《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》ドン引きっていうレベルじゃねぇぞ!
「ぅわぁああぁあぁぁチカぃともぉぉっとおっきいいいなああぁあ。どおしよぉぉう……むぅむぅデッスねぇぇえぇえ、むぅむうぅぅぅうぅ……」
ついにオルトロスの目前まで來ると、キチは俺より小さいで見上げながら呑気にぶつぶつと呟いていた。
當然ながら、必死の形相で懸命に攻撃をいなしていた田辺さんはビックリ仰天だ。
後ろ姿からは分からないが、聲から驚愕と揺がまざまざとじられた。
「なっ……!? お、お前は………!」
「ハイハぁぁあぁイ、おぎょぉぉおぎワルくてぇごめぇぇんネぇえ✩ ばいばぁいドォォォオォん!」
キチは田辺さんの方に向き直ってパンパンと雑に手を叩き、頭をカクンと下げると……。
何と。
信じられないことに。
突然、田辺さんに回し蹴りを食らわせた。
「ぐっっ!!?」
思いもよらぬ者に思いもよらぬ痛撃をけた田辺さんは、裝備の重量をじさせない凄まじい勢いで吹き飛ばされて、通路の側面に激しく叩きつけられた。
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な……な…………。
何やってんだ、このああああああああっ!?
何で化ほったらかして田辺さんをぶっ飛ばしてんだよ!
どう考えてもおかしいだろーーが!
何しでかすか分かんねーとは思ってたけど、それはねえだろおおおお!
田辺さんは気絶したのか、ドサリと音を立てて倒れると、そのままピクリともしなくなってしまった。
そんな田辺さんにはもはや目もくれず、キチはオルトロスに立ち向かって……。
……立ち向かって……ない。
座っている。
背負っていた水のリュックサックを地面に置いて、何やらゴソゴソと中を漁っている。
「んーんとぉぉおぉ……このコにはどぉぉれがい・い・か・なぁぁああぁ??」
……いやいやいやいやいや。
危ない危ない危ない!
ヤバい!
コイツ、マジでいろんな意味でヤバいよ!
オルトロスはあまりの出來事に混しているのか警戒しているのか、はたまた田辺さんに止めを刺そうか迷っているのか、低く唸るだけで今のところ攻撃はしてこない。
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しかし、それもほんのわずかの幸運だった。
気を取り直したように、オルトロスは前足を高々と振り上げてキチに狙いを定めた。
「よぉぉぉおぉおしぃ! こぉぉおぉれにキぃぃぃいぃメたぁぁあっ!」
そこでようやく、キチは何かを取り出した。
あれは…………ナイフ?
いや……見慣れた木製の柄、その下までびた切っ先のない四角い刃。
間違いない、家にはなかったけどテレビで見たことがある。
あれは…………あれは、麺切包丁だ。
…………ハ??
全が痛くて目をこすることもできないので、何度も目を瞬かせる。
……が、やはり何度見ても包丁だ。
おいおいおいおいおい、何で包丁なんだよ!?
剣とか斧とか槍とかじゃねえのかよ!
しかも麺切包丁って!
もう、どっからツッコンでいいのか分かんねえ。
とりあえず死ぬぞっ!?
上上、上見ろおおおおおおおお!
「タべキレぇるっかっなァアぁぁぁぁあぁぁあ??」
キチはふらりと立ち上がると、頭上に迫るオルトロスの巨大な前足に……。
前足に……。
……何をしたんだ……?
今、起こったことをそのまま説明すると……オルトロスの前足は、キチに直撃する、まさに直前に……。
バラバラになった。
無數の片がボトボトと降り注ぎ、キチの周囲に散した。
當たるはずだった攻撃が當たらず、あるはずの足を失ったオルトロスはバランスを崩し、地響きを立てて橫向きに倒れた。
「グォォオオオオオオオオッッ!」
え…………?
斬った……のか……?
あの一瞬で?
あの兇悪な化を?
あの武(というか調理)で?
噓、だろ…………。
「さぁぁてさてぇぇえぇえ、たべやすぅいよぉぉおぅにぃぃぃいチョキチョキしちゃぁぁいましょぉぉおぉネェェェエエ♪」
キチは、極小のきで二メートル以上もあるオルトロスの頭の上へひらりと飛び乗ると、手にした包丁をブンブンと振り回しながら愉快そうに言った。
「まぁずぅわぁああぁぁ……おメメ! クサりやすぅいからぁぁホンジツのめいぃいんでぃぃぃっしゅ!」
包丁がオルトロスの目に深々と突き刺さる。
そのまま、缶切りで蓋を開けるようにぐりぐりと目玉をえぐり取っていく。
相変わらず、顔は満面の笑みだ。
「ぎっこギッコぎぃぃっこぉ~♪ くぅりクリくりクリりぃぃいんっとぉぉお♪」
「グルルルルォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
壯絶な痛みでオルトロスがをよじり、咆哮をあげる。
當然、上にいるキチは前後左右上下へロデオのように揺れく。
それでもキチのきは止まらない。
むしろ加速する。
「お・つ・ぎ・わぁぁあぁ……おジャマぁなおアシをポぉイしちゃおぉおぅぅ♪」
ぴょんと頭からに飛び移る。
そこから包丁を一振り、二振り、三振り。
たったそれだけだった。
それだけで、オルトロスの四肢は殘さず綺麗に切斷された。
切斷面からドス黒いが大量に噴き出す。
想像を絶する速さではあったが、あの刃渡り、あの武(というか調理)では到底あり得ない。
何かのスキルを使ったのだろうか。
この時點でもう、オルトロスはかろうじて生きてはいたものの、ぐったりとして息も絶え絶えだった。
だが、キチの兇行はなおも続く。
「にゃハハぁぁ! オトナしぃくなったのでぇぇぇおつぎわぁぁあ……おナカぁのナカぁぁをみてみよぉぉおぉうぅっ」
ストンと地面に降り立ち、オルトロスの腹部に一閃。
死んだ。
オルトロスは一瞬、ビクンと痙攣し、絶命した。
だが、やはりキチの兇行はなおも続く。
「うにゅぅぅうぅ……ナイゾウわぁドォォコがたべられぇぇるぅのかぁなぁぁ? ……あっ! はーとがとぉぉってもキレぇぇえぇぃい♡ ココわたべちゃおぉぉぅうにゃっハハハハぁぁあぁ!」
キチはオルトロスの臓をぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃとかき回し、そんなことをオモチャで遊ぶ子どものように言ってのけた。
頭のてっぺんから足のつま先まで、赤黒いに染まりながら。
実に楽しそうに。
年相応に、無垢に、無邪気に、はしゃぎながら。
はっきり言って引いた。
ドン引きである。
當たり前だけれど、言うまでもないことだけれど、ただただ引いた。
そして、同時に恐怖した。
コイツは、やっぱりヤバイ。
組長は人間だって言ってたけど、新手の魔としか思えない。
結果として助けてもらった今でもそう思う。
いや、オルトロスをいじり終えたら、今度は俺達に狂気が向けられる可能は十分にある。
むしろ、そうなる予しかしない。
逃げないと……。
田辺さんを連れて、早く……!
「きょーぉわおメメぇぇでアーシタぁわおナカぁぁでさぁぁいごにおぉニクぅをたぁぁぁべよっかにゃァアアァア♪」
――――でも…………。
でも……何でだろう。
俺は、このキチから、目を離せない。
何でだ……。
兇を持って、にまみれて、笑みを浮かべる、小さなの子……。
かぶる……。
そうだ、かぶるんだ。
あの時の、アイツと……。
俺の中の記憶が……俺の目を釘付けにしている…………。
「――おいっ! そこにいるのぁ日比野か!? 無事かオメェら!!」
不意に、背後から凄みのある太い聲が聞こえてきた。
猟奇的現場からようやく目を離すことに功した俺は、痛みをこらえて後方に首を曲げる。
そこには組長、もとい凩剛健と五人の男の姿があった。
俺達の様子に気づくと急いで駆け寄ってきた。
「大丈夫かっ!? すげえ地響きだったじゃねえか。一何があった!?」
俺は伝えたかった。
オルトロスが現れたこと。
俺と田辺さんを殘して、みんな死んでしまったこと。
正不明の猟奇的なキチが現れたこと。
そのキチがオルトロスを瞬殺したこと。
しかし、あばらが折れて全を打撲して息をするのも苦しくて、とてもじゃないがヒューヒューと淺い呼吸を繰り返すことしかできない。
「こいつぁひでえ……。おい、ヒーリングだ! 急げっ!」
切迫した凩さんの言葉に一人の男が返事をし、俺の傍で膝をつき手をかざした。
そして、男は「ヒーリング」と唱えると淡いが俺を包み、痛みが急速に遠ざかっていった。
おおっ……!
回復魔法まであるのか。
いいなぁそれ、しい。
こんな狀況ながら、俺はそんなことを思った。
「う、うわあああっっ!?」
「これ、は……し、死……!」
「なん……ってこった……。一、こりゃ、どういう……」
男達が床に散らばる死に気付く。
どうにか喋れるようになった俺は、起こったことを端的に説明する。
「そう……か……。すまねえ、俺の失態だ。この頃、魔の向がおかしいたぁ思ってたが、まさかこんなとこにオルトロスが出るとは……」
「ンもぉぉおぉぅう、イィィィイトコなぁのにウルっさぁぁあぃナァァ……。このコがオきちゃぁぁうデッスよぉぉお? ぷんぷんだぁヨぉおぉぉ??」
ここで、キチがついに手を止めて口を出す。
凩さん達はオルトロスの巨に隠れるキチに初めて気づいてギョッとする。
驚いている理由は、全が返りで染まっているからだろうか。
それとも、こんなが一人でオルトロスを倒したからだろうか。
それとも、口に細長い臓を咥えながらニタニタと笑っているからだろうか。
……多分、全部だな。
キチは臓をぺっと吐き出し、口を尖らせながらオルトロスの頭部の橫までふらふら歩み出る。
そして、片目を無殘にえぐられたオルトロスの恐ろしい顔を軽々と持ち上げると、両手で口をパカパカと開けながら、わざとらしい低音を作って子どもっぽい演技を始めた。
「わんわんっ! ウルさぁぁいぞぉぉぉお! オレのネムりぃをぉジャぁぁマするなぁぁあ! おマエらみぃぃぃんなカムカムしちゃぁうぞぉぉおぉお! ……っぷ、にゃハハハハハハハハハハハぁぁぁあぁあ!」
うーーーーわ…………。
凩さん以外の男が、一瞬で苦蟲を噛み潰したような顔になると、ウッと聲を詰まらせて後ずさる。
理的には半歩だが、心理的には地球を何周かしちゃうくらい離れたはずだ。
気持ちは大変よく分かる。
そんな俺達の心を百パーセント察していないキチは、何がおかしいのかさっぱりだが、お腹を抱えて大変愉快に笑っていらっしゃる。
「にゃはハハハハハハハ! わんちゃぁぁんほぉぉおんとカァぁぁわイぃいなあああ♡ ニャあっハハハハハあぁあぁぁアアッ!」
キチの甲高い笑い聲だけが、けたたましく響き渡る。
そんな中、凩さんは毅然とした態度でズカズカと前へ進み出る。
その表から、どんな気持ちを抱いているかは推測できない。
凩さんは、大きな大きなため息をつき……ゆっくりと口を開いた。
「お前は……本當に相変わらずだな、マユ。元気そうで、まあ……何よりだ」
「ぅんんんん? あるぇれぇええ、よぉぉくミたらぁぁ……パパだぁあああ!」
……。
…………。
………………。
…………………………え?
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