《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》くちづけDiamond
初めてのキスは、鼻が曲がりそうななまぐさい臭いと、錆びた鉄の味がした。
俺がコブラソルジャーに重傷を負わされた後、突然どこかへ行ったかと思えば突然戻ってきたマユは、これまた突然、けない俺の口に自分の口をねじ込んだ。
引き剝がそうとする俺を、マユはマウントポジションでガッシリ押さえつける。
仮に怪我をしていなくて勢が超有利であっても、いかんともしがたいレベル差によって呆気なくきを封じられるに違いないので、現狀は言うまでもない。
「むぐぐ……んむーむー! ぅむぐっムんんーーっんーーーー!?」
俺は、唯一殘された抵抗として、懸命に腹から聲を絞り出していた。
分からない。
マユが何を考えているのか、さっっぱり分からない。
元から豬突猛進、理解不能、意味不明、チンプンカンプンなヤツではあった。
あったのだが、最近はおおよその傾向が摑めていた。
しかし、今回ばかりはお手上げだ。
この行為には、一全どんな意図があるってんだ!?
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「おむぇ! おむむんむむ……ん? ――――ンむグッ!?」
俺が無駄な足掻きをしていると、何かが口移しで口に侵してきた。
何だ……?
生暖かくて……どろっとしてて……。
うぉえっ!? くっそ苦くて不味い!!
ぐっはっっ! 何だ、この得の知れない激マズは!?
スライムと泥と雑草を煮詰めたと言われたら納得する味だ!
ヤバイ、吐く……! これは人間の口にするじゃねえ!!
あまりの不味さに胃の中の……は空っぽなので、胃が逆流してくる。
レベル差と痛みを跳ね除けて、すぐそこの泉にリバースしたい衝に駆られていると、マユが俺の頬をぺちぺちと叩く。
「ぉおんええ」
「…………んむ?」
「のんぇぇえっ」
……のんえ…………。
「飲んで」?
え、これを?
普通に無理だろ。
つーか、どんな拷問だよ。
こんな狀態の俺に何て仕打ちだよ、勘弁してくれよ。
「…………のぉんぇぇぇえっ!」
飲んだ途端に死ぬ予しかしなかった俺は、斷固として拒み続けていた……が、マユの瞳も聲のトーンも、いつになく真に迫るものをじる。
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……もしや、この毒としか思えないダークマターを飲ませるのが目的なのか?
いや、でも、これはちょっと……。
「ぐむぅえっ!?」
なおも々しく逡巡していると、マユが大量の息を吹き込んでくる。
とんでもねえ荒業できやがった!
このままではリアルにが破裂すると思い、やむを得ず死ぬ気で全部飲み干す。
すると……。
……あれっ?
ここ三日間、俺を悩ませ続けていた手足の痛みがスゥッと消えていく。
見ると、ヒールをかけてもらった時と同じように、怪我した箇所を薄いが包んでいる。
……まさか、このクソ苦いのおかげ、なのか?
「ぷはぁああぁあぁぁぁ……なあぁぁぁああおったーーーーぁああっ!」
ようやくを離したマユが、両手を天に突き上げて飛び跳ねる。
その言葉通り、數分もしないに痛々しい出は溶けるように消え、歪に変形した手足も完全に元通りになった。
「おお……おおお……おおおおおっ! く……くぞ! もう全っ然大丈夫だ! よっしゃああああああっ!」
「やぁぁぁぁぁったあぁぁぁぁあっ!」
嬉しさのあまり、大げさにをかしてからマユとハイタッチをわした。
「すげえよマユ! あんなやべえ怪我があっという間に治っちまったよ! 今のメチャクチャ不味いヤツのおかげなんだよな? 何なんだアレ、マジぱねえな!」
「にゃははははぁぁぁああ、アァレわぁぁネぇぇぇぇぇえ……アレぇわああ……」
「うんうん」
「ふわぁぁぁ……ふにゃぁぁ……うにゅ……ぅ…………」
「……マユ?」
バタンッ!
「うおぁっ! マユ! ど、どうした!?」
興して問いかける俺に対して、マユは盛大なあくびをすると、いきなりブツッと電源が落ちたように前のめりにぶっ倒れた。
「お、おい、どうし――」
「すぅー……すぅー…………」
って、寢たんかーーい。
コイツは本當、心臓に悪い寢方をしやがるな。
何をするにしても本能のままというか、予備作が欠けているというか。
「にしても……」
長らく使っていなかった手足をストレッチしながら、マユの顔を見つめる。
相変わらず、寢ている時はドキッとするくらい整った顔立ちだ。
目線をに移して、今起きた出來事を思い出すと、顔が熱くなって鼓が早まる。
「混して今でも噓みたいだけど……コイツさっき……キ、キ、キキキ……」
そっと、自分のに震える指を當てながら目を閉じる。
凄まじい痛みと悪臭すら霧散させる、好ましくらかなががががが……。
いや! 待て待て、まだ慌てるような時間じゃない。
思わずニヤけそうになる顔を懸命に引き締める。
落ち著け、落ち著くんだ日比野天地。
相手は、あの猟奇的キチとして巷で有名なマユだぞ?
しかも、急事態における薬(と思われる謎の)を飲ませるための救命措置。
いわば、人工呼吸みたいなもんだ。
恥ずかしくもなければロマンチックでもないし、浮かれる要素もなく、変に意識する余地もなければ、気まずくなる理由もない……。
「なーんて思えるわけねええええええっ!」
殘念ながら、俺はそこまで達観できるほど人間ができちゃいない。
どうする……。
さっきは、怪我が治ってハイになった勢いで何とか自然(?)に振る舞えたが、この後マユが起きた時に、いつも通り接することができる自信が全くないと自信を持って斷言できる。
まあ、マユは間違いなく何とも思ってないだろうし、俺だけこんな苦悩するのもバカバカしいと言ってしまえばそれまでだが……。
でもなぁ……だけどなぁ……だってなぁ……。
「ぬぐぐぐぐががぎぎぎぎぃぃいい………ッ!
「…………てんちにぃ……? まだ、どこか痛いの?」
「ホわっちゃあああああっっ?!」
髪をかきむしりをよじって悶絶していると、すぐ近くから不意に聲をかけられ、驚きのあまり口から素っ頓狂な汚い高音が飛び出る。
「ごめん……ごめんなさい、てんちにぃ。あたしのせいで、あんな大怪我して……。本當に、本當に……ごめんなさい……」
聲の主はサユだった。
ツッコミがいのある悶え方をしていた俺は、があったらコンマ一秒でダイブしたい気持ちだったが、泣きそうな顔で俯きながら謝り続けるサユを見て気を取り直す。
「えー……っと、いやホラ、もう全然平気だし、そもそもアレは俺が弱かったからであって、サユに責任は一切ないというか、むしろ、その~、サユのおかげで何とか倒せたから、逆に謝してるっつーか……」
うむ、流石は俺だ。
こんな時に、気の利いた言葉の一つもスッと出てこない。
當然ながら晴れない表のまま、サユは言葉を返す。
「ううん、気を遣ってくれるのは嬉しいけど、本當にあたしが悪いから……。マユねえが頑張ってくれなかったらって思うと……」
「あっ、それそれ! 何か変なもん飲んだら綺麗さっぱり治ったんだけど、何なんだあれ? ていうか、今までどこ行ってたんだよ。すげー焦ったじゃねえかよ」
っぽい雰囲気からするべく、努めて明るく話題を変えようとする俺の小賢しい思を察してか、サユはほんのし元気を取り戻して笑った。
「んっとね……ずーっと遠くのとこに、どんな傷も治す水が湧いてる泉があってねー、マユねぇはそこの水を取りに行ってたんだよ」
「マジかよっ! そんなチート能な水があるとか反則だろ。常備しときゃヒールいらずじゃねえか」
「でもでも、飲み続けてるとだんだん効かなくなるらしいよー。それに、すっごく苦いし……。でさー、ほんとはもうちょっと早く戻って來れたんだけど、マユねぇったら道に迷っちゃってー」
「あー、なるほど。……目に浮かぶようだ」
「それにね……あははっ! 水をどうやって持ち運ぶかなーんにも考えてなくってさ、おっかしーでしょ? リュックもここに置いてっちゃったし、『うーうー』って悩んでたんだよ? あはははは!」
そっか……マユは俺を助けるために全力で行してくれていたのか……。
もしかして見捨てられたのかと考えてしまっていた俺は、本當に心が荒んだ最低のクズ野郎だ。
軽く自己嫌悪すると同時に、サユが振り手振りをえて語るにつれて饒舌になっていくことにホッとしながら、俺は話を続ける。
「それで、口にれて持ってきたと……。すげー発想だな、魔もいるってのに。マユじゃないと絶対に不可能だろ、そりゃあ」
「でしょー、マユねぇらしいよね……。ほんと……昔から全然変わんなくって……やっぱり、すごいよ……」
「ああ、すげーなマユは! マジで助かった!」
「うん…………」
「…………」
……Why?
楽しそうにしていたのも束の間、サユは再び風船がしぼむようにトーンダウンしてしまった。
俺のせいか?
俺は何を間違えた?
今の短いやり取りにおける己の非を探すが、まるで見當がつかない。
しばらく無言の時間が続いた後、真面目な顔でサユはためらいながら口を開いた。
「てんちにぃは……さ。何でマユねぇと一緒にいるの……?」
「え……?」
突然の予期せぬ質問に言葉を失う。
「だってさ……マユねぇは普段あんなだし、出會った時も、その……ひどかったし……。あたしみたいな変なのもいるし……あんな大怪我まで、させちゃうし……」
「あー……」
どうやら、まだ気にしているらしい。
俺としては、思い出したくもない激痛であったにせよ、自らの実力不足が招いた結果だし、最終的には簡単に治った上、マユとキ、キキキキス……までしたわけだから、完全にオールオッケーなのだが……。
しかし、今のサユの真剣な目を見ると、軽口でサラッと流す選択肢はなさそうだ。
というか、俺の気持ちをありのまま伝えるしかない空気だ。
「……俺は……」
「…………」
だが……。
だが、この問いに対し、俺は淀みなく答えることができない。
なぜなら、俺自がよく分かってないからだ。
何でマユと一緒にいるか、だって?
マユに無理矢理連れてこられたから……?
いや、それはきっかけに過ぎない。
ベースに戻る機會はいくらでもあったのだから。
厳つくて怖そうな年上のオッサン達といるより気楽だから……?
うん、コミュ障とまではいかなくても昔から集団行が苦手だったからな。
マユも最初は怖かったが見た目は年下のだし、同時に頼もしすぎる味方だから安心もできる。
間違ってない。
マユに付いていけばレベルがポンポン上がって強くなれると思ったから……?
うん、別にダンジョンを制覇しようなどと思ってるわけではないが、ゲームに毒された強くなりたいというイタい年心はあるからな。
強くなって奧に進めば、地上に戻れる可能も見つかるかも知れないし。
間違ってない。
どれも紛うことなき本心だ。
本心なのだが……これらの理由は、俺の決定的な行原理とは言えない。
俺は、例えマユが貧弱で虛弱で最弱で取っ付きにくくて格の悪い気難しいクソであっても、途中で見限ることはしなかった……と思うからだ。
何でマユと一緒にいるか。
それは多分、オルトロスと戦った時……。
あの時の、包丁を持って笑うまみれのマユの姿を見た瞬間から――。
「俺は……え~っと……」
「…………ごめん、治ったばっかりなのに、こんななこと聞いちゃって……。やっぱり今のなし。今日はゆっくり休んでね」
「……ああ」
「それじゃ、あたしも寢るね……。おやすみ」
「……ああ、おやすみ」
結局、俺がぐだぐだと自問自答を繰り返している間にサユは眠りについた。
我ながら、何ともハッキリしない中途半端なダメ男だ。
思えば、ダンジョンに來てから自分の意思で主的に行することがなかった。
……いや、それは地上にいた時も同じか。
自分から積極的にかず流されるまま、そのくせ楽をして平和に生活したいだとか反吐が出るほど生意気で寢ぼけたことを考えていた。
死ぬ覚悟を決めてダンジョンにぶち込まれてなお、心のどこかで何とかなるだろうと軽く考えていた。
そして、深く考えずマユにくっついてヒモみたいに日々を怠惰に過ごしていた。
やったことといえば料理くらいだ。
専業主夫かよ。
その末路が、目も當てられない大怪我ときたもんだ。
全くもって、救いがたい人間としか言いようがない。
「もっと、こう……ちゃんと考えないとなぁ……」
俺は腕を組んで、小學生並みの反省を呟いた。
とりあえず、今日はもう寢よう。
いくらなんでも、治ってすぐにウロチョロするのはだろうし。
マユも探し回って疲れただろうから、しばらく起きないだろうし。
……というか、もしかして全然寢てないのか……?
いや、まさかな……。
よし、マユが起きたら最大限の謝を述べて最上級の料理を振る舞うとしよう。
何はともあれ、今回はガチで死にそうな修羅場を突破することができた。
今後のことを考えるのは明日だ。
痛みのないをぐっとばし、隣にマユがいることに安心し、俺は久しぶりにぐっすりと眠った。
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