでしょう? 彼があなたを逆恨みして襲ってくることはないかしら」

「心配しないで。大丈夫だよ」

アルベルトは彼がよく使っている城の部屋にる。ヴェロニカもそれに従う。

「式が終わった後で、王の所に行こう。それまで、ここで隠れていよう」

外では太が昇り、朝が始まる。人々はレオンとミーアの婚約を心から祝福する。男爵令嬢が王子と結婚する、その夢のような語に誰もが憧れを抱くだろう。そこに含まれている謀も知らずに。

* * *

ヴェロニカとアルベルトが去って、屋敷に取り殘された一行には不思議と緩やかな時間が流れていた。

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父と娘、娘の同級生にして彼に思いを寄せる年。そしてそこに軍人と犬。奇妙すぎる組み合わせではあるが、昨晩兵士に襲われ生き延びたという一が生まれていたのかもしれない。

後はヴェロニカとアルベルトが上手くやってくれるのを信じて待つだけだから気楽なものだ。

饒舌なクオーレツィオーネ家の二人が主に話す。チェチーリアはまたしても乙ゲームや前世の話(これはロスにとって眉唾だ)、カルロは娘の話をした。

途中、チェチーリアが腹が減ったというので、「ではオレが」とグレイが立ち上がり食料を探しに行った。使用人は聲すらかけにこない。

「グレイはゲームの中でも生真面目な格でしたわ! それは現実でも変わらないようですわね」

チェチーリアがグレイの後ろ姿を見ながら言った。ふと興味本位で聞いてみる。

「俺はそのゲームにいたのか」

「いいえ! モブですら存在してませんでしたわ!」

もぶ、なるものが何かは知らないが、大した存在ではなさそうだ。しかもそれ以下とは。

「この屋敷の面々では、わたくしとお父様とグレイとアルベルトが登場人でしたわ」

「ヴェロニカも登場しなかったのか」

「ええ、そうですわ……なんだか前も言った気がしますわね」

「ゲームの中であってもアルベルトがヴェロニカと婚約してないのは違和があるな。今じゃ、あれほど、仲がいいのに」

恨みがましい気持ちで言ったわけではなかったが、言った後で後悔した。チェチーリアに同の視線を向けられてしまったからだ。

これではロスがに破れた哀れな男だ。舌打ちをしかけたところで更にみじめに思われるだけだと寸前で止める。

「……アルベルト君はヴェロニカと婚約を破棄しなかったんだね」

ほう、と心したような口調でカルロが言った。

どんなことがあっても固いで結ばれた二人に対してでもしているのだろうか。しかしカルロは眉を寄せる。

「昔はね、ヴェロニカが心配だったんだよ」

遠くを見るようにカルロが目を細めた。相変わらず銃をしまわずに機の上の並べていたロスだったが顔を上げる。カルロは話始めた。

い子供は、時に殘酷なことをしでかすだろう? 無邪気に蟲を殺したり……」

「ああ」

「ヴェロニカの場合、それが行き過ぎていると思っていたんだ。昔、あの子が蝶の死骸を持っていて咎めたことがあった。明らかに、人の手で殺されていたから」

――だって、片方の羽が破けたように無くなっていたの。上手く飛べなくて、苦しそうでかわいそうだったから……。

――ヴェロニカ、命というものは尊敬を持って接せられるべきものだ。例え今にも終わろうとしていても他人が奪ってはいけない。

「そんな會話があったかな。私はあの子に、命の大切さだとか、尊さだとか、かわいそうだとしても、殺してはいけない、だとかそんなことを言った気がするんだ。あの子も靜かに聞いていて、分かってくれたものと思っていた」

子供が遊び半分で蟲を殺す。

平民も貴族も、それは変わらないらしい。そうやって子供は命を學び、善悪を習得するのだと言う人間もいたが、本當のところはロスにも分からない。案外、人の本質は実は殘なものであるのかもしれない。

ロスは機の上の拳銃に視線を戻す。違和があった。夜數えたときは確かに……。

しかし思考はカルロの聲で遮られる。

「だが、それ以降もね。度々、生きの死骸が落ちているんだ。足がもがれた蟲やトカゲ……ついにはネズミの死骸まであった。我が家には貓なんていない。人が起こしている現象だ。ネズミもね、足がナイフでもがれていた」

「お父様、怖いですわ……」

「常軌を逸しているだろう?」

カルロの話がどこに帰著するのか、チェチーリアも不安そうだった。

「だから私はヴェロニカに、とりわけ厳しく接した。一人前の貴族として振る舞えるように育てるのが、親としての責任だろう。教えたことができなくて、叱ったことは一度や二度じゃない。あの子はね、いつしか、心を閉ざして、アルフォルト家の屋敷にり浸るようになった。たまに帰ってきても、私を避けて……。それでも私は、あの子のその衝が無くなるように、導かなくてはならないと思っていた」

ネズミの死骸の話は、明らかに行き過ぎている。まるで――。

「まるで命への冒涜だ。殺しを愉しんでいるように思える。この子は病気だと思ったよ」

「軍の中に、その気質を持った奴もいたが。そういった行為はエスカレートする。次第に大膽に、そして殘に。いつしかでは我慢できなくなる」

軍にいたいけ好かない幾人かを思い浮かべた。ロスにとって、殺しは仕事だった。しかし彼らにとってはこの上ない愉悅のようだった。サディスティックに捕虜をいたぶる姿は稽で、軽蔑の対象でしかなかった。

「彼と過ごしたが、そんなことをするような人間には見えなかった」

ヴェロニカの気は荒いが、その奧では通常の道徳心を持っているのには気がついていた。

「ああ、実際あの子が長するにつれ、それは無くなっていったよ。だけどね」

カルロは、自分の中でだけそれを抱えているのが耐えきれなくなったのか、吐き出すように遂に言った。

「……思えば、アルベルト君が屋敷に來なくなってからなんだよ、その死骸が無くなったのは。最近思うんだ。あれをやっていたのは、ヴェロニカではなくて、もしかすると――」

(――ああ、足りない)

ロスにしたって、目眩を覚える。

の先ほどの笑みは明らかに不自然だった。それに銃が一丁足りない。夜が明ける前、確かに數えていた數から、一つ減っている。ったのはロスの他にもう一人だけだ。

『怖くないわ。脅威は全て去ったもの』

ぎこちない聲、固い笑み。

がロスから學んだのは、生き延びる、全てだ。生きの殺し方。銃の扱い方。――――そして、噓。

瞬間、ロスは立ち上がる。あの時気づかなくてはならなかった。何もかも後手後手だ。

そして屋敷を取り囲む靜かな気配に、なぜアルベルトがしきりに銃をしまうように言ったのか今になって悟った。

グレイはまず廚房へと向かおうとした。おかしな事に、使用人の気配はない。普通、これほど大きな屋敷であれば朝方から活発にく使用人が複數いるものだ。例えアルベルトが大勢解雇したとしてもの回りの世話をする者がいたっていいはずだ。

しかしこの屋敷は不気味なほどに靜まりかえる。裝飾品も埃を被り、まるでお化け屋敷だ。

「~~~」

その時、微かにだが、確かに何者かのうめき聲が聞こえた。まるで閉じ込められた猛獣が地の底からを求めて唸っているような恨みがましい吠え聲だ。

心得の知れない何者かへの恐怖はあったが、もしそれが悪魔だとしても、チェチーリアに害をすのであれば、臆することなく退治するつもりだ。

聲は廊下の隅の置同然にが積まれた扉の奧から聞こえてくるようだ。廊下に置かれた機や椅子は扉の中の何者かを閉じ込めておくだけに置かれているらしい。頻繁に開け閉めされているのかそこだけ埃を被っていない。

「~~~!」

先ほどよりもうめき聲は大きい。グレイは意を決してガラクタをどかし、扉を開いた。そしてその人を見るなり驚愕する。よく知った者であったからだ。

「ヒュー!?」

両手両足を縛られ、口にさえ布を巻かれているのは紛れもない、友人ヒュー・グランビューだ。

「んん~!」

グレイは混しつつも、早く縄を解けと必死の眼力で訴えかける友人を解放してやる。

「お前……何してるんだ? 趣味か」

「人をヘンタイ呼ばわりするな!」

ヒューは口枷が外れるなりグレイに怒鳴る。ご自慢の髪型はボサボサと崩れ、を見れば流し目をせずにはいられないその目は今や走っていた。

「グレイ、なんでここにいる!?」

アルベルトの屋敷に、友人が監されていたなど異常事態でしかない。なぜと聞きたいのはグレイの方だった。

「そ、それはこっちの臺詞だ! なぜヒューがアルベルトさんの屋敷にいる!?」

「見りゃ分かるだろう! 捕まってたんだ。食事とトイレ以外はこれさ! ああ。見ちまったんだよ、ミーアとアルフォルト公爵が會しているのを。それで、アルベルトに毆られて……。くそ、あの野郎!」

ヒューの怒りは凄まじかった。顔を真っ赤にし、口汚くアルベルトを罵る。グレイには訳が分からない。

「なんでアルベルトさんがお前を毆るんだ?」

「知るかよ! シドニアがミーアに手を貸していたのは間違いない。それを見たオレを監してたって事は」

「おかしい。アルベルトさんはシドニアがA國に背信していたという証拠を集めていた。ヒューがそれを見たなら、この上ない証人のはずだ。なのに監したって? でも、命までは奪われなかった。アルベルトさんもシドニアに脅されていたのか?」

「いずれオレに証言をさせるにしても、あの瞬間、まだ企みがばれちゃいけなかった。そういうことかもしれない」

「一、どうして……」

二人が顔を見合わせた時、チェチーリア達がいる部屋の方角から、激しい銃聲が聞こえてきた。

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