《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》THE 2nd DAY ~ハイドハイドハイドハイドビハインド~

事前対策なしに発してしまったアユ登場イベントを辛くも切り抜けた後、俺達はひと眠りして心とを休ませた。

……まあ……正確には、アユが放った破壊力抜群の罵詈雑言によって芽がパニックを起こすという未曾有のクライシスに見舞われ、控えめに言っても全く切り抜けられてなかったのだが……。

しかし! 芽の記憶が、問題の部分だけ超絶都合よくぶっ飛んでくれた。

まさに不幸中の幸い。

おかげで、アユに対して芽が苦手意識を抱いてしまうような胃が痛くなる事態は回避できた……と思われる。

ただでさえ人見知りスキルのレベルがカンストしている芽が、よりにもよってあのアユと敵対しようものなら目も當てられない。

アユもかなり反省してたし……うん、次に顔を合わせる時はきっと大丈夫だろう……多分。

さて。

とりあえず、俺達は可及的速やかに……戻りたい。

料理しか能のないどっかのバカ野郎がとった軽率な行のせいで迷子になってから、早くも一日が経過してしまった。

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これは非常に由々しき狀況である。

が、ダンジョンの神は我々に微笑みたもうた。

數メートル先すら真っ白に染め上げて俺達を大いに苦しめていた憎き霧が、今は大分うっすらとしているのだ。

殘念ながら俺達が下りてきた場所を視認できるほどではないが……ともあれ、文字通り霧が晴れたようなスッキリした気分だ。

そんなわけで俺達は心機一転、希に今日こそはと意気込んで出発した。

「にゃっっハハハははぁあぁああっ♪」

「あ、危ないよー、マユお姉ちゃーん」

大都會の高層ビル群をパルクールで走る抜けるかのごとく、立ち並ぶ巨樹の枝から枝へとアクロバティックに颯爽と飛び移るマユに、ハラハラした表で呼びかける芽。

そんな心配をよそに、今度は超高速回転の大車からG難度級の鉄棒絶技まで惜しげもなく披するマユ。

奇襲への警戒が限りなく不要になった安心から、俺はそんな様子をのんびりと眺めていた。

「ははは、元気だなぁ、マユは」

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見知らぬ地とはいえ、モンスターはさほど強くないし、マユを罵る癡れ者も一人としていない。

っていうか、今やマユはダンジョンに住む全ての人間から追われる可能のある、人殺しの犯罪者。

……いや、ここにいるやつらは全員もれなく犯罪者なんだけどね。

ともかく、そんな俺達にとって、ここは逃亡先にうってつけなんじゃないか?

なんか……考えれば考えるほど、悪くねえ環境じゃねえか。

やっぱり戻るのやめようかなぁ……。

マユパパや雨柳さん、ローニンさんがどうなったのかは気になるけど……いっそ三人をここへご招待するって手もあるんじゃね?

マユもすげえ生き生きしてるし。

広い所とか高い所が好きなんだろうな。

六連星の間でもテンション高かったし。

でも、あんな高さから落ちたら、いくらマユでも一大事だ。

萬が一手をらせてしまったら、俺がカッコ良くキャッチして助けてやらねばならんだろう。

だから一瞬でも目を離しちゃいけないな。

うむ、決して他意はない。

見上げる角度とマユのスカートから導き出される展開を全然これっぽっちも期待してはいない。

仮に、だ。

たまたま偶然、運命の悪戯によって何かが見えてしまったとしても、それは俺にはなすすべのない不可抗力であり、下劣でよこしまななどは一切――――

「んごっふぅっ!?」

理知的で健全な思考に耽り油斷しきっていた俺の脇腹に、固くて尖ったが死角からめり込んだ。

痛みで息も絶え絶えになりながらチラリと橫に目をやると、軽蔑に満ちた眼差しで俺を凝視する芽が刀の鞘を握り締め、力いっぱいに負のを注ぎ込んでいた。

「お兄ちゃん……顔に、出てるから。気持ち悪い……」

「い、いや~、何のことやらサッパリ分からんな、妹よ……」

おかしいな、努めて真面目な顔を裝って……じゃない、普通に真面目だったのに。

芽って人の顔にこんな目ざとかったっけ……?

「ねぇえぇぇえぇねええぇえぇぇえ、かくれんぼぉぉしよおぉおぉおおかくれんぼぉおおぉおおおっ♪」

「「………………は?」」

地味に痛烈な攻撃を執拗にけ続ける俺の目の前に、後方四回宙返り三回ひねりで著地したマユが唐突に言った。

揃って頭上に疑問符を浮かべる俺と芽は顔を見合わせ、思案する。

かくれんぼって……今? ここで? どうして?

という至極當然のツッコミはとりあえず置いといて、俺達が出した結論は……。

「……うーん、遊びたい気持ちは、分かるけど……せっかく、霧も薄いし、もうし頑張ってからに、しない?」

「そうだなぁ……あんまり偉そうに言える立場じゃないけど、まだ五分くらいしか経ってないし、流石になぁ……」

殘念ながら、卻下だ。

ファンクラブ會長の俺にとって、唯一絶対の神であらせられるマユ様のお言葉に異議を唱えるなど、本來はあってはならない重大なコンプライアンス違反の通報案件である。

だが、しかし!

どんな時も「はい」か「イエス」で答えることが我が使命ではない。

時には適切な助言をし、過ちを指摘し、正しき道へとうことこそが會長の責務なのである。

忠誠を誓うことイコール隷屬することではないということだ。

重ね重ね「大いつも正しくないお前が言うな」満載だけどうるせえ、自分のことは棚に上げるのが俺という人間だ。

「これだけ視界が良好なのがどんだけレアかは知らねえけど、今のうちにせめて一時間……いや、二時間は――――」

「やぁあぁぁぁだあぁぁやあああぁあぁぁだぁぁあぁああっ!」

心を鬼にして諭そうと試みる俺のセリフを、マユが間髪れずに遮る。

「かくれんぼぉおおおぉおっ! いまああぁあいまがイイぃいのおぉおお! いまいまいまいまイイぃぃぃイマああぁあああっ!」

さらに、畳み掛けるようにマユは大の字に寢転がると、手足をジタバタさせて猛烈に暴れだした。

およそ中學生とは思えない壯大な駄々のこね方である……が、マユはそれを平気でやってのけることを俺は知っている。

ついでに、こうなってしまったが最後、全てマユの仰せの通りにする以外になだめる方法が存在しないことも、俺は知っている。

「や、やめてよ、マユお姉ちゃん、みっともないって。……ど、どうする? お兄ちゃん……」

「……んー……じゃあ、まあ……やるか。ただし、一回だけな」

と、俺が渋々了承するや否や。

マユは凄まじい変わりの早さでコロッと表を明るくして飛び起き、世界が救われたかのごとき喜びようでぴょんぴょんと跳ね回った。

挙句の果てには、

「じゃぁあぁぁねえぇえじゃあぁぁああねぇぇぇえマユわぁあぁぁ……ミィィつけぇるねええぇえええっ!」

と一方的に言い殘すと、目にも止まらぬ瞬足で走り去り、遙か彼方の大樹に頭突きして「いぃぃぃちいぃぃ……にぃぃいいいぃい……」とカウントを始めた。

「……よし……さっさと見つかって終わらせるか。あんまり遠くには行くなよ、芽。つーかもう、ここに突っ立っててもいいぞ」

「あはは、いくらなんでも、それは……。一回だけなんだし、真面目にやろうよ」

「いやぁ……そうは言ってもなぁー……」

しながらも、やるからには真剣に、という殊勝な芽とは対照的に、モチベのモの字もなければやる気のやの字もない俺。

なぜなら、勝機が欠片もないからだ。

というのも、マユには持ち前の超人的な能力だけでなく『察知』スキルまで備わっている。

的な能を直接聞いたわけではないが、長い付き合いにより俺が弾き出した計算によると、このスキルは周囲三十メートル以に存在する生の気配を完璧に把握することができる。

人間だろうが、魔だろうが、小さな蟲だろうが。

水の中だろうが、騒音の中だろうが、暗闇の中だろうが。

ゆえに、マユがめちゃくちゃ張り切ってるところ大変申し訳ないが、かくれんぼなど遊びどころか暇つぶしにすらならないのは目に見えている……。

まあ、いっか。

開始早々ゲームセットでマユが飽きてくれるなら、むしろ好都合だ。

「はぁぁあぁちじゅぅぅぅきゅうううぅぅ……ひゃあああぁあぁくぅぅううっ! イイぃぃぃいっくよぉおおぉっ♪」

さらっと間違えながらも百まで數え終えたマユは、てきとーに隠れた俺達を探し始――。

める必要すらなかった。

「にゃっハハはぁあああああっ! てぇぇんちゃぁんみぃぃぃぃいいっけええぇえええっ♪」

「ぐっはぁぁっ!!」

拘束期間から解放されたマユは、コンマ一秒すら迷うことなくRTAかよとツッコミたくなる速さで一直線に俺が隠れる草むらまで駆け寄り、唖然とする俺をアメフト選手ばりのタックルで吹き飛ばした。

「な……な……んで…………?」

「てぇぇえんちゃぁぁんよわぁああぁいなあぁぁあ、ニャハハははあぁああっ♪」

たしかに、すぐに見つかるだろうとは思ったさ。

でも、あまりにチョロすぎてリテイクを要求されても面倒だから、一応かくれんぼの裁を保つべくマユから四十メートル以上は距離をとっていた。

しかし、結果はこのザマである。

どうやら、俺はマユの実力を大きく見誤っていたようだ……。

ファンクラブ會長失格だ。

「つ・ぎ・わぁぁああああぁあぁぁ……ひぃぃぃめちゃああぁあぁぁぁんっ♪」

にたにたと笑いながらよだれを垂らし、上を揺らして獲を狙う食獣のように爛々と輝く目を八方に巡らせるマユ。

あ~……。

こりゃダンジョンかくれんぼ最速発見世界新記録だな……。

と、別に悔しくもない敗北を味わった俺は、別にめでたくもない世界記録が誕生する瞬間を確信していた――が…………。

その予想すらも呆気なく外した。

「――う゛ぅぅうぅ……いなぁぁあいなああぁぁぁ……うぅう゛ぅううう……」

「なん…………だと……」

三分後。

芽が見つからずに地団駄を踏んで歯噛みするマユの姿が、そこにはあった。

どうやら芽は手を抜くつもりなど一切なく、絶対に勘付かれないくらい全力でマユから離れている……などというレベルじゃあ斷じてない。

その程度で超機力と超嗅覚を誇るマユを欺けるはずがない。

どんな裏技が……と敗者になって高みの見を決め込みながら考えていた俺は、ふと一つの手段に思い至る。

それは、芽が使える唯一のスキル――『暗殺』だ。

芽曰く「ただ姿が消せるだけの、しょぼいスキル」とのことだが、それこそ持っている者がほざく贅沢な文句である……というか、よく俺に言えたもんだ。

田辺さんから聞いたが相當チートでレアな『暗殺』は、視覚のみならず嗅覚や聴覚に優れた魔にすら気づかれることはないらしく――この狀況を見るに、どうやらマユの『察知』にも引っかからないようである。

おいおい、そんなのアリかよ。

ずりぃよ、俺にくれよ。

しかし……そんな反則級スキルにも弱點はある。

使用中はMPがガンガン減ってしまうのだ。

今の芽のMPだと、殘念ながら二、三分足らずでMPがスッカラカンになってしまうので発ができない……はずだが、おそらく常に発せずMPを節約しながら上手く攪しているようだ。

その証拠に、マユは何かを見つけたように鋭い視線を向け――たかと思いきや、すぐに見失ったように苛立った唸り聲を上げ、もどかしげに悶えて……を繰り返している。

す……すげえ……!

なんという高度な遊びだ!

…………。

……いやいや、かくれんぼごときにどんだけマジなんだよ、こいつら?!

え? 何? 俺が変なの?

「う゛ーーーー! う゛ぅ゛~~~~~~っ!!」

結局、MPが盡きた芽が見つかり、この不なかくれんぼが終わりを告げるまでさらに十五分の時間を費やした。

その後、ようやく樹海の探索が再開されたが、俺達が下り立った場所へは相変わらず戻れなかった。

でも……。

悔しそうにもがく貴重なマユを見ることができたから……まあいいや。

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