《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》まものと王子様

差點でアユと別れてから、わずか數分。

距離にして數百メートル程度しか離れていない場所に位置する、とある大病院に俺は來ていた。

「うるあ゛あ゛ああああああっ!!」

腹の底から気合のった低音をひり出すと同時に、口に陣取っていたゾンビの隙だらけな首めがけて、ずっしりと重いステンレスの棒でメジャー級のフルスイングを華麗にぶちかました。

でろんでろんに皮がただれたゾンビのをスッカスカの骨もろとも叩き潰すと、脳みそが半分剝き出しになったグロい頭部が見事に吹っ飛び、自ドアのガラスをガシャーンと盛大に砕した。

予定にないダイナミック來院を果たした俺は、近くにゾンビがいないことを確認して耳をすませる。

「聞こえる……聞こえるぞ、マユの聲が。だけど……くそっ、よりにもよって、こんなでけえ病院かよ……」

上の階のどっかにいるってことは間違いないが……何階の何號室なのか、そもそも病室にいるのかも皆目見當がつかない。

アユが派手に戦って大半のゾンビを引き付けてくれているおかげか、はぐれゾンビがたまにいるくらいで労せずここまで辿り著けたが……このどでかい建を片っ端から総當たりするのはクソすぎる。

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しかも、焦る気持ちを嘲笑うかのように照明が全てことごとく切られていて薄暗く、死角も多いので慎重にかないと危険極まりない。

「つっても……とにかく探すしかねえよな……」

こんな狀況となっては聖剣エクスカリバーのように頼もしいステンレス棒を汗ばんだ手で強く握り締め、俺は階段の脇にあった院図に目を通す。

「にしても、病院か……なるほどな……」

アユの予想通りここがマユの神世界だとして、俺の知る麗しのマユは一どこにいるのだろうかと考えていたのだが……蓋を開けてみると答えは単純だった。

マユが心を病み、もう一人のマユが生まれた場所……それが多分、この病院なのだろう。

となると、最優先で目指す場所は……。

神科院病棟……南棟の六階か……遠いっつーの」

エレベーターが使えれば楽なのだが、街燈も信號機も何もかも停止していたので試すのは時間の無駄だろう。

二段飛ばしで盛大に駆け上がって音に敏なゾンビの注目の的になったらタイムロスどころか生命の危機なので、疲労が溜まってきたに鞭を打ち、息を殺しながら非常燈すら消えた階段をそっと上る。

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「くそぅ、ダンジョンに比べりゃ怖くないはずなのに、こんなにびびっちまうとは……」

なんてけねえんだ、俺は。

今思えば、ダンジョンでは一人でいることなんてほとんどなかったからなぁ……。

本當に最初……初めてマユと出會った時に噛まれて、愚かにも逃げ出しちまった後の數十分と……コブラソルジャー相手にヘマやって重傷を負った俺のために、マユが超神水(仮稱)を取りに行ってくれた時と……パラサイトヘルズスネアに食われてマユと離ればなれになっちまった時と……そんくらいか。

最近やっと優秀なスキルをゲットして調子こいちゃってたが、いかに自分が一人じゃ何もできない弱くてちっぽけな存在か実させられるな。

特にマユには何度も命を救われたし、神的にもマユの奔放さとキチかわいさのおかげで、しは反省すべきなくらい能天気に楽しくダンジョン生活をエンジョイできていた。

「マユ……マユ……っ」

そんな、俺にとってかけがえのないマユと久しく會えていない。

最後にまともに話したのはいつだ?

もちろん覚えてるさ! 三十一日と十四時間二十五分三十八秒前だ!

ああ、辛い……辛すぎる。

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先刻、青天目ルカと戦っていた時の、あんなわずかな時間なんて當然ノーカンだが、そのほんのしの邂逅だけで俺のSAN値はMAXまで回復したもんだ。

早く……早くマユに會いたい。

やっと六階に著いた。

永遠にも思える時間だった。

どの病室だ?

もうすぐだ。

もうすぐ會える。

もう、すぐ近くにいる。

「マユッ!!」

はやる気持ちを抑えきれず、最後の部屋のドアを思い切りスライドさせると同時に、俺はんだ。

次の瞬間、俺の心臓は二つの意味で高鳴った。

一つは、そこに間違いなく俺の知るマユがいた喜びで。

もう一つは……そのしのマユの首を絞めているゾンビへの怒りで。

「こんっ……の野郎ぉおおおおおっ!!」

人間は自分のを壊さないよう無意識に力をセーブしているため、本來持っている全力の三割程度しか力を出せない、という話を聞いたことがある。

が、この時の俺は明らかに百パーセント中の百パーセントのフルパワーを発揮し、ステンレス棒がひしゃげる勢いでゾンビの頭蓋骨を叩き割った。

――――と、俺は確信していた。

のだが……

「なっ――――!?」

ゾンビは舞い落ちる木の葉のようにゆったりとした自然なきで、俺の生涯最高の一撃を一切見ることなく上の捻りだけで難なく躱した。

これまでのゾンビとは明らかに一線を畫する、見た目にそぐわない練されたきだ。

なんだこいつ……まさかの高ランクボスゾンビか?

よくよく見ると、なぜか右手の手首から先が欠損しているが、左手一本でマユを高々と締め上げているところから腕力も並外れて高いことが分かる。

――だがっ!

「俺のマユから……離れろやゴラアアアアアッ!!」

力なく腕を落として首吊り死のようにぐったりしているマユを目の前にして、俺は理を失った狂戦士と化した。

頭の中から「冷靜」「慎重」「堅実」といった言葉が消え去り、「殺す」の二文字が隙間なく埋め盡くす。

といっても、勝算もなく闇雲にステンレス棒を振り回しているわけではない。

相手は片手がなく、もう片方の手はマユの首を摑んでいるため俺を攻撃することができない。

加えて、いくら達者な回避を持っていようと狹い室でそうそう逃げ回れるわけもなく――

「死ねやあああああああああっ!!」

ついに、俺の渾の一撃がゾンビの左肘を捉えた。

クリティカルヒットとは言えない微妙なだったが、ぐじゅぐじゅの脆い腕は容易く木っ端微塵にブチ折れて、絞められていたマユがドサリとベッドに落ちる。

今すぐにでもマユを介抱したいが……その前に俺は、左腕を失ってよろけるゾンビに追撃のドロップキックをお見舞いした。

しかし、バックステップで軽やかに避けられる――その直前、ゾンビの腐った足がきに耐えられなくなったのかぐしゃりと潰れ、俺の攻撃は見事にゾンビのにクリーンヒットした。

吹き飛んだゾンビは窓ガラスを突き破り、口元を不気味に歪めながら遙か階下の地面へと吸い込まれていった。

「マユっ! 大丈夫か、マユっ!!」

勝利の余韻に浸る気はさらさらなく、俺は世話になったステンレス棒を放り投げて、急いでマユの元に駆け寄った。

倒れたマユを抱き起こし、顔を覗き込む。

屋敷にいたマユと全く同じ顔だが……俺には分かる。

絶対に、確実に、俺の知っているマユだ。

だけど…………だけど、息をしていない。

「マジかよ、おい……マユ! 起きてくれ、マユーッ!!」

聲が枯れるくらい必死に呼びかけるが、いつも元気で無敵で最強で並び立つ者なしの天下無雙だったマユが、これじゃまるで……死ん……

「くっ……落ち著け落ち著け、余計なことを考えるな! 今できることだけ考えろ……!」

どうすればいい……俺に何ができる?

ヒーリングの魔法料理はないし、リザレクションもなくなった。

今からアユを呼びに行く? あるいはアユの所まで連れていく?

いや、ダメだ……時間がかかりすぎる。

……じゃあ、もうあれくらいしか……。

俺はマユを仰向けに寢かせると、腕を組んで目を閉じ、五秒ほどかけて昔々の記憶を辿る。

やり方自は學校で何度か習ったが、自分には生涯無縁であろうと思って九割近く聞き流した殘りの一割を全力で思い出す。

足りない分は勘と気合いと……気持ちだ!

などと半ばやけくそ気味に、けれど意気込みと反しておそるおそるマユに心臓マッサージと人工呼吸を開始した。

「くっそ……こんなことしかできないなんて……!」

の真ん中で両手を重ね、真上から重をかけて圧迫……えーっと、たしか一分くらい?

そんで、顎を押さえて気道を確保して、口から息を吹き込んで……えーっと、どのくらい? 何回?

そもそも、神世界でこんな応急処置をして意味があるのだろうか。

不明點や疑問がじゃんじゃん湧いてくるが、その全てをシャットアウトして無我夢中に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。

「あー……なんか……思い出すな、あの時のこと……」

そんな場合じゃないのに、思い出が脳裏をよぎる。

コブラソルジャーにやられて瀕死になった俺に、マユはこうして口を重ねてクソマズ回復水を飲ませてくれたっけ……。

あの時とは立場が真逆だが、思い返せばあれが俺にとって重要な転機になった。

俺が自分の気持ち……マユが好きだという気持ちを自覚する、大きな転機に……

「…………てん……ちゃ……ん……」

どれだけ時間が経っただろう。

必死だったから分からないが、ぼやけた視界の奧から、聞き逃してしまいそうなくらい小さな、小さな聲が聞こえた。

俺は自分の目にたっぷり溜まった涙にようやく気付き、慌ててゴシゴシと手の甲で拭い取る。

そして、クリアになった世界の中心に、半ばまで持ち上げられた長いまつの下から真っすぐこちらを見つめる、懐かしい綺麗な瞳が鮮やかに映った。

「ッ~~~~マ……マ……マユッ!」

の奧に重く沈んでいた不安や心配が途端に霧散し、気づけば俺は神々しく溫かい太を包み込むようにマユを抱き締めていた。

「心配させやがって……よかった……生きてて……やっと……會えて……」

本當は、もっとカッコよく再會するつもりだった。

本當は、もっとキザなことを言うつもりだった。

それがどうだ?

がこびりついたステンレス棒を武に、ゾンビの片が付著したクサだせえ恰好で、余裕のない號泣しそうなけない顔と震えた聲でカッコ悪く登場して、挙句の果てにいきなり抱きつく始末だ。

まったく、俺ってやつはいつも肝心な時にダメダメな、どうしようもない男だ。

「……なんで……なんで、來たの……? マユは……ううん、あたしは……本當のマユじゃ……ないんだよ……?」

いつものマイペースで自由奔放でキチかわいいマユとは違う、憂げで消えてしまいそうな弱々しさ。

いつもの間延びした締まりのない気が抜ける楽しそうな聲とは違う、か細くてたどたどしくて儚げな聲。

しかし、不思議と俺の知るマユだという確信はしも揺るがない。

ここが神世界だからだろうか……拠はなんだと問われると、理屈じゃないとしか答えられない。

「本當のマユってなんだよ……。俺が知ってるマユは……俺が出會ったマユは……俺を何度も助けてくれたマユは、ここにいるマユだっ!」

マユは小さく首を橫に振りながら離れようとするが、俺は背中に回した両手にぎゅっと力をれて離さない。

「で……でも……あたしは、もう……ひ、必要ないから……いちゃ、だめだから……」

「誰がそんなこと決めたんだ? 俺には必要だ。いてほしいっ。いなきゃだめだっ!」

マユのかすれた聲に、力強く答える。

マユの目から頬を伝って零れる涙が、俺の肩にぽたぽたと落ちる。

「でも……でもっ……あたしの、せいで……てんちゃん……て、手が……だ、だから……」

「手? ああ、あんなもん、もう治った。ってか、あれは俺がとろかったせいだ。それに、マユがいなけりゃそもそも俺は生きてない。今までに何回死んでるか分かりゃしねえよ」

どれだけマユが自分を否定しようと、俺はすぐにそれを否定する。

マユが自分を肯定するまで、俺は何度でもマユを肯定する。

「……で……も……あたし……あたしは……普通じゃ、ないから……。魔を……切り刻むのが、楽しくて……ぐちゃぐちゃにすると、わくわくして……食べるのが、大好きで……。ずっと、へらへらして……気持ち悪くて……おかしくて……だから……あたし、なんか……」

「だがそれがいいっ!!」

を詰まらせながら途切れ途切れに絞り出した言葉を遮って、俺がそう高らかに言い放つ。

「普通じゃない? それがマユの魅力じゃないか! たしかに最初はひいたけど、そんな猟奇的で殘的で頭がハッピーセットなキチかわいいマユと一緒にいるのが、今じゃ楽しくてわくわくして心地良くて、つまり、あれだ、そう……俺はマユが大好きだっ!!」

「っ…………てん……ちゃん……」

マユの手から、俺を引き剝がそうとする力が徐々に抜けていく。

こうしてはっきりとマユに好きと伝えたのは二……いや、三回目か。

一回目は……超回復水の副作用でラリった時になんかノリでんでぶっ倒れた、最悪の黒歴史。

これは忘れていいな。

二回目は、つい數時間前……青天目ルカ相手に神風特攻を仕掛けながらんだ、完全に死亡フラグ以外のなんでもない愚行。

実際、速攻で死んだし……これもなかなか酷いな。

とにかく、まともな狀況でちゃんと想いを伝えたのは、よく考えると初めてだ。

ゆえに、當然ながら相手からのリアクションもこれが初めてなわけで……。

「…………あたし……本當に、みんなと……てんちゃんと、一緒にいても……いいの……?」

「當たり前だ! ずっと一緒にいてくれっ!」

「こんな……迷ばっかり、かけちゃう……気味が悪い……化みたいな、あたしでも……いいの……?」

「誰も嫌がるわけがない! みんなが一緒にいたいと思ってるっ!」

「……………………あた……し…………」

聲を詰まらせてすすり泣くマユの背中を、い子供をあやすように優しくさする。

俺の肩に顔を埋めていたマユが、靜かに顔を上げて俺を見る。

「………………あたし……あたし……ね……」

悲痛に満ちた顔をくしゃっと歪ませ、溢れ出る大粒の涙で瞳を震わせるマユが、嗚咽を堪えてぎゅっと引き結んだをゆっくりと緩めた。

「元気な、サユも……心配な、アユも……不用な、パパも……面倒見がいい、芽ちゃんも……みんな……みんな、大好きで……」

「うん……」

「でも……でも……てんちゃんは、明るくて……面白くて……楽しくて……あったかくて……こんな、こんなあたしと……一緒に、いてくれて……好きで、いてくれて…………。だから…………」

ぎこちなく、一生懸命に、一つ一つ丁寧に言葉を選んでいたマユは、そこで口をつぐみ、迷うように目を伏せ、意を決したようにもう一度俺の目を真っすぐ捉え、そして再び口を開いた。

「だから……てんちゃんが、一番好きで……大好きで……大好きだから……ずっと……ずっと、一緒に、いたい……っ」

そう言い終え、とめどなく涙を流しながら顔をほころばせて穏やかに微笑むマユを見た俺は、まるでに濡れた蕾が開いてしい花が顔を覗かせる瞬間に立ち會ったようなに息を飲んで……えっと、つまり、要するに、簡潔に言うと……ちょっと言葉にできないくらい、かわいいと思った。

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