《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》バーサーカーソウル
意外や意外、ダンジョン初の食事は大満足という結果となった。
さて、それからのことだ。
俺は、あることに気づいた。
どうもおかしい。
どこか変だ。
何かが違う。
いや、回りくどい言い方はよそう。
単刀直に言うと、凩の態度が一変した。
凩にとって、これまでの俺は空気みたいな存在だったと思う。
視界にはってるんだけど、意識にはってない存在。
しゃーないから連れてきたけど、すごくどうでもいい存在。
例えるなら、お子様ランチに立ってる旗みたいな?
……うーん、いや……最近のは旗ってあんまりない気がするし、そもそも凩なら両手を天に突き上げて喜びそうだから、この例えはちょっと違うか。
ともあれ、凩がこれっぽっちも俺に興味を持っていなかったのは間違いない。
『るな危険』的なキチにどう思われようと一向に構わないのだが、それでも俺は心のどこかでちょっぴり凹んでいた。
無関心は立派ないじめです。
イジメ、ダメ、ゼッタイ。
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しかし、そんな俺が料理をしただけ(というか焼いただけ)で、あら不思議。
プリンにおけるカラメルソースくらい大事な存在へと昇格を遂げましたとさ。
待て、それは言いすぎか。
せいぜい、カレーにおける福神漬けくらいか。
アレレ? それは、あってもなくてもよくね?
……って、どうでもいいか。
的にどう変わったかというと、俺の傍をうろちょろするようになった。
チラチラと俺の方へ視線を向けてくるようになった。
凩は食事を終えて小一時間ほどゴロゴロした後、俺の手を引っ張ってダンジョン探索を開始したのだが、以降ずっとそんなじなのだ。
校で見かけたら「こいつ俺のこと好きなんじゃね?」と勘違いしそうだ。
餌付けで懐くとか、存外チョロすぎてかえって心配になるんですけど。
もっとも、は凩からもらったので、正確には俺が餌付けられたと言えるかもしれないが。
そう考えると、俺だっさ!
「ぁーっ……ぁぁあぁぁぁあ~~……」
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「?」
な、何だ……?
それまで無言で歩いていた凩が、急に癡呆癥の老人のように口をだらしなく開けてきながら、左右の目を別々にグルグル回転させている。
うわっ、気持ち悪いな。
『黙ってれば人』というタイプは割といるが、コイツは『口を閉じて目をつぶってきを止めて表筋を殺せば可い』という稀有なタイプだ。
「マユわマユわぁぁあぁあ……マユなぁぁぁのデッスぅぅ」
「……うん?」
「それでぇぇそぉれでぇぇえ、なんなんなぁぁんでぇぇぇすかぁあ?」
「………………」
……。
……あ、もしかして名前を聞かれているのだろうか。
そうか、よくよく考えてみれば、俺はまだ名乗ってなかった。
腕のを噛みちぎられたり、問答無用で連れ去られたりしたせいで忘れてた。
「すまん、言われてみれば自己紹介してなかったな。あー、俺は日比野天地、高校二年生……だった。現在は無職。いや、囚人? 囚人って職業か? まあ、そんなことはどうでもよくて……ええっと、ここに來たのは昨日で……って、一日経ったのか時間が分かんねーんだけどさ……」
何だ、このぐだぐだな自己紹介。
我ながらひでえ。
普段それほど喋らねえ奴が無理した結果がこのザマだ。
「んっと……ところで、凩って歳はいくつ?」
俺が半ば誤魔化すように年齢を聞くと、凩は右手で指を一本、左手で指を四本立てて突きつける。
「じゅぅぅうううぅよぉぉぉぉんんっっ」
「へぇ~、凩って中學生だったのかぁ」
そうか、十四歳だったのか……。
もうしく見えるのは格と言のせいだろう。
まさか、二歳年下のの子がオルトロスをズタボロのメッタメタのグッチャグチャのフルボッコにするなんて思わないからな。
――――ん?
そういえば、凩がダンジョンにぶち込まれたのって確か五年前とか言ってたな。
つまり……當時は九歳!?
一、どんな悪いことしたってんだよ。
親の方は何をやらかしてても不思議じゃないじだけど。
つーか、九歳なら年法で刑罰をけないんじゃなかったっけ?
あ、いや……。
そういえば、ダンジョンができた時に刑法と一緒に改正されたってテレビで言ってた気がする。
『兇悪な魔の巣窟から日本を救おう』という目的を免罪符にして、騒のどさくさに紛れる形だ。
たしか、未年者の保護や更生といった配慮がかなり薄っぺらになって、小學生でも重罪の場合はダンジョン送り……だったような。
興味がなかったからうろ覚えだけど、きっと保護観察の人件費削減やら年院のコスト削減やら、大人の汚い裏事が絡んでるんだろうなぁ。
あーやだやだ、どう考えても改正じゃなくて改悪の間違いだろ。
などと、日本の腐敗について嘆いていると、いつの間にか凩が不機嫌そうに目を細めて、を尖らせていることに気づいた。
「えーっと……ど、どうかした?」
「むぅぅう……コガラシわぁぁかぁいくなぁぁいっのでのでのでのでぇぇえぇマユがいいぃぃんだぁもンッ」
「…………あー……」
…………。
えーーっと、苗字は好きじゃないから名前で呼んでくれ、ってこと……かな?
凩との會話は、どうにもテンポよくいかないな。
口調には慣れてきたんだけど、まだまだ俺には難解な言語を使いやがるぜ。
はいはい、名前ね、名前。
うんオッケー、相手は年下だしな。
「分かった。これからよろしくな、マユ。……俺としては何でこんなことになったのか謎だけど……」
「にゃっハハハぁぁあ! よぉぉぉろしくネぇえ、てぇぇんちゃぁぁあん」
「て、てんちゃん?」
てんちゃんっすかぁ……。
ちょっと初めてのパターンっすわぁ。
うん、何て呼んでくれても別にいいんだけどね。
でも、てんちゃんかぁ……。
「てぇんちゃん♪ てぇぇぇんちゃん♪ てんてんてぇぇぇえんんちゃあ~ん♪」
それにしても……。
短い間で馴染んできたなぁ。
理解するのに若干苦労するけど、割と気軽に話はできるし。
めちゃくちゃ腕が立つから、魔にビクビクさせられることもなさそうだし。
表は殘念だけど、後ろ姿だけ見ると普通のの子だし。
何より、一緒にいて意外と気が楽だ。
出會った時にあんな目に遭わされておいて実におかしなことだが、妹の芽と歳が近いからだろうか。
田辺さん達と一緒にいるのも楽しかったが、何ていうかジェネレーションギャップがあったからなぁ。
……まあ、マユの場合、世代は近くても埋められない大きなが掃いて捨てるほどありそうだけど。
とはいえ、田辺さん達は優しくて気さくだったものの、みんな歴戦の男、いや漢だったから、どうしても神経を使ってしまった。
こんな狀況で贅沢なことを言うようだが、あまり気疲れはしたくない。
本當にそんなこと言ってる場合じゃないが、それでも俺にとって大事なことだ。
給料や會社の規模よりも職場環境を重視するってことさ。
なので、例えば調味料スキルを生かしてベースで料理人をするという選択肢もあるが、大勢の知らない大人と共同生活ってのは、ハッキリ言って相當イヤだからパスだ。
そう思えば、マユのお目付け役ってのは意外とラッキーなポジションなのかもしれない。
――――と、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
そのふざけた幻想がぶち殺されるのは、わずか數分後のことだった。
微笑ましく談笑している俺たちの前に、ついに魔が現れたのだ。
長は俺よりも低く、力は平均的な人男と同程度という下級な魔。
ゴブリン。
數は、たったの一匹。
そのゴブリンを見た瞬間、マユは飛び上がらんばかりに狂喜した。
「にゃっっハぁぁアアアア! きたキタきたキタきたキタぁぁあああああっ!!」
弾けるような笑顔で甲高いびを上げながら、マユはリュックサックをまさぐりだした。
サンタさんからのクリスマスプレゼントの包みを開ける子供のように喜々として取り出したのは……。
柳刃包丁だった。
……もしかして、あのリュックサックって包丁がいっぱいってんの?
その後、唖然とする俺の目の前で繰り広げられたのは、一方的な殺戮だった。
まず、ゴブリンは手にした鉈のようなを振り上げる暇もなく、あっという間に距離を詰められると、両腕を豆腐みたいにあっさり切斷された。
「グギィィィィイイ――ぶぼっ!」
次に、苦痛の聲を絞り出すゴブリンを、目にも止まらぬ顔面パンチで毆り倒して強制的に黙らせると、筋張って皺だらけの首を容赦なく踏みつけた。
ズドンッという地響きとベキボギィッという骨が折れる生々しい音が重なった。
あ、死んだ。
それきり、ゴブリンはぴくりともかなくなった。
しかし、マユのきは止まらなかった。
カッと見開いた目を爛々と輝かせ、口元を大きく歪めて、激しいダンスを踴るように、マユはゴブリンのを滅茶滅茶に切り刻んだ。
「にゃハハハハ! にゃっはははハハハっ! にゃああっはははははハハハぁぁぁアアアアっ!!」
ダンジョンの奧の奧まで響き渡る奇聲が、俺のを震わせる。
固唾を飲む音も、奧歯がガタガタ鳴る音もかき消される。
ひ、ひィィ……!
やべえ……やっぱコイツ、やべえよ……。
俺の焼いたをうまそうに食べる無邪気な笑顔は、目前に浮かぶ全く別種の邪悪な笑顔で無慈悲にも上書きセーブされてしまった。
頼むから、あの笑顔に戻ってくれぇぇ……。
あぁ、もう思い出せない。
バックアップを取ってなかった、ちくしょおおお……。
最初に出くわした時には恐怖しかじなかったゴブリンに対して、今は憐れみしかじない。
もうやめてマユ! とっくにゴブリンのライフはゼロよ!
と、制止することなどできるわけがなかった。
俺は純粋にビビっていた。
これじゃあ、どっちが魔か分かったもんじゃねえ。
っていうか、この狀況だと、どう見てもマユの方が魔にしか見えない。
やがて、「はぁあぁぁああぁぁぁ……♡」という、長い長~い吐息とともに。
やりきったを漂わせて力するマユが、ようやくオーバーキルをやめた。
一、どれだけ経っただろうか。
かなり長い時間だった気がする。
もはや、ゴブリンは原型をとどめていなかった。
マユは、細かい片となったゴブリンの一部を片手でぞんざいに持ち上げて、意思のない人形のように首をぐるりと回転させると、すっかり全がだらけになった狀態で言った。
まるで、いの子が野山で木苺でも摘んできたかのように、あどけない顔で嬉しそうに言った。
「きょーぉぉおぉおおのゴぉハぁぁンだぁぁぁあぁヨぉぉお✩」
「っ……え……あ……うっ…………」
俺は、何も言葉にできなかった。
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