《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》追想のディスペア

俺はようやく悟った。

突然現れた、マユにそっくりな言をとる謎の男の正を。

間違いない……マユパパから聞いた五年前の話に出てきた、サユやアユを殺しやがったキチガイなイカれ快楽殺人鬼だ。

そりゃあ、見たことないほどアユが恐れ、うろたえ、絶しているのも當然だ……というか、その反応を見た時點で察するべきだった。

しかし……なぜ?

なぜ、そのくそったれ鬼畜サイコキラーが今、ここに?

考えられるのは……おそらく、それこそがあのモンスター、ナイトメアのスキル『恐怖の記憶(メモリーオブフィアー)』の効果なんだろう。

――って、そんな考察のんびりしてる場合じゃなくて!

「ぬ……おおおおおっ!!」

何はともあれ、とっととずらかろう!

俺は恐怖で立ちすくむアユを背負って、すぐさま部屋を出――――

「んごっはっ!?」

……部屋を出ようとしたら、通路との境界で不可視の壁に激突して、俺とアユは無慈悲に転倒した。

まさかの……まさかの……閉じ込められ、た……!?

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往生際悪く全力のショルダータックルをかましてみるも、やはり明な何かに阻まれてしまう。

「う~~ん……いやあぁぁあ、どおぉゆぅぅ狀況かぁあ、ぜーーんぜん分かんないんですけどおぉぉ……」

アユ達を殺した男――青天目(なばため)ルカは、俺とアユを順に見た後、聲質はいいけど絶妙に相手を苛立たせる呑気な聲でしゃべり始める。

「まあぁぁ僕バカなんでぇええ、これは~~……夢! ってことにしときますぅぅ。楽しい楽しぃイイ素敵な未來のぉぉ……ねえ? マユちゃぁぁあん? じゃぁなくってえぇ……アユちゃん、ですかねえぇぇえ?」

「っ…………!」

ルカの眼は狂気的だが威圧的ではない……が、なぜかヤクザオブヤクザのマユパパ以上に委させられる。

逃げられないことで腹を括ったのか、その目を正面からけ止めたアユは、もう怯えることも取りすこともなく、を強く噛み締めて気丈にもキッと睨み返した。

「……考えようによっては、神様に謝するべきなのかもしれませんね……。私の家族をめちゃくちゃにした男に、復讐する機會を與えてくれたのですから」

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「にゃっはハハぁああぁアアっ! イイ! イイぃぃいいですねえええっ! 本當にパパにそぉおっくりですよおおぉ、君はぁぁあっ」

「……それは嬉しくありませんね……パワーダウン! スピードダウン! ソーイング!」

アユが先手必勝で唱えたステータスダウンに裁の魔法が、いまだ無防備に突っ立っていたルカを襲う。

本気を出せば鋼鉄並のさを誇るゴーレムのすら容易に切斷できる超度ワイヤーのごとき十數本の細い糸が、抵抗する間も與えずルカの手、足、首、に幾重にも巻きつき締め上げる。

アユは戦闘に向いていないが、その理由は単純に攻撃魔法がないからだ。

ゆえに、広範囲高威力でバラエティー富な攻撃魔法の使い手であるサユと比べると、どうしても対多數や相の悪いモンスターが相手だと対処できない。

しかし、今の敵はたった一人の生の人間。

攻撃手段は裁魔法だけでも十分すぎる。

回復魔法に加えてディスペルやデバフも使えるから、ややもするとサユより有利に戦えそうな気がする。

「わぁああぁお! すごおおぉいですねええ! これが魔法ってやつですかあぁっ。いやぁあ~、よくできた夢ですねえぇぇ。……でもでもぉお、やぁっぱり僕はぁあぁ……」

次の瞬間にはサイコロステーキになりそうな狀態で、それでもなおルカはどこが面白いのか全然分からないが愉快そうに笑った。

そして途中で言葉を切ったところで、ルカの右手の辺りがわずかにり……何かの魔法かとアユが構えるのと同時に、まばたきにも満たない時間、稲妻のような閃がルカの周囲に走った。

「なっ――!?」

すると、ルカを拘束していた糸がバラバラになって石畳の床に舞い落ちた。

再び上をふらふらと揺らし始めたルカの右手には、いつの間にか刃渡り十五センチ程度のサバイバルナイフが握られている。

もしかして……マユと同じスキル、『武』か?

っていうか、斬ったのか?

あの一瞬で?

あの糸を?

あんなに小さなナイフ一本で?

「やぁあっぱりぃぃ、こっちの方が好きですねえぇぇえ。と心の悲鳴がぁああ直接ジーンってぇ響いてくると思いませええんかあぁああ?? ……ってぇ、これ出せたのは魔法のおかげですけどねえぇぇ、うっかりうっかりぃい」

出會ってから數分も経ってないし、會話もしてないし、向こうは俺をミジンコ程度にしか思ってなさそうだが、すでに俺はこいつを「々な意味でやべえ奴」と確信した。

マユパパによるとルカは五年前に死んでいるらしいし、おそらく目の前にいるのはナイトメアが生み出した偽か幻影かゾンビだと思われる。

だから、もう相手は人間じゃなく人型をした極悪モンスターと思って容赦なく殺した方がいい。

アユはとっくにその気だし、俺は……俺だって今、覚悟を決めた。

といっても、俺にできるのはアユの援護くらいだが……。

「アユ! MP回復とステータスアップの料理を渡しておくから、ヤバくなったら使ってくれ!」

「ありがとうございます。天地さんはできるだけ私から離れないでください」

「ああ……分かった」

アユの戦は一つのみ。

相手の魔法攻撃はディスペルで無効化し、こちらはひたすら裁魔法で遠くから攻撃する。

非常にシンプルだが隙はなく、これを打ち破るのは難しいはずだ。

「イルミネーション! ソーイング!」

アユは、特大の照明魔法で頭上に直視できないほど眩しい球を出現させてから、百を超える糸を部屋全に張り巡らせた。

敵の視覚を阻害した上での、えぐいワイヤートラップ。

これは……イケる!

「にゃハハははぁアぁああっ♪」

そんな完璧すぎる布陣を、ルカは軽々と一蹴した。

先ほどまでの酔っ払いのような足取りから一転、前傾姿勢から一気にトップスピードで駆け出すと、強烈なをものともせずに最小限のきで糸を切り裂き、潛り、飛び越え、ものの數秒でアユの目の前まで迫った。

「――――ッ!」

噓だろ、としか言えない。

驚く暇さえなかった。

ルカはそのまま、プロゲーマーが作する格ゲーキャラのような流麗なきでナイフを真っすぐアユの元に突き出す――が、

「……おお~、よく止めましたねえぇぇ、えらいえらああぁいぃぃい」

沢のある銀の鋭利な切っ先が、あとほんの數センチまで薄したところでビタッと靜止した。

よく見ると、床や壁の石と全く同じをした糸がルカの右手と左足に何重にも巻きついている。

アユは照明とトラップに注意を引き付けた上で、保護を利用したステルス攻撃を仕掛けていたのだ。

そこまで計算していたとは……さすがはアユだ。

しかし、ようやくきを封じたと思ったのも束の間、すぐにルカは想定済みとばかりにあっさりナイフを手放すと、それを左手でキャッチして複雑に絡みつく糸を難なく切り刻んだ。

「くっ……!」

その間も、アユは俺の手を引っ張って距離を取りながら、新たな糸を絶え間なく生み出してルカの前後左右上下あらゆる方向から攻撃を試みるが、あり得ない察知能力と超反応によって片っ端から切り落とされてしまう。

それだけでも人間離れしているのに、ルカは同時に石畳を蹴り上げて照明魔法の球を々に破壊する荒業までこなしてみせる。

「マジかこいつ! バケモンじゃねえか、くっそ……こうなったら……!」

このままじゃヤバいと思い、しでもプレッシャーをかけるべく鉈で斬りかかろうとした俺を、アユが後ろから襟首を摑んで引き戻す。

「馬鹿ですか、あなたは! 無茶しないでくださいっ!」

「っ……でも……!」

「……大丈夫です。どうにかして隙を作りますので、タイミングを合わせて魔法で攻撃をお願いしますっ」

そう言うと、アユは俺が渡した丸薬をいくつか飲み込み、數十本も束ねた糸を格子狀に編み込んで盾を作った。

全ての糸を刈り盡くしたルカは再びアユの首を狙うが、糸の盾がギャリッと甲高い金屬音だけを殘して衝撃を完全に吸収する。

「にゃハハぁあぁぁ、編みお上手でぇすねえええ。それでそれでぇえ? いつまで防げるんでしょぉおかあぁぁあ?」

回り込んで、フェイントをかけて、楽しく遊ぶように防壁を掻い潛ろうとするルカと、必死に食らいついてなんとか盾をり込ませるアユ。

もはや俺の目には殘像しか映らないルカの攻撃を、アユはことごとくブロックしてみせた。

おそらく、視力上昇の丸薬がそれをギリギリ可能にしているのだろうが……だとしたら長くは持たない。

「っ――やあっ!」

効果が切れる直前、防戦一方だったアユが部屋の隅にある石柱を糸で切斷して持ち上げ、ルカ目掛けて上から叩きつけた。

あれならナイフでは防ぎようがない。

だが――――

「うっ――?!」

衝撃で舞う土煙を切り裂き、赤い何かが糸の盾を通り抜けてアユの目を直撃した。

「アユっ!?」

「ざあーーんねぇーーんでぇぇえしたぁああぁあっ♪」

ゆらりと姿をわにしたルカは、無傷……ではなく、左上腕からポタポタとが流れ落ちている。

しかし、それはアユの攻撃によるものではなかった。

ルカは……あのとっさの狀況で石柱を避けるだけでなく、それを利用して気付かれないよう自らをナイフで切り、で目潰しをしたのだ。

「あぶなっ――――!」

苦しそうにいて目をるアユを守ろうと、俺は無我夢中で飛び出したが……あと一歩間に合わず。

盾を突破したルカのナイフが……

アユの元に、深々と突き刺さった――――。

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