「あ、いたね」

増川はその様子を見ても歩く速度すら変えなかった。ただ指を差してみせた。

凜太はいよいよ審判の時が來たという思いだった。住宅街の道の上、いくつか差點を挾んだ先にいるのでまだぼんやりとしか見えない。

あれが自分の知っているか否かで次の自分の心境が大きく左右される……。もうし目を逸らしていたい……お願いだから別人であってくれ……。

自分の靴を見ながらもうしだけ歩いて、足の指をぐっと握った凜太は顔をあげる。ゆっくり瞼をかしてにピントを合わせると全貌は確認できた。

たぶん……違う……。

いや、絶対に違う。あれはあのじゃない。來ている服も歩き方も違っている。それにあのが纏う暗い雰囲気はあんなもんじゃない。形容しがたいが、見ているだけで不安になってくるようなじが見ているには無かった。

「じゃあ俺があのの子を引きつけるから草部君が患者さんの治療始めてくれる？俺もすぐ戻ってくるから」

「はい。了解です」

良かった……本當に良かった。凜太は増川がの気を引くように近づいていく姿を見ながら患者らしき男のほうへ向かった。まだ気を抜けないけどたぶん大丈夫なはず。

増川が手を叩きながらの橫を通り過ぎると、は増川のほうへ手をばして歩き始めた。襲い掛かることも無く、進行方向を変えるだけだった。

「もう大丈夫です。助けにきました」

一息つくと、凜太は男に話しかけて治療を始めた。男は増川がを連れて見えなくなっても震えて、近くにあった電柱に抱きついたままだった。

ただ歩いてきていたのどこがそんなに怖いのか不思議ではあったが、夢の中の本人にしか分からないがあるのだと思った。起きてから何であんな夢で自分は怖がったり喜んでたりしたんだろうなんて思うのは聞いたことがある話だ。

凜太が熱心に話しかけていると男は落ち著いてきて、ここが夢であることも理解した。そうすると男は凄い勢いで凜太に謝した。

「これで死なずに済むよ」、そんなことまで口走って電柱から凜太の足に抱きついた。男に抱きつかれる趣味は無いと思いながらも、凜太もそれは良かったと男の肩を叩いた。

男を道端にダンボールを枕にして寢かしつけると、凜太は散歩を始めた。考え事をするには座ってじっとしているよりもそっちのほうが良いと思った。天気もいいし、石ころでも蹴飛ばしながら。

が別人なのは良かったけれどそれならそれでこの悪夢は何なのだろうか。同僚たちはあまり深刻にはしていなかったけれど彼らは変人が多い。宮部と桜田なんて問題が大きければ大きいほど喜ぶだろうし。普通なほうの増川もなんだか楽観的だった。

しかし、かなり異様な出來事であると1つ問題が解決した凜太は考えていた。考えすぎだとは思わない。増川の言う通り考えても答えは全く見つからないけれど。

増川がを連れて行ったほうへ歩いていたが、増川の姿は見つからなかった。夢が覚める前に一応合流しておきたかったけれど、的にどこに行ったかは分からない。

まさかやられたとは思えないが、このまま散歩したまま會えないで終わりだろうう。

患者の男を寢かしたところから隨分離れて、住宅街からちょっとしたビルが立ち並ぶどこかの駅前まで來た時だった。凜太はある景を見て心臓が止まるほどの戦慄を覚えた。

やはり一目で分かる。あのだ……。駅の駐場の方から凜太の悪夢のが歩いてきていた。