《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》とある妹への追憶
昔の夢を見た。
いや、昔ってのは言い過ぎか。
ダンジョンに來るし前だから……よく考えれば、まだ一ヶ月も経ってない。
もう何年も前のような、つい昨日のような……。
とにかく、とある日のことだ。
妹が両親を殺した。
場所は自宅の居間。
死因は大量出による失死。
兇は臺所にあった包丁。
機は不明。
俺がいつも通り學校から帰宅した時に妹、芽は事切れる両親を見下ろしていた。
數十の刺し傷が殘されたの狀況を語るように、にまみれた部屋と芽。
振り返る芽の、標準が定まらない虛ろな瞳と、口元が引きつった歪んだ笑み。
兆候がなかったかと聞かれると、あったと言わざるを得ない。
芽は二年前からずっと家に引きこもっていた。
理由は分からない。
學校で何かあったのだろうが、芽の學校生活なんてほとんど知らなかった。
當然、父さんと母さんはあの手この手で説得を試み、メンタルケアを行った。
朝は早く夜は遅い多忙な両親が、寢る間を惜しんで話し合っているのを見た。
俺は「こういうのは人に言われてどうこうなるもんじゃないって」と無責任なことを言って全く関知していなかったので、詳しいことは分からない。
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確かなのは、獻的な努力の甲斐なく、効果が全くなかったということだけだ。
そんな狀況でも、俺は芽と多のコミュニケーションは取っていた。
と言っても、普段は部屋から一歩も出なかったから、顔を合わせて話をしたわけじゃない。
俺はネットゲームで芽と話をしていた。
容こそ「イベントクエスト行かねえ?」とか「レアアイテムドロップしたぜヒーハー!」とか、そんなくだらないゲームでの出來事ばかりだったけど、それが功を奏したのか芽とは毎日一緒にゲームをしていたので、関係は良好だったと思う。
そうしたやり取りもあったからか、食事を部屋の前に置いて行く時にはドア越しで會話をしていた。
それでも、相変わらず俺は「何があったんだ?」とも「學校へは行った方がいいぞ」とも言わない。
言ったらウザがられて逆効果だと思った。
しかし、俺は自分でも呆れるほど能天気なことに、あまり心配はしていなかった。
廃プレイヤーにはなっていたものの、會話した限り芽はどこも変わっていなかったからだ。
だから、近いに何事もなかったように學校へ通うようになるだろうと楽観的に考えていた。
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そんな時に、事件は起こった。
その日、父さんと母さんは芽とじっくり腰を據えて今後のことを本気で話し合うということで、忙しいで無理をして休暇を取っていた。
俺は普通に學校へ行き、授業を終え、友達とだべり、買いをして帰宅。
重い荷から解放されるべく、一刻も早く臺所へ向かおうとしたところ……。
「ひ……芽……? これは……一、どういう……」
「……あ、お兄ちゃん……おかえり……」
目の前に広がる衝撃的な景に飲み込まれて、の覚がなくなる。
手にした鞄とスーパーの袋を落として中を派手にぶちまけたことにすら気づかないほど、頭が真っ白になっていた。
「父さん……母さん……? 誰が、これ、を……お前……その……」
「これ……? これは、私が、やったの」
「な……っ!?」
おかしい。
ここにいるのは、本當に俺の妹なのかという疑問。
いつもと変わらない、たどたどしく端的な喋り方。
今まで見たことのない、寒気がするような不気味な笑み。
今まで見たことのない、生気を失った暗く沈んだ瞳。
「お、お前がやった……って……な、何で? 何があったんだよ?」
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當然の問いかけに、芽は天井を見上げて獨り言みたいにポツリと答えた。
「私ね……気づいたの」
「……気付いた……? 何に?」
「これはね…………お父さんと、お母さんじゃ……なかったの」
「…………………………は?」
「悪魔、だったの。地球を、滅亡させるために、魔界から來た……。お父さんと、お母さんに、化けて……私と、お兄ちゃんを、食べようとしてたの」
「…………………………いや…………え? あ、あく…………え?」
「でも、もう大丈夫……。私は、実は、悪魔から人間界を、守るために、天界の大天使に、退魔の能力を、與えられた……選ばれし勇者、だから」
「………………………………」
やばい、俺の妹が壊れた。
昔から、何を考えてるのか分からないところはあったが、それはただ無想だっただけだ。
ちょっと無口で暗で人付き合いが苦手で自己主張しないだけの、普通のの子だった。
決して、こんな電波な妄想を延々と垂れ流すイタいヤツじゃなかった。
どうしてこうなった。
本當にわけが分からないから、あえてもう一度言う。
どうしてこうなった!?
「この……浄化の力を宿した、伝説の聖剣で、世界中の悪魔を、滅するのが、私の宿命……」
いやいやいや、どこのご家庭にもある極々一般的な包丁なんですけど。
もっと詳しく言えば、二ヶ月前の休日に近所のホームセンターにて、お買い得価格の二千九百八十円(稅抜)で購した、錆びにくいステンレス製の便利で萬能な三徳包丁だよ。
って、そんなことにツッコんでる場合じゃねえ!
「と、とにかく救急車……は、もう遅い……か……くそっ!」
「……」
「ええっと、じゃあ警察……? でも、この狀況……芽が――――って、ちょっ! おま……!?」
両親の無殘な死を目の當たりにして放心狀態になりながらも、これからすべきことを真剣に考えている俺を完全にスルーして、芽はフラフラと部屋を出ていこうとしている。
「どっ、どこ行く気だ!? つか、お前……父さんと母さんが……自分が何したか分かって……」
「行かなきゃ……。私には、使命が……悪しき者を、裁かないと」
包丁(それ)じゃ秋刀魚や鰯を捌くのが関の山だっつーんだよ!
っていうか、そんな格好で外に出たら確実にお前が法の下で裁かれるっつーの。
駄目だこいつ……早く何とかしないと……。
「落ち著けよ芽。一どうしたんだ、お前……こんな……」
「…………」
「本気で言ってるわけじゃねーんだろ……? ちゃんと話してくれよ」
「…………」
「なあ……別にお前を責めるつもりはねーんだよ。そりゃ……キツイけど、やっちまったもんは、もうどうしようもねーんだからさ。でも、せめて納得のいく説明くらいしてくれよ」
「…………」
しばらくの間、時計が時を刻む音だけが流れ続ける。
俺に背を向ける芽は何の反応も見せない。
諦めて警察を呼ぼうと攜帯を握りしめたところで、芽はゆっくり橫顔を見せた。
「……分かんないよ……私だって。私だって、納得なんて、できないよ。無責任だけど、全部私が、悪いんだけど、どうしていいか、分かんなかったんだもん……」
「芽……」
芽の手からまみれの包丁がり落ち、冷たいフローリングに淺く突き刺さる。
肩を震わせて俯く芽の目から、ぽたぽたと明な雫が落ちていることに気づく。
「頭が、ぐちゃぐちゃになって……気づいたら、いつの間にか、私……。苦しいよ、だから、だから……私は、悪魔を祓う、勇者になるんだよ……。その間だけは、ほんのちょっとだけ、心が、楽になるから……」
「…………」
「でも、信じて、お兄ちゃん……。私は……こんなこと、んでなかった。これは、勇者にしかできないことで……こうなるのが、神様のお告げで……私は、何で、こうなっちゃったんだろ……?」
「………………芽…………」
芽が泣いているのを最後に見たのはいつだっただろうか。
い頃からを表に出さない芽が見せる涙に、戸いを隠せない。
やっぱり、芽は中二病に目覚めて兇行に走ったわけじゃなかった。
引きこもりになってから今まで、ずっと苦しんでいたんだ。
俺が何とかなると軽く考えて呑気に暮らしてる間も、ずっと悩んでいたんだ。
抱えきれないほど積もり積もったストレスから逃げるため、架空の設定を作って。
それでも、とうとう神が耐え切れなくなって、今回の事件は起こってしまった。
淺はかだった俺の罪は重い。
もう遅いってのは百も承知だが、せめて今、ほんのわずかでも芽を救う責任が俺にはある。
……あるのだが……まずい、どうしよう。
芽ほどではないにせよ、コミュニケーション能力が絶的に低い俺には、こういう狀況でベストアンサーなど導き出せるはずがない。
かろうじて分かるのは、何も言わずこの場を立ち去り警察を呼ぶのが最悪の選択ってことだけだ。
「…………ねえ、私は、どうすれば、よかったのかな……? どうすれば、いいのかな……? 教えてよ……助けてよ……お兄ちゃん…………」
「………………」
すがるように俺の瞳を捉え続ける芽に対して、何か言わなければと口を開くが、聲にならないまま再び口を閉じ、歯を噛み締める。
どうすればいいかって……逆に俺が教えてしい。
俺は今どうすればいい?
いや、泣き言を言うのは止めろ。
考えるんだ、芽を深い闇から救い出す言葉を、行を。
「俺は……」
「…………」
「俺は、こうするのが最善だ、なんて偉そうなことは言えねえ。お前が今日まで悩んできたんだ、アホな俺に分かるわけがねえ。っていうか、どうすればいいかなんて誰にも分からねえよ。だけど……」
「…………」
「だけど……アレだ、一緒に考えることはできるからさ。ほら、二人ならアイディアは二倍になるし、責任は半分ずつになるだろ? 非常に合理的じゃねえか、うん。それに……」
「…………」
「それに……その、俺はどんな時もお前の味方だからな。何でも相談してくれていいし、いつでも頼ってくれていいんだからな。お前一人で抱え込む必要はねえってことだ。まあ……こうなるまで全然何もしてこなかった俺が言うのも何なんだけど、さ……」
「……お兄ちゃん……」
「とりあえず、風呂でもってこいよ。だらけだぞ、お前。ちょっとリフレッシュして、それから一緒にどうするか考えようぜ」
「……うん…………分かった」
俺がつらつらと並べた薄っぺらい綺麗事に、芽は小さく頷いて部屋を出た。
「……ふぅ~~~~……………」
……よし、俺にしては頑張った、合格點。
なくとも、噛むこともなく「知るかバカ」と突き放して逃げることもなかった。
我ながら背中が寒くなるような上辺だけの辭麗句だった気もするが、この狀況じゃブッダやキリストが言っても胡散臭く聞こえるだろう、多分。
しかし、問題はここからだ。
このままでは、芽が殺人罪で逮捕……そして、間違いなくダンジョン送りだ。
コミュ障気味で虛弱な引きこもりの十三歳のにとって、それは死刑に等しい。
もちろん、それが日本の法律だし、実際に人を殺しているのだから仕方ないとも言える。
けど…………。
けど、俺は芽を助けたい。
こいつは神的に追い詰められて、どうしようもないくらい追い詰められて、それによって無意識の狀態で衝的に誤って殺してしまったんだ。
全く罪がないとは言わないが、それでダンジョンの恐ろしい魔に生きながらボリボリ食われるなんて、いくらなんでも酷すぎる。
父さんや母さんも、そんな結末はんでいないはずだ。
それに、今や唯一の家族である妹が泣いて頼ってくれたんだ。
適當な言葉でめるだけで見殺しにするなんてできるわけがない。
問題は……。
「どう考えても詰んでるだろ、この狀況……」
人が死んでいる。
それも二人。
隠し通すことは絶対に確実に間違いなく何をどう努力しようが工夫しようが偽裝しようが天地がひっくり返ろうが、理的に統計的に常識的に百パーセント不可能だ。
待てよ……。
もしかして、今回のケースなら素直に自主しても心衰弱狀態ということで無罪になるんじゃ……。
いや、確かダンジョンが出現した時の法改正で神鑑定制度も見直されて、かなり簡素化したと同時に判定が辛くなったって聞いた気がする。
そもそも、そんな曖昧で不確実な可能に賭けて「よし、警察に行け」などとは言えない。
卻下だ卻下。
となると、もう二人で外國に高飛びするくらいしか思いつかない。
うん、二人仲良く野垂れ死ぬだけだな。
「くっそ! どうするどうする……そうだ! こんな時はネットで調べて……ってバカか俺は! ええい、何かないのか方法は……っ」
まさか、殺人の隠蔽を真面目に考える日が來るとは思わなかった。
世のミステリー作家の方々に助言を賜りたい気分だ。
「お兄ちゃん……」
「芽……ちょっとは落ち著いたか?」
「うん……ごめん、私……」
數十分後、風呂から上がった芽はわずかながら普段の様子を取り戻していた。
両親のを見るのが辛かった俺たちは、どちらが言うわけでもなく自然に食卓で向かい合った。
「さて……早速で悪いけど、今後のことを考えてみたんだ。……聞いてくれるか?」
「……うん…………」
茫然自失の妹にはヘビーな話だが、時間がない。
何せ、いつ誰かが來てうっかりバレてもおかしくない。
「結論から言うと……俺は、お前を殺人犯にはしたくない。ので……何としてでも誤魔化したいと思う」
「でも……そんなの、ダメだよ。とても、許されることじゃ、ない……」
「そうかもしれない。だけど、俺は……そして多分、父さんと母さんも、お前を罰したいとは思わない。だから……できれば、今から俺が言う通りにしてしい」
俺の卑怯な言い方に、芽はしばらく目を伏せて迷っていた。
しかし、罪の負い目からか、やがて決心したように俺を見つめて言った。
「…………分かった。お兄ちゃんが、そう言うなら……」
「わりぃな、勝手なこと言って……。あっ、もちろん、おかしなところとか改善點とかあったら教えてくれよ。俺、頭悪いからさ。はははっ」
「うん……私も、頭悪いけどね。ふふっ……」
ほんのしだが芽に笑顔が戻り、場の空気が軽くなる。
こんな時に不謹慎だが、ふと俺は芽の大好きなオムライスを作った時のことを思い出す。
なぜかは分からない。
後になって思えば、俺はこの時すでに知っていたからだろう。
芽に料理を振る舞える機會が、あとわずかであるということを。
こうして、俺と芽による無謀な作戦が始まった。
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