《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》さ余って憎さ百倍ですわ!

広場の歓聲が大きくなる。レオンかミーアか、またはその両方が登場したのだろう。しかし外界の喧噪は、この靜かな部屋にはあまりにも響いてこなかった。

ヴェロニカのしくしなやかな首を何度絞めたいと願ったことだろう。揺れる髪の間から覗く白いそれは、何度も何度も彼をした。そのを埋めるように、代替品を待することで耐えてきた。

寸前で思いとどまってきたのは、それ以上に彼と共に過ごす日々をんできたからだ。二人でいれば、世界は完璧で他には何も必要ない。邪魔なものを全て排除して、永遠の楽園を手にれるまで、あとしだった。

しかし、彼は去ろうとしていた。狡猾な蛇にそそのかされ、彼がその実をすっかり食べてしまう前に、なんとしても止めなければならない。本當はなにもかも手にれた後に、こうしようと思っていた。だが仕方がない。計畫にアクシデントはつきものだ。

が相応しいのは、自分の隣に他ならない。他の誰の側でも、その笑顔を見せるなんて、許せない。あの男の存在すら、即座に消し去ってやりたい。

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首を絞める手に力を加える。

ヴェロニカの大きな瞳からこぼれ落ちた涙が、彼の手に落ち、流れていく。

「大丈夫、もうしで楽になるからね」

を込めて、なるべく心配させないように聲をかけた。ヴェロニカの手が彼の手を剝がそうともがく。力で敵うはずもないのに、なお生きようと手をばす。

(ああ、やっぱり、君は最高だよ)

その姿は、想像していたよりも遙かに彼を高揚させた。頬に流れたのは涙だ。が震え、を覚えたためだ。

思い出す。誰にも理解されなかったあの頃を。

病の床で母はを囁きながら死んだ。だから年にとって死はだった。殺すことは、することに等しかった。それを唯一現したのはヴェロニカだった。あの蝶を殺す事で、苦しみから解放したのだ。慈しむ、故に。

蝶を握りつぶして悲しそうに微笑む彼は、この世の何よりもしかった。

だから彼は蟲やネズミを殺し続けた。殺すことはする事だ。いつしかそれは病理のようにつきまとい、逃れられぬ妄執を産んだ。死に、抗いがたく魅了されていた。

幸せを願いしくを引くことが、であると彼は言った。

「僕に言わせれば、それは敗北者の言い訳だ」

手にれられないものを諦める口上は、自分が逃げるためで、人を想う心では決してない。

教えてあげなくては。本當のを。

深部にり込み、全てを奪い、二度と癒えない傷を殘すことが真実のであると。

ヴェロニカをしていた。だからいつか、この手で殺さなくてはならないと思っていた。それが彼にできる最大限のだった。

手に、さらに力を込める。彼の抵抗はしずつ弱まる。

やがてその手がだらりと床に垂れ下がると同時に、彼もまた力なく崩れ落ちる。そのが床に落ちてしまう前に優しく抱き留めると、そっと抱え、ソファーにゆっくりと橫たえた。

「ヴェロニカ……」

呼びかけても返事はない。

ヴェロニカの濡れた睫はぴったりと閉じ、紅だった頬は白い。

――ついに彼は、ヴェロニカの全てを手にれた。

しばらく彼の顔を見つめていた彼は、しかしまだ満たされなかった。

(どうして? 君はようやく僕とひとつになれたのに)

ヴェロニカのまだ溫かい頬をでるが、やはり足りない。

(そうか……。君はあれをんでいるんだね?)

やがてのろのろと立ち上がると、戸棚からナイフを取り出した。

「人間を解するのは初めてだから、上手くできるか分からないよ。でも、なるべく丁寧にするから、安心をして」

いつか試そうと思っていたことではある。

流石に人間の捌き方が書かれた本はなかったが、の解方法をこと詳しく書かれたものはいくつも読み、研究をした。だから上手くやる自信はそれなりにあった。

まずは抜きだ。食べるにせよ、なんにせよ、を抜かなくてはたちまち傷んでしまう。

ゆっくりと、未だ彼の手の赤い跡が殘る彼の首に、冷たい刃をあてがう。しかし、それを引く前に手を止めた。

――ふと、何者かに見られている気配がした。

この部屋には誰もいないはずだ。彼と彼以外には。

振り返ると、そこにあったのは鏡臺だ。鏡の向こうで、金髪のしい青年が靜かにこちらを見つめる姿が見えた。

あれは誰だ。

誰だって?

あれは僕だ。

自分自だ。

“あなたは誰なの”と、ヴェロニカは問いかけた。

鏡に映る自分は、そんな自分を見つめ返してくる。のない、無機質な瞳で。思わず目をそらす。

「どうしてこんなに……」

彼はする人を手にれ、完全な存在になったはずだ。夢にまで見た景だ。にも関わらず――

「――虛しい」

と一つになった慨など一つも沸かない。心にあるのは、以前よりも広がった空虛でしかない。

「どうして! ヴェロニカ、君は僕のものなのに!!」

怒りのままにナイフを何度も突き刺した。中が飛び、部屋中に散る。それでも自分の中にある、この空っぽのしも満たされはしない。

――――僕は誰だ。僕は誰だ。僕は誰だ。

最後まで彼の中にあったのは自分への拒絶だった。昔の彼ならあり得ない。

はいつの間にか、知らない人間に変わってしまった。あんな風に、強い目をする人ではなかった。蛇がイブをそそのかし、その手に知恵を握らせた。知恵とは武だ。今までの世界の誤りを、イブは知った。

彼はんだ。涙はもはやではない。

魂の底から湧き上がるのは、どこへも行き場のない正不明の滾る熱だ。

ヴェロニカは一人逝った。青年だけを永遠に楽園に殘したまま。

と、窓の外でどよめきが起こる。歓聲とはまた違う。ふらふらと近づいて見下ろすと、婚約式が始められた會場で、いるはずのない人が見えた。

――シドニア・アルフォルト。

「どうしてシドニアが」

彼にとって、シドニアはいつも目障りだった。理想の楽園を得るためには、権力と復讐に囚われたシドニアいずれは排除すべき邪魔者だ。

あれやこやれやと指図をするシドニアに対して従順な犬を演じてきたが、今となっては必要ない。

善人ではないが悪人にも染まりきれず、自分のに納まりきらぬ大を抱く愚かな男、それがシドニアだ。

そのシドニアは今、笑ってしまうくらい愚かなことに、なんと國王に向けて拳銃を構えていた。

此度の騒ぎ、シドニアをで始末した後、すべてカルロに罪を被せるつもりだった。それが彼が罪を最も被らないストーリーだ。

すでにシドニアに最も近づける者に殺せと命じていたが、生き延びたのか。

「……しくじったのか、馬鹿な奴」

シドニア(父)がああして現れた以上、幕引きはアルベルト(息子)が行うのが最も相応しいだろう。裏切り者の父をやむなく殺した、國心あふれる哀れな息子。民衆は悲劇が好きだ。しく悲しい語は激とともにれられるだろう。

ソファーに橫たわったままのヴェロニカを見下ろすと、そっと髪をなで、そのにキスをした。

「ごめんよ、行かなくちゃ。愚かな父を止めるのも、できのよい息子の役目だろう? また、後で會いにくるよ、待っててね、ヴェロニカ」

青年は立ち上がると、鏡の前に立ちれた髪を直した。

「さあ、仕上げだ、アルベルト・アルフォルト」

鏡に映るのは、他ならぬアルベルトその人だ。

青年は再び公爵家嫡男の仮面を被ると婚約式が行われている広場へと足早に向かった。

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