《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》夢見るじゃいられないですわ!

「俺を庇うなんて」

に弾丸をけたヴェロニカを、ロスはただ抱き締めた。なんとか彼に言わなくては、とヴェロニカは微かな聲を絞り出す。撃たれたが痛かった。

「……ねえ、ロス。あなたがわたしの所に戻ってくるって、知ってたわ。森で一人で待ってるとき、すごく怖かった。そのままあなたは去ってしまって、わたしは一人で死ぬんじゃないかって。でもいつも、どんな時でもあなたはわたしの所に戻ってきた。それがどんなに嬉しかったか、あなたは知らないでしょう?」

森で過ごした日々、ロスが戻ってこなかったらと思うとたまらなく不安だった。でも、ヴェロニカのいる場所に、いつだって彼は帰ってきた。だから知っている。彼の居場所はヴェロニカなのだと。

周囲が騒がしい。

父と妹、レオンまでもが集まる。グレイとヒューはそれぞれ拘束している者がいるためけなかったが、やはり見ているのが分かった。

しかしヴェロニカには、ロスしか見えていなかった。彼はヴェロニカの言葉に眉を下げてほんのしだけ笑ったようだ。そのまま、がさらにきつく抱き締められる。

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「知ってたさ。こんな俺でも、お前はいつでも待っていてくれた。お前が俺を見て笑う度に、俺は救われたような気になった。それがどれほど喜びに満ちたことか。だがそんな思いを抱くことは、許されない。お前は貴族の娘で、俺は……俺は、ることすら許されない」

ロスの力強い心臓の鼓が聞こえた。ヴェロニカはそれに緩やかにを預ける。

「最期に、言ってしいの。わたしをしてるって。本當のことを、あなたの聲で聞きたいの……」

囁くようにそう言うと、彼のき、息を吸うのが分かった。そして空気を震わせた時、ずっと待ちんでいた言葉が聞こえた。

「……している。當たり前だ。してるさ。噓じゃない。本當だ。俺の、全てを持って、している」

はっきりと、ロスは言った。ようやく彼はを認めた。彼自の言葉で。

ヴェロニカは満たされた。

これ以上ないほど、満足した。

容易にを表さず、素直ではない彼の全てをやっと手にれることができたからだ。

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(ロスはわたしをしていると言ったわ!)

そう思うと嬉しくて、笑えてきた。

微笑みは、やがて堪えきれずに大きな高笑いに変わる。ついには腹を抱えて笑い出した。

「おい」

様子がおかしいと気がついたロスの厳しい聲が飛んできた。彼がヴェロニカのを離すと同時に泣いていた家族や周りが顔を上げるのが分かった。

ヴェロニカは立ち上がる。

「やっと本當のことを言ったわね!」

に置いていた手をぱっと離すと弾丸で撃たれた跡を見せた。ブローチがひび割れていた。弾丸が食い込んでいるためだ。

ずっとにつけていたそれがアルベルトの放った弾丸をけ止め、ヴェロニカの命を救ったのだ。

「本の寶石だもの! これくらいできるわ!」

「流石お姉様ですわ!」

チェチーリアが飛び上がってぴょんぴょん跳ねる。カルロは気が抜けたように、はあ、と安堵のため息を吐き、涙を拭う。ロスはというと、頭を抱えて下を向いていた。

「やっとわたしをしてると認めたわね」

「なんて奴だ」

下を向いたままロスは答える。

「でも言質を取ったし、証人もいるわ!」

「やり方が汚いんだよ」

そう言った彼は顔を上げてヴェロニカに笑いかける。怒っているかと思っていたが、その顔は思いがけず――本當に優しく微笑んでいた。

ヴェロニカの心臓は大きくはねる。そして衝のまましゃがみこむと彼の口に思い切りキスをした。

「ああ……」というカルロの悲鳴のような聲が聞こえたが、やはりほとんど気にならなかった。

だが事態は、終わったわけではなかった。

あっけにとられたように騒を見ていたグレイの拘束が、やや緩んだのだ。兵士達はアルベルトを捕らえることに熱中し、既に拘束されているシドニアとミーアにはあまり興味を示さなかった。

それは本當にあっという間のことで、恐らく誰も予期していなかった。わずか緩んだ手を振り切り、シドニアがグレイのズボンに刺さったままだった銃を取り出すと今度はアルベルトに向けて放ったのだ。

けた者は一人としていなかった。銃を撃つのは一瞬で、誰もそれを止められなかった。

しかしそんな中でもただ一人だけ、駆けだした者がいた。他の騒ぎには目めもくれず、シドニアとアルベルトにひたすら注視していた者――ミーアだ。

今までただ沈黙を守っていた彼が、強引にヒューの拘束を抜け出すと、弾丸の間に割ってるようにして……

一聲、んだ。

「ジョーお兄ちゃん!」

ヴェロニカは混する。

この場にいる誰の名でもない名だった。

しかしミーアは必死の形相だった。

そしてヴェロニカがロスを庇った時と同じように、アルベルトの前に立ちはだかる。

だがヴェロニカとミーアはあまりにも違っていた。

ヴェロニカはブローチをつけていた。

ミーアはブローチをつけていなかった。

ヴェロニカは心配する家族がいた。

ミーアは家族がいなかった。

ヴェロニカはする者がいた。

ミーアにもいたが、彼は兵士たちに拘束されていた。

だからミーアは誰にも抱き止められることなくたった一人で冷たい床の上に倒れた。腹から流れた赤いが壇上に広がっていく。

ロスがすかさずシドニアの銃を持つ右手へ向けて撃つ。撃ち抜かれ手から銃がポトリと落ち、シドニアはうめき聲を上げて手を押さえた。

「ジェシカ……?」

またもや知らぬ人間の名が聞こえた。見るとアルベルトがミーアを信じられないとでもいうような表で見つめていた。

そしてうつろな表のままなんの前れもなく持っていた銃を撃った。

シドニアに向けて。

弾の続く限り何発も。

彼の撃った銃弾は、今度こそその人に屆く。斷続的な連の音が鳴り止んだとき、と頭に數発けたシドニアはその場にドサリと倒れた。確かめるまでもなく――シドニアは死んでいた。

「……ジェシカ、起きろ」

アルベルトはぶつぶつと呟きながら、ミーアのに近づき何度も揺さぶる。

は目を閉じており、手足は人形のようにだらりと床を向いていた。揺さぶられる度にそのからが流れていく。

アルベルトはそれでも彼を眠りから覚ますように何度も揺らした。

「お前は、馬鹿なんだから。黙って、お兄ちゃんの言うことを、聞いていればよかったのに」

兵士達がそんな彼のを拘束する。彼は無抵抗で、されるがまま、しかし視線はずっとミーアに向いていた。

「ヒロインと隠しキャラは兄と、妹……?」

チェチーリアがそんな二人を見つめて呟いた。だが彼の疑問に答えられる人間は、この場には誰もいなかった。

目前の妹を、彼はただ見ていた。

い頃、孤児院で出會っただ。のつながりはなかったが、ひどくなつかれ、兄妹としてを寄せ合って生きてきた。

シドニアに拾われ、別の名を名乗り他人として生きてきたが、それでも彼はひたすらに兄と慕っていた。無邪気で扱いやすい、愚かでのろまなだった。別に、してなどいやしなかった。手駒としては優秀で、だから側にいることを許していた。

その彼を流し倒れている。

兵士達がそのに手當てを施しているのを、また別の兵士に取り押さえられながら凝視していた。

――あっていいはずがない。こんなこと……

「……全部、何もかも狂ってる。僕はただ、貧しく死んだ両親の仇を……。だけどそんなことよりも、ヴェロニカが笑っていたらそれだけで……、側にいられたら、ずっと二人で……」

何やってる、ジェシカ、目を覚ませ。

お前はまだやることがあるだろう。

レオンをし、王になった暁には、彼を殺して僕を王にするんだから。また折檻が必要なのか。どうせを囁けば、容易く言うことを聞いてくれるんだろう。

は目を覚まさない。

まさか、死んでいるのか?

誰の許可があって、彼は勝手に死んでいる?

(僕は死んでいいなんて、ひと言も言っていない)

まだ握っていた銃にまた力を込める。

誰にも止められないうちに自分のこめかみに當てて引き金を引いた。

――しかし、不発。

先ほどシドニアを殺すのに、全て使ったからだ。

兵士達に今度こそ銃を奪われる。手を拘束され、もう自由はない。

「ヴォニー……」

救いを求めヴェロニカを見ると、あの憎い男の隣に立ち、こちらに哀れんだ目を向けていた。

「なんだよ、その目は……」

がそんな目を、自分に向けていいはずがない。彼が向けていいのはだけで、そんな同の瞳ではない。

一心同で、一緒に楽園で暮らすはずだ。半で、何もかも同じだった。互いの理解者は互いしかいない。なのに、どうしてこうなったんだ。

の隣の男が彼に何かを囁くと、依然として悲しげな瞳をしたまま、しかし數回頷き、目を背け、遂に歩いて去って行った。他の者も続くように去って行く。

行かないでくれ。

まだ、まだこれからなのに!

去るのか? 僕をここに一人きりで殘して。

僕がやろうとしていたことは、君がんだことなのに。

僕を生み出したのは、君なのに……。

* * *

が蝶を殺した。

僕は嬉しく思う。

僕だけじゃなかったんだ。

この行為をしたいと思っていたのは。

――生きてるなんて、辛いことばかり。

の睫が濡れる。彼の聲は、どんな楽よりも心地よい音を響かせる。

――悲しいことは全て終わればいいのに。弱い者を傷つける人のいない優しい世界に行きたいわ。

の微笑みはこの世界の何より殘酷でしい。

――なら僕が、いつか君のために楽園をつくるよ。君の嫌いな人、皆消して、僕ら二人だけの、優しくて幸せな國を。

だからそう言った。

しい彼のために、何かをしてあげたいと思うのは自然なことだった。

は笑う。

片手に潰れた蝶の死骸を持ったまま。

――そうなったら、素敵ね。

ついに彼の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。

當たり前に、僕は誓った。

そんな楽園を、彼のために作ることを。

だって彼していたから。

* * *

子供の頃の夢はあまりにも儚い。

純粋さもいつかは薄れ、世界を知れば大人になっていく。

――これが罰ならしたことが罪なのか。

救いを求めるように手をばす。その手は赤く染まっていて、誰も握り返すことはなかった。

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