《悪魔の証明 R2》第7話 005 マウロ・パウロ
歪んだ空気を制するかのように、パン、と手を叩く音が鳴った。
「これで、全員集まったな」フリッツが皆に呼びかける。「アルフレッド。早速だが、現在の車両の狀況を教えてくれ」
アルフレッドが、「あ、ああ」と、し狼狽えたような返事をする。が、程なくして訥々と語り出した。「ブランドンと全車両見回ったが、何の問題もなかったぜ。例の場所にもアタッシュケースを設置するスペースは全然あったよ。だから、現況弾の設置には何の支障もない。すべて予定通りだ。なあ、ブランドン」
「ああ、アルフレッド。私設警察の気配もなかった。無論、私設警察専用スーツを著ている人間がいなかったというだけだから、どこかに潛んでいる可能はあるけどな」
なるほど、と頷くや否や、フリッツは床に置いてあった鞄へと手をばした。
中からしサイズの大きい資料を取り出し、近くにあったテーブルの上へとそれを広げる。
その後、フリッツがその他のメンバーに集まるよう呼びかけたので、僕もテーブルへと駆け寄った。
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「私設警察が何をしようと、この計畫を止めることは不可能だ。彼らのことはある程度放っておいていい。とはいえ、油斷はだけどね。さあ、アルフレッド、ブランドン。ここを離れる前に――この資料を使って計畫の再確認だ」
テーブルの上には機械的に引かれた線が所狹しと書き込まれた資料があった。
それを目にした僕は、この資料がスカイブリッジライナーの設計図であることを直した。
すぐに眉を中央に寄せた。このような資料を持っていることをフリッツはなぜ事前に教えてくれなかったのだろうかと訝ったからだ。
他のメンバーは當然かのようにこの資料に目を通している。
この反応から察するに自分以外の全員がこの資料の存在を知っていたのだろう。
僕も國際テロ組織ARKの一員としてこの計畫に參加しているのに――ひょっとして、自分だけが蚊帳の外に置かれているのだろうかと心が痛くなった。
軽く首を橫に振った後、おもむろに設計図から視線を外した。
気まずいことに、その先にはシャノンがいた。
自然と視線が絡み合ってしまう。
もしかして、何か説明でもしてくれるのか、と若干淡い期待をしたが、シャノンはつんとすましたじで顔を明後日の方へと背けた。
仕方なく窓の外へと目を移した。
視界にるのは暗闇に飲まれそうになっている海の姿だけ。車から放たれる照明のおかげで、かろうじて波が目視できるといった程度だ。
寂しくさざめくその波と同じく、僕の心はひどい疎外に苛まれた。
そのままがどん底に向かおうかという時、ふわ、とした覚に包まれた。
フリッツが僕の肩に手を置いてきたのだ。
深いブルーの瞳が、彼と顔を合わせた僕の目に飛び込んできた。先程の厳しい顔つきと打って変わって限りなく溫厚な表だった。
気のせいかもしれないが、僕のはし軽くなった。
このフリッツの表を見ているだけで、手のぬくもりをじているだけで、鬱となった気分が幾分和らげられた。
ふっと優しく笑ってから、フリッツは僕の肩から手を離した。そして、次の瞬間にはスカイブリッジライナーの設計図へとその手は戻された。
「――そういえば、マウロにはまだ見せてなかったね。これは、スカイブリッジライナーの設計図だ。途中から參加したマウロにはいつか見せようと思ってたんだけど、し遅くなってしまったね。スカイブリッジの鉄道會社から拝借したものだから、おおっぴらに見せびらかすわけにはいかなかったんだよ。決して、君を除外しようとしていたわけじゃない。信じてくれるかい?」
「はい、もちろん信じます」
僕はこくりと頷いた。
そう同意する僕の様子を見たフリッツは、満足そうに口元を緩めた。
全員の注目を設計図に戻し、先頭に描かれていたスカイブリッジライナーの機関室、二號車、三、四號車と指で順に示していく。
「この部分はアルフレッドの使用分でカバーできる。そしてブランドンは――」
言葉を區切ると、寢臺車両と六號車の記述を飛ばして、今度は、八號車、九號車、十號車へと順にポイントを置いた。
「スカイブリッジライナーの車両は、食堂と寢臺車を除くと、全車両にスーツケース置き場がある。この置き場は、より多くのスーツケースを格納するため、上段、中段、下段の三段に分かれている。ここで注意しておきたいことは、上段、中段に例のアタッシュケースを置いてはならないということ。必ずアタッシュケースは下段に置いてしい。ハンニバル・ニトロ限定範囲指定戦略型ピンポイント弾は、目的の車両數分を破するように設定しているが、上に置くと風が分散されてしまい、破能が大幅に落ちてしまう」
アルフレッドとブランドンが神妙な面持ちで頷く。
フリッツはそれを確認すると、テーブルの橫に置かれていた七つのアタッシュケースの、ひとつを前に差し出した。
それを皮切りにして、アタッシュケースをアルフレッドたちの足元へと次々に並べていく。そして、アルフレッドたちはそれらを手に取っていく。
この様子を見た僕は、ようやく始まるのだな、とを震わせた。もちろん恐怖で震えているのではなく、武者震いだ。
アタッシュケース三つを殘し、その他はアルフレッドとブランドンの両手におさまった。
そこで、はて、と首を傾げた。
殘ったアタッシュケースのひとつは自分が食堂車に運ぶ予定の弾……だが、もうふたつの使い道がわからない。
「ひとつは、君が食堂に持っていく弾だ。もうひとつは、機関室を破するためのものだよ。下にあるエンジンルームを破しないと、再びスカイブリッジライナーが走り出してしまう」
僕の心を読み取ったかのようにフリッツが言った。
「……あの、最後のひとつは?」
率直な疑問をぶつけた。
「ああ、あれかい。あれは何か問題が起こったときのためのものだよ。そう、あくまで、何か問題が起こったときのね」
そう答えると、フリッツはなぜかじっとこちらを見つめてきた。
なんという強い眼差しなんだろう――僕は、今までじたことのない張をに抱いた。
「フリッツ。俺たちは先に行くぜ」
背後からアルフレッドの聲がした。
「ああ、わかった。アタッシュケースを置いたら、打ち合わせ通り時間を空けて戻ってきてくれ。もし私設警察が列車に乗り込んでいて、この場所に人數が集まっていることに気がつかれたら、今後の計畫に支障が出る。だから、極力例の時間の直前に戻ってくるようにしてしい。いいね」
ドアの方向へと歩き出したアルフレッドとブランドンの後ろ姿に目をやりながら、フリッツがそう彼らに指示を送った。
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