《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》いつだって、いつまでだって、なかよしなんだ

「――――……ん……う~~ん……」

どれくらい時間が経ったか分からないが、再び目を開けた時、眼前に見えたのは……苔むした石造りの天井。

そして、仰向けに寢転がる自分の背から伝わるも、同じく石。

と、いうことは……戻ってきたのだ、元の世界に。

ふひぃ~と長々と息をつき安堵した後、徐々に込み上がってくるのはを満たす充実

うん……言いたいことは言い切った……一片の悔いなし!

チラッと左に目を向けると、そこには三人で寄り添って眠るアユとサユと、過去のマユ。

逆サイドには、俺の右手を固く握り締めて丸くなる、もう一人のマユ。

おやおや。

おやおやおやおやおやおやおやおやおや。

なんと……なんと素晴らしい……。

右を見ても左を見てもマユ……ここは極楽浄土か?

今までのダンジョン生活で……というか、地上も含めた十六年の人生において、これほどしい景を拝んだことがあっただろうか? いや、ない!(即答)

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「……にゃっはははぁあぁあぁぁぁ……」

俺が一人で愉悅に浸って震いしていると、懐かしい……実に懐かしい聲が聞こえてきた。

正確には、いつもと同じ聲ではあるけど全く異なるトーンで獨特なイントネーションでかつ心を震わせる麗しき天使の聲。

気付けば、マユはパッチリと大きな瞳を開けて上目遣いに俺を見ながら、にた~っとこれまた懐かしい力全開のゆるゆるで癒される笑みを浮かべていた。

あぁ……これこれ! これだよ!

サユにアユに過去マユに神世界マユと、同じ顔で多種多様な表をこれまで見てきたけど、俺が一番好きなのはやっぱりこれだよ!

いいね! 最高だ!

「マユ……久しぶり――ぃいいいぃいっ!?」

話したいことは無限にあったが、何から話したものかと迷ってとりあえず口にした無難な挨拶は、あえなく中斷させられる。

なぜなら、マユが俺の右手を凄まじい握力で骨ごと々に握り潰し、腕を上下にぶんぶんと振って筋を引きちぎり肩と肘を臼させたから――というのは々誇張した表現だが、気持ち的にはそれくらいの、ミノタウロスもかくやという剛力と荒々しさだった。

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ふっ、さすがマユ……その言は、いつも俺の想像を軽く超えてくる。

心しつつ、心なしか嬉しさや安心も滲ませるマユの普段以上に緩んだ表を見て、そういえばと一つの疑問が頭に浮かぶ。

今ここにいるマユに、さっきまでの……神世界での記憶はあるのか?

別人格ってわけじゃないんだから覚えていてしかるべきかもしれないが、以前ファフニール料理を食べた時は完全に無意識で記憶は飛んでたっぽかったし……。

「にゃははハハハあぁぁあっ♪ てぇんちゃぁんてぇええぇぇんちゃあぁああああぁんっ♪」

……いや、大丈夫だ。

この幸せそうな顔を見るに、俺の気持ちは間違いなく屆き、マユの不安や心配やその他諸々のもやもやが綺麗さっぱり消え去ったのは明らかだ。

つまり、ドラゴン集団の襲撃から始まり、青天目ルカとの死闘、神世界でのゾンビパニックと続いた今回の高難度イベントもようやく全て丸く収まり大団円、晴れてハッピーエンドと相ったわけだ。

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せっかく治った右腕が再び使いにならなくなる危機が地味に到來しているが、そんなこと全く全然これっぽっちも気にならないぜ。

「……ぅにゅ……ふぁあ~~~っ……うーん、よく寢た~!」

HPを減らしながらもマユと喜びを分かち合っていた俺の耳に、見ずとも分かるサユの明るく呑気な聲が屆く。

振り向くと、アユと過去マユも起き上がり、長い長い夢を見ていたように重そうな目をりながら放心していた。

しかし、そんな夢と現実がごっちゃになった曖昧な空気も、自分の周りにいる自分と瓜二つの姉妹を目の當たりにするまでで……。

「ああーっ! マユねぇ! アユ! てんちにぃ! すごいすごーい、ホントにみんな一緒に戻ってこれたぁ~!」

「はは……無茶苦茶だね……もしかしたら、ただの夢なんじゃないかって……何度も思ったけど……」

こんな、死闘を繰り広げて間もない、ナイフが散した薄暗くて殺風景な謎の窟に帰還できたことを本気で喜ぶ瞬間が來るとは、世の中分からないもんだな。

まあ、アユの言う通り神世界での出來事は夢だった……というか俺に至っては死後の妄想世界だった、なんて可能は十分あったわけで、心の片隅でそんな疑念がわずかながらあったことは否めない。

俺だって元気が殘っていれば、今すぐ後方屈三回宙返りでも派手に披したい気分だ。

「……ん?」

ふと視線をじて笑い合うサユとアユから目を離すと、一人おどおどとした挙で俺とマユを見るマユ――ええい、ややこしいな――過去マユがいた。

そういえば、今さらだが俺はこの過去マユのことを伝聞でしか知らない。

気まずいとまでは言わないが……正直、どうコミュニケーションをとればいいのやら……。

普通におとなしいの子っぽいし、気難しいアユ相手でさえ初期好度マイナスの狀態からそれなりの信頼関係を築けたのだから、仲良くなれる自信がないわけではないが……。

「……あの……てんち、さん……さっきは、ごめんなさい……。マユ、なんにも覚えてなくて……」

ぐぉっ……やはりマユの姿で他人行儀な態度をされると心にくる……。

元から人見知りしそうなタイプだし、ガチで初対面だから仕方ないと言えば仕方ないが……。

「あ、あぁ、気にしないでくれ。こっちこそ、さっきは突然飛び出しちゃってすまん」

「いえ……サユから聞きました、これまでのこと……。マユと一緒にいてくれて、本當にありがとうございます」

そう言って深々と頭を下げる過去マユの後ろで、サユがニッと歯を見せて笑いながら、自慢げに立てた親指をぐっと突き出す。

どうやら、あの後サユも気づいて々と説明してくれたようだ。

「……それと……」

過去マユの視線が俺から隣のマユに移る。

びくりと肩を震わせたマユは反的に俺の後ろに隠れると、張しているのか警戒しているのか「う゛ぅ゛うぅぅぅ」と貓のような唸り聲を上げた。

「……ごめん……マユのせいで……マユがちゃんとしてなかったせいで、一人ぼっちにして……ぜんぶ押し付けて……本當に、ごめんね……」

「……むぅ゛ぅうぅう……」

に涙を浮かべながら苦しそうに顔を歪めて謝る過去マユの様子を、俺の背中からマユがちらちらと覗き見る。

「ずっと……ずっと、マユの代わりに頑張ってくれて……こんなにひどい、マユなんかを守ってくれて……ありがとう」

「…………うに゛ゅぅぅぅうぅうぅ……」

素直に、真摯に、切実に心のを伝える過去マユ。

もじもじとをよじりながら、が吹き出んばかりに俺の上腕に爪を食い込ませて、頭から煙が出そうなくらい悩み葛藤するマユ。

二人の間で板挾みになって、直立不で沈黙する以外の行が実質不可能な第三者の俺。

「……今さら、こんなこと言っても……困る、よね…………ごめん……」

「…………ぅぅ……うにゃぁああああぁあぁああっ!」

「――ぅおえっ!?」

突如、俺のは宙を舞った。

事実を正確に解説すると、マユが俺の腕にしがみついたまま高速で疾走したために、引きずられるを通り越してアイキャンフライした。

「――へっ?」

「――ひゃっ!?」

肩の関節が悲鳴を上げる中、マユという臺風はサユとアユをも巻き込んで勢力を拡大した。

マユは、俺とサユとアユの三人を腕に抱いたまま、死闘を終えて間もない殺伐とした空間をしばらくぐるぐる回り、そして……呆気に取られて立ち盡くす無防備な過去マユのに、頭から突っ込んだ。

「――きゃあっ!?」

五人が、折り重なるように倒れた。

死傷者が出る人事故かと思われたが、どんなドライブテクニックを駆使したのか驚くほど衝撃はない。

を引き起こした張本人であるマユは、過去マユのに突っ伏したままぴくりともかなくなり、団子狀態になった一同が呆然として顔を見合わせる。

「……」

「…………」

「…………ぷっ! アッハハハハハハッ!」

楽しそうな笑い聲で沈黙を破ったサユが、両腕を広げて全員を包み込む。

「うん……うんっ! これからは一緒なんだよね、あたし達……。夢みたいだよね。うれしいねっ!」

「ふふっ、そうだね……まさか、こんな日が來るなんて……。しかも、素敵なお姉ちゃんが一人増えるなんて、思いもしなかった」

サユの笑顔が伝播して、アユが、俺が、過去マユが、みんなが聲を上げて笑った。

抱き合って、笑い合って、それで全て分かり合えて、それで全て十分な気がした。

「そういえば……マユのこと、これからなんて呼べばいいんだ? 二人ともマユだとややこしいだろ」

ひとしきり笑った後、俺はふと思ったことを口にした。

俺としては、マユはマユが一番しっくりくるし、今になって違う呼び方をするのは非常に複雑というか抵抗があるのだが……過去マユ、いや本來のマユを改名させてしまったらをかけてややこしいので、こればっかりは仕方ない。

「そーいえばそうだね~。う~~ん……あっ、そうだ! あたしが決めたげよっか、新しい名前! どう? どう?」

サユが問いかけると、なおも過去マユにくっついて顔を伏せたまま、マユが答える。

「……てぇぇえええんちゃぁんがあぁぁあぁぁぁキめるのぉおぉぉおぉおおっ」

「は? え? お、俺が?」

「……うん、マユもそれがいいと思うなあ」

「むぅ……天地さんのセンスが不安ですが……お姉ちゃんが希しているなら仕方ありません。……変な名前にしたら怒りますからね」

「えぇぇ……」

なんてこった……まさか、そんな流れになろうとは。

いかに天才的なネーミングセンスがあろうが、好きなの子の名前を決めた経験などない俺には荷が重すぎる――って、普通に考えてそんな経験があるやつがいるわけないが――とにかく、この場でパッと思いつかないことは明らかだ。

そもそも、マユほど偉大な人間の命名なんて、キリストのそれに匹敵する神事に他ならない。

せめて十年は猶予期間を設けてほしいところだが……とはいえ、そんなに待ってくれとも言えない。

「ん~~……ん゛ん゛~~~~~~……」

ぐぐぐっ……考えろ……考えるんだ、俺……。

マユ……サユ……アユ……。

この三人の名前を參考に……世界一のかわいさをさらに引き立て……親しみと著が持てて……姉妹を出しつつ……後世まで語り継ぐに相応しい名前……。

………………。

「……………………ミユ……」

脳細胞をフル稼働して必死に導き出した二文字をぼそっと呟く。

すると……

「…………み……ゆ……?」

ころりと顔を転がして俺に目を向けたマユが、上機嫌な酔っぱらいと見紛う陶酔した表で頬を緩ませた。

「みぃぃいぃゆぅうぅぅぅみぃいいぃぃぃいゆうぅぅうぅうううっ♪ にゃはハハはぁああぁぁああっ♡」

マユ……いや、ミユは歌うように自分の新たな名前を何度も口ずさむ。

どうやら、大いに気にってくれたようだ。

あまりに満足そうなミユの様子に「やはり……天才か」と自惚れて気を良くした俺だったが、ちらりと他の反応を伺うと……サユとアユが、絶妙に人を不快にする半笑いで俺を見下していた。

「やっぱりね~……なんとなくだけど、てんちにぃはそう言うだろうなーって思ってたんだよ、あたし」

「私も。似た者同士というか、きも……本的に思考回路が似通っていることが証明されたね」

「……は?」

なんのこっちゃと思う俺に、ほんわかした悪意ゼロの笑みでマユが補足する。

「あはは……よくパパが言ってたんです。四人目が生まれたらミユにするつもりだった、って……。懐かしいなぁ……」

「………………なん…………だと…………」

バールのようなで頭をカチ割られたような衝撃をけ、俺は愕然とした。

あの筋バカのオッサンと脳の構造が同じ……。

長い人類史上において、これほどの絶を味わった人間が果たして他にいるだろうか。

「四人目、か……よく考えたら、私達の方がお姉ちゃんになるんじゃない? 神年齢っていうか、生まれたのは五年前なんだから」

「そっかぁー! じゃあじゃあ、ミユねぇじゃなくて~……ミユ! だねっ!」

「ミユ……うれしいなぁ、新しい妹ができて」

「にゃっはハハぁあぁぁぁ♪ ミユわねえぇぇえぇえミユわねぇええぇぇえぇよぉぉおぉんばああぁぁぁあんめぇえぇぇええぇえっ♪」

俺のショックをよそに、きゃっきゃと盛り上がる四人。

まあ……いいか。

やっぱ考え直すとは言えない空気だし、癪だがオッサンにしては神ネーミングだ、うん。

それより、ミユが打ち解けられて良かった。

こうして並んでいると、まるで昔から仲睦まじい本當の姉妹のようだ。

顔もも同じなんだから當たり前なのかもしれないが、なんというか、こう……目頭がじわっとくるな。

って、なんか娘に初めて友達ができた親みたいな妙な傷に浸ってんな、俺……。

「さてっ! とりあえずー……改めてよろしくねっ! マユねぇ、アユ、ミユ、てんちにぃ!」

「うん……もうみんなに迷かけないように、マユも頑張るから。よろしくね」

「そんなに張り切らなくても大丈夫だよ、マユお姉ちゃん。私達が一緒なら、もう何も心配ないから」

「よぉぉおぉおろシクねぇえええぇえぇぇえっ♪ にゃっっハハはハはあぁあぁあああっ♡」

これはまた、隨分と賑やかになりそうだ。

芽達とはぐれてから一か月……かなりしんどい日々が続いたけど、今後はマジで天國だな。

を寄せ合ってほほ笑む、同一人のようで微妙に違う四人の天使を今一度じっくり観賞しながら、俺は激の一日を締めくくった。

「こんな奇跡が起こるんだから、やっぱりダンジョン生活も悪くないな……。みんな、今日はお疲れ様! これからもよろしく!」

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