《ニジノタビビト ―虹をつくる記憶喪失の旅人と翡翠の渦に巻き込まれた青年―》第23話 虹をつくること
キラとニジノタビビトはその距離をはかりかねながらも、時々ほんのしだけ踏み込んでお互いのことを知りながら過ごしていた。それでも毎食料理を作る時間と食べる時間、それから二、三日に一回ぐらいキラがつくるお菓子が、二人の距離と空気を程よいものにしていた。
キラが最初に作ったお菓子はプリンだった。記憶力がよかったもので、何度も作っているプリンといくつかの焼き菓子の材料の分量は覚えていた。宇宙船にはどうしてか立派で大きいオーブンレンジと二日目にクロワッサンを卵につけるときに使った大きめのバットがあった。これでオーブンで湯煎焼きができる。プリンはあと卵と砂糖とミルクとカップがあればできるので、今宇宙船にある食材でとりあえず作れるもので思いついたのがこれだった。卵とミルクがそこそこ減ってしまうとは言ったのだが、食材には余裕があったので作ってほしいと言われ、作ることになった。これが、フレンチトーストを作った翌日のことである。
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本當はホイップクリームがあるともっと嬉しいのだが、それは次の買い出しの時に買うことにしようとニジノタビビトは言った。そして気がつけばタブレットで々レシピを見て回って、何が食べてみたくて作ってもらうのか、それに必要な材料はなんなのかをリストアップしていた。
その二日後、これもある材料でできる範囲を探った結果、キャラメルアーモンドを砕いて混ぜ込んだアイスボックスクッキーを作った。これは薄力と卵とバターと砂糖さえあればプレーンのクッキーが作れるのでそれでもよかったのだが、それはニジノタビビトがストックで買い込んでいたお菓子の一つにあったので、一工夫加えてフライパンで砂糖を溶かしてアーモンドを投し、カラメル化するまで加熱して作ったキャラメルアーモンドを加えることにした。
アーモンドやカシューナッツ、セルリナの種などのナッツ類はビタミン、ミネラル他の栄養素の補給によく、小腹にもたまるのでいくらかストックされていたのだった。ニジノタビビトは、次の星でクルミやチョコレートチップ、それとキラに教えられて初めて知ったココアパウダーも買うのだとキラお手製のクッキーを食べながら息巻いていた。
「だって、お菓子に使えて、飲んでも味しいなんてすっごくいいじゃない!」
とはニジノタビビトの言である。
次の目的地である第六二四系の第七星クルニに明日、著地地點の時刻で晝前には著こうかとなった日の夜、明日に備えてもうそろそろ寢るかといった頃にニジノタビビトは重々しい雰囲気で口を開いた。
「もう明日には、第六二四系の第七星クルニに到著予定だ。それで私は目的のために、虹をつくる。えも言われぬを抱える人々や、大きな思いを抱く人たちと出會って、の現化を行い、カケラを七つつくる」
ニジノタビビトは、この話をするのが怖かった。だって、この話をしてキラを怖がらせてしましやしないかと思っていたのだ。まだ出會って一週間すら経っていないけれど、キラに怖がられてまた距離が広がって、一線どころは何線も引かれてしまうのではないかという恐怖心があった。
「の現化」という技は今の所存在していないはずである。過去希われたその技は、とある蕓家が落とした一滴の雫によって、まるでであるかのように扱われることとなってしまったためである。
『の現化をすることで代償などは存在しないのであろうか。例えば、現化したが消失するだとか、心が欠けたようになったしまうだとか、壊されてしまうだとか』
心というものは扱いが難しいものである。目に見えないからある人の心が元気であるのか傷ついているのかは當人にしか、下手をすれば當人にすら分からないもので、ついてしまった傷は時間が解決してくれるものでもない。
蕓家は後に『違う。の現化を止めたかった訳ではない。私がするたちが現化されたとしてどうなるのかをきちんと確かめておきたかっただけなのだ』と言った。このような狀況にしたかった訳ではないと嘆き悲しみ、後悔して改めて訴えたというが、その事実は殘念ながら近親者のみにしか知れ渡らなかったという。蕓家は作品という形である種、の現化をしている人たちであるのだから、殊更この研究には敏であったのかもしれない。
杞憂とはどんな事象にも発生してしまう。それが杞憂であるかどうかがその人、その時には分からないことが多かったりする。
蕓家は、自らの作品にを賭してきた。しかしそれも自(・)分(・)の(・)(・)(・)を(・)賭してきたので、自らのものであることから問題はなかった。それが作品以外の形で現化されてしまったときどうなるか想像がつくようで全くつかなかったことが怖かっただけだったのだ。
そんなのような扱いをされている技を虹をつくるために使っている。だから、ニジノタビビトはキラになんと思われるのか恐ろしくて仕方がなかった。
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