《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》しかしMPが足りない!

「さーさー、座って話すのもつまんないし、散歩でも行ってこよーお!」

いやいや、普通逆だろ。

立ち話も何だし、みたいな風に言ってんじゃねーよ。

……というツッコミも口から出てこない。

それほど俺の脳CPUは別事項の処理でオーバーワークしていた。

「あ、魔が出てきてもだいじょーぶ。あたしのすっごい魔法でらっくしょーなんだからっ!」

「……お、おおう」

ゆえに、勝手にどんどん話を進めて意気揚々と部屋を出て行く、自稱マユの妹に流されて、俺は適當な相槌を打ちながらフラフラとついて行った。

どういうこった……。

、何が起きてるってんだ……。

今、俺の目の前で元気よく両手を振ってきびきび行進するは、間違いなく凩マユそのものだ。

しかし、様子が普通じゃない。

普通じゃないのが普通なマユが、なぜか普通に普通なのだから、これは普通に考えて普通じゃない。

……うん、何言ってんだ俺。

とにかくおかしい。

は不気味に歪んでないし、挙も不審じゃないし、言葉遣いも破綻してないし、のこびりついた包丁も持ってないし……。

……あれ? もしかして、何も問題なくね?

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いや、別にマユをディスってるわけじゃなくて、そのホラ、一般論というか客観的にというか……。

「うーーん……やっぱり、この髪型落ち著かないなぁ。何かこう、頭が左に傾いちゃうよー」

そう言って、マユ……いや、サユはヘアゴムを後頭部に結び直してポニーテールにした。

その一連のきは実にの子らしいのだが、それが今は逆に不気味だ。

「これでよし、と……。さてと、てんちにぃ。聞きたいこと々ある……よね? もちろん」

「あ……ああ」

正直、どこからツッコンでいいか分からないくらいだ。

そして、何て聞けばいいのか分からないのだが……。

「え、えーっと……お前はどう見てもマユ……だけど、マユじゃない……んだよ、な? 演技で俺を馬鹿にしてるとか、そういうアレじゃない……んだよ、な?」

「あははははっ! マユねぇがそんな用なことできるわけないじゃーん」

うん、そうだね。

そんな蕓當ができるなら、包丁を捨てて今すぐアカデミー主演優賞でも目指せと言ってやりたい。

素の狀態でも、ゾンビ役かジェイソン役なら一級品だけど。

「えっとね……。あたしはマユねぇのスキルで生まれた別の人格なの。マユねぇが眠ってる時だけ、こうやってをちょこーっと借りられる……ってじかな」

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……はい?

な、な、な、何だって?

「スキル……別の人格……? えっ……と、つまり……スキルで二重人格になった……ってこと? な、何で?」

「二重……人格、ってのはちょっと違うけど、まあ大そんなじの。何でそんなスキルがあるのかは、あたしもよくわっかんないよー」

俺とサユは並んで、ぶらぶら當てもなく歩きながら會話を続ける。

ぶっちゃけ、さっきの部屋で落ち著いて話をしたい。

いつ魔が出てくるか気が気じゃない……。

「――あっ」

でろでろでろろ~ん♪

まもののむれがあらわれた。

ほらあーーーー!

「でたでたぁー。えーと、マジロちゃんがみっつにー、ベアちゃんがふたつかー」

「あのー……ご、五もいるんだけど……だ、大丈夫なのか?」

「だーいじょーぶだーいじょーぶ!」

正式名稱はアーマーアルマジロとレックスベア。

前者は防力、後者は攻撃力に長けた強敵だ。

ひきつった顔で不安をあらわにして問いかける俺とは対照的に、こともなげにサユは答えた。

ノリが軽すぎるが、本當に大丈夫なのだろうか。

狂気的だが、だからこそ超絶頼もしいマユとは違って、サユは無邪気で無力な普通のの子っぽいんだが。

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「心配だなーてんちにぃは。見ててよ~……ウォータースプラーーッシュ!」

サユが魔法を唱えると、空中から超高圧の水がマシンガンのように猛スピードで撃ち出されて、鉄よりいアルマジロの裝甲をあっけなくボコにした。

を一撃だ。

は……はんぱねえ……ッ!

ってか、え? コレ、さっき俺に使ったヤツだけど、本來はこんな威力なの?

あ、危ねえことしやがって……。

「ふっふーーん。どう? どう? すっごいでしょーー!」

「あ、ああ……マジすげえな」

「じゃあじゃあ今度は~……フレイムドッグラーーン!」

小學生並みの想を返す俺を見て得意げな顔を存分に披したサユは、はたから見ても分かるくらい元気百倍になり、大仰なポーズをとって新たな魔法を放つ。

今度は、犬の形になった炎の塊がジグザグに走り抜けて、三メートル級のレックスベア二の土手っ腹を突き抜けて消滅した。

同時に、全が一気に炎上したレックスベアは、一本の巨大な火柱となって雄びを上げながら、ひとしきり悶えて膝から崩れ落ちた。

か……かっけええええええええ!

やっぱ魔法はカッコよさがダンチだよ。

年心をグサグサ刺激されるよ。

マユみたいに理で無雙するのも憧れるけど、現実には存在しない魔法ってのは、やっぱり一味違うな。

いいなぁ、俺もそんな魔法使ってみてえなぁ……。

それにしても、田辺さんパーティにいた魔法使いさんのライトニングも超すごかったけど、サユは數段上の威力のような気がする。

そりゃそうか、マユと同じならレベル72だもんな。

「見た? 見た? あたし強い? そんけーした? どやぁー!」

「おお、めちゃくちゃすげーよ! なんつーか、こう……したっ!」

「えへへへへー。いやー、やっぱり一緒にいてくれる人がいるっていいなぁ~。一人でレベル上げててもつまんないもん」

俺の中で、混のバッドステータスが一瞬で回復した。

何かもう、疑問の大半がどうでもよくなった気がする。

我ながら呆れるくらい単細胞の馬鹿野郎のゲーム脳だ。

仕方ないよね、男の子だもん。

「それじゃー、このちょーしでガンガンいっこーーっ!」

「サー、イエッサーー!」

後で絶対に恥ずかしくなる妙なテンションで、一緒になって拳を突き上げた。

仕方ないよね、男の子だもん。

それから小一時間、サユの魔法によって何もの魔を景気よく葬った。

一発で死に追いやる破壊力もさることながら、特筆すべきは種類の多さだ。

れると高電圧が流れる電気の蜂を何十匹も飛ばす『サンダーホーネット』。

通路を埋め盡くす鋭いイバラで串刺しにする『ソーンスキュア』。

歌を聴かせることで徐々に石化させる『ストーンララバイ』。

凍り付く冷気と臺風並みの強風できを止める『ウィンターウインド』。

うーん、まさしく技のデパート。

どれも華やかで荘厳で強力でインパクトがあって……何よりかっちょいい!

一方、俺は相変わらず後ろで「おー!」とか「すげー!」とか言ってるだけだ。

……いや、やる気はあったんだよ? 今までにないくらいね。

さっきまで、そういうノリだったじゃん?

念のため、護用に鉈だって持ってきてるしさ。

でも、サユが「てんちにぃは見てるだけでいいからだーいじょぶだーいじょぶ、魔法が當たっちゃうかもしれないし」って言うものだから、仕方なくね。

久々に本気出そうと思ってたのに、ホント殘念だなあ!

「は~~~~気っ持ちイイーー! スカっとするねー!」

「もしかして、毎晩毎晩こうやって魔倒してたのか?」

思いっきりびをして満面の笑みを浮かべるサユに向かって、俺は鉈を適當に振り回して手持ち無沙汰を誤魔化しながら問いかける。

「まっさかー。たまにだよ、たまーに。さすがに危ないし、毎晩出てこれるわけでもないしね~」

「ふ~ん……。マユが寢てる間に……ってことは、今はマユの意識がないってことだよな?」

「うん、そーだよー」

「じゃあ、逆にマユが起きてる時はサユは寢てるってことか」

「ん~~……そーゆーわけでもないよー」

サユはし首をかしげて考えながら説明を始めた。

「んっとねー、マユねぇが起きてる時、あたしはかせないけどマユねぇとおんなじように見えてるんだよ。もちろん眠かったら寢てるけど。てんちにぃと初めて會った時も見てたよー。マユねぇを怖がって、けない悲鳴を上げながら逃げ出すてんちにぃったら……ぷぷっ!」

「あ、あれはしゃーねーだろ! つーか、あの時も意識があったのかよ!」

ダンジョンのことを何一つ知らず、マユが魔かと思って本気で怯えたハズい記憶が蘇ってきた。

うーわ~、あれ見てたのかよ……。

でも、いきなり腕のをごっそり噛みちぎられたら、誰だってああいう反応するだろ、常識的に考えて……。

「まー、あの時はマユねぇがちょーっと大膽過ぎたよねー」

「ってか、お前がマユを何とかできねーのかよ。悪く言うつもりはねーけど、お前の姉ちゃん頭が大分アレだぞ。こう、アドバイスとかフォローとかさぁ……」

「え~~、マユねぇはそこがカワイイのにぃー。でもでも、殘念だけどそういうことはできないんだあ。あたしが今みたいに起きてる時ってマユねぇはぐっすり寢てるし、そもそもマユねぇはあたしがいるってことすら知らないんだもん」

「……そうなのか?」

えーっと……。

つまり、マユが寢てる時も起きてる時もサユの意識はあるけど、お互いに意思の疎通はできない。

そして、サユが起きてる時にマユは寢てて意識がないから、マユはサユの存在そのものを知らない。

そういうことか。

ややこしいな……。

「でも……そうなると、主な人格はマユじゃなくてサユみたいじゃね?」

「そんなことないよー。マユねぇってこう、ちょこちょこっと寢るからさ。あたしが一日のうちける時間って三時間くらいしかないんだよー」

「あー、確かにあいつ、部屋に著く度にメシ食ってごろごろ晝寢してっからなぁ……。あんま短い睡眠の時は出てこれないのか?」

「そうそう、そんなじー」

なるほどな、おおよその事は飲み込めた。

にわかには信じられない話だけど、噓をつく意味もないし、噓をつけるヤツとも思えん。

う~~ん、ダンジョンに來てからといいものの、魔法とか魔とか、そういう非科學的な存在よりも、凩マユという人間に一番驚かされてる気がするなぁ。

本當に人間なのかどうか疑わしいくらいだ。

「あっ! そうだ、てんちにぃ。あたしにもハンバーグ作ってよハンバーグ! マユねぇばっかりずるいよー。マユねぇが食べても、あたしには味わっかんないんだからさー」

「へ~、そうなのか。でもまあ、よかったじゃん。味をじたら地獄だろ……。魔の生だぞ? あんな食生活を五年も続けてたなんて、ある意味尊敬に値するな、うん」

「あっはははは、そーだよねぇ~。とにかく、ゼッタイあたしにも作ってよね! 約束だよ!」

「分かった分かった。そんくらいしか俺にできることねーしな」

「じゅーぶんだよー。うわー楽しみだな~」

それにしても……。

何てナチュラルな會話だ!

何てスムーズな會話だ!

最初はマユとのギャップに激しく引いて違和しかなかったけど、もう何とも思わない。

ひとえに、サユの人懐っこさと高いコミュ力のおかげだろう。

比べる相手がマユだから尚更だ。

対人能力の低さで人のこと言えないんだけどさ。

……でも。

なぜだろうか……うーん……何かこう……。

あっさりすぎるというか……。

味気ないような、足りないような……。

いやいや、何考えてんだ、正気か?

これが正しい、理想の會話だろ。

マユに毒されて正常な覚を失いつつあるのかもしれない。

いかんいかん。

そんなことより。

何と、いつの間にか俺のレベルが上がっていた。

メッセージも音楽も流れないから分かりにくかったが、どことなくが軽くなってる気がしたので、まさかと思いステータスを覗いてみたら、限りなくひっそりとレベルが3になっていたのだ。

レベル2の狀態で一週間も経つから不安だったんだよなぁ。

NAME:Tenchi Hibino

LV:3

STR:21

AGI:24

INT:30

MP:8/21

SKILL:Seasoning

いや~、知ってたけど、弱いな。

田辺さんがレベル1だった頃のステータスを教えてくれたけど、それと大同じっていうね。

初期値は低くても上昇値がスゴイのかと淡い期待を抱いていたのに、あっけなく打ち砕かれた。

実に面白くない。

今回はスキルも覚えなかったし、頑張りがいがないにもほどがあるだろ。

……俺は全然戦ってないから、頑張ってないんだけどさ。

それにしても、あんまりだろ。

いつになったら荷持ち兼専屬料理人から卻できるんだ、これ。

本來なら躍るレベルアップという悲しい出來事を経て、俺とサユはぼちぼち戻ることにした。

サユの制限時間が三時間程度ということを加味して、元いた部屋から離れすぎないように注意していたため、三十分もかからないはずだ。

帰り道は和やかだった。

サユは俺のステータスを勝手に見てニヤニヤしながら、優越のこもったありがたい視線をプレゼントしてくれたので、それに対して俺はふてくされた態度をお返ししてあげた。

油斷してなかったとは言えない。

実際、ここまで一度もピンチに陥ることはなかった。

自信満々なだけあってサユがものすごく強かったので、言った通り余裕の散歩になっていた。

だからだろう。

いきなり背後から大柄なホブゴブリンが五現れても、脅威には思わなかった。

サユも余裕の表を崩さず、落ち著いた様子で魔法を唱えた。

「ごめんねーゴブちゃんっ。アイシクルピラーーー!」

すると、地面から大量のつららが咲きれ、ホブゴブリンを貫いた。

あるものは手足が千切れ、あるものはにポッカリとが空き、あるものは顔面をぐちゃぐちゃにされ、あるものは氷の中に飲み込まれた。

瞬く間に殘るは一匹。

圧倒的だ……。

背筋に冷たいものが走るような、そんなゾクゾクとした覚に襲われる。

俺自も魔法に巻き込まれた気さえする臨場に、思わずゴクリと息を飲む。

アーメン、ホブゴブリンよ。

南無阿彌陀仏、ホブゴブリンよ。

仲間が一瞬でやられた狀況を理解できずに立ち盡くす最後の一匹に、サユは再び手を向けて魔法を……。

魔法を…………。

まほ…………ん?

「――あーーーーっ!!」

…………どうした?

突然、サユが青ざめた顔でぎこちなく振り向き、遠慮がちに俺を見た。

何やらただらなぬ様子で、汗をだらだらと流し、口をパクパクさせている。

嫌な予がする。

お、おい、まさか……、

「え……MPが……切れ、ちゃった……みたい…………」

う……そだろ…………。

二人で呆然と固まった。

何秒……いや、もしかすると何分か経っていたかもしれない。

それくらい頭が真っ白になった。

ようやく正気に戻ったのは、俺でもサユでもなかった。

ホブゴブリンだ。

「ギギギ……グギィーー! グギギギギーーッ!」

戦意を取り戻して、威嚇するような聲を上げるホブゴブリン。

やばい!

ハッと我に返った俺は、本能的にんだ。

「ッ――! に、逃げるぞサユ、走れ!!」

「う、う……うんっ!!」

これまでの余裕は完全に吹っ飛び。

俺とサユは必死になって逃げ出した。

幸いなことに、部屋まではあとわずかの距離だったし、ホブゴブリンは逆方向から現れた。

加えて、ホブゴブリンの敏捷が大したことない上、先ほどのアイシクルピラーが障害としてイイ仕事をしてくれている。

ダッシュでセーブクリスタルの元まで逃げ込むのが最善……!

「ごめんごめんごめんごめんごめーーーーん!」

「だ、大丈夫だから……! とり、あえず……急ぐ、ぞ……!」

ひたすら謝りながら素晴らしいスピードで走るサユ。

完全に追いかける形になって、息を切らしながら必死に追う俺。

これがレベル差か、まいったねどうも。

ていうか、これならサユは素手でバトっても勝てるんじゃなかろうか。

「は~~っ、ついてきてない……よね? よかったーー」

「撒いたのか途中で諦めたのか……どちらにしろ、助かったな」

數分の全力ダッシュによりホブゴブリンから逃げ切った俺とサユは、互いに見合って安堵する。

冷靜さと余裕を取り戻して笑みをこぼすと、サユが気を取り直して調子づく。

「いや~~、ちょっとしたハプニングがあったけど、これもダンジョンのだいごみだよねっ。いい経験になったよー、うんうん」

「って、何を都合よくまとめてんだよ、ただMP管理をサボっただけだろが。任せっきりだった俺も悪いんだけどさ……。うん、わりぃ。俺が一番ダメだな、ごめん」

ポジティブすぎるサユに呆れ果てるが、自らの役立たずっぷりを自覚してる俺は何とも言えねえ。

レベル3になったし、あの程度の魔なら俺でも普通に勝てたかもしれないのだが、あの場面で逃げの一択とは我ながらけない。

まあ、勝てるかもってのはステータス上の話で、戦闘経験がほぼ皆無のチキン野郎が、果たして本當に勝てるのかって言われると自信は全くなかったけども。

その小心ゆえに、ついつい年下のに素で謝ってしまった俺を、サユは神のような笑みで勵ます。

「あははははっ、あたしのせいなのに、なーに謝ってんのー。さーさー、今日はすっごい疲れたし、早く戻って寢よ寢よっ」

まったく、よくできたの子だよ。

マユにも見習ってしいくらいだ。

あ、ついでに芽も。

「たしか、そこの角を曲がったとこだったよね?」

「おー、たしかそうだったな。流石にここまでくれば、もう大丈夫だな」

…………。

……あ、やばい。

完全に『大丈夫じゃないセリフ』を吐いてしまった。

もしかして……。

もしかすると…………。

そんな俺に大正解と言わんばかりに。

最後の曲がり角を恐る恐る通ったところに。

がいた。

全長四メートルを超える巨大な蛇。

丸太のように太いの半ばに生える、人間のような二本の腕。

右手にはハルバード。

左手にはバックラー。

聖域の口に立ちはだかる魔――コブラソルジャーは、爬蟲類獨特の鋭くつり上がった冷たい目をぎょろりと俺達に向けると、舌をチロチロと震わせてゆっくりと武を構えた。

「マジ……かよ……………」

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