《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》消せない罪

「出會って間もない歳上の他人に対して『お姉ちゃん』だなんて、馴れ馴れしい……非常識にも程があります。レベル3のひよっ子のくせに敬意がなさすぎです」

「うぅ……いや……親しみを込めてる、っていうか……それに、ほら、マユお姉ちゃん、私より小さくって、可いから、つい……」

長差で相手を見下すなんて最低ですね。その上、マユお姉ちゃんが寢てるのをいいことに汚いだの服がボロボロだの失禮極まりない暴言まで吐いて、本當に不愉快です」

「あうぅ……」

開幕からけ容赦なく繰り出される、アユのえぐい先制口撃。

よくもまあ、これだけ饒舌に人を貶すことができるもんだ。

いっそ心するね。

ってか、出會ったばかりの歳上の芽を無禮にも見下し、敬意の欠片もない非常識かつキレッキレな暴言を無慈悲に浴びせかけるブーメランっぷりには正直ツッコミどころ満載だが……もちろん口には出さない。

恐いから。

「お、お兄ちゃん……この子って、ひょっとして……」

「うん、そう。末っ子のアユ。軽く説明した通り、こんなじでマユが寢てる時に目を覚ますってわけ。格は、まあ……うん」

「…………いつも、こうなの? 私が、怒らせちゃったから?」

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「あー……大いつもこうだな」

「えぇぇ…………」

顔を寄せてこそこそと話す俺と芽に向けて、アユは不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らす。

「言っておきますが、マユお姉ちゃんはあなた達よりよっぽど清潔です。私がちゃんと綺麗にしてるんですから……『クリーニング』、『ソーイング』」

およそ一ヶ月ぶりの懐かしい魔法を耳にすると同時に、小さな泡がしゅわしゅわと音を立てながらマユの服を包み込み、空中に出現した十本以上の針がとりどりの糸を引き連れて縦橫無盡に駆け巡る。

初見の芽が「ふわぁ~」と嘆の息をらす中、こびりついたは泡とともに瞬く間に弾けて消え去り、綻んだ箇所は新品同然に修復された。

「…………これは……」

アユは目を伏せ、服の袖を優しくでながら呟く。

「このセーラー服は……昔、マユお姉ちゃんが、可いねって……私とサユお姉ちゃんと、いつか三人で著て一緒に學校行きたいねって……そう言ってくれたんです。たしかに、こんなダンジョンでは実用なんてありませんし、マユお姉ちゃんだって覚えてないと思いますけど……でも、それでも……私には、こんなことしかできませんから……だから……誰にも文句は言わせません!」

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「あ、うぅうぅぅ……ご、ごめん、なさい……」

へぇー、そうだったんだ……。

マユファンクラブ會長を務める俺としたことが、不覚にも初耳だった。

いかんな、心のメモ帳にしっかり書き留めておかねば。

それにしても……。

「おい、どうしたんだよ芽、さっきから言われ放題じゃねえか」

これは、一どういうこった。

てっきり盛大な舌戦が繰り広げられるんじゃないかと気が気じゃなかったが……蓋を開けてみれば芽が一方的にフルボッコにされてんじゃねえか。

たぐいまれなる妄想力を駆使した自己暗示によって『クールな刀使い』を見事に演じ、一層最強のヤクザである鬼の剛健相手に一歩も引かなかった、あの芽がなぜ……。

「ぅ~……だってだって、悪しきを滅し、弱きを守り、正義を貫くのが、私のキャラだから……」

「……え? そういうもんなの?」

つまり、格はアレだけど見た目はか弱い天使そのものであるアユが相手だと、イマイチ調子が出ないと?

…………めんどくさ!

けどまあ、気持ちは分からなくもない。

というか、俺とマユ三姉妹の前でくらい無理して肩の凝る演技なんてせず、素の狀態でいてしいと思っていた。

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だから、むしろ安心した。

これほどまでにやられっぱなしなのは、それはそれで問題だが……。

「ね、ねえ、どうすれば、いいかな? お願い、何とかして、お兄ちゃん」

「……うーん、ぶっちゃけ俺も自信はないけど……とりあえず善処してみる。後は任せろ!」

あうあうと狼狽える芽に対してを張って言ったものの……ぶっちゃけノープランだ。

當然だが、アユをなだめる會話など俺には備わっていない。

考えてみれば、未だかつてアユの怒りを増幅させることはあっても鎮めた試しは一度もなかった。

しかし……ちょっと頼もしくなりすぎていた芽が、懐かしくすらある気弱な妹に戻って久しぶりに俺を頼ってくれているのだから、無理だとはとても言えない。

さて、どうしたものか…………。

「まったく、兄の方は軽薄なろくでなしですし、一どういう教育をけてきたんですか。親の顔が見てみたいです」

「――――ッ…………!」

俺が必死に思案している間もアユはチクチクと嫌味を続け、ついには『親の顔が見てみたい』という平生まれのに似つかわしくないワードが飛び出したところで…………不意に、芽の顔が変わった。

ヤバイ――――。

的に、そう思った。

普通に考えれば、大したことのないありふれた文句だ。

だが、それは冗談でも言ってはいけない。

かつてない危機に襲われた俺は、とにかくアユを黙らせようと口を開く。

「あーっ! その、えーっと、アユさん、まあまあ、今日はこのぐらいで勘弁してくださいという方向でどうか…………」

「大、若い兄妹が揃ってこんな所へ來るなんて……ご両親に申し訳ないとは思わないんですか? まったく……」

――――その瞬間――。

「……う……ぁ…………」

想像もしていなかった形で、俺の危懼は現実になった。

「あ……あ…………あぁあ゛あ゛あぁああぁあぁあああ゛あ゛あ゛っ!!」

突然…………芽がんだ。

驚きのあまり言葉を失って目を丸くするアユの前で。

息を呑む俺の隣で。

深々とした樹海をつんざく、悲鳴のような金切り聲を上げた。

「ひ…………芽…………?」

あまりの衝撃に理解が追いつかない思考狀態でどうにか名前を呼ぶが、がたがたと震えてうずくまる芽は、青白い顔にびっしょりと汗を浮かべて異常に速く荒い呼吸を繰り返している。

「ハッ……ハッ……ハァッ……! ご、ごめ……か……はッ! ごめん、なさい……! ケホッ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ゛んな゛さいごめ゛んな゛さ……ゲホッ! ゴホッ!」

芽は裏返った聲で謝罪の言葉と咳を繰り返す。

痛々しいまでに、何度も何度も何度も……。

さらに、痙攣して強張る手で自分の元に爪を突き立てると、何かに取り憑かれたようにガリガリガリガリと激しく掻きむしり始めた。

「ちょっ!? 何やってんだ芽! やめろっっ!!」

慌てて芽の手を摑んで引き剝がそうとするが、無なる筋力パラメーターの差によってびくともしない。

がめくれて、流れ出したが爪を真っ赤に染めようとも、芽は一向に力を緩めず延々とを引っ掻き続ける。

れた呼吸も落ち著く気配がない。

苦しげに吐き出す咳も頻度を増している。

醫學の知識なんて皆無だが、どう見ても事態は一刻を爭う。

「くっそ……どうすれば……」

とにかく、何とかして芽を落ち著かせたい。

だが、いかんせん現在地は設備の整った病院ではなく、ダンジョンの奧地。

鎮靜剤も神安定剤もなければ睡眠薬も…………。

「そうだっ! あれなら――――!」

天啓のごとき閃きを得た俺は急いでバッグをひっくり返し、ボトボトと盛大に転げ落ちる魔法料理の山を掻き分けて目を凝らす。

探しは直徑二センチにも満たない小さな球

サイズからして難易度が鬼なのに、一分一秒を爭うシチュエーションが相まって神的なプレッシャーがをかけてやばい。

この年齢、この危機的狀況に至ってようやく整理整頓の大切さを実したが、まさしく後悔は先に立たず。

今後はこのようなことがないよう十分に留意して管理を徹底してまいりますので、誠に申し訳ございませんが今回だけはご容赦くださいますよう何卒――――。

「あっ! あった! よし、これで……!」

どうにか目的のブツを見つけ出した俺は、飲むのを促す時間すら惜しく、それをすぐさま芽の口の中へ放り込む。

すると――――あたかも魔法のように芽の咳はピタリと止まり、苦痛に歪む顔は波が引くようにスっと安らかになった。

……って言うと、まるで超スゴイ薬であっという間に全回復した、みたいな誤解を與えてしまうが……殘念ながら違う。

気を失ったのだ。

「そ、それは…………もしかして……」

いつもの不機嫌顔とは程遠い、不安と揺がり混じった表で青ざめるアユに向けて軽く頷く。

「ああ……使えそうだと思って俺も持ってたんだけど……まさか芽に飲ませることになるとはなぁ…………」

睡眠効果のある鱗を飛ばしまくる魔、なんちゃらモスをてきとーに調理した末なんやかんや完したそれっぽい魔法料理。

いざという時に人格を代するためだけの目的でアユに頼まれ、『ちょっと恩でも売っておこう』程度のノリで作ったのだが……意外な場面で役に立ってくれた。

だが、これで安心とはまだ言えない。

「アユ! 回復魔法を頼む! 早くっ!」

「は……はい!」

生々しい引っ掻き傷を覆い盡くす赤黒いが依然として流れ続ける首元から目を逸らしてぶと、我に返ったアユが毅然と答える。

すぐさま唱えたエクストラヒーリングの眩いに包まれた傷が、見る見るに癒えていく。

「ふぅ……これで大丈夫か……びびったぁ~」

ようやくホッと息をついた俺に、アユはためらいがちに問いかける。

「……あの……どうしたんですか、あなたの妹は……。その……私のせい、なんですか? 私……別に、そんなに酷いことを言ったつもりは……」

「…………あー……」

唐突な芽のパニック……心當たりはある。

ありまくる。

しかし、それをアユに説明するには俺達の過去……このダンジョンに放り込まれた原因をどうしても話さなくてはならなくなる。

今のショッキングな展開の直後だとかなり無理はあるものの、噓と冗談ではぐらかすこともできなくはないだろうが……。

「あなたは……分かってるんですよね? 教えてください…………お願いします」

…………いや……話そう。

普段なら昔話なんざ小っ恥ずかしいから可能な限り免こうむるところだが……マユパパからマユ達の過去を聞いた時、俺は思ったじゃないか。

「これでマユが噂で聞くような悪い奴じゃないって芽も分かってくれただろう」と。

相手のことを心から信頼するには、その相手をよく知ることが一番……というか不可欠だ。

芽がマユの『自反撃』スキルによって攻撃されなかった理由も、本當のマユを事前に知ることができたからだと俺は確信している。

決して同してもらおうだなんて考えちゃいない。

マユパパと同じだ。

ただ、めんどくさいほど不用な芽のことをしでも知ってもらうために――――。

「……そうだな、聞いてくれ。ちょっと長くなるけど……」

治療が終わって安らかな寢息を立て始めた芽に布をかけ、俺は今まで蓋をしていた記憶を包み隠さず正直に話した。

「…………そうだったんですか……そんなことが…………」

遠い昔に思えるわずか數ヶ月前の出來事を語り終えて何とも言えない重めの空気が漂う中、それまで一言も口を挾まなかったアユがぽつりと聲を発した。

「……まあ、あくまで俺の主観だから……芽の心理は推測でしかないけどな……」

「………………」

最期に補足を付け加えた俺は、じろぎ一つすることなく俯いて正座するアユの反応を予想する。

そうだな……六十パーの確率で……怒る。

アユの格、母親を殺された境遇を鑑みると、最もあり得るパターンだ。

で、三十パーの確率で……呆れられる。

殘り十パーは……スルーかな……。

などと考えていたからだろう。

続くアユの行は、俺を大いに驚かせた。

「………………ごめんなさい」

「……え?」

腰を折り、頭を深々と下げて謝ったのだ。

あのアユが。

あのアユがっっ!

「個人的には理解に苦しむ部分もありますが……先ほどの行から、あなたの妹が自分の犯した罪を本當に後悔して誰よりも苦しんでいることは歴然です……。私の言葉は軽率で配慮に欠けていました。だから……ごめんなさい」

「え……いや………その……」

まいった、どうしよう。

このパターンは完全に想定外だったから、どう対処すればいいのか咄嗟に判斷できない。

もっとずっと迫した窮地を見事な機転で乗り切った後に言うのもなんだが、誰か助けてください。

「え、えーっと……アユは何も悪くねえよ、知らなかったんだし。俺だって、芽がこんなに取りすとは思ってなかったしさ。馬鹿だよな俺、能天気すぎるよな。っていうか、そもそも俺が今まで話さなかったことが悪いよな……ごめん」

容を味する余裕もなく思いつくまま一息にまくし立てる俺に、アユは首を橫に振った。

「いえ……どう考えても非は私にあります。いきなり非難ばっかりして……。私……苛々してたんです。あなたが急にいなくなって、口には出しませんが、マユお姉ちゃんもサユお姉ちゃんも寂しそうで……。と思ったら今度は急に戻ってきて、何事もなかったかのようにヘラヘラして、しかも妹まで連れてきて……」

「そ、それは……申し訳ない」

「いいんです、事は聞きましたから。これは私の醜い言い訳です。……あんなに傷つけてしまって、謝ったくらいで許されるとは思いませんが……本當に……本當に、ごめんなさい」

「………………」

先刻のマユ――本來の穏やかで気弱なマユ――の時とは違う、マナーのお手本のように誠実で凜とした謝罪を目の當たりにして、俺はハッとする。

そうだ……アユは神年齢わずか十二歳とは思えないほど……というか俺なんかより、というかマユパパよりも遙かに大人で真面目で実直なやつなのだ。

いつも怒られて毆られてるからビビってしまって誤解していたが、思えばそれも原因のほとんどは俺にあり、決して理不盡な暴力も叱責もなかった。

何だか俺がどうしようもない野郎だったと再認識してしまったが……それはさておき、そう考えると今のアユの行に何ら不思議はないのだ。

「償いとして私に出來ることはないでしょうか? このままでは私の気が済みません、何でも言ってください」

今まで勝手に抱いていた苦手意識を改め、俺は申し訳なさそうにこちらを真っ直ぐ見つめるアユの目線を芽の方へと促す。

「それなら、こいつと仲良くしてやってくれ。人見知りで、不用で、口下手なやつだからさ……お前から歩み寄ってくれると助かるよ」

「……ですが……あんなに酷いことを言ってしまった私に、そんな資格は……」

語気を弱めて目を伏せるアユに、俺はからかうように続けて言った。

「それとも、俺とマユの路を好アシストするキューピッドでもやってくれるか? いやぁー、お前の力を借りられたら心強いなぁ~」

「いえ、それは今の話とは全く関係ないです。無理です。気持ち悪いです。死んでください」

ついつい、いつもの調子で俺にツッコミをれて罵倒してしまったアユは、まんまと乗せられた気恥ずかしさを咳払いで誤魔化して顔をしかめる。

が、その直後――――。

「……ふふっ」

信じられないことに。

アユは顔をわずかに綻ばせて……かすかな笑みを浮かべた。

今日はもう何が起きても驚くまいとかに誓っていたが、『不機嫌』と『怒り』以外のを表に出すアユを初めて見た俺は、たっぷり五秒以上も固まってしまった。

そして、驚き以上に…………。

「ふふ……ふふふっ……まったく、相変わらず変な人ですね…………天地さんは」

やっぱり姉妹なんだなぁ。

そう思うくらい、穏やかに微笑むアユは抜群に可かった。

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