《指風鈴連続殺人事件 ~するカナリアと獄の日記帳~》追加資料その2 1986年6月1日(日)
はじめまして。
先生の作品――『指風鈴連続殺人事件』拝読しました。
現実に起こった連続殺人事件、その被害者がした4冊の日記帳。
たいへん興味深い容でした。
そして私は、戦慄いたしました。
なぜならば、あの作品の中でれられていたある人と、私は対面したことがあるからです。
改めて自己紹介いたします。
私は仲元大輔《なかもとだいすけ》と申しまして、かつて出版社に勤務しており、2年前に定年退職いたしました。
本日、突然のメールを先生に差し上げましたのは、1986年當時、ペンネーム方丈凜、本名北條凜さんの短編小説を擔當したのが私であり、その當時の報をお知らせすることが、あるいは連続殺人事件の解決に繋がるのではと考えたからです。
本來、編集者は、作家のプライバシーを厳重に守るべきであり、それは出版社を退職したいまとなっても変わりませんが、なにぶんにもことが殺人事件に関するものであり、また本名北條凜さんが他界して33年が経過していることも鑑みて、當時のことをお話しいたします。
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北條凜さんは、福岡県I郡出の大學生で、當時もI郡に居住しておりました。
北條さんの作品が短編集に収録されると決まったとき、私は北條さんに電話をかけて、
「顔合わせと打ち合わせがしたいから、上京してもらえませんか」
と告げたところ、
「教員になるための教育実習をやっているため、いま福岡を離れるわけにはいかない」
との回答をいただいたので、それならばと、私のほうが東京から福岡に飛びました。
あれは確か、1986年の6月1日、日曜日でした。上野園にパンダが生まれた日だったので、よく覚えています。
そして福岡市の、地下鉄天神駅のすぐ近くにある喫茶店『ダート・コーヒー』で顔合わせをしたのですが、當時の印象は率直に申し上げて、
「おしゃべりなひと」
でした。
電話のときでもそうでしたが、ずいぶん明るく、自分のことや福岡のこと、また作品のことを饒舌に語っておられました。
「私の作品、実在の人をモデルにしていると言ったら、信用していただけますか?」
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北條さんは、笑顔でそんなことを言いました。
私は、それが彼の冗談だと思いました。
なぜなら北條さんの作品は、先生もご存知の通り、
『主人公はおとなしめの子高生。
その主人公には片想いをしているAという人がいた。
しかし主人公はとても恥ずかしがりやで、Aとはうまく口も利けない。
やがてAには人ができる。
主人公はショックをける。
さらに苦しいのは、Aはその人と長続きせず、結局別れを告げられるのだ。
人は、Aのことを遊び程度にしか認識していなかったのだ。
Aは失のショックで自殺してしまう。
主人公は、Aの元人を激しく憎む。
そして元人に恨みの手紙を送りまくる。
お前のせいで、Aは死んだのだ。
絶対に許さない。私はお前をいつでも見ている。
いつか必ずAの無念を晴らしてやる……。
元人はやがて恐怖で発狂し、最後はこちらも自殺する。
主人公は高らかに笑った。は葉わねど復讐は果たしたのだから……』
――このような作品だからです。
こんな作品のキャラクターに、モデルがいるとしたら、ぞっとします。だから私は言いました。
「北條さんの作品は、人が死んでいる作品じゃないですか。現実に起きたとしたら殺人事件ですよ、そんなこと……」
「いいえ、仲元さん。本當なんですよ。あの短編に登場する人は――主人公もAも元人も、みんなちゃんと実在している。いいえ、実在していたんです。
うっ、
うっ。
うふふっ。
そんな顔をしないでください。
わたしは正気です。
すべてをお話し、しましょうか?
あの作品に出てくる主人公のモデルは、わたし。北條凜自です。
そしてAのモデル、これはですね、岡部子というの子なんです。
そう、わたし、えへへ、の子だけど、同じの子の子ちゃんが大好きだったんです。
子ちゃんが本當に好きだったんです。子ちゃんのことが、もう大好きで大好きで……。子ちゃんのことならなんでも知っていました。子ちゃんに彼氏がいることも、子ちゃんがその彼氏と、學校にある地下室で逢瀬を重ねていることも。そして、
子ちゃんの彼氏が、実のお兄さん。
岡部義太郎ってひとなことも知っていました。
だけど義太郎にとっては、子ちゃんなんかただの遊び。
好奇心と的求を満たすためだけの存在だったんです。
わたし、それが許せませんでした。義太郎のこと、本當に嫌いでした。
やがて子ちゃんも、義太郎が自分をもてあそんでいることに気が付いて――
だからわたし、子ちゃんに言ったんです。
『お兄さんにちゃんと言ったほうがいいよ。遊びで付き合うくらいなら別れる。別れてくれないなら、親や先生に自分がみ者にされたことを言いふらす』
って、そういうふうに……。
…………。
そうしたら、そうしたら、ねえ。
子ちゃん。……死んじゃったんです!
義太郎とイチャイチャしていた地下室の中で!
本當です。
だってわたしが発見したんですから。
いつものように、子ちゃんの殘り香を嗅ごうと學校の地下室に行ったら、子ちゃん、殺されていた! 子ちゃん、わたしの作品では、自殺ってことになっているけれど実際は日本刀でばっさりやられていたんです!
わたしは直しました。
ああ、義太郎が子ちゃんを殺したんだって。
でも、でも、証拠はありません。もしかしたら義太郎じゃないかもしれない。十中八九、義太郎だと思うけれど分からない。だったら、だったら……。
誰が犯人であろうとも、恐怖のどん底に追い込んでやる。
そう思ってわたし、悪魔みたいなことをしました。
これはきっと偶然なんですけれど、子ちゃんの死の橫には人差し指が転がっていたんです。日本刀で斬ったときに、指もいっしょに斬れちゃったんだって、そう思いました。
そこでわたし、その指を糸で天井から吊るしました。
子ちゃんの指が、まるで風鈴みたいにゆらゆら、ゆらゆら。ゆーらゆら。
へへへ。
わたしはほくそ笑んで、地下室をあとにしました。
これでいい。こうすれば、犯人が誰であろうとも、きっと怖くなる。
自分がしていない『指風鈴』のことがテレビや新聞で報じられたら、ぞっとすると思いますよ。
きっと。
人格が、壊れてしまうくらいに恐怖すると思います。
へへへ。
それがわたしのみだったんです。
義太郎であろうと誰であろうと、子ちゃんを殺した犯人を追い詰めてやる。
指だけが、貴様の罪を知っている。
そう思って――やったんです。
…………。
……なんちゃって!
ビックリしました?
仲元さん、ビックリしたでしょ?
冗談ですよぉ! こんなこと、やりませんから、ほんと。
へへへ。せっかく東京から來てくださったんですから、ちょっと楽しませてみました。
フィクションです。
わたしの作品はぜーんぶ、噓っぱちですからね。
作家の言葉を信じちゃだめですよ。って、仲元さんならとっくにご存知ですよね。プロの編集さんですもんねえ。
へへへ。
へへへ……。
へへへ」
――以上のことは、1986年當時実際に、私と北條さんが話した容です。
細かいところに記憶違いはあるかもしれませんが、大筋ではこの通りでした。
北條さんが冗談だというので、私もジョークをけ止めておりました。
この翌年、1987年に北條さんが若くして亡くなったときも、――私自が遠い東京の地にいたことや、出版社業務に忙殺されていたことから、このときの北條さんの話と結びつけることはしませんでした。あくまでも、不運な事件によってお亡くなりになった作家さんだという認識でした。
しかし會社を退職し、先生の著作を拝読してからというもの。
あのときの北條さんの話は、おそらく真実だったのだろうと思うようになりました。
すなわち。
第1の事件。
1980年に起きた岡部子殺人事件。
その犯人は、きっと岡部義太郎であり。
そして、最初の指風鈴を吊るしたのは、北條さんだったのだと。
殺人そのものと、指吊るしは、それぞれ別の人が別の思をもってやったことだったのです。
このことが、第2の事件以降に接に関わってくるような気がしてなりません。
先生はいかがお考えでしょうか。……もしも先生のご都合がよろしければ、いずれ直にお會いできないでしょうか?
指風鈴連続殺人事件。
この事件の真相を、改めて、私自も推理してみたいのです。
ご多忙のところ恐ですが、なにとぞご検討くださいませ。お返事をお待ちしております。
仲元
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