《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》最終話 約束の未來ですわ!
ヴェロニカとロスを乗せて、馬車は景を変えていく。
會場は、レオンと父がどうにか収めてくれるだろう。
建國祭がどうなったか、エリザベスの死や、グランビュー家の兄弟の行く末、そしてアーサーが殺そうとしていた貴族たちに、どう決著が著くのか、いずれは知り、考えなくてはならないのだろうが、決して今ではない。
先ほどの出來事を回想し黙りこくったヴェロニカを、ロスは胡散臭そうに見つめている。ヴェロニカは言った。
「ゆっくり、話してあげるわよ」
時間はたっぷりあるのだから。
「怪しいな」
黒い瞳に、納得のは浮かばない。
「そんなにわたしのことを知りたいの? もしかして、わたしが好きなの?」
からかうように笑いかけると、おい、と額を小突かれた。その手を摑みキスをすると、彼も同じように、ヴェロニカの手にキスをした。
困難を振り払うかのような、長い、長いキスだった。
「好きに決まってるだろ。お前が俺に、人生をくれたんだから」
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彼が閉じていた目を開けると、初めて出會った時のように、心臓が激しく高鳴る。
「あなたって、すごく変わったわ」
頬が赤くなるのをじながら、ヴェロニカは言った。彼から直接的な表現をされるとは思ってもみなかった。
「お前も変わったよ」
「そうかしら?」
「そうさ」
「どういう風に?」
「更に強くなった」
「それって褒めてる?」
「もちろんだ」
彼が言うならそうなんだろう。
馬車の外では午後の日差しがらかく迎えてくれる。
長く冷たい冬は去り、春が訪れていた。
互いの手を握り合いながら、ヴェロニカは、思う。
ロスとヴェロニカが出會ったことで、多くの人間の運命が変わった。ヴェロニカの運命も、激しく変わってしまった。
彼と出會えたことで未來が無限に広がっていくことが嬉しかった。
これから先も、運命は波のようにうねり、姿を変えていくのだろう。
転生者ではないから、良くも悪く未來のことは分からない。一つだけはっきりしているのは、ヴェロニカが進む道のあらゆる場所に、ロスがいるということだけだ。
「あのね、ロス。わたし、あなたに伝えなくちゃいけないことがあるの――」
ヴェロニカは、一人のの名を告げる。その名を知るに至った経緯も、全て話した。
ロスはそれを靜かに聞き、最後に寂しげに微笑んだ。
「ありがとう」
ヴェロニカは知らない。
ロスと彼の間に、どんな出會いがあって、どんな生活があって、笑いがあって、喧嘩があって、があって――別れがあったのか。
彼は何を思って生き、何を思って死んだのだろう。その人生は、幸福だっただろうか。そうであったらとよいと思った。
窓から溫かな春の風がり込み、髪を揺らす。ヴェロニカは、ロスに言う。
「……わたし、思うの。今まで生きてきた人生に、無駄なことは一つもなかったって。
彼がロスをしたから、きっとわたしたち、今こうして隣にいるのよ。あなたが彼をしたから、わたしのことも、してくれたんだと思う。
彼があなたの人生を、明るく照らしてくれているんだって、思うの。あなたの人生にだって、彼の人生にだって、無駄なことは一つもなかった。全部が全部、大切な瞬間で埋め盡くされてきたのよ」
ロスのまなざしが、らかくヴェロニカを包み込む。
「お前に出會えてよかった」
きっとヴェロニカだって、ロスをこんな目で見つめているのだろう。
「あなたがいつだって、あなたとして生きて來てくれてよかった。あなたがわたしを見つけてくれてよかった。あなたが、この世界に生まれて來てくれてよかった」
ヴェロニカがどれほどしているのか、ロスは知っているのだろうか。
彼と出會うためにこの命があったのではないかと思えるほどの、激しく深く穏やかな、永遠に消えないだ。
「たくさんのことを話してほしいわ。どんな子供だったかとか、どんな人を好きになったかとか。どんな人に會って、何を思ったかとか」
「自分のことを話すのは、あまり得意じゃない」
ヴェロニカは笑った。
「だったら、なおのことチャンスでしょう? だって、これから長い間、ずっとずっと二人きりよ? ……あら、あなたたちもいたわね」
心地よい揺れに安心しきっているのか、犬たちは丸くなり眠っている。そのなめらかな背をでると、心が更に満たされた。
この二匹の犬だって、大きな役割を果たした。彼らがいなければ、ヴェロニカとロスは野垂れ死んでいた可能もあるのだ。
ふいにロスが目を見開き、何かを摑むように空中に手をばした。
だがれたのは空気だけで、そこには何もない。
しばらくの間、ロスの手は空中に留まっていた。不思議に思い見つめていると、窓の外の景が目にった。
遠くの空では、雨が上がった後らしく、雲の隙間をうように、無數のが差し込んでいる。
「なんて綺麗なのかしら。天使の梯子って言うんだっけ? あ! ほら見てあそこ!」
ヴェロニカが指さすと、ロスも窓の外を見て、目を細めた。
青い空には大きなそれが、輝いていた。
「虹なんて、久しぶりに見たな」
「今日ほど、旅立ちにふさわしい日もないわ」
揺れる馬車は、二人を王都の外へと運び出す。
アーサーの命は、祝福を持って天に迎えられるのだろうか。
あの城から、シャルロッテのはまだ見つかっていないという。ミシェルの行方も、知れない。
城は消えてなくなり、今は瓦礫が殘るだけだ。ロスがいた地下牢も、ヴェロニカが住んだ部屋も、皆で晩餐を囲んだあの食堂も、全てなくなった。まるで一切が幻であったかのように――。
一連の事件から、人々の興味が絶えるまで、この場所には戻らない。
それが果たして、どれほどの時間がかかるのかは分からなかった。
もしかすると明日かもしれないし、一週間後か、數十年後かもしれない。あるいは一生、戻ることはないのかもしれない。
だけど、どうなったって構わない。隣にする人がいるならば。
「――後は、野となれ山となれよ!」
聞いたロスがじじくさいと吹き出した。
笑い聲で犬たちが目覚め、しっぽを振りながら嬉しそうに二人を舐める。それに大いに応じた。
この命がある限り、旅はこれから先も、どこまでも続いていくのだろう。
差し込むは、まるで誰かが笑いかけているようだ。かかる虹は、神がこれから先の平和を約束したかのようだ。
その全てが、地上への祝福のように、ヴェロニカには思えた。
〈おしまい〉
ほんじつのむだぶん
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