《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》大怪我でこんな生活を……強いられているんだッ!
気がつくと、瑞々しい草がかに生えた、らかく心地よい地面の上にいた。
見上げれば、セーブクリスタルに大樹。
橫には、安らかに眠るマユ。
はて、俺はたしか……あれ?
えーーっと、何でここに……。
――あ、なるほど……夢か!
そうかそうか、俺は長い夢を見ていたのか。
マユにもう一つの人格があって、そいつと部屋の外へ出て、ものすげえ魔法で魔を倒すのを見て、挙句の果てには、俺が兇悪なコブラソルジャーと戦う羽目になって……。
我ながら、とんでもねえ夢を見たもんだ。
夢なのにドッと疲れた気さえする。
ふぃ~、もう一眠りしましょうかね……。
って、んなわけねええええええっ!
むっちゃくちゃ手がいてえし、足がいてえし。
ズキズキズキズキと、常に尋常じゃねえ激痛でピクリともかせねえし。
つまり……。
つまり、あれは紛れもない現実ってことか……。
俺は、確か……そうだ、コブラソルジャーを倒して、すげーホッとして……痛みと安心と張が限界を超えて、ぶっ倒れたんだ。
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うわっ、だっせえっ!
當初の予定では、最後に噛み付かれることなくカッコ良く首をはね飛ばして、サユに決めポーズを見せつけて悠々と帰還するはずだったのに。
しかし、俺がこうして呑気に気絶してたってことは……サユがここまで運んでくれたのか。
最後まで苦労かけちまったなぁ……ますます締まらねえ。
「ん……んにゅぅぅぅぅうう……」
俺が痛みと恥で悶絶していると、隣で眠っていたサユが目を覚ました。
「あっ、起きたか。いやあ悪かったな、重くなかっ――」
「ふにゃぁぁぁぁああああ……きょーぉぉおおおもよぉぉくぅおねんねぇんねぇぇぇえ~」
「た……か…………」
あ、マユさんでしたか。
そういえば、サユはマユが寢ている間……そのの三時間程度しか出てこれないんだったか。
それにしても、一言発しただけで分かっちゃう、この獨特のパーソナリティは一周回って羨ましい。
「うぅぅぅう……? まぁぁたヘンになっちゃっちゃぁぁあ……んしょんしょ」
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マユは、髪を後ろに束ねていたヘアゴムを外して不思議そうに見つめてから、いつも通りに結び直した。
そしてニタッと笑うと、ぐるんと俺の方に顔を向けて這い寄り、定番となったセリフを口にする。
「てぇぇぇんちゃああん、ゴぉハぁぁンんんゴぉハぁぁンンん。きょぉぉおわなぁにをツぅぅクってくぅれるぅぅのカナぁぁぁあ♪」
ああ……何でだろう。
この聲を聞くと、もう大丈夫なんだなぁって気持ちになる。
俺も相當イカれてきたのかもしれない。
あ、でも揺さぶるのはやめてくれ、痛い痛い痛い。
「てぇぇぇぇんちゃぁぁぁん……?」
「あー……俺も腹は減ったんだけどさ……わりぃけど、作れねえっつーか、そもそもけねえっつーか」
「?? おナカぁイタぁぁいぃのぉぉぉお?」
「あー……腹っつーか、手足かな、うん……」
そう伝えると、マユは無遠慮に俺の服の裾をまくっててて、いてててててっ!
「ちょっ、マユ! いたたたたたっ! か、勘弁してくれっ」
「………………」
俺が本気の本気で懇願すると、マユは無言で驚くほど優しく、ゆっくりと手を離した。
見ると、マユは大きな目をまん丸にして、ぱちくりと瞬きをしている。
それどころか、いつもはだらしなく歪んだ口も、今はきゅっと結ばれている。
……え、何? その予想外の反応は何?
もしかして……お、俺の怪我、そんなにヤベーの?
怖くて見たくないとは思ってたけど、お前にそんな顔されると不安が何倍にも増幅されて、逆に見とかないといけないような気がしてくるんだけど。
「な……なあ、何でこんなことになってるかは置いといて、これ……どう思う? な、治るかな……?」
「………………」
「し、しばらく休めば治るかなーなんて思ってたんだけど、無理かな? ど……どうすれば、いいと思う?」
「………………」
「た、例えば……こう、パーッと一瞬で回復するアイテムとか……ねーよなぁ、そんな都合のいいもん。ははは……」
「………………」
…………。
……た、頼むから何か喋ってくれ!
こいつに真顔で黙られた時の、この気持ちはどうだ?
あれ? さっきまで深刻に考えてなかったのに、急に死ぬような気がしてきた。
「………………」
しばらくの間、お互い人形のようにきを止めて見つめ合っていたが、突然マユはガバッと勢いよく立ち上がると、いつものようにニヘラッと不気味な笑みを浮かべた。
「てぇんちゃぁぁん……そぉれじゃぁいぃってくぅるネェェええ! ゲぇンキぃぃぃでネぇえ✩」
マユは手をぶんぶん振って楽しそうに言うと……唐突に、猛スピードでどこかへ行ってしまった。
「……えっ? ちょ、ちょっ、ま、マユ!? どこ行くんだ!?」
という俺の大聲は、もうマユには屆かない距離になってしまっていた。
「…………マジかよ……」
まさか……。
ひょっとして……。
考えたくないけど……見捨てられた?
俺の怪我が治るまで待ってられなかったのか、治る見込みがないと判斷されたのか分からないが、もう連れて行くことができないから……置き去りにされた?
噓……だろ…………。
いや、落ち著け、まだそうと決まったわけじゃない。
きっと、ホラ、その、アレだ。
えーっと、そう、ヒールが使える人を呼びに行ってくれたんだ。
うん、それだ。
なら、俺にできることはマユを信じて待つことだ。
……まあ、どのみち他にできることなんて何もないんだけど。
「すまん……頼んだ、マユ……!」
そして、俺は孤獨になった。
俺なんか一方的になぶり殺しにできる魔が大量に生息するダンジョンで。
今までずっと一緒にいたマユのいない、靜寂に包まれた部屋の中で。
くことも眠ることもままならない、猛烈な痛みに苛まれて……。
……深く考えるのはやめよう、気が滅る。
とりあえず、気になって仕方ないから怪我の狀態を確認してみよう。
俺は震える手で慎重を期して裾をまくり、薄目でそ~っと患部をチラ見する。
卒倒しそうになった。
黒ずんだ紫の出が痛々しく全に広がり、所々が醜くぼこぼこと腫れ上がっている。
ひと目で骨に異常があると分かるくらい変形して歪んだ手足は吐き気を催す気持ち悪さで、どんな名醫も手の施しようがないと匙を投げそうだ。
これは……これは……本格的にやばいヤツじゃねえか。
添え木でも當てればとか安靜にしてればとか、そんなチャチなもんじゃあ斷じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
醫學の知識などさっぱりだが、どう見てもリアルに生死に関わるレベルだ。
以前、ヒールをかけてもらった時はアバラの骨折が一分足らずで完治していたけど、これは……正直なところ、いくら魔法でも本當に治せるのだろうか。
もう手遅れなんじゃ……。
いかんいかん!
ネガティブになったらダメだ。
久しぶりに一人になったから、神的に不安定になってるんだな、うん。
これから先は、怪我のことを一切考えずに過ごそう。
あー、そうだなー……マユはどこ行っちゃったんだろうなぁ。
まったく、いつもドン引きするようなことを喜々としてペラペラ喋るのに、こんな大事な時に肝心なことは何も言わないなんて困ったもんだ。
せめて、どこへ行くのか、何しに行くのかくらい教えてくれてもいいのに。
もう一週間以上の付き合いになるんだから、報告・連絡・相談の『ホウレンソウ』くらい頼むぜ。
大、何なんだよ、「行ってくるね、元気でね」って。
別れの言葉にしか聞こえないんだけど……はははっ、まさかね。
そりゃあ、マユにとっては俺なんて使い捨てカイロみたいな存在で、料理ができなくなったら何の慨もなくポイってゴミのように捨てるのが當然なのかもしれないけど……。
いや……でも……そんな……だけど……だって……あー……う~ん……。
そうして、なんだかんだ後ろ向きなことばかり考えて、考えて、考え続けて三日が経過した。
苦痛な時間ってのは長くじるけれど、それを加味した上で、なくとも三日は経った。
マユは帰ってこなかった。
偶然にも他の囚人パーティがやってきて、その中に偶然にもヒールが使える人がいた、なんてことも當然なかった。
俺は、ただひたすら痛みに耐え、不安に耐え、孤獨に耐え、飢に耐え、退屈に耐えた。
眠って全てを忘れられたら楽だったが、とても寢られる狀態じゃなかった。
ゆえに、永遠にもがき苦しんだ。
幸い、部屋には小さな泉があったので水には困らなかった。
が、食べはなかったので、スキルで出した調味料を食べて飢えをしのいだ。
スキルを使っていて気づいたのだが、どうやらMPは一時間で一割回復する。
今の俺の最大MPが二十一なので、一時間で回復する量は二だ。
塩にして二十グラム、砂糖にして十グラム。
何とか死なない程度には栄養を補給できているが、それも限界寸前だ。
怪我の合は……言いたくないが、すこぶる悪い。
悪化はしてないと信じたいが、いまだに回復の兆しは一向に見えない。
だんだん痛みがなくなってきた……というより覚自がなくなってきたのが、むしろ怖い。
三日しか経ってないので気が早いとも言えるが……。
そもそも、このままだと怪我うんぬんとは関係なく死する。
……はは。
つい先日、コブラソルジャーとの死闘をくぐり抜けた俺が……死?
ダンジョン行きが決定した日から、魔に殺される覚悟はしてたつもりだが……まさか、飢え死にするなんて発想はなかったわー……ハハハッ、ウケるなー。
でも、まあ……。
最後の最後で、曲がりなりにもの子を危機から救うことができたんだ。
平凡で貧弱でのねえ俺なんかがさ。
上々の果を挙げられたんじゃねえの?
ちょっとカッコつかなかったけどさ。
「俺……ここで死ぬのかな……? マユ……心配いらねえだろうけど、元気でな……。芽……戻るっつったのに、わりぃな……」
俺は力なく呟いた。
常識的に考えれば、三日で死などするわけがない。
しかし、痛みと不安で、的にも神的にも臨界點を迎えていた。
セーブクリスタルの暖かなに包まれて。
名も知らぬ一本の大樹を墓標に。
十六年の短い人生の幕と同時に、重いまぶたをゆっくりと閉じようとした。
その時――。
俺の目に一人のが映り、薄れゆく意識を刺激する。
「……………マ……マユ………………!?」
マユがいた。
いつも通り、全がで真っ赤っかで。
いつも通り……いや、いつも以上におぼつかない足取りで。
ふらーりふらーりと、倒れそうなくらい上を揺らしながら。
けれども、目だけは真っ直ぐ俺を見つめて、のろのろと……凩マユは、近づいてくる。
「も……戻ってきてくれたのか……。だって、お前……てっきり……」
俺は極まっていた。
マユが誰も連れてこず、手ぶらで、何の回復手段も持ち帰ってないことはひと目で分かったが、そんなことは些細なことに思えた。
今はマユが後の差した神に見える。
大げさだと笑われるかもしれないが、傷つき絶した人間にとってはそのくらいした。
「マユ……なんつーか、最後に會えてよかった……。俺は……もう……」
「…………」
「まあ、仕方ねーよな……。マユ……短い間だったけど、々ありがとな……」
「…………」
「……マユ? …………マユさーん?」
「…………ン゛ンーゥムンーん゛ん゛ーんむむぅぅむう゛ぅぅぅうッ!」
…………。
…………え、何?
よく見ると、マユは口をきゅっと閉じて、頬を風船みたいにぷくーっと膨らませていた。
怒っているわけではなさそうだが、いつものラリったような、夢見心地なような、頭が完全にイっちゃってるような雰囲気はない。
鼻息を荒くして真剣な様子で、死にかけて橫たわる俺の顔をズイッと覗き込む。
「マ、マユ? ど……どど、どした? 変なもんでも食ったのか?」
いつも食ってるけど。
それにしても、三日ぶりに間近で目にしたマユの顔は、気のせいか疲れているように見える。
底なしのバイタリティと狂ったメンタリティを併せ持つ、あのマユが、だ。
メシを食ってる時、魔を玩にしてる時の絶好調と明らかにかけ離れている。
「お前……一、今まで何やって――――むぐぅッ!?」
不意に。
俺の口は、塞がれた。
…………マユの口で。
「?! ンッグ!? ムムーッ!? んむむむんむーンムーーゥっ!?」
驚きの聲も閉じ込められる。
思わずボロボロの手足をばたつかせて激痛が走るが、それどころじゃない。
俺の抵抗も虛しく、マユは両手で俺の頭をがっちりとホールドして、を強く押し付ける。
なな、な、なななッ!? な、な、なんなんっなん……!?
何やってんの?! 何やってんの??!
なんで? どうして? ドウシテコウナッタ?
マ、マユ……!?
これは、どーゆー意味がアレで、どんな理由でコレして、ソレにどうして、この、あの……!?
「………………」
俺の、聲にならないびも、気持ちも、揺も、驚愕も。
著するマユに屆くことはなかった。
マユは、もがき続ける俺を、ただただ黙って押さえつけていた。
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