《悪魔の証明 R2》第1話 001 ナスル・イズマイロフ
青い炎が一時の強風に煽られ大きく揺れた。
ああ、こんなところにも……俺は、まるでを見るかのようにそれへと目をやった。
炎の麓近く、生気を失った手が、黒ずんだコンクリートの地面に置かれていた。
薄暗い景の中、揺らめく炎に照らされているが、熱さに怯えてく気配は一切ない。
すでに絶命しているその手の持ち主である黒スーツの男。その男の元めがけて、俺はふっと息を吐いた。カッターシャツの上に置かれていた煤が蝶のように舞い散りながら、鉄橋の向こう側へと飛散した。
手を膝にかけ立ち上がり、その男の顔を俯瞰する。
額には小さな黒いが空いていた。
そこからこめかみにかけてさらに真っ黒なの跡があった。
男の目は今にもきそうな程鋭い眼を放っていたが、にはすでに死斑ができつつあった。殺害されてからそれなりの時間を経ているだろうことはすぐにわかった。
滲み出ているの臭いに混ざって男のからは薄い硝煙の灰の香りが漂ってきた。
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軽く辺りを見渡すと、彼のほど近くにショットガンがあった。
俺が妙な推測をするまでもない。
間近にあったことを考えるとショットガンはこいつの持ちであったと考えても構わないだろう。
つまり、こいつが破されなかった車両から逃げ出した乗客たちを撃ち殺したということだ。
炎がすでに鎮火しかかっている。
このことから推定すると、こいつとこいつの仲間――例のテロリストたちが列車を破した時間は、この數分、數十分というような直近ではなさそうだ。
腕時計の針は日本時間十一月十五日午前十時を示していた。
スカイブリッジライナー一號、二號と連絡が取れなくなったのは、十一月十四日午後二十二時ちょうど。
約十二時間自分たちが到著するまでの間タイムラグがあった。
となると、このテロ事件が発生したのはその中間くらいの時間と想定するべきだ。
そこまで考えたが、すぐに首を橫に振った。
何をやっているんだ、俺は。
俺のような立場の人間が名探偵の真似事をして何かしらの推理をしたところで何の意味もなさない。
軽く失笑しながら低いコンクリートの壁に面した海へとを向けた。
鉄橋の側壁は俺の腰の部分までしかない。なので、そこに橫たわる太平洋の黒い水平線が自然と目にった。
この辺りの時間帯では正午を軽く過ぎているのにもかかわらず、太はまだ顔を出していない。黒みを帯びた灰の雲が空一面に敷き詰められているせいで、空と海との境目が若干見づらい。かすかな弱が雲の上から滲んでいなければ、夜と勘違いしてもおかしくないような天候だった。
「おい、ナスル」
俺の名を呼ぶ聞き慣れた聲が耳にってきた。
振り返るとそこには見慣れた職場の同僚かつ友人、サニー・ジャクソンがいた。
弾により大破された鉄道を背景にして、いつもの通りの場違いな笑顔を浮かべていた。
「今回は生存者は誰もいないようだな」
にやにやしながら言う。
「何故そんなことがわかるんだ?」
俺は怪訝な聲で訊いた。
「俺もお前も誰も連れていないってことは――つまり、そういうことだろ?」
すかした態度でサニーが言葉を返してきた。
何だ、こいつ。顔に似合わない推理を披しやがって。
妙に腹立たしくなった。
「それに俺が見た限り、この現場で生き殘ってるやつは誰もいねえ。ってことは、今日の仕事は終わりだな。さっさと帰って一杯ひっかけようぜ。死を眺めてたって人生何もいいことねえしな」
サニーはそう言うと、俺たちが乗ってきた列車の方へとを向けた。
なんだ、こいつ。今日に限って、柄にもない哲學的なことを急に言い始めやがって。
雨が降ってきそうだ。いや、嫌な予がするといった方がより正確かもしれない。
サニーの肩へと手をかける。俺がそう思った事とこの行に何の因果関係もない。
「ちょっと待て、サニー。今回はいつもと様子が違うことはわかるだろう。生存者が俺たちに駆け寄ってきていない時點でな」
「そういえば、そうだな……誰も生き殘りがいねえ……ってのは確かに珍しい」
サニーは顔をしかめながら言った。
一刻も早く仕事を切り上げたかったのに肩を摑まれ、歩みを止めざる終えなくなったことが不服だったのだろう。
「珍しい……? 珍しいという言葉はこの狀況に當てはまらない。誰かの極単純な噓のせいでな」
「誰かの噓……とは? おまえ、まさか……まさかとは思うがな。この俺をちゃんと仕事をしていないとかなんとか……もしかして、そんな風に疑っているのか?」
想像もしない指摘だったのか、サニーは挙不審な顔をする。
間もなく広い額から薄い汗を流し始めた。
「疑う? 疑ってなどいない。俺はすでに確信してるんだ」俺は首を橫に振りながら言った。「だからな、サニー。おまえの疑うという言葉はまったくもって不正確だ」
し沈黙の時間があったが、サニーは薄い息を鼻腔から出し口を開く。
「……そうまで言うのであれば、拠はあるんだろうな」
挑戦的な口調でそう言い終わるや否や、さらに鼻息を荒くした。
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