部屋に中央に立った凜太があれやこれやと部屋の中を見ていっていると、し目を離した隙にベッドの上の長い髪が上に移していた。

顔のほとんどが黒い髪に覆われたまま、あのは凜太のことを見ていた。睨んでいる訳でもないのに、黒目の視線が鋭い。

これから悪夢を始めようというのか……。

でも大丈夫。今回のこの夢は明晰夢だ。見る夢のコントロール権は凜太が持っているはずだった。

凜太は馬場から言われたことを思い出しながら、急いで夢を書き換える為に頭を働かせた。ここは花畑だ。小鳥のさえずりが辺りに奏でられて太とフローラルの香りに包まれた天國のような場所だ。病室じゃない。

凜太はの中で唱え続けた。あのに見つめられながら。見える景をがらりと変える為に。しかし、すぐにはそれを達することができなかった。凜太も警戒してあのを見つめたまま、心臓の鼓だけが早く変化する。

次第に凜太の念はこの夢を花畑に帰ることから、あのを消すことに切り替わった。とにかく消えろ消えろと思い続ける。こいつさえ消してしまえば落ち著ける。

しかし、それも上手くいかなかった。煙になってふわりと消えてくれるように……水になって溶けるように消えてくれるように……頭の中では完璧にイメージ出來ているのにも関わらず、あのはその場へ居座り続けた。

一瞬怖くなってしまって凜太が目を逸らすと、その先には赤い花が見えた。消えろという念を続けたまま見たそこでは赤い花が瞬きの隙に消えた。

夢だと理解できている。だからはっきりと明晰夢になっているはず。そこでこれだけ頭を働かせられて、なぜあのは消すことができないのか。凜太の焦りはどんどん膨らんだ。

たしかに謎の雰囲気というか、勝手な覚だがあのには自分の念が屆いていないようなじがした。この場所で頭を働かせると軽い頭痛のようなものが頭を走って視界が揺らぐのに、あのだけはその悪い視界の中でもはっきりとそこにいた。

まだ続けて念を送ろうとすると、ついにあのはベッドから下りようとした。足を浮かせて……床に足を付ける。

それと同時に凜太はあのに背中を見せて部屋から出ようとする。

聞いていた話と違う。夢だと分かれば後は簡単なものじゃなかったのか。自分が念じればどんな世界だって思いのままじゃなかったのか。凜太はこの眠りの中で春山と結婚するつもりだった。

手をばし摑んだドアノブを強くかす。しかし、いつも見ている悪夢と同じようにそこは微塵もいてくれなかった。