《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》アイネクライネ

「さあ、やってまいりました日比野天地のクッキングターーーーイム! 今回はマユとの再會スペシャルバージョンでお送りいたします。本日のアシスタントは妹の日比野芽さんでーす。……って、お前料理できるの?」

何層かも分からない謎の樹海に人目を忍んでひっそりと浮かぶセーブクリスタルの、すぐ下。

俺はバッグから取り出したマイ調理をズラッと並べて、隣に座る芽に料理番組テイストな芝居がかった口調で明るく話しかけた。

「ううん、全然。……って、別にやりたく、ないんだけど……。何で、私が?」

新天地に大いなる不安を抱いているであろう妹を和ませる渾のネタだったが、芽は呆れ半分……いや、呆れ八割といったところだ。

なかなか肝が據わってやがるぜ。

「そりゃ、何となくノリで。さてさて、早速ですがメイン食材はこちら――ファフニールの心臓でーす! いやぁー、超高級食材ですねー芽さん」

「何なの、そのキャラ……いや、それより……うわっ! き、気持ち悪い……え? それ、心臓なの? あのドラゴンの?」

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「なのです。実はマユがえぐり取ってリュックサックにれておいたらしい。さっすがマユ、抜かりねえぜっ!」

バスケットボールほどのドス黒くグロテスクな臓に、芽は思いっきり顔をしかめる。

あれだけの巨を誇るファフニールの心臓がこの程度の大きさなわけはなく、これはほんの一部を切り取ったに過ぎないのだが……今の芽の反応を鑑みるに、丸ごと出てきたら卒倒していただろう。

「ふっふっふ……食材のレア度が味と比例するかは知らんけど、何かすげえ料理ができそうでオラわくわくしてきたぞ!」

「…………どう見ても、食べられないと思うけど……。うぅ……だめ、吐きそう……」

「鶏とか豚のハツ食べたことあるだろ? あれと似たようなもんだよ、知らんけど。……まあ、たしかに毒があったらシャレにならないし、毒耐のない俺と芽はやめといた方がよさそうかな……」

「よかった……それ食べるくらいなら、その辺の草でも、かじってた方が、いいや……。マユお姉ちゃんも、わざわざこんなの、食べなくても、よくない?」

顔に滲み出るくらい骨に安堵した芽――だったが、ファフニールの管を生のままズルズル啜ってピチャピチャとを飛び散らせるマユを見て、ウッと息を詰まらせて口を覆う。

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今にも胃の中を全部ぶちまけそうだ。

うーむ、俺にとっては何の変哲もないマユのナチュラルでノーマルでトラディショナルな食事シーンなのだが……たしかに初見の人にはしばかり刺激が強いかもしれない。

だが、芽も頑張った。

さっきまで、るのも嫌だったであろう臓コレクションを、娘に悪影響を與えるゲームを沒収する母親のごとく取り上げて、マユの変食を斷固として阻止しようとしていたのだから。

まあ、徒労に終わったけど……。

「諦めろ芽、そのうち慣れるって。さーて、それでは調理を開始しまーす。まずは俺と芽用のメニュー……なんだけど、ファフニールが食えないとなると……芽、何かない?」

「え!? お兄ちゃん、何も持ってきてないの?」

「いやー、基本的に現地調達しようと思ってたから、特には……」

「お兄ちゃんって、行き當たりばったりっていうか……けっこう適當だよね……。えっと……干しと、野菜くらいなら、あるけど……」

「それが俺のアピールポイントさ。じゃあ、それにするか」

やれやれと言いながら食材を提供してくれた芽に軽く禮を言って、俺は見事に処理された干しとダンジョン産キャベツ(っぽい野菜)をけ取った。

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「んー……いくら一流シェフの俺でも、これだけじゃスープくらいしか作れねえな……。隠し味にファフニールの目玉とか……」

「ダメッ!」

「で、ですよねー……」

ちょっとした冗談にマジレスされて怯みながら、料理人レベルだけはマユを軽く凌駕する俺はキャベツをプロも顔負けの手際で半分だけ千切りに、もう半分をざく切りにした。

「おぉー……やっぱり、すごいねー、お兄ちゃん」

「ふふふ、だろ?」

素直に賞賛する芽と、唯一ドヤれる分野でイキる俺。

……アユだったら「テクニカル過ぎてきもい」とか言いそうだな……。

ついついそんなことを考えて若干テンションを下げつつ、手早くキャベツの千切りとスープを仕上げた俺は、続いてマユに捧げる必殺料理(スペシャリテ)に取り掛かる。

「どう料理すれば味いのか見當もつかないが……うーん、テキトーにそれっぽくしてみるかぁ」

まずは、ぴったりと張り付いたド太い管を切り取る。

次に、所々にあるドス黒いの塊を丁寧に取り除く。

そして、近くの綺麗すぎる泉でゲットした水に塩を加え、そこに心臓を漬け込んで臭みを取る。

これで下処理は完了だ。

「ん……ようやく、食べれそうなじに、なってきたね」

そこら辺からかき集めた枝で焚き火をして、持參したフライパンにオリーブオイルをどばどば贅沢にれて熱する。

ついでに、そこら辺に生えていた怪しげなキノコを炒めて……いよいよ心臓を投下!

じゅわっと小気味よい音を奏でて、ぶわっと広がる破壊力満點の重厚なの香りに、くちゃくちゃと管を咀嚼していたマユの手が止まり、芽と一緒にフライパンを覗き込む。

しばらくして、イイじになったら塩コショウとタイムとバジルをふりかけて……完!!

「ファフニールの心臓と謎のキノコのオリーブオイル炒め! どうだっ!!」

「ふぉおおぉおぉぉぉおおおおおっ! すごぉいすごおぉぉおぉおイイぃい! とおぉぉぉおってもオイシそぉおおぉおおおぉおおおおっ♪」

「うわあ……あんなに気持ち悪かったのに、やっぱりお兄ちゃん、すごい……! う~……食べちゃダメって、思ってるんだけど……けど……」

やべえ……俺、今最高に輝いてる。

生死を分ける戦いの場じゃないのが悲しいところだが、それでも今の俺は最高にイカしてるよ。

さっきまで嫌悪たっぷりだった芽がを噛み締めるぐらい殘念そうにする傍らで、だらしなく開けた口の周りをおやつでだらけにしたマユが、だらけの手で早速フライパンから直で食べようとする。

「おっとっと、落ち著けマユ。芽、俺のバッグから皿と箸出してくれ」

「うん、分かった」

待ちきれないといった様子で料理に目が釘付けになりながら上を激しく振るマユに、てきぱきと料理を盛り付ける芽。

…………。

何か…………うん……いいな。

一日に三回。

一年で千九十五回。

これまでの人生で一萬七千五百二十回も食事はしてきたけど……やっぱりいいもんだな。

別に全然大したことはない、何度も繰り返してきた何気ない食事。

別に高級ステーキでもなければ、贅沢パフェでもない……どころか、俺と芽はいつの時代の奴隷だよってレベルの侘しい干しのスープと生野菜だけだし、マユに至っては常人じゃ食べれるか甚だ疑問な化の心臓ときたもんだ。

それなのに……どういうことだろうなぁ、この充実は。

……なーんて。

何か年寄りみたいになってきたな、俺…………。

「「いっただっきまーーす!」」

「いぃぃいいいっただぁあぁきまあぁああぁあああぁあっすぅうぅぅ✩」

普通ならパニックになりそうなダンジョンの奧地において、俺達三人は呑気に手を合わせて楽しいご飯タイムと灑落込んだ。

「マユ、最初はちょびーっとだぞ? 大丈夫だとは思うけど、一応な」

「うにゅぅぅううぅ……」

俺の魔法の料理がどんな作用をもたらすかが謎であることから、念のためマユには最初の一口をかなーーーーり控えめに食べてもらうことにする。

箸を一本の棒のように握り締めてファフニールの心臓をぞんざいに突き刺したマユは、一度ぺろぺろと舐めてからほんのちょっとだけかじった。

「…………どうだ?」

固唾を飲んで見守る俺と芽の前で、マユはをくねくねとうねらせて、腕をぶんぶんと振り回し、うーうーと唸り……。

「おおおぉおおぉおぉおおいしぃいいぃぃぃいぃいいいいいっっ♡」

トロンと呆けたマユの恍惚の表に、俺と芽も釣られて頬が緩む。

こんな、天にも昇るような至福に満ちたマユが隣にいれば、それだけで味気ないスープとキャベツが天皇に獻納できる究極の料理に早変わりしたと思えるくらい味くじるから不思議だ。

よほどお気に召したのか、マユは皿まで噛み砕く勢いで瞬く間に心臓を平らげると、全の骨がこんにゃくになったみたいにグダって何もない空中をボーッと見つめていた。

「ふふ……なんか、本當に面白いね、マユお姉ちゃんって」

「だろ?」

マユパパ&野郎共と食ってた時は、俺が気を遣うほどの仏頂面で「喋ったら死ぬの?」ってくらい頑なに無言を貫いていた芽も、ご覧のスーパースマイルだ。

これもマユの魅力がせる技か。

「ふにゃぁぁあぁああぁ……てえぇええぇんちゃぁあんのごはぁああぁあぁぁんわぁあぁあぁオ…………―――――」

…………。

「……………………」

………………。

「……………………」

………………。

……………………ん?

あれ?

何だ? この奇妙な間は?

まさかマユ……溜めているのか?

そんな漫畫みたいな高等リアクションまで習得しちゃったのか?

……いや…………。

でも、ちょっと……何か、様子がおかしいような…………。

「……マ……マユお姉ちゃん…………?」

「…………………………」

心配した芽が優しく肩を揺すると、マユの頭が一切の抵抗なくガクリと前に倒れる。

「お、おい……マジでどうした? おーい、マユー?」

「…………………………」

……おかしい。

まさか俺の料理の効果が今さら効いてきた……?

違うな……それはあり得ない。

たったあれだけの調理時間と調理法でマユをノックダウンさせられるわけが……。

「……め…………なさ…………」

ぼそ―――――――っと…………。

かすかな――そよ風で吹き飛びそうな、か細いか細い、小さな聲が聞こえた。

「ごめん……なさい…………てんちゃん……ごめんなさい……」

わずかにが震え、明らかにそこから聞こえて……そうして俺は、ようやく分かった。

これがマユの聲だと。

「え…………? マ……マユ…………? いや……え……?」

まず確信していたのは、これはマユであってマユではないということ。

あのマユが、こんな……間延びしてない普通の喋り方をするなんて、百パーセントない。

これは絶対に間違いない。

神に誓って斷言できる。

しからば、これは一どういうことだってばよ。

可能があるとすれば、アユかサユのどちらかによる演技、言うならばドッキリ……なのだが、それも考えにくい。

サユはたしかにイタズラ好きのお調子者だが、こんな笑えない重めのジョークは決してしない。

アユに至っては、冗談でも「ごめんなさい」などと俺に言った日には、自己嫌悪と拒絶反応に耐え切れず白目を剝いて卒倒した挙句、ダンジョンに槍が降る世紀末が到來してしまうだろう。

「最初……かんじゃって、ごめんなさい……。勝手に、連れてっちゃって、ごめんなさい……。たくさん、たくさん迷かけて、ごめんなさい…………」

する俺に、マユの姿をした何者かは俯きながら謝り続ける。

マユ信者の俺が聞いたことのない、小さく、弱々しく、儚く、泣きそうな聲で。

「マユ……一人ぼっちで、さみしくて……でも、パパと一緒にも、いられなくて……それでいいって、仕方ないって思ってたんだけど……てんちゃんは、こんなマユでも、心から怖がったりしなくて……それが嬉しくて…………。わがままで、本當にごめんなさい…………」

「…………お前……まさか…………」

不意に、思い至る。

あまりにも荒唐無稽な憶測。

俺の妄想だと一蹴してくれてもいい、何の拠も確証もない戯言。

こいつは……ここにいるのは…………もしかしたら、昔の……サユも、アユも、母親もいた頃の――――。

「いくら言っても、足りない……。悪いことばっかり、しちゃった……。けど……こんなこと、困っちゃうかもしれないし、怒っちゃうかもしれないけど……それでも、これだけは、どうしても伝えたくて…………」

ゆっくりと――。

マユはためらいがちに頭を上げた。

その顔を見た瞬間――混狀態でオーバーヒートを強いられていた脳が、突然フリーズして機能を停止した。

セーブクリスタルと蛍タンポポの優しいにうっすら照らされた、ほんのりと赤みが差した頬。

今にも泣き出しそうに歪む眉に、目いっぱいまで溜めた大粒の涙で潤んだ瞳。

いつもの猟奇的な笑顔とは本から異なる、今にも消えてなくなりそうなくらい脆くて可憐な泣き笑い。

何をされたわけでもない、ただ顔を見ただけだ。

それだけなのに、先刻の痛烈なボディブローに匹敵する衝撃が俺の心をハードヒットする。

「てんちゃん…………今まで、ありがとう。てんちゃんは、すっごく面白くて、楽しくて、お料理もおいしくって……一緒にいられて、本當に幸せで……とっても、とっても、大好きだよ」

「―――――――――――――――!!」

ウェーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!!

あー……何かもう、全部どうでもいいや。

いつものマユは抜群にキチかわいいが、今ここにいるマユもめちゃくちゃかわいい。

その事実だけでよくね?

うん、いいや。

「ひめちゃんも……ごめんなさい、お兄ちゃんを連れてっちゃって……。マユのせいで……マユがいなければよかったのに、ごめんなさい……」

人生最大の幸福によって地獄に最も近い地下深くからマッハ二十の速度で天國に直行する俺をかわいい目で見つめていたマユは、隣で口を半開きにしたまま呆然とする芽に視線を移して、深々と頭を下げた。

俺とは違って、芽はマユの言葉でハッと意識を取り戻し、いつも通りたどたどしく、いつになく早口でまくし立てる。

「そっ……! そんな、ことは、全然……! マユお姉ちゃんは、なんにも悪くない、っていうか……お兄ちゃんが、そうしたいから、マユお姉ちゃんと、一緒にいるんであって……。私も、そうだし、謝らなくてもいい、っていうか、私の方こそ、勝手についてっちゃって、ごめんなさいっていうか……えーっと、ほら……ねっ! お兄ちゃん! そうだよね!?」

普段なら笑い飛ばしたいくらいハイテンションなテンパりを見せる芽に突然話を振られ、俺は天から意識を引き戻して好アシストを試みる。

「そ、そうそう! 今のお前はやけに自的だけど……俺はマユが好きだから一緒にいるんだ。自由で奔放で無邪気でキチかわいい、いつものマユが好きだ。大人しくて弱々しくて控えめで寂しがり屋な、今のマユも好きだ。ありのままのお前が好きだ。いつも好きだ。いつでも好きだ。いつまでも好きだ! だから、その……そういうことだっ!!」

「……てん……ちゃん…………」

…………………………あ、やべーーーー。

ちょっと熱く語りすぎじゃね?

ぶっちゃけすぎじゃね?

っていうか何言ってんの、俺?

実質初対面の男がいきなり猛烈に好き好き言って……確実にドン引きだろ。

橫にいる芽も……ほら見たことか、「あっちゃー、やっちまったよ……」みたいな顔してる。

「……ありがとう……てんちゃん、ひめちゃん…………」

俺と芽の言葉から何をじたのか、マユは心から満足したような、安心したような、こっちまでホッとする安らかな笑顔を咲かせると、溢れた涙の雨をぽたぽたと地面に降らせた。

「あぁ……ほんのちょっとだったけど……よかった……本當によかったなぁ……」

「…………? マユ…………?」

「また、いつか…………こんなふうに、ちゃんと……お話しようね……――――」

――――そう言って。

マユは靜かに目を閉じると…………。

「…………オオぉぉおぉイシぃいぃいいいいねぇえええぇえっ♪ ニャッハハははあぁあぁぁああっ♡」

そこには、いつものマユがいた。

あまりにも突然の出來事に、俺と芽は顔を見合わせて現実を確かめるようにパチパチと瞬きを繰り返す。

そんな俺達の心など知る由もないマユは、すでに空になった皿を隅々まで舐め盡くすと、フライパンに殘った料理を素手で摑んでパクパクと食べ始めた。

「…………ねえ、お兄ちゃん……」

「ん……? 何だ、芽…………」

二百時間やりこんだゲームをクリアした時みたいな放心狀態でマユを見ながら、芽は息を吐くようにふすーっと囁く。

「さっき、ファフニールに口を塞がれて……もしも、お兄ちゃんか、マユお姉ちゃんか、どっちかしか、助けられない、ってなったら……私、多分お兄ちゃんを、選んでたと思う」

「…………へぇ……」

「でも……今は、どっちも選べないと、思う……。うん……きっとそう……ごめん…………」

「…………そうか……いや、それが正解だろ。……よし……そんなお前に、これを授けよう」

「……?」

俺はバッグから凩マユファンクラブ會員証を取り出して、まだ夢を見ているような表でぼんやりする芽の手に握らせた。

マユパパに力盡くで奪われ、田辺さんに喜んで差し上げて以降ご無沙汰だったから……三人目の授與になる。

「會員番號6、日比野芽よ……シングルナンバーに恥じぬ活躍を期待する」

「…………ふふっ……了解しました、會長」

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