《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》true tears

「んにゅぅぅうぅうぅぅぅ……」

半月ぶりに聞く、マイスイートハニー凩マユのらしいエンジェルボイス。

ぐでーっと心がリラックスするマジック効果に、俺のハートは早くも完全ノックアウトだ。

「………………ふぇええぇぇぇえ……?」

んしょんしょとポニテに結ばれた髪留めを半分まだ寢てる狀態でノロノロと定位置に戻したマユは、常人の三倍以上も時間をかけて周囲の異変を悟った。

さぞ驚いたろう。

どこで寢てたかは知らないが、目が覚めたら不思議な樹海にいるんだから。

マユは俺と芽の存在に気付かず、たっぷり二十秒かけて景をぼーっと眺めていた。

わっっ!!

――と大聲で驚かすか、それとも……。

してる!

――と背後から強く激しく抱きしめるか……。

的には斷トツで後者を選びたい……が、すぐ橫に妹がいる狀況でそれをする豪膽さはない、っていうか普通に犯罪だからやめとこう。

「てぇぇえぇん……ちゃぁぁぁあぁぁん…………?」

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とか何とか考えてる間に、見つかった。

……。

………………。

………………しまった。

不覚にも記念すべき再會を喜ぶ大事な大事な第一聲を全く決めていなかったため、俺は味気なく「よっ、久しぶり!」と言って片手を上げる。

口をぽかんと開けたマユは、大きな瞳をいつも以上に見開いてぱちぱちしなが――――

「ばああぁあぁぁぁあぁかあああぁああっ!!」

「んぼごっっ!??」

……まさに一瞬の出來事だった。

人形のように微だにせず俺を見つめていたマユが、ほんの一瞬、まばたき一回分の時間だけ破壊力抜群の最高に可い笑顔を打ち上げ花火のごとく炸裂させた――――直後、眉の角度が七十度までズギューン! と跳ね上がり、頬を風船みたいにぷくーっと膨らませたかと思うや否や、マユパパの全力が鼻で笑えるレベルのブローが俺のボディにめり込んだ。

これ、貫通したんじゃね? と真剣に思った。

……てか、気のせいか似たようなことが最近あったような……。

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そうだ、芽にも同じことされたっけ。

何なの? 最近の若い子は久しぶりに會った人への挨拶がボディブローなの?

とんでもねえ奴らと同じ時代に生まれちまったもんだぜ……。

「ばあぁああぁあかぁあああぁ! あぁあぁぁぁほおぉぉおおぉてぇんちゃぁぁんのああぁぁほおぉぉぉおおぉぉ!」

「あべしっ! ひでぶっ! うわらばっ! たわばっ!」

殘念なことに、芽と違ってマユの挨拶は一発では終わらなかった。

初撃ほどの威力はめていないものの、休む暇なく繰り出される超ヘヴィ級のラッシュ。

第三者目線では子供が駄々をこねているようにしか見えない、擬音にすると『ポカポカ』といった程度の攻撃だが、マユのレベルだとシャレにならないことは誰でもお分かりいただけるだろう。

しかし、不思議とマユパパに毆られた時ほど痛くはない。

これがの力というやつだろうか。

「わあぁあぁああっしょぉぉおいっ♪ わぁああぁあぁああぁっしょおおぉおおおいいっ♪」

「うわあーーーーっ!? おわあああーーーーーーーっ!!」

流石にダメージをでカバーできなくなってきた矢先。

今度は、いつものキチかわいいサイコ笑顔で俺を何度も何度も何度も何度も宙に高く放り投げた。

つまり、そう、上げである。

一人上げ。

正直、めちゃくちゃ怖い。

「ぐぃいいいいぃぃいぃいいいいん♪ ぐいぃぃいいいぃんぐぅぃいいいぃいいぃぃいんっ♪」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

そして!

お次は豪快なジャイアントスイーーング!

からのーーーーーー?

「にゃはははぁあぁああああ✩ にゃっはははハハハアアァあぁあああっ✩」

「あばばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

俺を軽々と肩車しながらーの~~……木登り!

ダイブ!

木登り!!

ダイブ!!

木登り!!!

ダイブ!!!

…………うん。

これほどの奇行となると、マユ検定一級でマユ大學に飛び級で學して主席で卒業したマユ博士の俺でも、ちょっと意味が分からない。

分からない……が、まあ、でも、何となくだが、悪い反応ではない気がする。

なくとも「誰だっけ、こいつ?」とか「うわっ、せっかく消えてくれたと思ったのに、ウッザ!」とか、確実に死にたくなる最悪のリアクションは免れた。

というか、むしろ俺とまた會えたことを嬉しいと思ってくれているような……ってのは自意識過剰ですよね、調子乗ってごめんなさい。

「うううぅぅうぅぅぅにゃぁああぁあああぁぁああああ♪」

その後も、俺を肩車しながら巨樹に絡まるツタでターザンごっこに勤しむマユ。

一方、この奇妙奇天烈な狀況を目の當たりにしている芽はと言うと…………。

「……………………」

絶句だった。

兄がなすすべなく弄ばれる様子を、ただただ唖然と目で追い続けている。

まあ……そうなるよな。

気持ちは分からないでもない。

「ふわぁあぁああぁぁぁ……たあぁぁのしかったぁああぁあぁぁっ♪」

そんな時間がどれだけ流れただろうか。

やがて、マユは満足気な顔でセーブクリスタルの所まで戻ると、ようやく俺を解放してバタンと盛大に倒れ込んだ。

ついでに俺も、ファフニールから辛くも逃げ延びて永遠とも思える地獄の階段を降りきった苦行がラジオに思えるくらいの疲労に襲われてぶっ倒れた。

「……うぅぅ?」

そして、今さら……本當に今さら、マユは芽の存在に気がついた。

「……………………」

「……………………」

しばし固まって互いに見つめ合う二人。

先に沈黙を破ったのは……意外にも芽だった。

「……ぷっ、あはは……あははははっ! なーんだ……々、考えちゃってたけど……なんか、バカみたい、ほんと……あはっ、あはははっ!」

「…………ぅにゅぅぅうぅ……?」

あのマユが首をかしげるほどの、唐突な笑。

何がそんなにおかしいのか、長年一緒に過ごした俺とて芽がこんなに腹を抱えて笑うのを見たことは、數えるほどもない。

それも、あの人見知りの芽が初対面の人を前にして……。

ひとしきり笑った芽は、深く息を吸って吐いて呼吸を落ち著かせると、そっとマユに手を差し出した。

「笑って、ごめん……なさい。でも……よかった、思ってたより、ずっと……うん。はじめまして、マユ……さん。私は、日比野芽……です」

おおっ……いきなり笑い飛ばす無禮はあったが、芽が自分から自己紹介をするとは……。

つーか、思ってたより、ずっと……何?

その言い方も相當に禮を逸してるけど……何だよ、思ってたよりずっとキチかわいかったか?

「あー……っと、こいつ俺の妹なんだよ。なんつーか、俺とマユについてくじになってさ……って、その前に悪かったマユ! しばらく勝手にいなくなってて……。ちょっと々あってさ……改めてだけど、またよろしくっ!」

「……いもぉぉおぉとぉ…………?」

妹という単語を初めて聞いた的な反応をしながら、マユは自分の前に出された手からじりじりと後ずさる。

四つん這いになって、さながら警戒する貓のように。

うちの妹が変な子だから引いているのか、はたまた『自反撃』のスキルで腕をへし折るのを恐れているのか……いずれにしても何とかせねばマズイ。

せっかく、あの芽が友好的に接を図るという奇跡が実現したというのに、このままでは距離がまらない。

……いや、でもどうすれば――――。

「…………大丈夫……です。私は、大丈夫……ですから」

嫁と小姑の間に立つ男の気分を味わいつつ胃を痛めて悩む俺をよそに、芽は無防備にマユに近づき……そして半ば強引に手を握った。

「……ね? 大丈夫……でしょう?」

「…………にゃははははあぁあぁぁあっ! よおおぉおぉぉおろしくねぇええぇぇえええ、ひぃぃめちゃぁあああぁん♪」

「………………うん! よかったよかった! 二人とも、これから頑張ろう!」

……よし。

俺は何もしてないけど丸く収まった。

安心したのか、いつも通りへらへらしながら芽の手をもぎ取る勢いでぶんぶんと握手するマユ。

二人が仲良くできるかが一番の懸念事項だったが……どうやら杞憂だったようだ。

人として立派になったもんだぜ、俺の妹は。

「にへぇへへへぇぇえええぇえぇぇ……ひめちゃぁぁんもぉおぉ、とぉおおおぉってもオイシそぉおおぉぉぉおっ♪ ねぇぇええぇねぇえええタベてイイぃいいい?? ちょぉおぉっとカプリってぇえぇええ、にゃハハはははぁあぁああっ♡」

「い、いや、それはやめ……ちょっ! だ、だめ……ですって……!」

あっという間に打ち解け、ヨダレを垂らしながら二の腕に噛み付こうとするマユと必死に抵抗する芽。

この二人、ちょっと似てるかなと思ったこともあるが……もうこんなにじゃれあって……想像以上に気が合うのかもしれない。

「そうだ芽、別に敬語なんて使わなくていいと思うぞ。マユはそんなこと気にしないし、もっとフラットかつフレンドリーでいいんじゃないか? なあ、マユ?」

「なあぁああああぁぁあぁんでもイイぃぃいぃヨぉおおぉおっ♪」

「そ、そう……? それなら…………」

何とかマユの親を込めた捕食から逃れた芽は、し考えてからマユの目を真っ直ぐに見て改めて挨拶した。

「じゃあ……お兄ちゃんと一緒で、迷かけちゃうかもだけど、これから、よろしくね。マユちゃん……ううん、えっと……マユお姉ちゃん」

「マユ……おねぇえぇぇぇちゃ……ん…………?」

うわったー……。

そう呼んじゃうのかぁ……。

たしかに何でもいいとは言ったし、一応マユは年上だから不自然ではないけど……思わず背筋がひやっとしてしまう。

なぜなら、そう呼んだ芽があまりにも彷彿とさせたからだ。

そう……十六年に及ぶ人生で親父にもぶたれたことのない俺を死ぬ數歩手前までしこたま毆って叱った――アユを彷彿とさせた。

決してアユが嫌いなわけでもなければビビってるわけでもないのだが……反的に防姿勢をとって謝りそうになってしまった。

まあ、しゃーなしだな……こればっかりは慣れるしか…………。

「――――――えっ!? ど、どうしたの? マユお姉ちゃん……!?」

「……ふにゃぁあぁぁ……??」

俺が人知れず心拍數を上げていると、芽が驚きと戸いを含んだ聲を上げた。

わたわたしながら手を空中でわきわきして視線を泳がせる芽の向かい。

対照的にぴたっと靜止した狀態のマユを見ると……。

マユが……。

マユが……。

マユが………………泣いている。

くるしいキチかわ笑顔のまま。

ぼんやりとした空虛な瞳のまま。

たまたま雨粒が目をかすめたような、表とちぐはぐな涙が一筋、二筋と頬を伝い、足元の草花に雫となってぽたぽたと落ちた。

「ど、ど、どうしたの? 大丈夫? どこか、痛いの?」

「あぁぁあぁレレぇええぇえぇぇオカシぃイイぃいぃなあぁぁ……オメメぇぇにおミズがぁあぁぁヘぇンなのおぉぉおぉぉぉお……にゃっハはぁあぁぁ……」

「マ…………マユ…………?」

何このレアフェイス!!?

カムヒアー、ローニン! 早くカメラ持って來い! ハリーハリーハリー!!

……と、普段の俺なら芽と違う意味で取りすところだが……流石に今はそんな場合じゃない。

泣いてる? あのマユが? 何で? どうして?

いやいや、それより……こういう場合、どう対処するのがベストアンサー?

そもそも、涙を除けばマユの様子は至ってノーマル。

怪我をしているようにも見えず、全くもってノープロブレム。

え? 何? どういう狀況?

「ぅえぇぇえぇ、しょっぱあぁあぁぁあイイぃ……んにゅぅぅうううぅ、なぁああぁんだろおぉおぉぉお??」

「え……えーっと、えーっと……お、お兄ちゃん……!」

お手上げといったじの芽は「どうすればいいの?」みたいな顔で俺を見る。

このシチュエーションでマユを知している俺を頼るとは目が高い。

ならば教えてやろう、妹よ……と俺は「さっぱり分かりません」みたいな顔で返す。

が、このまま何もしないわけにはいかないので、俺は脳細胞をフル活させて最適解をはじき出す。

…………。

……………………そうだ!

「二人共…………そろそろご飯にしよう! いやー腹減っただろー、マユ! さーて作るぞ~っ!」

俺の出した答え。

それは……スルー。

なかったことにする。

我ながら悪くない行だと思った……のだが、目前の芽は「ええええええええええええっ!!?」と漫畫だったら見開き二ページを使ってび出しそうだ。

それでも、マユはパァッと顔を輝かせて嬉しそうに飛び跳ねる。

「わあぁぁあぁあぁああいぃぃ、ごぉぉはああぁんごおおぉおはあああぁあんんん♪ てぇええんちゃぁんのごぉぉおはあぁぁあああんんんんっ♪」

…………。

よかったよな、俺……。

間違ってない、よな…………?

芽の呆れ返った顔が俺を後悔に導こうとするが、ともあれ俺達は食事を取ることにした。

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