《悪魔の証明 R2》第2話 002 ナスル・イズマイロフ

「まあ、お前がさっき述べた……鉄橋に転がっている死の群れを見た限り、その中に生きているやつがいなかったって臺詞は信じよう。確かにその點では俺も同意見だ。何の問題もない、もう一度言うが、その點ではな。だがな、サニー。そこに転がっている男の死をよく見ろ。額にどす黒いが空いているだろう。何かおかしいとは思わないか?」

「おかしい?」

吐息まじりにそう言いながら、サニーは足下にある男の死へと視線を向けた。

すぐに首を捻る素振りを見せる。

「ショットガンだったら、顔全が吹き飛んでいるはず……だが、こいつの額には小さな。ということは、拳銃で撃たれたってことか? でも、向こうには拳銃なんか見當たらなかったぜ。ああ……もちろんこいつのように拳銃で撃たれたやつなんかいなかったさ。何せ、列車の向こう側にいたやつらは発で木っ端微塵になっていたからな。おまえの方はどうだったんだ? 拳銃は……」

「ああ、こちら側にもまったくと言っていいほど見當たらなかったよ」

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「じゃあ、何でこの男だけ拳銃で頭を撃たれているんだ? この辺で転がってるやつらは、全員ショットガンで殺されたとばかり思い込んでいたんだが……」

サニーはそう言いながら、今はただのひしゃげた鉄くずとなっている線路の近くで、うつ伏せに倒れ込んでいる初老のを指で示した。

ショットガンで撃たれたことを証明するかのように、老婆の著込んでいたカーディガンはどす黒い赤に染まっていた。カーディガンにあるに無數の散弾のが空いていることは、調べなくても容易に想像がつく。

「そうだな、サニー。男を撃った拳銃は……俺が見た限りでも辺りに存在しない。だから、この點においては、俺たちの意見が完全に一致したということだ。無論……おまえでも、この男が海に拳銃を捨てた可能がないのは理解しているよな。死んでるんだから當然だ。死ぬ間際に拳銃を放り投げれるやつなんていやしない。まあ、幽霊が捨てたってのなら、話は別だがな」

若干冗談めかした臺詞を吐いた。

「そんなことあるわけねえだろ」

サニーが合わせてヘラヘラと笑う。

「なあ、サニー」俺は目を細めた。「俺はこの足元で寢ている男が、そこの老婆やその先にいるやつらを撃ち殺した犯人であると見てほぼ間違いないと思っている。そして、この意見にお前が同意することは思うまでもないことだろうともな。なんせ兇のショットガンはここにあるんだから、それは火を見るより明らかなことさ。これで……この不可思議な事件はほぼ完全に解決したはずだ。けどな、サニー。俺には腑に落ちないことがひとつある。それが何かおまえにはわかるか?」

この臺詞で俺の思を悟ったのか、サニーは強く首を橫に振った。

本部に支給された厚手の黒いスーツからでもわかる程、から汗が滲み出ていた。

ため息をついてから、俺はを翻し一言も発さず前へと足を踏み出した。

「ナスル、ちょっと待てよ」

後ろから慌てた様子でサニーが呼び止めてきた。

肩を叩かれたが、それを無視して正面を見據え、そのまま前方へと歩を進めた。

目の前に広がっている鉄橋の景は、まさに地獄絵図だった。ストレートにびていたはずの線路はほぼただの鉄くずと化しており、ところどころにその名殘を殘しているだけ。その周辺には人間のものと見られる片や元は列車の機だったと思われる鉄の塊が散していた。

「なあ、サニー。俺がなぜおまえの噓を見抜けたかわかるか?」

後ろを駆け足で追ってきた間の抜けた同僚に尋ねた。

「え……」

サニーが回答に窮したのか絶句する。

「ああ、答えなくていい。答えなくて。おまえは、殘存している車両の中を探索していない。その事実に間違いはないんだからな。間違いようがないだろう? だって、それは事実だからな」

「いや、そんな事は……」

「ちっ、ちっ。お前はさっき列車の向こう側とは言ったが、中とは言わなかった。これで確定だ……おまえが噓をついていたことはな。まあ、もう他を探索する必要もないだろう。いずれにせよ、拳銃はその列車の中にあるからな。そこでなかったら、海の中だろう。可能は薄いが」

ごくりと唾を飲み込む音が、俺の耳元まで聞こえてきた。

噓が暴かれたことに気がついたのだろう。

サニーの顔面が蒼白になっていることは、後ろを振り返らずとも想像できた。

俺が得意げにそう思った矢先のことだった。

ドン、という鈍い銃聲が耳を貫いた。

瞬時にを屈めるようサニーに合図を送った。と同時に、俺もその場で膝を下へと折る。

幸いにも銃聲は一発。

それも発を免れた車両の中で発されたものらしく、こちらに飛んできたものではなかった。

「おい、ナスル。ひょっとして、まだテロリストが中にいるんじゃ……」

言葉を途中で切って、サニーが頬を直させた。

「サイレンサー38式を用意しろ」

俺は素早くそう指示を送った。

俺自らも脇につけたホルスターから、その黒いプラスチック製の筒が切っ先に裝著された拳銃――サイレンサー38式を取り出した。

この拳銃は、ラインハルト社私設警察専用サイレンサー拳銃ナンバリングNSG38、通稱サイレンサー38式と呼ばれており、俺たちのような私設警察に所屬する者のみに支給されている新型の拳銃で、銃聲のほぼ百パーセントを除去するという畫期的な開発品だ。程距離の長さ、照準度の高さ、機の頑丈さは言わずもがな、暗殺用の武としても優れている。

世の中不況で各分野の技革新は遅れているが、戦爭や治安維持のための道だけは進歩をやめないらしい、と各メディアで揶揄される程の高能な代だ。

サニーもようやくそのサイレンサー38式を手に持った。

こんなやつでも一応ラインハルト社私設警察。適検査はいらないのかという疑問はあるが、俺と同様のを支給されている。

「行くぞ、サニー。極力音は立てるな」

そうサニーに指示を送ってから、俺は銃聲が鳴った方向にある発を免れた車両へと向かった。

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