《ニジノタビビト ―虹をつくる記憶喪失の旅人と翡翠の渦に巻き込まれた青年―》第52話 ホリデイ

その日、宇宙船に帰ってきたのはいつもならもうお風呂にり終わっているくらいだった。キラとニジノタビビトはいつも夕飯をとってから順番にシャワーを浴びる。キラは斷固として片付けを自分がすると譲らなかったので、いつもニジノタビビトが先にシャワーを浴びてその間に片付けをする。とはいえ、節水のために食洗機が設置されているためフライパンや鍋を洗うくらいのもので、時々翌日の朝食の仕込みをするくらいのものだが。

「ねえキラ、明日は予定もないからゆっくり起きようか。朝寢坊しちゃおう」

ニジノタビビトはキラがシャワーを終えて出てきたところを見計らって言った。確かにこの星での最大の目的である“虹をつくる”ことはラゴウの都合もあって明後日と決まっている。昨日今日の目標であったラゴウとの話し合いも無事に達されたため、明日は完全にフリー、束の間の休息。言ってしまえば暇であった。

キラはキラなりに明日をどうやって過ごそうか考えていたりしたが、それは別にニジノタビビトが言うように朝寢坊しても問題なく実行できるので、たまにはそれもいいかと思った。

「じゃあ明日の朝はアラームなしで起きよう」

「うん。もし私が全然起きてこなかったら先にご飯食べててね」

「ハハ! レインもな!」

昨日よりも遅い就寢となったしは昨日よりずっと疲れていて、思わずボフンとし埃を立てながらベットに橫たわってしまったが、どことなく充足に満ちていた。キラは達と期待とほんのしどうなるのだろうという不安のような気持ちを抱えて布にくるまった。

「ん……何時だろ。レイン、起きてるかな」

翌朝キラが目覚めたのは日がすっかり高いところに差し掛かっているころだった。これが明日ならもうすでに約束の時間を過ぎていることだろう。

し寢過ぎたせいかボーッとする頭をかいてしばらくベット上で頭を揺らしていたが、すぐに覚醒して食卓のあるリビングのような部屋につながる扉をくぐった。そこにはニジノタビビトがいなかったが、ひとまず顔を洗うために洗面所へと足を向けた。

「あ、キラ、おはよう」

「レイン、起きてたのか」

「うん。と言っても私もさっき起きたばかりだよ」

ニジノタビビトはちょうど顔を洗い終わってタオルで顔を拭いていた。キラはニジノタビビトが洗面所で出會したのは初めてのことだったので、ニジノタビビトが朝の洗顔の時にヘアバンドを使っているのも初めて知った。

ニジノタビビトとれ替わりに顔を洗って口も濯いでからリビングに戻った。

「レイン、朝ごはん、もうブランチだけど、何食べたい?」

ひとまず紅茶を淹れてそれを二人で飲みながらキラが問いかけた。キラが使うのはもちろんニジノタビビトがつい買ってしまった永い時を生きた松ののマグカップだ。もうすっかり朝ごはんを二人で決めて、ニジノタビビトがときどき手伝いながら作ることにも、星メカニカの自宅より広いキッチンにも慣れていた。

「そうだなあ……。何にも決めずに寢ちゃったもんね」

「実は今日一緒にパン作りたいなとは思ってたんだけど、この時間だからそれはおやつかな」

「ほんと!? 材料は足りるの?」

「いや、実はイーストがない。だからなんか食べて買いに出て、それでパン作ろうかなって。たまに借りてたタブレットでレシピ見たんだけど多分おやつまでには間に合うから」

基本的にタブレットでレシピを検索して食べたいもの、作ってしいものをブックマークしていたのはニジノタビビトばかりだったが、キラもこの星につく一週間の間に暇があってニジノタビビトが使っていない時に検索したりしていた。最初は星メカニカの報が得られないかと試したのだが、距離があり過ぎて得られた報は數ヶ月も前のものだった。

そこでキラもニジノタビビトに喜んで貰えそうなレシピを検索するようになったのだが、ふと、パンを作りたいと思って諦めたことがあったことを思い出した。

その時は道や材料を買うより買いたいものがあったし、パン生地をこねるようなスペースもないなと思って諦めたが、この宇宙船のキッチンにはどうしてか大抵のものがある。大きなボウル、麺棒、挙句の果てにはパン生地こねられるようなマットまである。強力はニジノタビビトがキラと出會う前に薄力との違いが分からずに買ってしまったものが未開封で戸棚にしまわれていたのを確認している。ニジノタビビトはせいぜい使って鍋とフライパン、ヘラとトングくらいのものだったのでそ(・)の(・)大(・)抵(・)のほとんどが寶の持ち腐れになっていた。

「じゃあ、朝ごはんも外で買って食べよう!」

準備してくると言いながらニジノタビビトは自室に引っ込んでいった。そしてひょこっと扉から顔だけ覗かせて、キラも早くと急かした。

キラはその素早さに呆気に取られたが、すぐにクスクス笑いながら外に出る支度のために自分のスペースへと足を向けた。

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