《ニジノタビビト ―虹をつくる記憶喪失の旅人と翡翠の渦に巻き込まれた青年―》第21話 ニジノタビビトの

キラは早速フレンチロースト作りにかかった。バットの居場所をニジノタビビトに教えてもらって(ないかもしれないと思いながら聞いたが、ケーキクーラーまでセットであった)、そこにミルクと砂糖となんの鳥のかはキラもよく分かっていない卵をれて混ぜ、橫半分にスライスしたクロワッサンを浸した。

「あの、昨日の夜に考えたんですけどね」

キラはクロワッサンが崩れないように菜箸でそうっと裏返しながら張の表れた、はっきりとしない口調で切り出した。なんとか食べる前にこの話に切りをつけたいと思っていたが、クロワッサンは生地が層になっているので半分にスライスしてしまえばすぐに卵が染み込んでしまうし、焼き時間も長くないのであまり時間の猶予はなかった。

「これから、最低でも半年くらいはずっと一緒にいるわけじゃないですか、いや、俺がいさせてもらうんですけど。それでその、俺、自分の名前が、いや、なんていうか、あっ」

ひっくり返そうとしていたクロワッサンの半の一つがベチャッと音を立ててひっくり返らないまま卵に沈んだ。

昨日の夜、キラはニジノタビビトに稱をつけたいと思って、なんてつけようかまで考えたところで寢落ちしていた。だからどう順序立てて話せばいいのかが纏まっていなかった。キラは落としたクロワッサンの半を改めてひっくり返しながらもう一度話し始めた。

「その、ずっとタビビトさんって呼ぶのも味気ないなと思いまして。きっとあなたがあなたであるための名前があるでしょうから、それとは別に、名前というかあだ名というか、稱をつけて呼びたいなと、思ったんです」

今度はスルッと言葉が出てきた。ニジノタビビトはキラがクロワッサンの半を落としたとき、視線だけかしたものの何も言わず、ここまでずっと黙って聞いていた。キラは途中で何か問いかけられたら何を言えばいいのかもっと分からなくなっていたことだろう。

「……それで、レインなんてどうかなって。由來はシンプルにレインボーと、雨のレイン。ほら、虹は雨上がりにかかるものでしょう」

「レインボー?」

ニジノタビビトはキラの言葉をそのまま繰り返した。キラはすぐに気がついて菜箸を持ったまま箸先に殘った卵が垂れてキッチンの作業臺を汚してしまわないように気をつけてニジノタビビトの方を振り返った。

「レインボーっていうのは星メカニカでの虹の言い方の一つなんです。レインは雨ですね」

ニジノタビビトはその不思議な目をキラキラぱちくりさせてキラの目を見返した。そしてゆっくりと笑って心臓があるところがどうしてかじんわりと暖かくなるのをじていた。

「うん、いいね。素敵な名だ。そう呼んでくれたら嬉しい」

キラは首を右にしだけ傾けて、相好を崩した。二人とも不用に笑っていた。

「うん、うん。改めてよろしくな、レイン」

このとき、やっとキラはニジノタビビトの心に向かって一歩踏み出すことができた。クロワッサンのフレンチトーストを焼くときの匂いが濃く、濃く二人の記憶に染みついていた。

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