《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》Wishing

天地を包んでいた黒い炎が音もなく消えると、おびただしい量の溜まりがわになった。

右腕、左足、心臓。

すでに致死量を超えているにもかかわらず損傷部からの出は今もなお続いており、仰向けに倒れる天地の顔は真っ青で死人のようだ。

いや……確かめることが、そうだと認めることが怖いだけで、マユにはもう分かっていた。

『死人のよう』ではなく……天地はもう、死んでいるのだと。

天地の頬にぽたぽたと零れ落ちる涙を拭いながら、マユの頭の中を終わりなく巡るのは後悔だった。

自分がもっと強ければ、こんなことにならなかったのではないか。

もっと早く刺し違える気で戦っていれば、こんなことにならなかったのではないか。

天地が飛び出すのを止められていれば、こんなことにならなかったのではないか。

れている頬から徐々に溫もりが失われていくのをじながら、マユは魂が抜けたように悄然とうなだれていた。

「――――いやぁあぁぁ……こぉおんなエンディングになるとはあぁ思いませんでしたあぁあ……でもでもぉぉぉ、これはこれでぇええとおぉぉっても面白かったですよおぉおおぉぉ……」

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もう聞こえるはずのない聲が、不意に靜寂を破る。

思考のループが強制終了すると同時に、首を絞められたような閉塞と恐怖がこみ上げながら恐る恐るマユが振り返ると、腹部から下を切り離されたルカが安らかな笑みを浮かべていた。

全ての元兇でありながら一人だけ勝手に満たされたその表に、溜め込まれたマユの鬱屈とした発した。

「ッなん……でぇええっ! こんっなあぁあ……ひど、いっぃぃ……! なんっでえぇ……なん……でぇえぇぇぇ……ぇっ」

マユは、かつてほんのしだけ垣間見ただけに過ぎない青天目ルカの歪んだ強さを、誰よりも何よりも妄信している。

ルカのような人間になれたらどんなに楽になれるのかと、その圧倒的な強さに縋った時もあったし、目標にした時もあったし、憧れた時すらあった。

辛い現実に打ちのめされて生きる気力を失ったマユが、それでも殘酷な世界で生き続けるためには、そうするしかなかった。

しかし……。

むやみに、意味もなく、執拗に、人のを弄び、踏みにじり、嘲笑う。

そんな恐ろしくおぞましい悪魔の所業を平気で、それどころか嬉々として楽しんで喜んで満たされるルカの心のだけは、マユにはどうしても理解できなかった。

「にゃははぁ……自分が持ってないってぇぇ……壊したくなっちゃうくらい魅力的でえぇぇ……輝いて見えるじゃぁないですかぁあぁ……」

切斷されたから臓が零れ落ち、生きているのが信じられない狀態で、ルカは途切れ途切れながらも楽しそうにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「僕には分からないんですよねぇぇ……痛いっていうのがぁどんな覚なのかぁあぁ……。苦しいとかぁ……悲しいとかぁ……許せないとかぁ……殺したいとかぁ……そういうもぉぜぇえええぇんぜん」

その軽薄な聲を聞けば聞くほど、マユの拳は強く握られ、爪がに食い込んでが滲む。

「映畫やドラマでぇぇよくあるじゃぁないですかあぁぁ……憎しみが人を変えてぇ……が人を強くする、みたいなぁぁ……いやぁあぁ的ですよねぇええ……素敵だと思いませんかぁ? 尊いと思いませんかぁ? 羨ましいと思いませんかぁあぁぁあ?」

「…………る……さぃ……」

「だからぁ僕もしいんですぅぅ……じたいんですよぉぉお、その気持ちを……。あなたと剛健さんはぁあ期待以上でしたよおぉおお……いやぁあぁぁ、頑張った甲斐がありましたあぁぁ……知ってますぅう? 首を切るのってえぇえ、けっこう大変なんで――」

「っ……うるさいうるさいうるさい゛ぃいいいぃいぃぃいっ!」

耐えられなくなったマユは絶と共に飛び掛かり、ルカのに包丁を突き刺した。

何度も、何度も、何度も……。

しばらくして、マユはずたずたになったルカを見下ろしながら、荒い呼吸で肩を上下させる。

「…………にゃは……にゃははハハ……ありがとう、ございました……本當に……いい夢が、見れました……。最後に……葉うなら……どうか……忘れないで、ください……ずっと……僕の……ことを……どうか…………」

そう言い殘すと、ルカの全が徐々に黒く変していき……やがて、目が眩む強烈な閃が走った。

二度、三度とマユがまばたきをした後にはもうルカの姿は跡形もなく、そこには鏡面が割れて骨が砕けたナイトメアが赤黒いの海に散らばっていた。

茫然とするマユに、だんだんと実が湧いてくる。

ようやく……ようやく、青天目ルカはこの世から消え去ったのだ、と。

最後まで贖罪の意思はなく、謝罪の言葉もなく、反省のもなく。

どこまでも自分勝手に、最後まで人を傷つけて……。

「ぅ……うっ……う゛ぅうぅぅ……っ」

仇を取った。

妹の……母の……そして……天地の。

けれど、マユに達は微塵もない。

ただただ虛しく、悲しかった。

いつも喜びを分かち合ってくれた人が……いつも悲しみをめてくれた人が……もう、いない。

これから自分はどうすればいいのか。

どうすべきなのか。

どうしなければいけないのか。

マユは考える。

もう、自分も死んでしまいたい。

そうすれば、これ以上苦しむことも悩むこともない。

……だが、それは許されない。

父を悲しませたくないから。

芽に謝らなければならないから。

そして、命と引き換えにルカを倒す活路を切り開いてくれた天地に、報いなければならないから。

正解の見えない問いに葛藤し続けていたマユは、ふとあることに気づいた。

完全に忘れ去っていた、こんな狀況に至った原因の一つ……ナイトメアが守護していた、寶箱だ。

部屋の最奧、簡素な臺座に仰々しく鎮座した古びたそれに目を向けたマユの心に、ほんのわずかに希が燈る。

ダンジョンに存在する魔法やスキルやモンスターは、いずれも人知を超えている。

もしかしたら……。

もしかしたら……死んだ人間を蘇らせる魔法道が、そこに眠っているかもしれない。

現に、死んだはずの男がついさっきまで確かに暴れ回っていた。

それに、ファフニールの泉の水は、手足を欠損した重傷者だってたちどころに回復させることができた。

荒唐無稽な願では決してないはずだ。

マユは縋るような思いで足早に駆け寄り、寶箱を開け放つ。

すると……――

「――――っ!?」

中から鮮やかなの粒が一斉に解き放たれ、マユは思わず飛び退いた。

まさか罠のたぐいなどとは全く思っていなかったマユは、次々と勢いよく吹き出して天井いっぱいに広がる謎のを、構えて遠巻きに見守った。

數十秒が経過してようやく不可思議な現象が靜まると、激しい戦いで朽ち果てた部屋の様子が一変した。

まるでエメラルド、ルビー、サファイア、アメジスト、最上級の様々な寶石を贅沢に散りばめたような、呼吸をするのも忘れそうなとりどりのしい星空が部屋全を包んでいる。

だが…………それだけだった。

宙をたゆたう粒子は靜かに瞬くだけで、天地が生き返ることもなければ傷が癒えることもない。

一縷のみを抱いて覗き込んだ寶箱の中は空っぽで、死者蘇生の霊薬はおろか薬草の一つすらっていない。

「……そん……な……ぁ…………」

死闘の果ての、この景こそが最高の寶……だとでも言うのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。

くだらない。

勝手に期待して勝手に裏切られたマユは、やるせなさと腹立たしさから寶箱を蹴り飛ばした。

もはや気持ちが折れて、力も盡き果てて、何をする気も起きなくなったマユは、全に鉛をまとったような重い足取りでふらふらと天地の傍らまで歩き、がくりと膝をついた。

「あぅ……うぅうぅぅ……ごめん、なさい……てんちゃん……てん……ちゃぁん……」

マユは天地を抱き起こし、の気を失った青白い額に自分の額をくっつけて、ぽたぽたと涙を落とした。

疲れのせいなのか、溢れる涙のせいなのか、視界がぼんやりとして揺れる。

に力がらない。

息をするのも、辛い。

「おねがい……てんちゃん……いき、かえってえぇ……。マユとぉおぉ……ずっと……ずぅっと、いっしょにぃぃ……いてよぉおぉお……おねがい……だからぁあぁぁ……」

か細い、小さな小さな聲を振り絞り、マユは倒れた。

ナイフが突き刺さったままの背中から広がるの染みが、じわじわと拡大するにつれて意識が遠のいていく。

死ねない。

死ぬわけにはいかない。

けれども、ナイフを抜き取る気も、手當てをする気も、起きない。

なんだか妙に眠たくて、なんにも考えられなくなって、なんにも聞こえなくなって……最後にもう一度、天地の名前を呟いて……マユは緩やかに、まぶたを閉じた――――。

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