《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》されど罪人は竜と踴る

「私の魔法ではドラゴンの相手はできません! サユに代わりますっ!」

そう言ってアユが俺特製の即効睡眠薬を飲み込んだのは、ドラゴンの存在に気づいてからわずか二秒後だった。

「……あ? あ……ああ……」

頭が真っ白になっていた俺がその言葉を理解して反応した時には、すでにアユは最後の援護としてスピードダウンとマジックパワーダウンを唱えてサユと代し終えていた。

「――ふぅ~……いやぁー、これは大変そうだね~、あはははは。でもまあ、頑張るしかないよね、うんっ!」

とんでもない狀況で急遽ピンチヒッターを任されたサユだが、笑顔で――多ひきつってはいるものの――真っすぐドラゴンを見據えて、「よしっ!」と気合をれる。

俺がサユの立場だったら「なんちゅう場面で呼び出してくれよったんや……」と恨み言の一つや二つこぼしてしまいそうだが、さすがはサユだ。

「フシュルルルゥゥゥゥ……グゴアァアアアアッッ!!」

やはりというか、ドラゴン達には俺とサユを見逃してくれる気などさらさらないようで、大きく息を吸い込んでから元にかけてぷくっと膨らませると、敵ながら見事な連攜でコンマ數秒のズレもなく一斉に攻撃を仕掛けてきた。

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思えば、今までファフニールと八つ首の木竜という強そうなドラゴンと対峙してきたが、幸運にも戦闘に及ぶことはなかった。

ゆえに、俺はドラゴンの攻撃を生まれて初めて目にする。

やはり定番といえば……火炎ブレスか――?!

的に脳裏をよぎった俺の予想は、ちょっとだけ當たった。

火炎、雷、吹雪、よく分からん紫のなんか……たぶん毒、よく分からん黒のなんか……本當に分からん――という、全く別々のブレスが放たれたのだ。

同じドラゴンに見えるけど種類が異なるのか、それとも技のレパートリーが尋常じゃないのか……どっちなのか考えてる暇なんてない。

同時に放たれた広範囲の攻撃。

なくとも俺じゃあ避けることは難しい。

迎撃したくとも、『魔法の料理・改』によるスキルは制限によりあと五分くらい経たないと使えない。

頼みの綱は……サユだけだ。

「うひゃー、大迫力だねぇ~。うーんと、それじゃあ……ウィンターウインド!」

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「映畫でも見てんの?」とツッコミたくなる第三者目線的な余裕たっぷりのノリで唱えたお馴染みの風魔法が、五種のブレスを大きく屈折させる。

実に鮮やかな防……だけに留まらず、木枯らしを冠する風はドラゴンの飛行を阻害して、高い知能をじさせる綺麗な隊列をあっさりとす。

「よしよし、いーねいーね♪ つ・ぎ・は~……サンダーホーネット!」

間髪れずにサユが繰り出したのは、あまり使用頻度は高くない雷系攻撃魔法の電気蜂。

以前に俺が見た時は、狹いダンジョンの通路で數匹の電気蜂がモンスターに突撃して、見た目には地味めな電撃を與えていたが……今回は全然違う。

バチバチと怖い音を立てるリアルな造形をした八十センチ近い長の電気蜂が、五十……いや、百に迫る數で空を舞って強烈に発する様子は、圧巻の一言に盡きる。

広い場所で本気を出したサユの魔法は、もしかしたらマユすら圧倒できるんじゃないかと思ってしまうほどに壯大でダイナミックだ。

アユのスピードダウンにサユのウィンターウインド……二人の魔法の相乗効果できが鈍ったドラゴンに、殺到する電気蜂を防ぐすべはなく、群がる蜂は電撃となってドラゴンを襲う。

「グォオオォォオォオオオオオッ!」

これは早くも勝負ありか……?

と思って肩の力を抜きかけたが、そこまでうまくはいかなかった。

ドラゴン達は全をスパークさせてジタバタともがき苦しんだものの、死ぬことも墜落することもなかった。

やがて、一匹のドラゴンが力を振り絞るような一層大きな咆哮を上げて翼を広げると、弾丸のごとく旋回してウィンターウインドとサンダーホーネットの地獄コンボを強引に突破してきた。

「マジかよっ……!」

「ひぃ~、やっばいやっばい! でもでも、かなーり弱ってるかなあ……エアーキャノン!」

し慌てながらも、サユは右手を銃の形にしてドラゴンに照準を合わせ、空気の弾丸をぶっ放す。

シンプルかつMP消費もない遠距離攻撃のため地上に來てから目にする機會が増えた魔法だが、今回は明らかに威力がおかしかった。

が破れそうなズドンという大音量が大気を振させ、神風特攻してきたドラゴンの部を障子でも破くように易々と貫いてポッカリと大きなを開けた。

「す……すげええええええええええっ!!」

「やったー! まずは一匹ぃ~♪」

ははっ……な~んだ楽勝じゃねえか、ビビッて損したぜ。

まさか、今まで本當の実力を隠していたとはな。

まあ、披する機會も理由もなかったからだろうが……。

唯一の懸念はMPだが、この調子ならおそらく大丈夫だろう。

一応、MP回復料理もいくつかあるしな。

「さっすがサユ! かっけえええええ!」

「ふっふーん、すごいでしょ~。あたしの手にかかれ……ば、こん……な……――」

俺の賛辭に、サユは誇らしげにを張ってドヤ顔をしていた、が……なぜか急に表を曇らせ、を押さえてうずくまった。

「………………ん? サユ?」

突然の出來事だった。

何がなんだか分からなかった。

時が止まったかと思った。

サユが………………を吐いて、倒れた。

「ぅ……う、うぅ…………」

「え? え? ど、どうした? だ、だ、大丈夫か??」

おかしい。

ドラゴンの攻撃?

いや、そんなわけはない。

どっからどう見ても、サユは危なげなくドラゴンを完封していたはずだ。

「サユ! しっかりしろ! くっそ……あっ、そうだ、あれを……!」

萬が一のために常備している回復魔法代わりの魔法料理。

一瞬どこにあったっけと気が転して分からなくなってしまったが、小さく加工して『回復』と書かれた丸薬を腰のポーチから取り出し、手が震えて何度も落としそうになりながらも急いでサユの口に放り込む。

アユのヒーリングと比べたらカスみたいな効果しかないが、今はこれに頼るしかない。

水筒にれた水をサユの口に當てて流し込みながら、ダメージの原因を探すべく視線を周囲に巡らせる。

まさか、新手のモンスターか?

ドラゴンに気を取られすぎてた?

しかし、こんな見通しのいい場所で気づかないはずはなく、やはり小型モンスターどころか蟲けら一匹見當たらない。

あるのは、外國人囚人冒険者達の死と、たった今サユが撃墜したドラゴンの死だけ……。

「!? あれは……!」

即死して地に落ちたドラゴンの全に、いつの間にか黒い炎がまとわりついて靜かに揺れている。

當たり前だが、エアーキャノンにそんなカッコいい追加効果などない。

というか、俺は同じ炎、同じ現象を見たことがある。

しかも、つい數日前に。

あれは、たしか……そう、リベンジャースライムとかいう妙に弱いモンスターを俺がボッコボコにした時だ。

あの時も、倒したスライムが突然あんな風に不気味な炎に包まれて、そして……。

「そうか……『ライフサクリファイス』か!」

自らのMPを全て消費、能力を著しく低下させることで効果を発揮する魔法。

自分がけたダメージの一部を相手に與えるカウンター魔法だ。

使用してから効果が切れるまでの時間が短いため、しばらく攻撃せずに待っていればいいだけなのだが……この魔法は使っていても相手にダメージを返す時まで見た目には分からない。

俺はこれっぽっちも気づかずスライムにスペシャル鉈スラッシュをお見舞いした結果、その後數時間にわたって腹痛に悩まされた。

相手がスライムだったから食あたりレベルの痛みで済んだが、MPもけたダメージも比ではないドラゴンだったら……。

「……外傷はないし、意識はあるけど……どうすりゃいいんだ……。アユと代してもらって回復魔法を……いや、そんな時間はねえ……っ!」

回復料理を二個、三個と飲ませながらあれこれ考えている間に、再びドラゴンが暴風と蜂の大群を抜けてくる。

俺はぐったりとするサユを背負って走るが……逃げ切れるわけがない。

凄まじい速度で突進するドラゴンが、俺とサユを捉えるまで、あと數秒。

くそっ……どうしようもねえ……。

ここで……こんなところで、死ぬのか……?

最後に……最後に、もう一度だけ、芽と……マユと……――

「けほっ……ぐっ……ぅぅ……しゃ、シャイニング……バード……!」

死を覚悟し、後悔と無念が頭の中を無限に駆け巡っていた、その時。

俺とサユの頭上に、太のように強烈な輝きを放つ四メートル超の巨大な鳥が出現した。

そのがまともに直撃したドラゴンは、これまでとはニュアンスの違うびを殘して反転すると、おそらくは音だけを頼りに、不規則に飛行する鳥から逃げ回り始めた。

「さ……サユっ! だ、大丈夫なのか!?」

「へ、平気……てんちにぃの、おかげで、なんとか……。そ……それより、早く、逃げないと……長くは、もたないから……」

全然平気には見えないが、それでも命に別狀はなさそうだ。

おかげで辛くも危機をすることもできたし、ホッと一息……とは殘念ながらいかない。

今はドラゴンの目をくらませての鳥に注意を引き付けることができているが、たしかにいつ俺達に矛先を向けるか分からない。

それに、ドラゴンはまだ四匹も殘っている。

どこか、やつらの手が及ばない所まで、一刻も早く逃げないと……。

「――つっても、そんな都合のいい場所が山のてっぺんにあってたまるか……!」

くっ……結局、死期が一瞬延びただけなのか?

追い打ちをかけるように、地平線から太が顔を出してきやがった。

このままじゃ、どのみちサユは太に焼かれて……。

いや……まだだ、最後まで諦めるな。

せっかく、サユが力を振り絞って作ってくれた機會なんだ。

あがいて、あがいて、それでもどうしてもダメだったら……その時は、せめてサユだけでも、なんとか、どうにか、どうやってでも……。

「あっ……!」

ただがむしゃらに、神に縋る気持ちで走る俺の前に、一筋の明が現れた。

遠くからでは起伏で分かりにくかったが、地面に縦十メートル、橫二メートルくらいの地割れがあった。

この中ならドラゴンはってこれないし、日が當たることもない。

ブレスを防げるだけの深さがあるのかは謎だが、今ならまだドラゴンはの鳥に翻弄されている。

……飛び込むしかない……!

「うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

ダンジョンの口から突き落とされた、あの日。

樹海で落としに飛び込んだ、あの日。

そして、今日。

どうやら俺の人生、ちょいちょい奈落に落ちなきゃ気が済まないらしい。

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