《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》今日、をはじめます

「死にたい…………」

「あはははははははは! あははっあははははははっ!」

ダンジョン第二階層のとある小部屋。

さらさらとした砂が一面にびっしり敷き詰められた、砂漠のような安全地帯。

そこで俺は頭を抱えながら育座りをして、人生最大の汚點を思い返し、苦しみ悶えていた。

未だかつて、これほど己の行に後悔を抱いたことがあっただろうか。

未だかつて、これほど自己嫌悪に陥り、自己破壊衝に駆られたことがあっただろうか。

未だかつて、これほどタイムリープの発現を夢見て、タイムマシンの開発に本気で取り組もうと決意を固めたことがあっただろうか。

「あははあははははは! あーっはははははははっ!」

「おい……いい加減、笑うのをやめろ。かつてない怒りがふつふつと沸き上がって発寸前だぞ」

俺が目を覚ましたのは十分ほど前。

最初は頭がほわほわして、不思議な陶酔を覚えながら夢見心地だった。

しかし、現在に至るまでに自分が犯した過ちを徐々に思い出し、俺の顔面はサーーッという音が大音量で聞こえそうなくらい急激に蒼白した。

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わなわなと震えおののく俺の前には、マユ……ではなく、サユ。

よかった……今マユを見てしまったら、右も左も分からない新天地の奧地へ、気悪い奇聲を上げながら丸腰で猛ダッシュしてしまうに違いない。

……と、ほっと肩をで下ろしたのも束の間。

俺と目が合った途端、サユは盛大に吹き出し、狂ったように笑い出す。

部屋中に――何より俺の心にぐわんぐわんと無にも響き渡る、朗らかで悪魔的な笑い聲。

俺は絶に、ただ愕然としてガックリとうなだれ……そして現在に至る。

うん、やっぱり死のう。

「だ、だって、てんちにぃオカシすぎっ。真顔で『えいごでいうとあいらーびゅー』って……ぷふっ! アハハアハハハハハハハハハハハッ!!」

「やめっ……ヤメロォーー!」

砂地をバンバン叩き、楽しそうを通り越して苦しそうに大笑するサユ。

ゴロゴロ慘めに転げ回って、過去をもみ消すようにひたすらび続ける俺。

ぐぉおぉおぉぉ……。

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こんな恥ずかしいことがあっていいのだろうか?

いや、あっていいはずがない!

恥っ……!

側をぐちゃぐちゃに掻き回されるような、圧倒的恥っ……!

「くそっ……そもそも、サユが副作用のことを教えてくれてれば、こんなことには……」

「いやぁー、確かにうっかり忘れちゃってたけどさー。でもでも、知ってたからってどうしようもないんだから、あたしのせいじゃないもーん」

「ぅぐっ……それは、まあ……そうかもしれねーけどさぁ……」

先刻、俺がしでかした數々の奇行、妄言。

それらは全て、俺の大怪我を瞬時に癒した伝説の激マズ暗黒質……もとい奇跡の超神水(仮稱)のせいらしい。

サユ曰く「ちょっとの間だけ、お酒で酔っ払ったみたいな、そんなじになる」とのことだが、実際に験したとしては、そんな甘っちょろいもんじゃあ斷じてなかった。

控えめに言っても麻薬だ。

完全にラリった。

しかも、混狀態の出來事をキレイサッパリ忘れて何も覚えていなければまだ幸せだが、しっかり鮮明に記憶して脳にこびりついているから本気でタチが悪い。

「それにしても、まさかあんな形で昨日の質問に答えてくれるとは思わなかったなあ。そっかそっかー、てんちにぃがマユねぇのことをそこまで好きだったとはね~。うーん、意外だったなぁー」

「ちょっ……! あれはその、正気じゃなかったからっつーか、ほら、分かるだろ」

ムカつくほどニマニマしながら、からかうようにねちっこく口撃するサユ。

俺は慌てて否定する。

昨日は俺の怪我に責任をじてしょぼくれていたサユだが、今はもう完全に普段の調子を取り戻しているようだ。

それ自は大変喜ばしいことだけど、そのために払った代償により俺がけた計り知れないダメージを思うと、あまりにも複雑な気分で涙が出てくる。

「ん~……でもさー、心にもないことを言ったりやったりはしないハズなんだよねー、あの水。だからね、あれはてんちにぃのホントにホンキの気持ちだったんじゃないかな~」

「なっ……! それは……そんなことは…………」

さらに笑みを深めて心底嬉しそうなサユの言葉に、俺は絶句する。

マユのことが、好き……?

俺が?

本気と書いてマジで?

あの猟奇的で殘で兇悪で不気味で意味不明で理解不能で頭がハッピーセットなイカれたキチを?

ハハハ、最高にウィットに富んだハイレベルなジョークだ。

やられた、こいつぁ意表を突かれたぜ。

ったくよー、何を言い出すかと思えば……。

そんなわけ……。

そんなわけ……あるはずが…………。

「あのマユねぇにも春がきたんだねー。いやー、あたしは妹としてすっごく嬉しいし、なんかこう……カンドーしたよ、うん!」

……そりゃあね、悪いとこばっかじゃねえよ。

普通にしてりゃ普通に可いし。

良く言えば、強くて頼りがいがあるし。

良く言えば、無邪気で純粋だし。

良く言えば、正直で信用できるし。

良く言えば、裏表がなくてまっすぐだし。

良く言えば、子供らしくて憎めないし。

良く言えば、意外と抜けてて親しみやすいし。

良く言えば、自由で、俺にないものを沢山持ってて……。

…………アレレ?

……あー…………。

………………………………。

「あっ、もちろんあたしは二人の仲をいっぱい応援するし、なんでも協力するよー。えへへへへー」

……なんてこった。

そんな、まさか……。

うそ………………だろ…………。

ひょっとして、まだ副作用が殘ってるんじゃないか、俺。

……いや、もう正常だ。

むしろ、驚くほどクリアで、抜群に冴えてやがる。

ってことは、つまり……ようするに……論理的に考えて…………。

「ねえねえ、そういえば、マユねぇのどこが好きなの? あたしが言うのもなんだけど、マユねぇって個的だからさー、てんちにぃも変わったシュミしてるねー」

……なるほどな。

今の今まで一ミリも自覚がなかった。

ったく、薬をキメたことがきっかけで気づかされるとは皮なもんだ。

仕方ねえ、分かった分かった。

認めたくないものだな……自分自の若さゆえの過ちというものを……。

「……てんちにぃ? 聞いてる?」

昔の俺なら、だからどうしたってじで、特別何もしなかっただろうな。

しかし、つい一ヶ月ほど前に俺は學んだ。

すべきことから目を背けて逃げ続けると、必ず後悔する日が來るということを。

……よかろう。

ならば、今回は薬の力で決めたスタートダッシュの勢いを生かして、とことん積極的にぶっ飛んでやろうじゃないか。

まあ、アレはどちらかというと、フライングでスタートしていきなりすっ転んで足をくじいた上、結局ドーピングで失格になったようなもんだけど……。

とにかく、一切の躊躇なく我武者羅に猛アタックしてやる。

あのマユがドン引きするくらいにな。

俺はこれから……修羅になる。

この世で最も過酷で困難な……道の修羅に!!

「て、てんちにぃ……? ごめん、ちょっと悪ふざけしすぎちゃったかな? そ、そうだよねー、マユねぇが好きとか、なにかのカン違いだったかも――」

「サユ……一つ教えてくれないか」

「ふぁっ!? ……な、なに?」

深刻な顔でずっと黙っていた俺が、いきなり真剣な聲と真面目な顔で問いかけたものだから、一何事かとサユはをこわばらせて目を丸くする。

そんなサユの目をまっすぐ見つめて、俺はキメ顔で言い放った。

「マユの心を……止める策を!」

「…………………………………………………………………………へ?」

突如、永遠とも思える沈黙が訪れた。

対照的な表で黙って見つめ合う二人の間にどれだけの時間が流れたのか。

時計も太もないので定かではないが、丸一日そうしていたと告げられても「なる、そんなもんか」とあっさり納得するくらい長かった。

「ちょ……えっ? ちょ……えーっと、待って待って! ちょっと整理させて!」

「おう」

俺の言葉がよほど意外だったのだろう。

時を取り戻したサユは、汗を流してバタバタとや目線をあちこちに忙しなくかしながら、必死に現狀を把握しようと努め始めた。

……そんなに驚くことか?

「え、えーっと……それは、つまり、マユねぇが好きって認める……ってこと?」

「おう」

「……ライクじゃなくてラブの方で?」

「おう」

「……世界中の誰よりも?」

「おうともさ」

「……『えいごでいうとあいらーびゅー(真顔)』ってこと?」

「それは忘れろ。割とマジで。可及的速やかに」

「…………は~~~~……なるほど……」

質問を繰り返して、徐々に冷靜になっていくサユ。

俺はひたすらに淡々と答えた。

「あっ、もしかして……まだ頭がおかしいとか?」

「失敬な、もう萬全でパーフェクトな狀態だ。円周率でも言ってやろうか? それとも素數でも數えてやろうか?」

「ん、いや、だいじょーぶ。……そっかぁ~、そっかそっかあ~~……ホントにてんちにぃがマユねぇを……いやー、あたしの人生で一番びっくりしたよー」

「ようやく分かってくれたか。で?」

「…………で? っていうと?」

「マユを止める方法だよ。いや、もう告白しちゃったけど、アレは當然ノーカンってことでさ。あのマユが『嬉しい! 私もしてる!』って言うはずもないし、今後の作戦を練らなきゃだろ?」

「…………なんか、てんちにぃってそんなキャラだっけ? もっとこう……あんまりやる気なくて、流されるじの奧手でヘタレな人だと思ってたよー」

どうやらサユは、まだ俺の正気を疑っているようだ。

というより、若干引いている。

さもありなん。

しかし、繰り返しになるが俺はいたってマトモだ。

「まあ、言いたいことは分かる……ってか、お前そんな風に見てたの? ちょいショックなんだけど」

「あはは、ごめんごめん。……んー、でもねー、協力はもちろんするんだけど、マユねぇって年齢以上にお子様だからさー、的なアドバイスってちょっとむつかしいなぁー」

え、お前が年齢どうこう言っちゃうの?

と思ったが、たしかにマユの観なんて想像がつかない。

「っく……そうか。うーん、そうだよなぁ……どうすっかなぁ……」

恐ろしい魔に危うく殺されかけて間もない奴らが、こんなことを真剣に議論するだなんて世も末だという気がしないでもない。

しかも、傍から見ると俺はのお相手に絶賛相談中ときたもんだ。

稽極まった狀況である。

だが、これは急を要する課題であるからして、やむを得ないことである。

何せ、次にマユに會った時かける言葉を、俺はまだ用意していない。

このままでは、けなく慌てふためきテンパること必至だ。

悲しいことに、地上にいた時からろくな経験などなかったので、何か取り返しのつかないことをやらかしてしまう予しかしない。

綿な相談のもと、準備を整えて心を落ち著かせる。

それが現在、何よりも優先して行うべき火急の用であろう。

「ん~~……考えてもわっかんないし、とりあえずもう一回アタックしてみたら? あたし、そろそろ代の時間みたいだから」

「……………………え?」

今、何て言ったコイツ。

代?

って、もしかして…………。

「それじゃ、てんちにぃガンバッ!」

「お、おいおいおいっ! う、う、噓だよな!? お願いだからちょ――」

こてんっ。

必死の懇願も虛しく、あっさりと橫たわって眠りにつくサユ。

口を開けて呆然とする俺。

…………時よ止まれ! 汝はあまりにしい!

しかし、誠に殘念なことに。

さっきはあれほど長く続いた沈黙が、今回はすぐに打ち破られた。

「ふぁぁぁあぁあぁあぁああ……てぇんちゃぁぁんオハぁヨぉぉおぉおぉぉ……」

…………。

…………。

…………やばい。

どうしよう。

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