サムソンはんんっと咳払いをすると、アロナに向かって威嚇するようにを突き出す。その様がなんとも稽で、彼はつい笑ってしまいそうになった。

「大なんだその格好は。そんな見窄らしいりをして、我が家の品格が問われるだろう」

（品格、ねぇ）

娘を家名の為の道としか思わない親に、品格など問われたくもないとアロナは思う。

もちろん子を道として扱うことは、高位貴族であればあるほどなんら珍しいことではない。繁栄の為、存続の為、そうしなければならない場面があることを、アロナはを以て理解している。

してはいるが、もうこれ以上は付き合いきれない。どうせ自分はもう、三度も死んでいるのだ。生きる希を失った四度目の人生くらい、好きに生きてみたい。

「馬鹿馬鹿しい」

「…なんだと？」

「上手くいかない苛立ちを、子供にぶつけているだけでしょう？」

突き飛ばされたことで、小さなが軋む。それでもアロナは迷いなく立ち上がり、抜くような視線でサムソンを見つめた。

（私はこの男のように、に支配されたりしないわ）

いや、正に今の今まで泣き暮らして過ごしていたアロナは、思いきりに支配されていたわけだが。

それはそれこれはこれと、彼は心ほくそ笑んだ。

「をかくから、上手くいくものもいかなくなるのです。人の掌に乗せられるものには、限界がありますから」

「この…っ、子供の分際で生意気な口を！」

ブンッ

勢いよく振りかぶられた手は、アロナの白くらかな頬に命中する。それは平手打ちであったのに、まるで鈍で毆ったかのように鈍い音が響いた。

「旦那様、顔は…っ」

「煩い！大お前がもっときちんと躾けていないから、親にこんな口が利けるのだ！全てお前の責任だ！」

「…っ、申し訳ございません旦那様！どうかお許しを…っ」

すぐにこれだと、アロナは思う。サムソンは昔から、上手くいかないことがあると全てを他人のせいにする癖があった。そしてそれは、母であるグロウリアも同じ。

彼はサムソンに頭を下げながら、蛇のような目つきでアロナの母を睨んでいた。

「……」

ぬるりとした覚に、指を鼻元へやる。毆られた衝撃で鼻が出ていたが、それを気にするような良心が二人にないことを、彼はよく分かっていた。

アロナが憎いからではなく、これは躾。すなわち絶対的な正義は自分にあり、悪いことをしているという認識は欠けらもない。

（明確な悪意がある分、エルエベ達の方がマシなのかしら）

手の甲でぐいっとを拭い、アロナは父親を見上げる。真っ赤に充した顔でこちらを睨めつける様を見て、彼はサムソンを哀れだとすら思った。

「次、いかなる理由であろうとも私に暴力を振るえば、婚約者となるルーファス殿下に報告いたします」

「な、なに…？どうしてお前がそれを」

「あなた方のり人形はもうお終いです。宮殿で、陛下の目の前で自死でもされたくなければ、私をどうにかしようとするのは今後一切おやめください」

確かもうすぐ、ルーファスと正式な婚約が結ばれる。今のアロナはまだそれを知らず、顔を合わせたことすらないことになっている。

「一どうしたのアロナ…以前はちゃんと」

「もう、昔の私はいません」

五歳児がとんだ世迷言を。そう思われても構わないと、アロナは思った。

本當は、ルーファスとの婚約話などもうけたくはないが、流石に今の時點でそれを回避するは彼にない。

（まぁいいわ。どうせ時間はたっぷりあるのだし）

驚愕の表でこちらを見つめる両親を橫目に、アロナはふわりとドレスの裾を翻した。

自室に戻り、母から治療をける。顔面蒼白で微かに手を震わせている彼を見ながら、アロナは靜かに口を開いた。

「あなたに落ち度はなかったと、きちんと母に進言しておくわ」

「え…？」

「けれどこの家に仕え続けるのは、あまりオススメしない。あなたは知識も教養も十分だし、もっといい勤め先があるのではないかしら」

彼は善人だ。しかし気が弱くグロウリアの言いなりで、アロナのことを可哀想だと思う気持ちも捨てきれず、常に罪悪を抱えていた。

アロナはもともと、とても大人びた子供だった。けれどあの泣き暮らした日々を経て、さらに顔つきが変わったと母はじていた。

彼が両親に歯向かうところを、初めて目にした。そして今は、自分のを案じるような発言をしてみせる。

「ありがとうございます、お嬢様」

腫れあがった頬を冷やしながら、母はらかく笑う。それを見たアロナの表は、特に変わることもなかった。