《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》大逆転へ駆け上がるのですわ!
「全て知れてるぜ、アルベルト坊ちゃん」
一行のうち、先陣をきってづかづかと無遠慮にも壇上に上がり込んだのはロスだった。
「撃つなよ、今撃てば、即ち國家への反逆だ」
取り囲む兵士達にそう言う。中には見た顔もあるがロスと目が合うと皆慌てて顔を背けた。
殺人、獄、命令違反に加え、反逆者の手助け。
普通であればロスが犯した重罪により即座に蜂の巣にされてもおかしくはない。が、兵士達がけないのは彼の凄みに加え、今までの実績に対する信頼に他ならなかった。
A國兵士たちは、ロスが超合理主義な男であると知っており、また常に危険にを置き國に盡くしたことを知っている。
ロスにしても、彼らが軍に忠実で、多くは誠実な男たちであると知っていた。それが両者に奇っ怪な信頼関係を結んでいたのだ。
だからたとえ詳細な理由は全く分からずとも、ロスが「國家への反逆だ」と言えば、現れた一行を即座に撃つのを躊躇わせるだけの威力はあった。
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兵士達が警戒態勢をわずかに解いたことを確認すると、ロスはチェチーリアたちを壇上へと招いた。まずすぐに、グレイとカルロがシドニアを拘束した。
「……渡して貰えますな?」
言いたいことは他にもたくさんあろうが、カルロが靜かにそれだけ言うと、シドニアは抵抗なく銃を手放した。――ひどく憎々しげな表ではあったものの。
アルベルトはその間中、焦點の合っていないような瞳でぼんやりとそれを見ている。ロスはそんなアルベルトに向かって言った。
「俺たちがなぜ生きているかと驚きもしないのか」
話しかけられて初めてその存在に気がついたかのようにアルベルトがロスを見る。
「もちろん戸っているよ、いや、驚いた」
臺本を読むような抑揚のない臺詞。言葉に反して彼の表は変わらない。
そんな彼に食ってかかるようにチェチーリアがんだ。
「お姉様はどこですの!?」
「やあ、チェチーリアちゃん。ヴェロニカがどこだっって? 彼は楽園にいるよ」
初めて薄く笑ったアルベルトに不吉な予がをよぎる。ロスが重ねて詰問しようとしたとき、
「なんで貴様らがここにいるんだ?」
場の空気を変えたのは呆けたようなレオンの聲だった。現れたよく知る面々に驚いているらしい。
ヒューがミーアを抱き締めたままのレオンを見て、それからシドニアも目した。
「――レオン様。
オレはいつか、あなたに言いました。その言葉を覚えていますか。何者かが、國家転覆をもくろんでいるのではないか、という話を」
その話に興味を抱いたのか、チェチーリアもレオンに目を向ける。彼と視線が合うと、レオンは耐えきれなかったのか気まずそうに目をそらし、そしてヒューに向かって答えた。
「ああ……確かに、覚えがある」
「もはや疑いようはありませんが、それはシドニア・アルフォルト公爵です。そして彼の傀儡となった人がいます。あなたのその腕の中のですよ。オレはシドニアとミーアの談を目撃し……」
そしてヒューはアルベルトを睨む。
「アルベルトにより監されていました。彼らは共謀していたんですよ」
ロスにとっては意外なことに、レオンの目に浮かぶのは驚愕ではなく深い悲しみと諦めだった。
いつか見たこの王子は脳天気で典型的な金持ち息子と言った様子だったが、しばらく見ぬうちに変化があったらしい。苦労した人間に浮かぶ獨特の顔つきになっていた。
もしや王子はミーアの正に気がついていたのでは、とロスは思った。
レオンの瞳が、いつか森で自分に銃を向けたヴェロニカのそれと重なったのだ。を信じたくとも、同時に恐れも抱いていたあの時の彼と。
ミーアはレオンの緩んだ腕の隙間から逃れようとするが、失敗したようだ。レオンは決して離さなかった。
「ヒュー」
「はい」
「ミーアを拘束してくれ」
「はい」
短く返事をするとヒューはミーアの両腕を後ろに回し摑む。彼も大人しく従う。
「終わったのか、これで……」
レオンが靜かにそう言った時だった。ふ、ふ、ふ、と息を吐くような奇妙な笑い聲が聞こえた。視線がその聲の主に集まる。
小さく笑っていた彼――アルベルトはやがて大聲で笑い出した。
「終わっちゃいない、何も終わっちゃいない!」
ロスは眉を寄せる。
気でもれたか。またはこれが彼の本か。
アルベルトはそれから真顔に戻ると、舞臺役者のような振りで銃を握ったままの片手を大きく広げて見せた。
「僕がヒューを拘束していたのは、父に脅されていたからだ! 隙を見て逃がすつもりだったよ。もし僕が共犯なら、さっさとヒューを殺していたはずだろう?」
訴えかけるように周囲に向けてそう言うアルベルトに、白々しい、とロスは思う。
「芝居は仕舞いだ、アルベルト。よくも俺を襲ったな」
ミーアが顔を上げるのが目の端に映った。
アルベルトは今度は怒りと憎しみを持ってロスを睨んだ。
「お前だよ、お前が現れなければ、僕とヴェロニカはずっと一緒に、終わらない楽園にいられたはずだ。彼は家族に絶して、僕にべったりと依存していたんだ。僕なしじゃ立つのもままならない。……なのに、いつの間にか自分の足で立つ人間になってしまっていた」
「馬鹿げた話だ。人間はもとより一人で立ってる」
バサリと言い切る。
そして先ほど答えのなかった問いを、今度はカルロが尋ねた。
「ヴェロニカはどこにいるんだ?」
こんな騒ぎがあれば、どこにヴェロニカが隠れているにせよ出てきてもおかしくない頃合いだ。
アルベルトは笑ったまま答えない。
異常なこの青年の癖に加え、楽園という奇妙な言い回し。何より爛々とる目が語っている。
ロスの予はほとんど確信へと変わる。
「彼をどうしたんだ!」
堪えきれずぶと、アルベルトは自の両手に彼がいるかのように大切そうに見つめると、うっとりと言った。
「死んだよ」
耳を疑った。
自分のからの気が引くのが分かった。
呼吸すら止まってしまったように思える。
愕然と立ち盡くすことしかできない。だが、それでも心臓は嫌というほどに激しく鼓を続けていた。
聲を発したのはカルロだった。それも絞り出すような細く小さな頼りないものだ。
「噓だ……馬鹿な、あり得ない」
「噓じゃない。泣いていたよ、かわいそうに……」
チェチーリアがふらっと倒れそうになるのを慌ててけ止めたのはレオンだった。チェチーリアは即座に目を開けるとレオンを見てぎょっとしたような表になり慌てて彼から離れる。
ロスはやはり棒立ちのままけない。
(死んだ……? ヴェロニカが……?)
アルベルトを見ると、彼もロスを見つめていた。挑発するかのように、にやりと笑いかけられる。
そしてロスにしか分からないように、聲を発さずに口だけをゆっくりとかした。
――ぼ・く・が・こ・ろ・し・た。
瞬間、ロスに宿ったのはかつてないほどの憎悪と嫌悪だった。
考える余裕などないほど、冷靜さはどこかへ行った。ただ目の前にいる得の知れないこの男を、これ以上生かしてはおけないという本能だった。
再び拳銃を握る。それをアルベルトに向けると、彼はにやにやと嫌な笑みを浮かべたまま首をかしげるような仕草をした。
「ヴェロニカの仇だ」
そう言った瞬間であった。
「ちょっと! 勝手に殺さないでちょうだい!」
凜とした聲は明瞭で、今朝聞いたばかりだというのに、酷く懐かしい気がした。
ぶったまげたのはロスだけではなかったはずだ。彼を知る者、皆がそちらを見た。
「どうして……」
やっと聲を発したのはアルベルトだ。
騒ぎを聞いて彼は急いでやってきたのだろう。肩で息をしながら、額には汗を滲ませる。なぜがには羽がいくつもついていた。まるでベッドかソファーが引き裂かれた後に寢転がったかのようだ。
白く細い首にはありありと赤い痣が殘っているが、その頬は赤く、しっかりとした足どりで確かに生きてこちらに向かって歩いてくる。
「お姉様!」
「ヴェロニカ、生きていたか!」
彼の家族が泣きながら、口々にんだ。
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