《現実でレベル上げてどうすんだremix》W-000_世の果てで 了

クセになってんだ 締めの話が長くなるの

~~~

不可解。

なぜ彼奴(あやつ)は先程から、効きもせぬ攻め手ばかりくり返しているのか。

くり出す拳も、擲つ礫も、

己がに傷を與えるには、およそ足りない。

ただ力が足りぬというのなら、まだ頷けようが、

隕星のごとく飛來した瓦礫による初撃。

直後の當てや、その次の正の摑めぬ一撃も、

長らく忘れていた痛みを、たしかにじるほどのものだった。

にもかかわらず、

「ほっ」

なおも軽い調子で、礫を投げつけてくる彼奴め。

無論、己が外皮には傷ひとつつかず、弾かれた礫はそのままゆっくりと遠ざかっていく。

『……』

解せない手合いを、いよいよ排したくもなってくるが、

厄介なことに彼奴は、己が息吹を防いだ――

否、防いだどころか、いささかも効かぬようにすら見けられた。

あらゆるものを塵と帰す、如何なる者も逃れえぬ必滅。

至上の一手が通じぬことに、己の存在が揺らぐ思いはあるが……

構うまい。

己の力への矜持など、今更なんになろうか。

そも、彼奴めの目論見に、真正直に取りあわずともよい。

その背にしがみついている――

先の息吹の際、彼奴めはたしかに、あのを庇った。

それすなわち、あちらにならば己が息吹は通じるということ。

そして、折よく、

「あら」

「ムヲッ?!」

虛空を駆けていた彼奴が、かくんと足を踏み外すようにつんのめり、

その拍子にちょうど背負い投げるように、が前方へと放り出される。

『――』

しめたとばかりに、息吹を放てば、

その剎那、

『――?!!?!』

かつてないほどの凄まじい衝撃が全に走り――

~~~

俺が直接毆ったりするよりも、向こうの攻撃を〔反〕したほうが効果的ではないか。

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そしてどうせ〔反〕するなら、やはり件の息吹(ブレス)とやらを対象とすべきだろう。

しかし廃竜が、今一度俺にあれを放つだろうか。

先程〔城塞〕で防いでしまったのを見て、息吹は通じないと判斷してしまった可能もある。

なので俺ではなく、アンネに放ってもらうよう仕向けることにした。

を背負い、共にきまわる。そして〔歩加〕が切れると同時にずっこける振りをして放り出せば、好機とばかりに狙ってくれるのではないか。

もちろんその時には俺とアンネに〔反〕をかけておくことも忘れずに。視覚効果等でこちらのmagicの質に気づく可能もあったが……

『…………!』

結果はなんとかなったようで。

を弛緩させ、じろぎひとつできない様子の廃竜。

その表すべての外殻には、無數の亀裂がびっしりと生じている。

の息吹を、俺とアンネの〔反〕二人分……

さらには線上にあった、〔反〕を〔注〕した瓦礫いくつか分も、奴さんは上乗せで喰らっている。攻撃と見せかけてぶつけてたのがそれ。きちんと線上にくるように浮かせたり、ついでに遙か遠方にある素線にらないよう位置取りしたりと工夫は必要だったが、まあ俺の仕業にしては上々だったのではないか。

「…………」

「さて」

なにが起こったのかいまだ把握してなさそうな、ぽかんとしたアンネはとりあえず放って、

俺は〔歩加〕をかけなおし、廃竜へと近づいていく。

「……このへんか? よいしょ」

そして部あたりにとりつき、外殻の罅に手を突っこんで、

力任せに、べきべきと引き剝がす。

『!? ……!』

「んん……たぶんここの……ぐ、もうちょい奧か? この……っ」

あらわになった中に、さらに手を突っこんで掻き分けて奧へ。というよりは濡れたらかい金屬線の束のような廃竜の部を、俺は上半の半分が埋まるほどに掘り進んでいき……

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「――これかっ」

『?!! …………――』

やがてそれっぽいものを捉え、

両手でしっかり摑み、思い切り引っぱり出す。

ぶちぶち、といろいろ引きちぎるとともに、

「よっと。――おお?」

ようやくそれを引っこ抜き、その反で廃竜から徐々に離れていく俺。

一抱えほどの、巨大かつ荒削りな寶石のようなもの。

「あ、なあ、核ってこれでいいのか? アンネ」

「……」

ちょうどアンネの側まで漂い戻ってきたので、それを掲げて確認をとる。

しかししばし、返事はなく。

「アンネ?」

「……ム、うん。それがあやつの核で間違いない。……にしてもそなた、」

「?」

「まっこと、容赦ないの。傷を暴くも腑分けも、欠片も躊躇いがないとは……」

「悪(わり)いがこういう奴なんだ」

「いや、むしろ都合はいいのぢゃが……うムム」

ややあって、気を取りなおしたようにアンネが答える。

生きたまま心臓を引き抜くような行為に引いた……というじはなく、ただ唖然としていた様子。

それからどこか納得いかなそうな顔になる彼は置いて、俺はなんとなく視線を廃竜のほうへ。

『――――』

剝き出しの部をそらした格好で、やはりぴくりともかない奴さん。

「死ん……だ?」

「や、気絶、ぢゃの。おそらく。先に言うたが、廃界(ココ)では“死”は訪れぬ。もっともそれがなくとも、あやつめはあれでも死なんのではないかと、我ハイは踏んでおるが」

「死なない」

「うム。生命でありながら、不滅。尋常ならざる“個の強さ”により、ほとんど神の域に至った存在……我ハイの世界にもしばしば現れたものぢゃ。そういったモノは、の」

そのが消えないことにもしやという思いで呟けば、そのもしやを肯定する臺詞がアンネから。

なんかの弾み、もしくは間違いで強くなり過ぎた奴……みたいなじだろうか。

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あらためて廃竜へ、視線を戻す。

「あのまま放っておいても、いずれあやつは自ら核を再生し、息を吹き返すぢゃろう。もっともそれが何時になるか、いや、そも、それはよいことなのやら……。つくづく、何故あやつは斯様なところに留まって……? あれほどの力があれば、どこへなりとも……」

言わぬ巨がなにを思っているか……そんな慨は當然俺にはないが、

けれどもアンネにはなにか思うところがあるようで。羨むような、憐れむような、そんな聲音でなにやら呟いている。

「――んマァ!」

しかし、ほどなく、

「兎にも角にも、これにてすべての要素は揃った! ささ、ガンジよ、早う素のもとまで戻ろうぞ!!」

「あいよ」

勢いよくこちらへ振り向いたかと思えば、そう言って両手をばしてくるアンネ。

それをけ俺は核を〔収納〕しつつ、その小さな手を取って彼を背中へと回し、

「れっつでご~っ! ぢゃっ!」

言われるままに、素の場所まで駆けだす。

「――ではこれより、時空干渉機構の組み上げに取りかかる! のぢゃっ」

巨大な天球儀めいたがらくたの上に、

わざわざ立って、拳を振り上げアンネが宣言。

「主な製作は我ハイの手によって行う。が、ガンジよ、そなたにも助手として活躍してもらうぞっ」

「構わねえが、手伝えることなんかあんのか?」

「もちろんぢゃとも! とくに任せたいのは力仕事ぢゃな。……というか、我ハイのたおやかな腕では、大きな部品などは到底運べぬ」

「そらそうか」

「溶接された外裝をひっぺがすなどもムリぢゃしの。そういう意味では、そなたがおるからこそ組み上げに踏み切ったとさえ言えよう」

振り上げた腕を、そのまま下ろし今度はこちらを指差して続ける彼

言われてみればたしかに、自分でできる作業だったらとっくに一人で組み上げてここから出しているか。あるいはアンネにとっても、俺がここへ落ちてきたのは僥倖だったのかもしれない。

「そーゆーわけでぢゃ、さっそくココの鉄板を剝がしてたも? ガンジ」

「あいよ」

小首をかしげて呼びかける彼に、俺は軽く頷きその側へ。

ともあれそんなじで、作業開始――

――どれくらいの時間を費やしただろう。

で一、二時間ほど取りかかり、そのあと數十分ほど休憩をとる……大そんなくり返しで、俺とアンネは組み上げ作業を続けていく。

無論、主だった細かい作業はほとんど任せきりだが、その他の大雑把な、とくに力仕事では、俺の出番もいくらかあった。雑に扱える部分の力任せの解やら、そうしてできた廃材をうっちゃったりやら。あとは〔収納〕の必要な部品の出しれなども。

も晝も夜もないこの場所では、時間の覚はいまいち摑みにくい。

まして日付に至ってはほとんど曖昧だが、それでも大一日置きくらいには仮眠をとったりなどもした。正直あまり眠い気もしなかったが、目を瞑っていればわりと意識は落ちるし、目覚めたあとは幾分すっきりしたじがするから不思議だ。

「うんムー、……ムフフッ」

「……」

俺が仮眠をとる際、なぜだかアンネも一緒に眠りたがった。

しかも俺に抱きつき、ほとんどベッドか抱き枕代わりのようにして。

神に睡眠が必要なのか。そんな疑問を余所に、アンネは常に、いかにも気持ちよさそうに眠りについていた。時折じろぎしたりむずかるように顔などをぐりぐりりつけてくるのはやや鬱陶しかったが、気にしなければ気にならないし、好きにさせておいた。

そんなこんなで。

「――完ぢゃッ!!!」

両手を振り上げ、アンネが言挙げ。

と隣に立つ、いや浮く俺。

その目の前には完した時空干渉機構。

外観はごてごてとした裝飾のついた、ちょっとした建ほどの大きさがある球、か。機械というよりは前衛蕓のような、なんともいいようのない造形。

「なんぢゃ? ようやくこのしみったれた場所からオサラバできるのぢゃぞ? もっとそなたもホレ、喜ばんか!」

「わあい」

「……」

「いや、ありがてえとは思ってるぞ? 本當に」

こちらもまた、なんともいいようのないかけ合いの二人。他人と盛り上がるとか喜びを分かち合うとか、とことん向いてない野郎と二人きりという狀況。察するに有り余ると他人事のように俺は思う。

「……マァ、気を取りなおしてぢゃ。最後に本格的な起とそのための管理者認証――これらをこなしてこそ、この機構の真の完といえようぞ」

「あれに乗るん……だったか?」

「そうぢゃ。あそこのハッチの……ガンジ、んっ」

「ん」

両手をばしてきたので、近づき背中を向ける。すっかり慣れた所作でアンネの両腕が首に回るのに合わせ、俺は虛空を蹴って機構に近づく。

「開けてたも。――そうっ。ここにそなたが乗りこみハッチを閉めれば、あとは自で各種認証が行われ機構は稼働する。……この虛無の時空を跳躍し、世界と世界の狹間にそなたによる亜世界――“境界廊”を展開させるのぢゃ」

「境界廊……」

機構の組み立て時にも聞いた話。人ひとりが乗りこむための座席がひとつだけ據えつけられているが、いわゆるタイムマシンのイメージのように、これ自が乗りもののように移して時空を行き來するわけではないらしい。

言うなれば、“時空展開裝置”だろうか。如何な世界にも屬さない次元に俺のための世界を構築し、そこから繋げられそうな世界への接続を確立する……そんな流れで世界間の移を行うのがこの機構、そして“境界廊”のしくみと役目。

「つつがなく起れば、機構の前に回廊が現れよう。あとはそれを行けばよい。その先がそなたを待つ新たな世界ぢゃ!」

「っつう話だった、な」

「マァ、何処(いずこ)に繋がるか選べぬのが難なんぢゃがな……。それでもそなたが生くるに適さぬ世界には通じんようにはなっておるし、それにあまりにも縁遠い世界には機能の限界で繋がらん。幾度(いくたび)も移をくり返せばいずれは、そなたの故郷に繋がることもあろうて」

「だといいな」

「そーゆーわけで、ホレ、すちゃっと乗りこんでみてたもっ」

「はいよ、っと」

開いた金屬扉からり、すぐにある座席に著いてざっと見回す。

重機の運転席……が一番近い印象か。ただしハンドルもレバーもないので簡素というか、すっきりしているが。あと金屬板を組み合わせただけの座席なので、座り心地などはむべくもない。まあどうせすぐに立つ席だろうし、問題ないか。

と、不意に。

「――っ」

「……アンネ?」

座る俺へと飛びこんで、アンネがぎゅっと抱きついてくる。

そのまましばし、時間が過ぎる。……いやここでは時間は流れねえんだっけか。けどとして時間が過ぎる覚はあるのだから、それはもう時間が流れているのと変わらないような。

「ありがとう」

元から、ぽつり、と一言。

言うまでもなくそこに顔をうずめているアンネのもの。

こもったような聲音。思わず呆気に取られていると、

「……こんなところに墮ちてきてくれて。我ハイと、ううん、我(ワレ)と出逢ってくれて」

続けて彼が語るのは、謝の理由。

その腕に、縋るようにこもる力。

らかく、けれども溫もりも冷たさもない

人でないものの、

「永劫を、孤獨のうちに過ごすと思うておった。神である我がですら気の遠くなるような時が、ただ終わりなく続くのみ……。――ふふっ、我なら耐えられると、思うておったのだがな」

震える聲。

自嘲するような響きのあと、ようやく顔を上げて俺から離れるアンネ。

泣いているのか、と思っていたが、

向けられたのは涙のあとひとつもみられない、穏やかな微笑み。

ふっ、と。離れた彼は、ハッチの外まで。

「言い忘れておったが、我ハイ(・・・)は“境界廊(それ)”では出られぬ」

微笑みのままに、一人稱を戻しつつ、アンネは告げる。

そうなのか。このまま同行しそうな乗りだったから、すこし意外に思う。

「偶さか墮ちてきたそなたと異なり、我ハイ廃界(ココ)に縛られてもおるからのー。そも、“境界廊”はガンジ、そなた専用の力ぢゃ。我ハイもそうぢゃが、くれぐれも他の者と連れ立とうなどと思うでないぞ? もし他者とともに移せんとすれば……」

「……すれば?」

「――我ハイもどうなるかわからん!」

「……」

「マ、マァ、ろくなことにならんのは確かぢゃて。……たぶん」

いまいち締まらないが、誰かと一緒に世界を移するのはよすべきだと俺も思った。

とはいえ、元々無用な心配な気もする。

この先俺に道連れができるなど、正直考えもつかない。

「――あっ、そうぢゃ!」

不意に、なにか思いだしたように聲を上げるアンネ。

なんだ? と思う間もなく彼はまたこちらに飛びこんできて、

むちゅり、と。

らかく、すこしったようなが、に。

に?

「ムフフ」

ぽかんとしている間に彼は離れていて、

してやったり、みたいににまりと笑っている。

「……なにしてんだ?」

「餞別ぢゃ! なけなしの我ハイの権能をいまのき、キ、ゥ――でちょっぴりおすそ分けしたのぢゃっ、~~~ッ!」

自分からやっといて、盛大に照れまくっている。顔面どころか耳まで真っ赤だが、お前流とかねえよな? どうなってんだそれ。

「ともかくっ、すこし前に話したぢゃろ? 言の葉に乗せて意思を直接伝え、聞く力――それをそなたにも分け與えた。これでこの先何処へ行こうと、こみゅにけーしょんに困ることはなかろうて」

「それは、……まあたしかに必要だし、ありがてえな」

「フフーン! そうぢゃろそうぢゃろ!」

「けどキスする必要あったか?」

「ッ! ――……」

「なかったんだな?」

「……、~♪」

突飛な行の理由についてはわかり、ありがたいのも本心ではある。

けどなんとなく勘で詰めれば、案の定。下手くそな口笛で誤魔化そうとしている児を見やりつつ、そういやこれが俺のファーストキスになるんだろうかと、ふと思う。

いやならねえか。相手児だし、神だし。

「んじゃ行くか」

「あ、あわわっ、そんなすごいあっさり扉閉めようとせんでたもっ?! もっとこう別れの余韻とかフインキとかを大事にぢゃな……っ?」

「どうしろってんだ」

もういいかと金屬扉のノブに手をかければ、慌てて扉に縋りつくアンネ。

挾んでしまう前に腕を止め、溜息ついて呟く。

「ムゥ~……」

なにかを求めるような、児の上目遣い。

気の利いたことを俺に期待されても、相手を間違えること甚だしいと思う。

とりあえず、

ノブから手を離し、アンネの頭でもでてみる。

わしわし、と、がさつな手つきでも引っかからない、なめらかな銀の髪の

「…………」

しばしそうして手を離せば、ぼうっとした様子のアンネ。

こちらをぼんやり見ながらも、とくに反応のない彼にどうしたもんかと思ったところで、

「……え、えへへ」

両手で頭をおさえ、はにかみ、

「――ム、ムフン。今日のところはこれくらいで勘弁してやろうかのっ」

「日付ねえだろここ」

なにやら宣うアンネに、ついつっこみ。

そのやりとりでも彼はふふ、とすこし笑い、

「では、これにてお別れぢゃ」

そう言ってようやく、ハッチの外側へ。

あらためて扉を閉める、

その直前に隙間から見えたのは、どこか満足げな児の笑みで。

「世話んなった。じゃあな」

「うム! さらば、ぢゃ! ――いずれまた、の」

知らずこちらも、別れの挨拶を。

それに返すアンネの聲を聞きつつ、俺は今度こそ扉を完全に閉める。

ごうん、と、唸りを上げ始める機構の振けつつ、

「……いずれ?」

ふと気づき、呟くのと同時に、起は本格的に始まり――

~~~

まばゆい閃と空間そのものを揺るがす鳴

それらが一際激しくなるのに伴い、

「行った、か……」

眼前から消え去る、時空干渉機構“境界廊”の核。

それを見送り、墮ちた時空神アンネ=リンネは、呟く。

そのに湧き起こるは、悲喜々の想い。彼を見つけた瞬間の昂りとはまた違う、五億千二十八萬九十一年七十四日十四時間二十六分九秒ぶりの、言い知れぬのうねり……

その余韻に、彼はそのまましばしをゆだねる。

が、さして長い間そうしていられたわけでもなく。

突如巻き起こる、彼が去ったのと同じようなと揺らぎ。

目の前で起きた異変に、しかしアンネはさほどの驚きもみせず。

「――通じた! 今の時空異常はいったい何事ッ?!!」

やがて、閃とともに虛空に響く、玲瓏たる聲。

同時に現れたのは、妙齢のの姿。

金の髪。青い瞳。目の覚めるような白い

一分の弛(たゆ)みものない、なだらかな曲線を描く肢

凜として、緻に整った容貌。

の極致――そう表すにふさわしい彼の名は、

「おー、アイネちゃんおひさー。五億年ぶりぢゃのー」

「! ……お姉ちゃんッ」

次元神アイネ=ライネ。

世の果てへと封ぜられた姉に代わり、時空を司るアンネの姉妹神。

挙げた手をひらひらと振る姉の軽い挨拶に、事態への張とはまた別の険しさを顔に浮かべる妹。

「んム。我が妹だけに相変わらずの人さんぢゃのー。どれ、なでなでしてやろう。もっと近(ちこ)う」

「いらないわよッ! それよりさっきのはなに?! 今度はいったいなにをやらかしたのッ!?」

なおもとぼけた態度をとる姉へ、いよいよ我慢ならなくなったのか、アイネは相手の手が屆かない程度に、わずかに詰め寄る。

それをまあまあ、と制しつつ、とりあえず先程までの自分の行いを、アンネは白狀する。

おおまかに。そして都合のよくないことは、それとなく隠しつつ。

「……なるほど」

姉の供述を聞き終え、ややあってからそう呟くアイネ。

加えてしばし、おとがいに手をあてる仕草で考えこむ。

その様子を、じっと見守るアンネ。

久しく會っていなかったを、否、霊を分けた妹。その姿を懐かしむ思いが半分と、

己が目論見を気取られやしないかという、そこはかとない張半分が、彼の中でせめぎ合う。

しかし後者はおくびにも出すまいと、努めて裝う。

そんな間がしばし続き――

やがて、

「……はぁ」

心底、仕方なさそうにアイネが溜息を吐く。

「じゃあ、本當にただの人助けで、さっきの時空のれを起こしたの?」

「うム、相違ない。墮ちたとはいえ、我ハイとて神の端くれぞ? 迷い子ひとり救ってやらぬでなんとする、ってなモンぢゃ!」

「…………」

続く問いかけは、胡げながらも疑いのはさほど濃くないもの。

それをけ、あえてアンネは張って大仰に言い切る。

対する反応は胡さの増した無言だったが、それにも怯まず泰然と構える。

ここぞという時こそ冗談めかしたほうが、この生真面目な妹にはかえって効くのだ。

「……まぁ、いいわ」

案の定、呆れたように、しかしどこかほっとしたようにアイネはそう言う。

「見たところおね、……貴の封印に綻びはないようだし。別次元への扉も開いたのは一瞬で、今はもう閉じているようだし。――というか、そういうコトするならあらかじめ知らせてほしいものだわッ! ホントにいつも、唐突に突飛なコトするんだから……っ」

腕を組む姿勢での、拗ねたようなぼやき。

そこに疑いのは見られず、まっこと素直なよい子ぢゃのと、アンネは微笑ましい心持ちになる。

の封印にも、廃界の次元そのものにも、

なんの細工もしていないのは確か。

否、細工できなかった、が正確か。権能の大部分を失っている今、そこまでの干渉はそもそも自分には不可能なのだ。

だから細工は、彼に施した。

より的には“境界廊”……いや、いまや彼の力となっているだろう【境界廊】に。

すべての次元を一本の樹に例えるなら、

ひとつひとつの世界は、そこからびる枝……

そして【境界廊】とは、その枝と枝に蜘蛛のように糸をかけ渡る(すべ)。その糸そのもの。

一度渡ればその糸は切れ、後戻りはできないが、

切れた糸は枝と枝――世界と世界にわずかな名殘となる。

その名殘に、ひそかに織りこまれたるは、アンネの神威(しんい)。

彼が世界を巡るたび、その名殘はすこしずつ増えていくだろう。

そしていずれ、數多の世界の名殘を束ね、

それをもって、このの世より我がを引き上げる綱とそう。

(願わくば……その暁には、そなたとともに歩みたい。そしてもし許されるなら、我(ワレ)は、そなたの――)

「……ちょっと、なにニマニマしてるの?」

「ムぅえっ?!」

ふと気づけば、再び胡げな目を向ける妹の姿が。

を指摘され、思いの外変な聲が出てしまう。

それをけアイネ、ますます視線を疑わしげなものに。

「やっぱりよからぬコトを考えてるんじゃ……」

「ひ、神(ヒト)聞き悪いのアイネちゃんっ。これはホレ、久方ぶりにカワイイ妹に逢えたがゆえの口元の緩みであって、」

「そ――」

慌ててアンネが言い募る、

その途中でアイネの真っ白なに、さあっと差す赤み。

「――そんなまた、適當なコト言ってっ。さっきのもそうよッ! 五億年とか大袈裟な……ッ」

「ム? それはホレ、向こうと廃界(ココ)では時間の流れが違うからして」

「あっ! そ、そうだったわね……」

照れて冷靜さを欠いたのだろう。時を司る神らしからぬ思い違いをアンネが正せば、途端にアイネは、わずかに気まずげな表を見せる。

元の世界での時の進みは、おそらく五百年かそこらだろう。で百萬倍の時の流れの隔たり……それを気に病んでくれる妹の心を、やはり微笑ましく、そして誇らしくも、アンネは思う。

「やっぱりなでなでさせてたも?」

「なんでよッ!? ~~~あぁ、もうっ! どれだけ経ってもお姉ちゃんはお姉ちゃんで、心するやら呆れるやらだわ……ッ」

しさを態度で示したくなったが、案の定返ってきたのは鋭いつっこみ。

それから、纏った煌びやかな裝飾の施された薄絹を、ふわりと翻し背を向けるアイネ。

「ともかくッ、問題ないようだし、アタシは帰るわ。あまり座(ざ)を空けておくわけにもいかないものっ」

「おつとめ苦労さんぢゃの~。達者でおれよー、アイネちゃん」

「……姉さんも。ヘンなコトしないで、おとなしくしててよね」

ひらひらと手を振り見送るアンネ。

そんな自分に最後に一言と一瞥だけくれて、また閃とともにアイネは廃界を去る。

名殘りも余韻もなく、

ただ元の、底なしの靜寂へと返る、茫洋たる虛空。

「…………」

されど今しばしは、

彼に出逢うまでじていた、無盡の寒さと空しさを、忘れていられるだろう。

彼の旅路が、

いつか我を、この虛空から救い出してくれるから。

「~♪」

目を閉じ、口ずさむは、もはや詠み人も思いだせぬ、古い古い歌。

微かな、しかし澄んだその歌聲は、虛空を細波のように揺らし、遠ざかっていく――

とりあえずここまで。

続くかどうかは、未定です。

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