《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》forget-me-not

ぐぼぉああああああああっ!!

マユの顔、マユの聲から放たれる「あなた誰?」発言の破壊力たるや……青天目ルカに心臓ぶっ刺された痛みがデコピンくらい軽くじる。

しかし、その言葉で俺はようやく気付いたと同時に、さっきからじていたモヤッとした気持ちが綺麗さっぱり吹き飛んだ。

「えっ? えっ? えぇええっ?! 何言ってんの、マユねぇ。てんちにぃだよ? ずっと一緒にいたじゃん。も、もしかして記憶がなくなったとか? 大丈夫? どっか痛くない?」

頭上に疑問符を浮かべながら心配そうに中を総點検するサユに対して、マユは同じく戸いながらためらいがちに答える。

「てんち……にぃ……? ずっと、一緒……? えっと……新しい組員さん、なの……? ごめん……思い出せなくて……」

「……マユお姉ちゃん……もしかして……」

サユとマユが困する中、どうやらアユは何かを察したようだ。

おそらく俺と同じ結論に達したと思われるアユと共に狀況を整理して話し合い、落ち著いてから皆で次の行に移る。

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それが今すべき最善の選択だろう。

だが、俺は三人に背を向けて猛然とダッシュした。

「へっ?! ちょっ! てんちにぃ、どこ行くの!?」

「わりぃ、ちょっと行くとこができた! すぐに戻るから、ここで待っててくれ!」

たしかにすぐとは言ったが、そう言って部屋を飛び出した俺がわずか三秒で戻ってくるとは、サユ達はもちろん俺も思わなかった。

「あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁあ……」

「うおあぁああああああっ!?」

「っいやああああ~~っ!」

部屋を出てすぐに襲い掛かってきたゾンビのき聲に俺のび聲、マユの悲鳴が続く。

姉妹のの再會とマユの発言のショックが重なって、不覚にもこいつらの存在を完全に忘れていた。

「エアーキャノン!」

あまりにもけなく戻ってきた俺の後ろからぞろぞろと侵してくる三のゾンビを、サユがまとめてボロ雑巾のごとく吹っ飛ばす。

轟音を立てて風が空いた壁とサユを、マユが賞賛と驚愕に満ちたきらきらした目で何度も見る。

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「す……すごいすごーい! 今のサユがやったの!? どうやったの? すごいなぁ~、どっかーん! ってやっつけて……サユは本當にすごいよお!」

「え? そ、そう? いや~あたしの手にかかれば楽勝ってゆーか~、まあ、マユねぇと比べたらまだまだだけどねぇー」

いや、割と刺激が強すぎてトラウマ級のワンシーンにも見えたが、よくそんな純粋に憧憬の念を抱けるな……。

とりあえず、サユとアユがいればゾンビが旅団単位で出てきても余裕で駆逐できそうだ。

よし、マユは二人に任せて俺は早く――

「待ってください、天地さん! 私も一緒に行きます」

気を取り直して駆け出した俺の後ろから、アユがついてくる。

「いや、でも……」

「焦る気持ちは分かりますが、あなた一人じゃすぐ死んでしまいますよ。マユお姉ちゃんならサユだけでも大丈夫です」

「それは、まあ、たしかに……すまん」

姉妹の再會に気を遣ったつもりが、逆に気を遣われてしまった。

俺を秒で論破したアユが、走りながら疑問を投げる。

「それで……場所の見當はついているんですか? 隨分と迷いのない足取りですが。というか、そもそも……いるんですか?」

「……正直よく分からん、が……庭にいた時、かすかに聲が聞こえた。だから、大の方向なら……。アユは気づいたのか? マユのこと……」

「ええ、マユお姉ちゃんの天地さんに対する態度でようやく、ですが。あのマユお姉ちゃんは……私とサユが知ってるお姉ちゃんであって、天地さんが知ってるマユお姉ちゃんではありません」

そうか……。

やっぱりそうだな……。

つまり、信じがたいことだが……あの家にいたマユは五年前の、悲慘な事件によって心が壊れてしまう前のマユなのだ。

どうりで俺のことを知らなかったはずだし、俺がときめかなかったはずだ。

「う~~~ん、あれが昔のマユかぁ……なんつうか、イマイチしっくりこねえな。あまりに違いすぎて……」

「ふふ、あれが本來のマユお姉ちゃんですよ。穏やかで、優しくて、怖がりで、素直で……。すごく懐かしいじがしました……」

來た道を駆け抜け、玄関の門を通り敷地を出る。

やはりというかなんというか、外にもゾンビがちらほらと徘徊していて、俺とアユを知するや否や挨拶代わりの唸り聲を上げて追いかけてくる。

「マユお姉ちゃんの中で意識が芽生えて、その変わり様を見た時は本當に驚きましたし、悲しかったです。でも……いつかきっと、元のお姉ちゃんに戻ると信じていました。それが、まさか……」

明かりに寄って來る害蟲のように群がるゾンビを、アユが萬能魔法糸で片っ端から細切れに切り刻む。

うん、俺一人だったら速攻で詰んでた。

俺とアユはクローバーが咲き誇る緑かな公園を橫斷し、人も車も犬も貓も全く存在しない、ゾンビだけが蔓延る世紀末で異様な町をひたすら走り続ける。

「まさか、マユ自が青天目ルカのような格に変わった(・・・・)んじゃなく、そういう新しい人格を生み出した(・・・・・)とはな……。えらい勘違いしてたぜ、ったく……」

「もっと早く気づくべきでした。……今の私とサユも、生きていた頃の記憶を元にマユお姉ちゃんが作った偽りの人格に過ぎないのかもしれませんから……」

「……アユ…………」

たしかに、そうかもしれない。

マユの中にいるアユとサユは本なのか……今までは、あまり深く考えないようにしていた。

アユとサユは実際に間違いなく確実に死んでいるのだから、現実的に考えてアユの推測はおそらく正解だ。

けど――

「……仲の良い三人がずっと一緒にいられるようにって、神様が気を利かせてくれたんじゃないか? 理不盡に痛い思いしたんだし、そんくらいサービスしてくれてもおかしくないだろ? まあ、単純に生き返らせてくれればベストだったけどさ」

我ながら、なんの拠もなければ理論的でもない能天気な考えだ。

だが、アユは俺の言葉を聞いてらかい笑みを浮かべた。

「あはは、天地さん……サユお姉ちゃんと同じこと言ってますよ。そうですね……そういうことにしましょうか」

心なしか足取りが軽くなったアユが、魔法の糸で切斷した電柱を巻き付けて軽々と宙に持ち上げると、曲がり角からうぞうぞと押し寄せてきたゾンビの群れを卵の殻でも割るようにぐしゃっと叩き潰した。

電柱ストライクのあまりの威力にアスファルトの地面が轟音と共に砕け、飛び散った破片が近くのブロック塀を破壊する。

うーわ。

噓みたいだろ……裁魔法なんだぜ……これで。

サユほどのレパートリーと派手さはないが、青天目ルカを相手に善戦するのも納得の戦闘力だ。

マユパパはもちろん、八重樫レベルでも瞬殺じゃなかろうか。

「にしても、こうして走ってるとマジで地上に戻ってきたってじになるな……ゾンビが全部臺無しにしてるけど。なあアユ、結局ここはどこなんだと思う?」

「……おそらくですが、マユお姉ちゃんの心の中……いえ、神世界のようなものではないかと。どうしてそこに私達がいるのかは分かりませんが……天地さん、本當に心當たりはないんですか?」

「ん~~~~……いや……ないような、あるような……」

実に歯切れの悪い言い方になってしまったのは、よくよく考えれば思い當たる節がなくもなかったからだ。

それはすなわち、『マユの中の人格みんなと、ずっと一緒に楽しく暮らしたい』という星への願いだ。

たしかにマユとサユとアユが一緒になれたし、タイミング的にはあれが引き金になったと考えるのが自然だが……しかしながら、ゾンビだらけの世界へワープするのは意味が分からない。

場所の指定をしなかった俺に非があると言われれば強く否定はできないが、いくらしのマユの神世界(仮)だとしても、こんな所でずっと楽しく暮らせるとは到底思えない。

「まあ、原因を追究するのは後回しです。それより、もうかなりの距離を走りましたが……方角がずれているのではないですか?」

アユのおかげでゾンビに邪魔をされずに、レベルアップした力と腳力で全力疾走して十數分。

上品な豪邸が立ち並ぶ富裕層向けの高級住宅街を抜け、親しみの持てる全國チェーン店やコンビニ、オフィスビルや寂れた空き家までちらほら見えるようになってからしばらくして、隣を走るアユがゾンビを処理しながら問いかける。

常識的に考えてこんな遠くから聲が聞こえたわけないのだから、當然と言えば當然――――

――てん……ちゃん…………

「っ! いや……今聞こえた! マユだ、間違いない! たしかに聞こえた、さっきよりはっきり。そう遠くなさそうだっ!」

「……そう、ですか。私には何も聞こえませんでしたが……では急いで――」

確信を得てギアを上げようとした俺とアユは、片側二車線の広い十字路の差點で一転して急ブレーキをかける。

理由は、そこで大量に群れをしていたゾンビだ。

數は……パッと見ただけで五十は下らない。

「ちっくしょう……っ!」

「これは……さすがに骨が折れそうですね……。私から離れないでください、天地さん」

しかし、俺は庇うように前に立つアユの橫をすり抜けて走りだした。

「天地さん!? 何してるんですかっ!」

「すまん! なんか……早く行かないといけないような気がするんだ……! 大丈夫、こいつら鈍いしきも単純だから問題ない!」

自信はある。

ゾンビはマジでめちゃくちゃ遅いし、最初はグロい見た目にビビッて委してしまったが、もう見慣れた。

とはいえ、あえて危険を冒す必要はないとアユは思っているだろうし、俺だって普段はそう思う。

そう……さっき聞こえたマユの聲が、今まで聞いたことがないくらい悲しくて辛そうな聲でなかったら、俺は思いとどまっていただろう。

すぐにでも駆けつけたい――いや、そうしないと今にも消えてしまいそうな……二度と會えなくなってしまいそうな……そんな風に、俺はじた。

「ッ……はぁ~~っ、仕方ないですね、もう! 天地さん、せめてこれをっ!」

諦めたように盛大なため息をついたアユは近くのビルに目を向け、非常階段の手すりを素早く切斷し、約一メートルの尖った棒となったステンレスを俺に投げつけた。

というには頼りないが、ゾンビ相手なら十分すぎる。

「サンキューアユ! 気をつけろよっ!」

鉄パイプ……じゃなくてステンレスパイプをぶんぶん振り回す姿に呆れながら軽く手を振り返すアユを背に、俺はゾンビの群れの間をって全速力で駆け抜けた。

「すぐ行くから……待ってろよ、マユーーーー!」

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