《悪魔の証明 R2》第6話 006 セネタル・スワノフスキー

けたたましく苦しそうな怨嗟の聲が私の耳を襲った。

それに連して、端末の左上に取り付けられた小さな電球がもがくように何度も赤くる。さらに何かに抗うかのようにその點滅は速度を上げた。が、最終的には斷末魔の悲鳴を上げるかのように消えた。

腹立たしくなり、力を込め再びスイッチを押した。であるのにもかかわらず、先程とまったく同じ反応を示す。私は恨めしげにその無線機を見つめた。

「本部とコンタクトが不能――妨害電波ね、セネタル」

背中越しに、エリシナ・アスハラがそう聲をかけてきた。

「全室、全車両に仕掛けた盜聴もこれで全滅。せっかくの事前準備が、すべて水の泡ってことか」

「ええ、そうね。今そっちも試したけれど、イヤホンからは雑音しか聞こえてこなかった。だけど、乗客はまだ気づいていないから、救いはあるわ。まだ電波が途切れただけ、と思っているのではないかしら」

「ああ、エリシナ。君の言う通りだな。スカイブリッジライナーがパニックになっていないだけまだマシだ」

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と吐息をつきながらも彼に同意した私は、おもむろに後ろへと振り返った。

顔を正面に向けた瞬間、目に飛び込んできたのはエリシナの漆黒のロングヘアだった。次に、男を挑発するかのようなシルバーに程近い水晶玉のような瞳。整った鼻筋。白くき通るような頬。それらのしい顔の造りよりも先に、私の注意は極自然と下の方へと向かった。

肩をわにしたピンクのチューブトップ。形のいいおにひりついたデニム・ショートパンツ。細い足を包むニーハイブーツ。

の首から下の姿を改めて確認した私はぽりぽりと頭を掻いた。

仕事の話をしなければならないのだが、エリシナの艶かしい姿を強調するかのような服裝が、どうやっても気にかかってしまう。

「あのなあ、エリシナ。確かに、スカイブリッジライナーで潛捜査をするからカジュアルな服裝で來い、とは命令した。だから、こっちもチノパンにポロシャツなんて格好で來ている。普段のスーツ姿なんかより、そりゃあ全然カジュアルさ。それは認めよう。だがな、エリシナ。おまえの服はカジュアルを通り越しているだろう。もうし注目を集めないじにできなかったのか」

にそう注意した。

この臺詞が心外だったのか、エリシナはすぐに不審そうな表を私に向けた。両肩に手を持っていきませてからを開く。

「やらしいわね、セネタル。本當に汚らわしい。チームリーダーのくせに、そんな目で、私を見ていたの?」

と訊いてきた。

いったい、どうしたんだ、普段はこんな仕草を見せないのに。このエリシナの臺詞と態度に、私は首を傾げた。

ラインハルト社私設警察でのエリシナは、どちらかというと、かなり男勝りな格として通っていた。いや、口調以外は男として振る舞っている、と形容した方がより正確かもしれない。そのエリシナがこのような態度を取ると想像もしなかった。

そして、つい思わず、「エリシナ、やはり君もだったんだな」と、率直な意見を述べてしまった。

エリシナが怒り心頭で反論してくるのかと思い構えたのだが、意外にも彼は落ち著き払った顔をして、ベッドの上に置いてあった細のファージャケットを手に取った。

「さ、これで出はなくなったでしょ」

腕にファージャケットの袖を通しながら、彼は言った。

「ああ、そうだな、エリシナ。ようやくじゃなくなった」

若干調子に乗って臺詞に嫌みを含めながら、そう言葉を返した。

「これでセネタルのいやらしい目から逃れられてせいせいするわ。と言っても、らしい太ももは隠しようがないけどね」

エリシナが嫌みだか自慢だがわからない臺詞で反撃してきた。

次の瞬間だった。ぐらっと列車が揺れた。軽い揺れだったが、突然のことだったので、のバランスを微妙に崩してしまった。

勢を立て直した後、はっと我に返る。こんな茶番をしている暇はない。

「なんにせよ、この妨害電波で、例のリーク報を疑っていた上層部も、この列車でテロが行われることを認識したはずだ」

「そうね。こちらとの定期連絡が取れないんだから、それも當然だわ。もうし早く対応しておけば、面倒なことにならずに済んだのにね」

「ああ。連中、今頃慌てて各関係會社にこの路線にいる全列車のプラットホームへの帰還を要請しているところだろう」

「ねえ、セネタル。その件はいいとして――今回は、ヘリを飛ばすと思う?」

エリシナが若干おどけた口調でそのように確認してくる。

「飛ばすわけないだろう。一回飛ばすのにいくらすると思っているんだ」

私は首を橫に振った。

「上層部の連中にとってはたかがスカイブリッジライナーのテロだ。そんなことで金を使うはずがない」

「ふふ、冗談よ。前に、昔ヘリを飛ばしまくっていた自衛隊の人たちが、羨ましいって言ってたじゃない。ちょっと期待させてあげただけ」

「羨ましいとは言ってない。事実を述べただけだ。もう消えた軍隊のことを羨ましがっても何も始まらんからな」

薄く微笑んでいるエリシナに向け、私はそう吐き捨てた。

四十年程前に立した世界自由貿易協定という経済條約の參加に後塵を期した日本は、いち早く參加した隣國が出した參加條件――軍隊の解散を丸呑みしようやく參加にこぎ著けたという経緯があり、現在の日本には自衛隊どころかあらゆる軍隊は存在しない。

ゆえにどんなにその自衛隊に焦がれようとも、現狀の自分たちにはまったく意味をなさない。

「當然、ヘリが來るわけがないとなると、やはり今回も我らが救出部隊が、私設警察専用列車で登場ってわけね」

「――例によって上層部と鉄道會社がめるだろうから、救出部隊が到著するのは、まだまだ先のことだろうけどな」

「そうね、セネタル」

エリシナが軽く相槌を打つ。その直後に大きく息を吐いた。

「まあ、おまえの気持ちもわからんでもない。確かにやつらが來たところで、たいして役に立つとは思えないからな」

そんな風に、私が救出チームを揶揄した臺詞を終えた矢先のことだった。ルーム四のドアが、ぎぎっという不協和音を奏でながら開いた。

エリシナがいち早く腰から私設警察専用拳銃サイレンサー38式を抜き出した。負けじと私もチノパンのポケットへれておいた同型の拳銃へと手をばす。

そして、瞬く間に私たちは部屋にってきたばかりの男の部へとサイレンサー38式の切っ先を突きつけた。

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