《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》まったく、マユは最高だぜ!!
攻略本によると、第二層にはバカでかい部屋が結構ある。
中でも、東京ドームに匹敵する四萬六千平方メートルの大部屋――通稱『六連星(むつらぼし)の間』(命名:雨柳巡流)は、ベースに次ぐ広大さだ。
特徴的なのは、部屋の半分を占める巖山と星空のように瞬く天井の鉱石。
最低で三十メートル、最高で百メートル級の大小様々な山々が、荒波がうねる海原のごとく點在しており、第二層きっての観名所として初見の方は息を呑むこと必至である。
山頂で瞬く星を眺めれば、気になるあの人との仲も進展する……かどうかは実踐した人がいないので分からないが、ダンジョンらしからぬロマンチックな景が味わえることは間違いないだろう。
……が、浮ついた気持ちでいざ進むと、歩きづらいわ戦いづらいわ迷うわ落石が頻発するわで、殘念なことに第二層隨一の難所としても名高い。
唯一の救いは、部屋全がそれほど暗くないということだ。
こんな場所ゆえに、普通ならば部屋の端にぽつぽつと配置された篝火だけでは源が全く足りない。
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しかし、眩いまでに発する輝星石という鉱石が、星雲さながらに天井を覆い盡くしているため、通路と遜のない明度となっている。
まあ、それでも手元の攻略本がそこそこ読める程度で、むやみに走り回ると魔とゴッツンコ、はいオワターってじなのだが……。
ちなみに、見上げれば地上を思わせる夜空……とりわけ強く輝く六つの輝星石が昴のように見えることが、ここの名稱の由來らしいが……まあ、そんなことはどうでもいいか。
さて、そんな危険地帯に現在、俺とマユは訪れている。
目的は、見遊山でもなければデートでもない。
あえて繰り返すが、殘念ながらデートではない。
ある食材……もとい魔を捕まえるためにやって來たのだ。
やって來たのだ……が…………。
「てぇぇえぇぇぇんちゃぁぁあぁんミぃぃつけぇたぁぁあぁぁ??」
「ダーメだーー、全っ然いねーーっ!」
ところがどっこい。
探し始めてから一時間あまりが経過したものの、目當ての獲はさっぱり見つからない。
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難しいことは分かっていたが……ここまでとは誤算である。
食べのためなら苦労を惜しまないマユだが、いつもは楽しめる過程――すなわち包丁で好き勝手に切り刻むこと――ができないためか、もはやあからさまに飽き飽きしていた。
うーうーと唸りながら顔をしかめてダルそうに探すマユを見て、俺は心で「あわわわわっ」と超慌てふためく。
――いかん! このままでは俺の目論見が……!
そもそも、こんなクソ面倒くさい苦労をしてまで一匹の魔に固執しているのはなぜか?
それは、俺が提案したからである。
そもそも、ファンクラブ會員を増やす推進もせず、ダンジョンを攻略するためのレベリングもせず、さして重要でもない魔探しに興じているのはなぜか?
それは、俺が提案したからである。
遡ること數時間前。
アユにやらかしてしまったアレの一件を経て、俺は反省した。
そして激しく後悔した。
久しぶりの激怒狀態も相まったとはいえ、ろくに挨拶もわしてないの子……しかも超がつくほど非友好的な相手に、あろうことか抱きついて「好きだーーっ!」とをぶだなんて、どう考えても頭がイっちゃってる痛い所業だ。
それを、やっちまった當時は最適解だと誤認していたことが、いよいよヤバイ。
しかるに、俺は一旦クールになることにした。
溢れんばかりのを押し殺し、ギャルゲー的鈍系主人公……までは無理としても、斜に構えたやれやれ系主人公くらい消極的になろうと心に誓ったのだ。
現狀、あのマユにすらドン引きされてしまうのだから、そのくらい慎重な方がいいだろう。
だが、(その考えがすでに危ないのかもしれないが)ただ大人しくしているだけでは蕓がない。
というか、何もしなかったら、今度アユに合わせる顔がない(というか、しばらく會いたくない)。
そこで、雨柳さんからいただいたバイブルもあることだし、ここはマユの大好きな食べで好度を稼いでおこうと思い至ったのである。
アユの手でフルボッコにされて気絶していた俺は、優しく揺すって起こしてくれた天使、マユに聞いた。
「何か食べたいはないか?」と。
「ん~~んんとねぇぇえぇ……あまぁぁあぁいモノがぁたべたぁいなぁぁ♡」
般若のごときアユの怒り顔を見た後の、無邪気でらしいマユの笑顔。
これは、ご所のスイーツを用意できねば男が廃る。
……と思ったのだが、いかんせん、ここはダンジョン。
しかもキモイ蟲だらけの第二層。
に殘る痛みに耐えつつ、すがるような思いで攻略本のページをめくるが、そもそも食べられる魔すらない。
一応、スキルで砂糖とハチミツくらいなら出せるが……さすがに調味料単品は侘しすぎる。
諦めつつあったそんな時、とある魔のページで目が止まった。
『インビジブルモスキート』
第二層にのみ現れる激レアな魔で、外見は巨大な蚊。
普段は巖に擬態してひっそりとしており、通りがかる魔のを吸って生きている。
取り込んだはにより結晶化して腹部に蓄えられるのだが、これが苺に似た甘味と酸味があって非常に味。
ただし、人間のを吸うことはないため目にする機會はなく、臆病な格のため見つけてもすぐに逃げてしまう。
きも非常に俊敏で、暗闇に紛れてしまうと捕捉もままならないため、食すことは困難を極める。
――コレだ!!
そう思ってからの流れは実にスムーズだった。
「マユ、これとかよくね? これ食ったことある?」
「うにゅぅぅうぅ……みてもぉたべてもぉぉぉなぁいのかもぉぉおぉ?」
「そうか! よし、こいつ探そうぜ! めっちゃ甘くてうまいらしいぞ!」
「ふぉぉぉおぉぉサガそぉぉサガそぉぉぉおおぉぅう♪」
以上。
思い返すと、あまりにも短絡的で無計畫で楽観的な判斷である。
まず、五年もダンジョン生活を送っているマユが見たこともないという時點で、俺は何かに気づくべきだった。
ピクニック気分で攻略本に記載された生息域、六連星の間までルンルンとのんきにやって來た俺とマユ。
ダンジョンが生み出した自然の絶景を存分に堪能した後、遙か彼方までそびえ立つ山々の表層を見渡し、星空まで続く外壁を首の可域限界まで見上げて……そこでようやく、俺は現実を悟った。
これ、無理だろ……と。
考えてみたら、擬態の度を全然知らないのだから見分けがつくはずがない。
よほど近づくか、あるいはりでもしない限り分からないレベルだとしたら、気が遠くなる作業だ。
しかし、言い訳にしかならないが、まるっきり無策というわけではなかった。
一応、いそうな場所を用意した松明の煙で炙ってはいる。
……今のところ、何の反応も見られないけれど………。
もしかして、煙なんて効果がないんじゃ……という考えが脳裏をよぎるたびに、モチベが激減していく。
「んなデケェ蚊なら見つけるのなんて楽勝じゃん?」などと淺はかな考えを抱いてイキる男の姿は、もはやどこにもなかった。
いつものノリでサクッと目標を狩る気満々だった俺達が、その表を徐々に曇らせていくのはまさしく必然だったと言えよう。
「ねぇぇえぇねぇぇぇえぇぇてぇんちゃぁぁああん。もぉぉヤぁメてぇぇイッショにぃアソぼぉおおおぉぅうヨぉおおおぉ」
「っく…………」
捜索開始から、ついに二時間が経過。
食べに対しては並々ならぬ執著を持つマユだが、地道すぎる作業に流石に嫌気が差していた。
さっきからマユは、定期的に襲いかかってくる魔を面白おかしく慘殺したり、アイアンセンチピードというムカデの甲殻をソリ代わりにして山の斜面をったりして、完全にお遊びモードにっていた。
もういいじゃないか、共に戯れて親睦を深めるプランに変更ってことで……と思ってしまわなくもない。
が、これは意地だ、プライドだ。
謎の意志にかされて、俺は頑なに探し続けた。
「………………ん?」
不意に、數十メートル高みにある、し出っ張った巖がわずかにいた。
…………気がする。
背びをしながら目を細めて凝視し続けていると……やはり! 間違いなく! 確実に! 煙を避けるようにじろぐ不自然な出っ張りを、俺はついに! ついに! ついに! 捉えた!
「いたあああああああああっ! いたぞマユーーーーーーーーッッ!!」
のあまり、俺はバトントワリングさながらに松明を高々と放り投げてんだ。
馬鹿だった。
俺の歓喜のシャウトを聞いて、もはや隠れ続けることは不可能と判斷したのか、く巖――インビジブルモスキートは、ほとんど明な極薄の羽を高速に振させると、音もなくパッと姿を消してしまった。
じっとしていても巖と區別がつかないのだ。
不規則に飛び回られてきを捕捉できるかと問われれば、それは答えるまでもないことである。
さらに、十匹近い數の魔が大聲を聞きつけて姿を現した。
詰んだ――――。
「にゃっははははぁぁぁあぁあぁぁあああっ♪」
しかし!
そんな危機的狀況を軽々と覆す絶世の、凩マユ。
マユは俺に負けない音量の、かつ狂気的で屈折した聲を響かせて、颯爽と俺の元へと駆け寄ってきた。
真打ち登場……と大いに喜んだが、しかし……いくらマユでも、これはどうしようもないのではなかろうか……。
「す、すまんマユ……。急に飛んで……見失っちまった……。つーか、魔が……」
「だぁぁぁあぁいじょおぉぉおおぶだぁぁヨぉぉおお」
明らかに俺の失態だ。
そう思ってしゅんとうなだれる俺に、マユはなんでもないやと言うようにカラッとした笑顔を向けながら、いつの間にか手にしたペティナイフを用にくるくると回していた。
「んん~~~~っとぉぉお……そぉぉこだぁぁあぁぁああっ!」
マユは數秒の間、中空をきょろきょろと見渡し……そして、惚れ惚れする奇天烈なフォームでナイフを放った。
一筋のとなって消えたナイフは、外壁ではなく何もない薄暗闇に鈍い音を立てて突き刺さった。
「ピキュィィィイイイイッッ!!」
突如聞こえる、何かの鳴き聲。
ドスッと重量のある音と共に落下したナイフの先を見ると、そこには深い灰をした巨大な蚊がを流して細長い足をピクピクと震わせていた。
「ま……ま…………」
マユさんマジかっけえええええええええっ!!
「ビぃぃぃンゴぉぉおおおっにゃハハハハハハハァァア♪」
「さっすがマユ! ……あい、相変わらずスッゲェぜっ!!」
あっぶねえ。
危うく、またも軽率に「してる!」とんで抱きしめそうになってしまった。
「あぁぁとあとあぁぁとぉぉぉおわぁあああぁぁ……」
頭をかっくんかっくん揺らすマユは、次に(俺のせいで集まった)魔の群れを見つめてニタリと口を歪ませる。
ぶらぶらと力なく下げられた手には、二本の菜切包丁。
俺はもう、何も心配していなかった。
魔の斷末魔が途絶えるまでの短い間。
しぶきが舞う星空の下。
俺はライブで熱狂するドルオタのように目を爛々と輝かせて、華麗に舞うマユに歓聲を送り続けた。
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