《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》男はつらいよ ~囚人リーダーの憂鬱~

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! やっちまったあああ! ちくしょうッ!!」

ダンジョンで初めて形された人間の集落、ベース。

その中央、最初に建てられた不格好な木造建築――ダンジョン第一層拠點本部の中で、俺は拳で機を叩きつけてんだ。

盛大な音を立てて真っ二つに割れた機を、鬱憤を晴らすように何度も何度も踏みつけて々にする。

「くそっ、くそっ! 心配だ……心配だっ……! こっちがマジで心配してるっつーのにマユのヤツ、一何を考えて……があ゛あ゛あ゛あ゛! ぬぐぐぐぐぐ……ッ!」

「……またやってるんですか、ゴウさん……。気持ちは分かりますけど、毎度毎度ぶっ壊すのは勘弁してくださいよ。こんなボロ機でも作るの手間なんですから」

荒ぶる俺とは対照的に、玄関から冷ややかな聲がかけられる。

「彰人か。毎度毎度わりぃとは思ってっけどよぉ……。でもお前、最近この辺の魔がやべえってことは知ってるだろ。それをアイツは……よりにもよって、新りで見るからに弱っちくて頼りなくて度がなくて弱でなよなよした最近の弛んだ若者ってじの日比野を拉致って……」

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「いや、言いすぎですよゴウさん。アイツはあれでなかなかあるし、責任もある男ですよ。まあ、確かに戦闘経験はまだ全然ですし、レベルも低いですけど」

穏やかに言い返す彰人が、水のった木製のコップを差し出す。

俺はそれをけ取って一気に飲み干し、ストレスを吐き出すように深々と息をついて何とか気持ちを鎮める。

「ああ……そうだな。悪い、ちょっと熱くなって言いすぎた。一番の被害者は日比野だからな……。あいつ、今頃どうしてっかな……死んでねえといいが……」

「羅針盤はいてますし大丈夫ですよ。それに、娘さんはダンジョンで間違いなく最強のの子なんですから、むしろここにいるより安全じゃないですか?」

彰人はあくまで優しく冷靜に、小さな子供をあやすように言って笑った。

今更、そして毎回のことながら、暴れたことに遅まきながら気恥ずかしさをじ、咳払いをして誤魔化しながらも俺は愚癡を垂れ続ける。

「でもよぉ、ここらでオルトロスだぜ、オルトロス。ぜってーおかしいっつの。コブラソルジャーとか、數がなかったヤベーのも増えてるし……」

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「ですね……。二層駐屯組からの報告はありませんが、危険度が増してるのは確かですよね。ダンジョンの生態系の究明は置いといて、とにかく防衛を強化しないと……」

「そうなんだよな、どうすっかな……。行範囲は狹まるが、チームの編人數を十人以上、リーダーはレベル15以上、安全確保と索敵を最優先にする……ってのが萬全の制なんだが……」

三日前のオルトロス出現はベースに大きな衝撃をもたらした。

ベースに常駐している大半は住居の建築、日用品の作、食用や薬用となる植の栽培といった、生活基盤を固めるための非戦闘員だ。

普段は魔の恐ろしさをじることのない彼らの恐慌と言ったら、それはもう筆舌に盡くしがたい。

何せ、あまりに距離が近かったため、天井が崩壊するような地響きと咆哮がここまで伝わってきたのだ。

パニック狀態に陥った人々を落ち著かせるのは一苦労だった。

まあ、おかげで彰人の元へ速やかに駆けつけることができたわけだが……。

「確かに、それだと死者や負傷者は激減するとは思いますけど、代わりに討伐數まで減って魔の総數が右肩上がり。食料の供給にも若干の不安が……となりかねませんよね」

「とりあえず全パーティに招集かけてっから、その件は會議で話し合って早めに決めねえとな……あ~~~~ちくしょう! 胃が痛え……」

「ははっ、お疲れ様です」

完全に他人事のように彰人が社辭令的なねぎらいの言葉をかけるが、その顔にはよく見ると疲労のがにじんでいる。

それもそのはず、この男は仲間を慘殺されて自も怪我を負って気絶した次の日から、他の連中と何ら変わらず……むしろ人一倍魔の討伐に盡力しているのだ。

……気絶はうちの娘のせいらしいが。

「さて……それじゃあ俺は戻りますんで、もう暴れてを壊さないでくださいよ」

「お前……もちっと休んだらどうだ? 働きすぎだぞ。何なら俺が代わりに……」

「ははは、気持ちは嬉しいですけど俺は大丈夫ですよ。それに、ゴウさんの代理の方がよっぽど荷が重いですって。娘さんと日比野を見つけたらすぐ連絡しますから待っててください。ではっ」

最後まで気を遣う彰人を見送って、俺はコカトリスの羽を詰め込んだ布団に勢いよく腰を下ろす。

ったく……よくできた野郎だぜ、彰人は。

ここに來て半年ちょいしか経ってねえからレベルこそ7と低いものの、サバサバとした明るい人柄に加えて、社に長けて判斷力にも優れ、戦闘においても怖じしない。

強い魔がいなかったからとはいえ、ベース近辺の防衛リーダーを任されていただけある。

犯罪者になったってのも、會社で橫領やらパワハラやらセクハラやらをやりたい放題やってたクソ上司をぶん毆ったら、腹いせに罪を全部被せられたからっつー理由だからなぁ。

補助系のスキルが充実していれば、マユのお目付け役にしてもいいくらいだ。

そ・れ・に・く・ら・べ・て。

日比野……天地……。

アイツは、一どんな野郎なんだ。

全く知らねえ……つーか、そもそもダンジョン初日だったからロクに話してもねえ。

彰人がああ言うからには悪いヤツじゃねえんだろうが……。

いやいや待て待て、彰人はどんな極悪人に対しても悪く言わねえ、善説を現したようなイイ子ちゃんだから、あんまり當てにならねえ。

くそっ、こんなことなら本人にもっと掘り葉掘り話を聞いときゃよかった。

大事な娘の命を守る重要な役目を、あんな素も知らねえレベル1の若造に託すことになるなんて、気が気じゃねえ。

本人の意思にそぐわないことだから申し訳ねえ気持ちもあるが、それはそれ、これはこれ。

足を引っ張るだけならまだ許そう。

うちのマユは世界一強いからな。

だが……ひょっとして、もしかしたら、マユによからぬを抱いて襲いかかるってことも有り得るんじゃねえか……?

むしろ、可能としては大いに有り得る。

うちのマユは世界一可いからな。

今までは、マユのたっての希と俺の立場と他の連中との折り合いがあって仕方なく、本當にやむを得ず、涙を飲んで不承不承に苦渋の決斷で好きにさせていた。

実際には、最初は何人か護衛……っていうかサポートを付けていたが、すぐにマユがぶっ飛ばしちまったわけだが……。

全く、うちのマユは気で恥ずかしがり屋で人見知りすぎる史上最高の娘だな、こんちくしょう。

とはいえ、最近はマジでやべえ。

いくらマユでも一人は危険すぎる。

以前、攻略最前線の五層にマユが単で突っ込んでいったのを見たって報告もあったしなぁ。

全く、うちのマユは豪膽で恐れ知らずで勇ましすぎる史上最高の娘だな、こんちくしょう。

何はともあれ、こうなった以上はもう彰人達に任せるしかねえ。

つっても、マユを力盡くで連れて帰れとも言えねえし、その前に不可能だし。

ひとまず、日比野を連れて帰るのが先決か……。

マユがベース近くまで來るなんて奇跡はもう起こらねえだろうしなぁ。

本當なら俺が自らマッハでぶっ飛んで行きたい。

だが、俺はみんなをまとめるリーダーとして、絶対に勝手な行を取るわけにはいかねえ。

いっそ、誰かに立場も何もかもブン投げて俺がマユと一緒にいたいと思っちまうが、そんなクズみてえに無責任なこと死んでもできねえ。

しかし、マユが……俺の最の娘が、萬が一、未知の兇悪な魔に……。

いや、大丈夫、大丈夫だ。

……でも……いや……だが……ううむ…………。

「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」

「すみません、遅くなりましたーーっ!」

「おお、彰人。お前無理しなくていいのに。……ところで、ゴウさんの様子はどうだった?」

「あー……っと……」

探索の準備を終えて集まっている集団に小走りで駆け寄った彰人は、何気ない問いかけに言葉を詰まらせて頬を掻く。

「まあ……相変わらず、でした。ははは」

「そうか~……今回はなまじ會っちまった分、長引きそうだな」

「そうですね……。もちろん、仕事は誰よりもやってるんですけど……」

「そこは俺らの大將だな。こじらせちまってるけど、やっぱ頼りになるぜ」

「あははっ、それじゃあ俺達は早く娘さんを見つけて安心してもらいましょうかっ」

「だな、いつまでもアレじゃあ敵わねえからな。んじゃ……行くか、お前ら!」

「「「オーーーーッ!」」」

ダンジョンが出現して五年。

凩剛健率いる第一層駐屯組は今日もダンジョンの平和を守っている。

……そして、凩剛健の苦悩はこれからも続く。

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