《ニジノタビビト ―虹をつくる記憶喪失の旅人と翡翠の渦に巻き込まれた青年―》第54話 朝焼けのうた

「わ、わ、すっごくいい匂い! すっごくきれい!」

ニジノタビビトは天板を臺の上に出してこんがり焼きのついたパンを見て、ミトンをはめたままポフポフと手を叩いた。キラは実のところちゃんと発酵できるのか、うまく焼けるのかが不安だったので今焼けたパンを見てホッとしているところだった。そして飛び跳ねるように喜ぶニジノタビビトに自分まで嬉しくなった。

「よし、ちょっと暑いけど焼き立てを食べちゃおう!」

大満足のおやつを終えて、二人はすっかり満腹だった。本當は明日の朝ごはんに二つずつくらい殘しておこうかと思ったのだが、二人して食べきってしまった。食べてみたら思っていたよりもふわふわで軽くてついつい手をばしてしまったのだ。これでは晩飯がらないかもしれないねと笑いながら並んでソファーに腰掛けてぐっと後ろに重をかけた。

「明日、うまくいくといいな」

キラは小さくポツリとつぶやいた。詳しいことはまだ分かっていないし、想像もついてない。本當は自分は現化が如何なるものであるのかを見定めるような約束があるのに、今はニジノタビビトが悲しくなるようなことをしていないことを祈るのを通り越して、ラゴウの虹がしく立派に空にかかることばかりを祈っていた。

「きっとうまくいくよ。ううん、絶対に功させてみせる」

ニジノタビビトは願いと祈り織りぜて言った。

その日の夕食はメニューにしては多キラが時間をかけていたようだったが、し遅めに、軽めに済ませた。二人ともおやつにお腹いっぱいパンを食べたのでお腹が膨れていた。し遅めと言っても昨日の方が遅かったくらいで、いつも通りに寢支度まですませた。

ニジノタビビトは今まで何度も虹をつくってきたが、その直前はいつも心臓が早鐘を打っていた。失敗しないように何度もシミュレーションをしてきているし、すでにそこそこの経験を積んできた。それでもきっと何度虹をつくったって、功させたって虹をつくる前のこの時間がなくなることはないのだろう。

ニジノタビビトが目を覚ましたのはまだ恒星が地平線から顔を出して間もない頃だった。キラはきっとまだ寢ているだろうからとそっと部屋を出て宇宙船のり口を開けた。まだ空気が溫まっていなくて寢巻きのままでは寒い。しかしこのしの冷たさが今のニジノタビビトにとってはちょうどよかった。

靴も履かずに素足のまま草の上に一歩踏み出す。朝で足の裏やらくるぶしのあたりやらがるのじながら、ゆっくり一歩、一歩と足を進める。すぐそこの森からは小鳥と蟲の鳴き聲が聞こえていた。

宇宙船から見えていたし小高い丘のてっぺんまで登ってくるとそこで足を止める。この星に來てはじめにキラと並んだ場所。今日はいよいよここから見える小さな森の向こうのあの街に行ってラゴウとケイトと合流する。それから、虹をつくる。

早朝の、昇りかけの恒星のは強く、ニジノタビビトは目を細めながらいつの間にか十二個前によった星で雙子の子供に教えてもらった歌を口ずさんでいた。その歌は雙子の生まれた地域に古くからあるおまじないのような歌らしく、悲しい時や寂しい時に元気を出すため、あるいはこれから何かに挑むときに勇気をもらうために歌うのだそうだ。歌詞なんてあってないようなもので、ルルルでもラララでもなんなら鼻歌でもいいような曲。それでもその忘れられないメロディーは今の自分を元気づけてくれる気がしていた。

恒星が地平線とれているところがなくなるとニジノタビビトの歌もゆっくりフェードアウトして、一呼吸の後に踵を返し宇宙船の方に歩き出した。俯きながら草が足の指の間をくすぐってくるのがこそばゆい。

丘を降りきった頃、やっと宇宙船の前に誰かが立っていることに気がついた。いや、誰かだなんて言うまでもない。キラだ。ニジノタビビトはキラを認めると一度足を止めたが、すぐに歩き出した。その速さはさっきよりも速く、だんだんスピードを上げてそのままし走るようになる頃にはキラの目の前についていた。

「おはよう、レイン」

キラはらかく笑って言った。キラも寢巻きのままの姿で、足には靴を履いていた。キラは腕にかけていたブランケットを広げるとニジノタビビトの肩にかけて、中へと促した。

「さ、あったかいココアでも淹れようか」

キラは何も聞いていないのに、どうしてか々分かっているような顔をしていた。

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