《指風鈴連続殺人事件 ~するカナリアと獄の日記帳~》2001年7月31日(火)
この日、俺は學校に出向いた。
マスコミがまだ何人かいて、カメラを回していた。
俺の顔と名前は、未年ってことで報道されていなかったから、そういう點であれこれ聞かれることはなかったけれど――ただ、事件についてどう思うか、とマイクを向けられはした。俺は當たり障りのないことを回答したが、その途中で、ふと気が付いた。マスコミの人たちなら、俺が知らない報を知っているかもしれない。ここはうまく立ち回れば、逆に犯人に繋がる報を得ることができるかも……。
そんな中、新聞記者の木戸というが、俺に聲をかけてきた。
茶髪のポニーテールがよく似合っている、若くて、きれいな人だった(のちに知ったところでは、もう30歳だということだけど、とてもそうは見えなかった……)。
その木戸さんは、なんとなく信用できそうな人だったので、俺はインタビューに答えつつ、実は自分が被害者のなじみであり、第一発見者のひとりであることを伝えた。すると木戸さんはおおいに驚いて、
「あなたがまさか、発見者の天ヶ瀬くんだなんて……。……分かりました。あなたの名前や顔を出すことは絶対にしませんから、取材に答えていただけませんか?」
と、言ってきた。むところだ。
木戸さんは車で來ていたので、俺はその自車に乗って、10分ほど走ったところにある古い喫茶店にった。
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喫茶店にり、俺はコーラを、木戸さんはアイスコーヒーを注文して、そこから取材を始まりだ。木戸さんはテープレコーダーを取り出して起させると、俺に対して事件のことをひとつひとつ、丁寧に尋ねてきた。
俺は自分の知っていることを全部話した。別にやましいことはない。知っているままを語ればいい。――ただ、若菜の死を発見したときのことは、しゃべっていて気が重くなったし、木戸さんも「大丈夫?」と気を遣ってくれたけど……。新聞記者っていうと強引なインタビューをしている印象だけど、こういう優しい人もいるんだなと、しほっとした。年下の俺に対してもずっと丁寧だし……。
で、取材がある程度終わると、今度は俺が、逆に尋ねた。
「これまで、あの地下室で、3回も死が発見されているって、本當ですか?」
「それは本當です。21年前に死が発見されてから、7年に1回、必ず死が見つかっています。……私も、今回の事件を擔當してから知った事実ですが」
「俺、そのへんを詳しく知らないんです。よかったら教えてもらえませんか? 気が付くこともあるかもしれないし」
そう言うと、木戸さんはうなずいて、「あくまで報道されていることしか、私も知らないのですが」と前置きしたうえで、これまでに起きた出來事をすべて話してくれた。
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「まず最初に事件が起きたのは、21年前、1980年のことです。M高校のあの地下室の奧――そう、堂若菜さんのが発見されたあの場所で、當時、M高校の1年生だった岡部子さん16歳が、斬殺死で発見されました。日本刀のようなもので、激しく袈裟斬りにされていたそうです。
當時、あの地下室には施錠がなされておらず、高校の生徒はもちろん、外部の人間でも侵し放題だった。夜になると近隣の暴走族などが、肝試しとしてよく忍び込んだそうです。実は岡部子さんのを最初に発見したのも、夜になって侵した暴走族だったんですよ」
「なるほど、それで……」
俺は首を縦に振った。
あの地下室には1980年ごろの新聞や雑誌がやたら落ちていた。
それは當時の學生や、暴走族が持ち込んで、あの地下室で騒いだりしていたからだろう。
「岡部さんを殺した犯人は見つからなかった。人から恨まれるような格ではありませんでした。家族構も、父、母、それに同じくM高校の3年生だった兄との4人家族で、平凡なもの……。お兄さんについては、同じ高校にいた関係で特によく取り調べられたそうですが、けっきょく無実が証明されています。……その後、これといった事件の目撃者も証も見つからず、事件は迷宮りになったのです。ですが、が発見されたことで地下室は施錠され、それまでのように人が自由にることはできなくなった。――表向きは」
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「表向き? といいますと……」
「実はあの地下室は、もうひとつ出り口があったんです。學校の東側に雑木林がありますが、あちらのほうにも地下室とつながっている地下通路があったのですよ。――天ヶ瀬くん、あなたたちが最初に冒険をしたあのです」
「あの! やっぱりあそこは、地下室と通じていたんですか」
「そうです。1980年の時點で、の周囲はかなり木々が生い茂っていましたし、地下室の奧にある階段もゴミで埋まっていたので、そちらまでは気付かれなかったのですが……。しかし學生はいつの時代も好奇心が旺盛です。M高校の生徒たちは東側の抜け道があることを知っていた。事件直後は、さすがに地下室に近づく人もいなかったようですが、數年も経つと、やはり冒険心で地下室にる生徒たちも出てきた……」
「俺たちのように、ですね……」
俺がそう言うと、木戸さんはクスッと笑った。
「そうですね。――ところがそこで、やはり事件が起きた。1987年、M高校の教師、北條凜が地下室の中で殺された。23歳。まだ新人の國語教師でした。事件発覚の2日前から家に帰っておらず、心配した両親が警察に捜索願を出し、その後、まさかと思って警察が地下室にってみたところ――やはり、あの奧の部屋で、今度は後頭部を毆られて、殺害されていたのです」
「…………」
「生徒ではなく、先生がなぜ、あの地下室で殺されていたのか。まったく分からず、この第2の事件も犯人は見つかりませんでした。北條凜はおとなしい格で、しかし子生徒の悩みをよく聞くことで人気のあった教師でした。家族構は、両親と自分だけの3人家族。やはり生活にトラブルは見つからず、なぜ彼が殺されたのか未だに分かっておりません」
「…………」
そのとき俺の額には、玉のような汗が浮かんでいた。
冷房が効いている店なのに、なぜだか異様に暑かったのだ。
「2回もが発見されたことで、學校関係者はさすがに慌てました。もうあの地下室は埋めたほうがいいという意見が職員からも噴出し、ついに埋め立ててしまおうということになりました。學校開業當初は予算の関係で放置されていた地下室ですが、折しも時代はバブル景気。予算は潤沢にあったので、こんな事件現場は一気に埋めてしまおうという話になったのです。――ところが」
木戸さんの目が、わずかにった。
「……埋まらなかった。地下室は、埋め立てされなかったのですよ」
「そ、それは、どうしてですか?」
「……死んだんです」
「え?」
「埋め立て工事をしようとすると、関係者が。……次々と病気になり、死んでいったのです」
「…………」
汗が、ますます滴った。
そのとき俺は、コーラを飲もうとして、すでに飲み切っていたことに気が付いた。
いつの間に飲み干してしまったんだろう。まったく気付かなかった。木戸さんが気を利かせて、改めてコーラを注文してくれた。
「埋め立て工事はいっこうに進まず。やがて引きける業者もだんだん減っていきました。あの地下を埋める工事だけはやめておけ、あそこにはきっとなにかがある。戦時中に病院で殺された人間たちの呪いが、祟りが、恨みが、きっとあの場所には染み込んでいるんだ。――そういう意見が業界中に広まったのです。……ですがそれでも、やろうという人は現れた。祟りなんてきっと噓だ。みんな病気で死んだんだ。連続で死んだのはただの偶然だ、そう言って埋め立て工事が開始されました。學校東側の、雑木林の中のはそのとき埋め立てられたのです。そこまではよかった。――ですが」
「……また、死んだのですか。人が」
俺が尋ねる。
木戸さんは、首肯した。
「1994年、M高校の2年生だった三段坂夏さんが、あの地下の奧の部屋で絞殺死として発見されました。……たまたま、埋め立て工事のため、あの地下室のり口の鍵を開けた日が2日ほどあったそうです。おそらく、その隙に何者かが、あの場所で三段坂さんを殺した、もしくは殺したを運び込んだのです。……三段坂さんは、前の2人と違ってやや素行に問題があり、4人兄弟の次でありつつも両親兄弟との仲は悪く、本人も、男を相手に売春を行うようなでした。それだけに、三段坂さんを殺したのは買春を行った男ではないかと推測されましたが――けっきょくこのときも、犯人は見つからなかったのです」
「…………」
「次々と工事関係者が病死し、さらにまた新たなが発見されることによって、最後の工事業者も完全に込みしてしまいました。――地下室を埋めようという人間は、こうして誰もいなくなった。ただ、東側のを塞ぎ、西側のドアにきっちりと鍵をかけることだけして、あとはもう、すべてを忘れてしまおうと、そういうことになったのです」
「……あ……」
俺はしばし呆然としていた。
何気なく通っていたM高校。
興味本位で近付いたあの地下室。
それがまさか、こんな、異様な連続殺人事件と関わりのある場所だなんて!
1980年、1987年、1994年、そして2001年。
7年に1回、必ず若いが死ぬ。あの場所で死として発見される。そしてあの地下を埋めようとしたら業者も病死する! なんだこれは、なんだこれは!! そんなおぞましいことがありえるのか!? ありえない、ありえない!!
「だ、だけど」
俺はコーラを一口飲んで、カラカラに渇いたの奧を潤しながら、絞り出すようにつぶやいた。
「4回も起きた死棄事件……。すべてが同じ犯人とは……限りませんよね。21年も月日が流れている……。だから、その……あの地下室が現場ではあるけど……。すべてが別々の事件って可能もありますよね……」
そう思いたかった。
すべてが連続の事件となると、これはもう怪奇とか異様を通り越したなにかだ。
こうなると、俺の手にはもはや負えない。若菜を殺された悔しさや怒りよりも、そのときの俺は恐怖のほうをじてしまっていた。
だが――
木戸さんは、そこで、靜かに言った。
「同一犯の可能があるのですよ」
「え……」
「過去3回の事件と、今回の、堂若菜さんの事件。……巻き起こした何者かは、すべて同じ人間……」
「な、なんで、そういうことが言えるんです?」
「すみません、言い忘れていました。……実は4回の事件にはすべて、共通點があるんです」
木戸さんはアイスコーヒーを、俺と同じように一口だけ飲んで――そして言った。
「指風鈴」
「……!」
「と、あなたのお友達は表現したそうですが――その指風鈴。すべての事件でぶらさがっていました」
世界が壊れたかと思った。
ぐにゃあ、と視界が歪んだ。
たぶんそのときの俺は、泣いていたんだと思う。
もう、怖くて仕方がなかった。指風鈴。あのおぞましい行いが、過去にも繰り返されていたのか!
「過去3回の事件も今回の事件も、すべて――被害者の右手人差し指は元から切斷されていました。そして天井から細い糸で、ぶらりぶらりとぶら下げられていたのです。犯人がなぜそんなことをしたのか、合理的な理由はまったく分かりません。ただ、そうされていたのは事実なのです。……岡部子、北條凜、三段坂夏、堂若菜……。4人のは無殘にも、人差し指を斬られてしまった。そして吊るされてしまったのです……!」
そのとき俺は、安愚楽から聞かされたあの地下室の話を思い出していた。
――その地下室は、患者を治療するところ、ということになっていた。――名目上はね。……実際は……実際は、戦爭に反対したり、あるいは當時の政府にとって都合が悪い人を、病気と認定して無理やり地下に監していたらしい。
――ほとんど食事も與えず、病気の治癒と稱して、拷問に近いことを日々繰り返していたという話だ。
毆り、蹴り、怒鳴り、叩き、生爪を剝ぎ、指を斬る。ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。毎日毎晩、地下室には、指を斬る音が轟いたらしい。
――ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。病院の醫者は、政府や軍隊に盲目に従うだけだった醫者は、毎日必ず一本ずつ、患者の指を確実に丁寧に斬り落としていく。
――ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。相手の耳元でそっとささやく。――ほうら斬れた。が出ているぞ、骨が見えてる。ピンクの筋が、つやつやとしくきらめているぞ。見てみろよ、そらちゃんと見ろ。お前の指はもうないぞ。さあお前の指は、毎日しずつ消えていくのだ。
――ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。いまは殘り19本。明日には殘り18本。その次は殘り17本……。しずつしずつ、お前の指はなくなっていく――。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
脳みそに、その音だけが響いていく。
自分の両手をそっと広げた。大丈夫。自分の指はちゃんとある。
あるはずだ。
あるよなあ。
あるんだよな。
あるよねえ……。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
頭がおかしくなりそうだった。
人間の仕業とは思えない。
過去すべての殺人事件、指風鈴……。
本當に、呪いか祟りなんじゃないのか? そうとでも思わなきゃ……。そうとしか考えられない……。
「天ヶ瀬くん、大丈夫?」
木戸さんが気遣ってくれた。それで俺はしだけ正気に戻った。
落ち著け。冷靜になれ。俺は生きている。俺は大丈夫だ。俺はマトモだ。俺は……。自分に何度も言い聞かせた。
それから木戸さんとなにを話したのか、実はよく覚えていない。それだけ俺は恐怖していたし、錯していたし、まともじゃなかった。怖かった。怖い。なんなんだ、この連続した事件は。なんでこんな連続事件とこの俺は、絡んでしまっているんだって、ずっとそう思っていた。
気が付いたら、外は雨が降っていた。
通り雨か。雷を伴った激しい豪雨だったので、そこだけはよく覚えている。
繰り返される雷鳴に、俺の心はいよいよすくみ、汗はあごまで滴った。
だけどそんな風におびえる俺に、さらにもうひとつ、弾が落とされた。
木戸さんと俺が、どういう風に會話をして、そういう話に至ったのか、よく覚えていないんだけど……。しかし木戸さんは確かに、こう言ったんだ。
「まさか3度目の事件の被害者の親戚が、あなたのお友達だなんて、世間は狹いですね」
親戚……。
友達……。
だ、誰が? 誰が親戚、だって?
「1994年の被害者、三段坂夏さん。……山本キキラさんとはイトコの関係のはずですよ」
――なんで?
ここまでは覚えている。
だけどもう他は覚えていない。
気が付いたら家に帰っていて、俺は布団の上だった。
頭がぐちゃぐちゃだった。死、指風鈴、呪い、祟り、キキラ、イトコ……。
キキラが被害者の、イトコ、だって……? なんで……? なに、それ……。
もう――
なにがなんだか、わかんねえ……。
(筆者注・後半にいけばいくほど、筆跡がれている。特に『ここまでは覚えている』以降の文章は判読が極めて困難だった)
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