《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》この素晴らしいスキルに祝福を!
――地上に來てから一カ月。
いかにも何かありげだったのに特に何もなかった跡エリアを抜けた俺とアユは現在、アップダウンが激しくて足腰への負擔がハンパなさそうな、文字通り山あり谷ありのゴツゴツした巖山地帯をウォーキングしていた。
「ひゃっはーーーっ!」
あぁ……。
なんて……なんてハレルヤな気分なんだ!
どこか分からん太の下に飛ばされてからの十日間、心配やら不安やら張やら恐怖やら中二病やらその他諸々を激しくこじらせていた俺は、珍しくストレスで円形癥になるんじゃないかとガチで心配していた。
しかし!
苦しく険しい十日を乗り切って以降、流れは急激かつ確実に良い方向へと変わっていった。
きっかけは、雨柳さんからの手紙だ。
打ち切り漫畫の最終話に登場しかねない都合よさMAXの便利通信魔法によって、俺は芽達が無事だと知ることができた。
それどころか、にわかには信じがたいが、どうやら芽達も地上にいるらしい。
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聞くところによると、俺達と引き離されて間もなく下層へ下りたら、そこはもう地上だったとのことだ。
ちょっと何言ってるか分からない……が、まあ、こまけぇこたぁいいんだよ。
とにかく、俺達と芽達は同じ土を踏み、同じ日を浴び、同じ空気を吸っている。
それが判明しただけで、今までにつかえていた懸念という名の鉛がドロドロに溶けて、きれいさっぱり溶けて消え去った。
「うぇーーーい!」
「なんなんですか、さっきから……。最近うっとうしいとは思ってましたが、さすがに目に余ります。いい加減にしてください」
勾配が急で足元もおぼつかない日沒過ぎの暗い山道に心底うんざりした様子のアユがボトボトと悪態をつくが、俺は全く意に介さず意気揚々と歩を進める。
「ハッハッハッ! どうしたんだアユ、疲れたか? おんぶでもしてやろうか? ん? 遠慮するなよ? んん?」
よし、心の問題が一つ解決したところで、後はもう合流するまで全力で生き抜くだけだ!
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そう決意を新たにした俺に、いい意味で追い打ちをかけるように、つい先日ステキすぎるイベントがプレゼントされた。
「……レベルが上がって多強くなったくらいで、よくそこまで増長できますね。もはや呆れを通り越して心しますよ、まったく……」
そう、レベルアップだ。
しかも、二回。
なんと、驚くべきことに二回もなのだ。
ここに來てから自分の手で結構な數のモンスターを駆逐しているから、というのもあるだろうが、もしかしたら地上で初めて見るモンスター共の経験値がそもそも高いのかもしれない。
知らんけど。
まあ、理由はどうあれ、心溫まるメンタルケアに加えてSTRとAGIの上昇というフィジカルアップが掛け合わさった俺は、心ともに無敵の人へとメガシンカを遂げたのだ。
さらに!
か~ら~の~!
レベル7になって新たなスキルまで獲得したのだが、これがまた俺のテンションを上げさせた。
「むむっ!? 前方より大型モンスター接近! ここは俺に任せろっ!」
「ハァ……はいはい、好きにしてください」
真夏のオーストラリア並みの熱いパトスで、漫畫だったら『バッ!』と擬音が出るくらい勢いよく前に出る俺と、真冬のロシア並みの冷ややかさでため息をついて後ろに下がるアユ。
そんな俺達の溫度差に気を遣う配慮すら微塵も見せずノーリアクションで猛然と襲い掛かってくるのは、全が炎に包まれた全長五メートル近い石人形、フレイムゴーレムだ。
RPGゲームだと後半に差し掛かったくらいの時期に満を持して登場しそうな、ぶっちゃけ低レベル隻腕クソザコナメクジ料理人の俺じゃあ、土下座降參しか選択肢がないモンスターである。
――今までの俺だったら、ね。
「見るからに脳筋だけど、意外とスピードもあるな……。まずは手堅く足止めするか」
俺はモンスターの皮で作ったお手製ポーチを開き、みっちりと詰まったとりどりのピンポン玉っぽい兵の山の中から、『泥沼』と文字が刻まれた茶褐の怪しげで汚らしくてヤバそうなやつを取り出し、口の中に放り込んだ。
「もぐも……うっぷッ……ひ、ひょし(よし!)! ふらいひゃはれ(食らいやがれ)へかふくへゃほぅっ(デカブツ野郎!)! まっろふあんふっ(マッドスワンプッ!!)!!」
余裕ぶっこきつつ、心は死ぬほど焦ってクソ不味さに吐きそうになりながら必死に咀嚼して、自分でも何を言ってるのか定かじゃないセリフを発する。
と同時に、フレイムゴーレムの周囲一帯のい地面が、一瞬にしてドス黒い沼地へと変容した。
推定重トン越え間違いないゴーレムは、巨の半ば以上がズブズブと沼に飲み込まれ、もがき苦しむ憐れな人間を完全再現したエモーショナルなきを見せる。
無力化に功して勝ち確モードへと移行したことに安心した俺は、次に『吹雪』と書かれた水の玉をゆっくり頬張り、右手を前に突き出す。
「ふっ……俺の必殺技を二回も味わえるんだ、栄に思え。ただしその頃には、お前は八つ裂きになっているだろうけどな……ブリザード!!」
今度はかっちょいい決めゼリフも炸裂し、ピンポイントに噴出した極寒の吹雪がゴーレムを直撃する。
かなり離れていても伝わってきていた熱気が、ものの數秒で冷気へと変わり――収束した時には、カチコチに凍りついたアイスゴーレムが出來上がっていた。
「とどめだああああああああっ!!」
すかさず、帰ってきたメインウェポン、鉈でゴーレムの頭に全重と重力を乗せたジャンピング唐竹割りをお見舞いすると、想像を遙かに超える手応えのなさで、ゴーレムはド派手な破砕音を殘してド派手に砕け散った。
「……どやぁっ!」
俺はキメ顔でそう言った。
しかし、それに対するアユの反応は、
「…………うざっ」
という、なんとも冷めるものだった。
まあいい……。
とりあえず、これが俺の新しいスキル……『魔法の料理・改』だ。
――いやまた料理かよおおおおおおおっ!!
と俺が嘆いたのは言うまでもない。
そもそも、なぜ俺は調味料やら魔法の料理やら、そんな趣味スキルばかり覚えてしまうのか。
以前、雨柳さんが「取得するスキルや魔法は、その人間の潛在的な願や日頃の行、育った環境、格、適正が反映することが多い」と言っていたが、俺はそんなに人生を料理に全振りした料理大好き男だったか?
たしかに、料理は割と好きだったし、ほぼほぼ毎日朝晝晩の食事を作ってたし、趣味は漫畫とゲームと料理くらいだったし、最初は下手くそだったが才能はなくもないと自負していたが……せっかく、ザ・ファンタジーな魔法が現実に使えるってのに、それを差し置いてまでわざわざ料理をしたいとは思ってなかったはずだ。
ともあれ、覚えてしまったものは仕方ない。
最初は若干テンションが下がったものの、その効果が判明したことによって俺は速攻で手のひらをクルーッと返した。
「いやー、ようやく俺も長したっつーの? 覚醒したっつーの? マジでよかったよかった。今までサユとアユに任せっきりで心苦しかったからな~」
「別に、最初から天地さんに戦闘で期待はしてませんし……他のことで貢獻してくれていたので、問題ありません。けど……まあ、多は頼れるようになってきましたね。あくまでも、多は、ですけどね」
「デュフフフフ……」
「な、なんですか、気持ち悪い! 早く進みますよっ、もう!」
このように、あのアユまでもが認める俺のスキル、それは簡単に言うとすでに習得している『魔法の料理』の強化版だ。
これまでは、モンスターを調理することで一定時間ステータス上昇のバフや狀態異常などのデバフを付加した料理が作れるだけだったのだが、なんと信じがたくありがたいことに『魔法の料理・改』は、そのモンスターのスキルや魔法を一度だけ使用できるようになるのである。
ややこしい制限もあるのだが、サユとアユと協力して検証することでようやく全容を把握することができた。
まとめると……
・材料にしたモンスターの所持するスキル、魔法の、どれか一つが使用できるようになる
・複數のスキル、魔法を所持しているモンスターの場合は、調理方法によってどれが使用できるようになるかが決まる
・使用は一回限りで、食べてから三十分以に使用しないと効果が切れてしまう
・スキル、魔法の威力は調理時間に比例して強くなるが限度があり、最大でもモンスターが使用するより若干弱いくらい
・一時間に二回までしか使用できない
・複數の料理を食べた時は、その中から二つまでのスキル、魔法を単発で、あるいは連続で、あるいは同時に、あるいは合して使用することができる
・スキル、魔法が使用できるようになる効果は俺だけで、他の人が食べた場合は『魔法の料理』の効果と持続時間が上昇するだけ
……ってところか。
一時間に二回というクールタイムと、他の人はスキルや魔法を使用できないってのが痛いが……それでも充分すぎるほど破格の神スキルだ。
ここはモンスターの種類が富だからレパートリーはとんでもなく多く、さっきみたいに相手に合わせて弱點を的確に突くことなんて造作もない。
もちろん、回復魔法や補助魔法なんかもOKだから、「呪いは全部俺が無効にしといたぜ!」とか「どうやら俺のは完全無敵のようだな!」とかだって、やりたい放題だ。
つまり、ストックさえ切らさなければ今の俺はまさにオールラウンダーの萬能職のなんでも屋。
ふふ……。
ふふふふふ……。
「ふははははははははははっ! 俺の時代キターーーーーーッ!!」
「チッ、ああもうっ! うるっ……っさいです!」
「ぐっはぁっ!!?」
封印していた歓喜を抑えきれず高らかにんでしまった俺の脇腹に、アユの拳が突き刺さる。
なんか久しぶりの流れだ……。
「まったく……普段から騒がしくて煩わしいんですから、やめてください、本當に……」
「わりぃわりぃ。でもほら、俺が昂る理由も分かるだろ? たまには男らしくモンスターをドーン! と倒すってのは健全な男子高校生として熱っつーか、男のロマンっつーか」
「いえ、そんな男のロマンなんて私に分かるわけありませんけど……」
それもそうか。
真っ當なツッコミをれたアユは、し時間を置いて遠慮がちに小聲で呟く。
「……それと……マユお姉ちゃんなら、きっと心配いりません。だから、そんなに無理しなくていいと思いますよ。それと……私とサユに気を遣ってはしゃがれても迷なだけです。私達も大丈夫ですから……」
「…………そっ……か……」
そう言われて、ハッと我に返った。
そうか、俺は知らず知らずのにテンパっていたのだ。
なぜなら……一カ月が経った今でも、マユが一度も起きないから。
芽達の無事を知って安心したことも、レベルが上がって調子に乗ったことも、スキルを覚えて舞い上がったことも、紛れもなく事実だ。
しかし、俺はそれらを言い訳にして無駄に気持ちをアゲることで、マユが現れてくれない現実から逃げていた。
そのくせ、サユとアユも辛いはずだと思い込んで、一緒になってアホになろうと無意識ながら目論んでいたのだから、なおのことたちが悪い。
なんてクソ野郎なんだ、俺は……。
「……わりぃな。なんか、こう……自覚はなかったけど、なかなかめんどくせえんだな、俺……」
「ふふっ、今さらですか? でも……そんなに悪いことではないと思いますよ。……うざかったのは本気でイラッとしましたけどね」
「……以後気を付けます」
その後、頭をクールにして山岳地帯の特に高い山の頂に到達した俺とアユは、地平線がかすかに赤みを帯びてきた趣深い夜明け前の景を眺めて、長い長い息をついた。
そして、せり上がるようにドッと疲労が押し寄せる。
ハイになって時間覚が完全に麻痺していたが、すでに相當な時間、山を登ったり下りたりしている。
かなり明るくなってきたががすまではまだし時間があるので、日除け場所への避難は後回しにして、俺達は一旦休憩することにした。
「ふぅ……芽達は雪原にいるって話だけど……どこ行きゃいいか分かんねえな、こりゃ。雪なんて影も形も見えねえし」
もしかしたらと淡い期待を抱いて四方を見渡したが、それらしい場所は皆無だ。
あからさまにガッカリして肩を落とす俺の袖を、不意にアユが引っ張る。
「……天地さん、あれ……なんでしょうか……?」
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